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証明の創造とおかしな世界

今先洋介の姿と形見透の姿をヤナタはとらえていた。ホノカの周りに浮かぶように浮遊する二つの影は特段の焦りも無く静かに浮いてお話中。目まぐるしく視界域が変動してヤナタは困ってしまう。

「御前崎さん。あれ、今先君と形見さんだよね」

「ええ。どうして。洋介。どうしてこんなことを。透が無茶をしたせいなの」

「うむ。今先洋介か。戦闘創造の相手にはふさわしいかも知れないが形見透だな。問題は」

 遠近感が失われる。ヤナタと瑠奈は側に、アリスは離れて、浮いたままの多量の弾丸とともに、今先洋介の側に近づかされた。見回してみる。形見透が苦しげに唇を噛締めて、ホノカは休止モードを行っているように動くこともできはしない。

「俺に何か用かな。ヤナタ、瑠奈」

 洋介は顔を歪めたまま口調も厳しくとりあえず二人の侵入者を問い詰めた。が、その視線がアリスに向かうと自然な笑いが浮かび上がる。

「アリス。どうした。その服装」

「御前崎瑠奈に少しな」

 アリスは頬をかきながら洋介に聞こえる程度の声を上げた。

「何。瑠奈。お前、アリスの迷彩服切っちゃったの。何やってんだか」

 今先洋介はそう口にすると皮相な笑みを浮かべた。瑠奈、ついでヤナタを見て、アリスに向かってからかうような視線を投げる。

「ん、洋介。ま、そのことはいいじゃん。それよりさ、洋介。この創造、どうしたの。ものすごい違和感があるんだけど。クラスの前には人だかりだし」

「いや。ちょっと」

 洋介は瑠奈に向かって答え、透のことを伺い見る。透は苦しそうに唇を噛締めてホノカの停止したままの状態を、渦巻くように収縮しては拡張していく中心への接地面を凝視していた。

「それなりに上手くいきそうだったんだけどな。透とちょっともめちゃってさ。それでホノカが巻き込まれたらこの状態ってわけ」

「ひょっとして、やばい、かな」

「ああ。かなり、やばい」

「どのくらい」

「創造の下位確定がこのまま進まされると創造課の半分が壊滅する、かもってところかな」

 今先洋介は瑠奈に向かってそう言うとヤナタへと視線を移す。

「ヤナタ。お前、ホノカの設定に何か仕込んだだろ」

「何のこと」

 功永ヤナタは首をかしげると今先洋介に向かってその澄んだ視線をどこか遠く見えてしまう中心面での屈折地点にあるホノカから引き戻して携える。今先洋介は皮相な顔で笑い出すとそのまま形見透に向かい合った。斜視でもって薄く開かれた瞳は酷薄であってそれでいて感情にあふれているようにも見える。

「じゃ、透。お前なのか」

「知らない。今先君があんなこと言うからよ。私じゃないわ。王様が、わからない。ホノカは経済惑星エコノスロロニーニでヤナタが求めたものだから」

 透は眼鏡を取り外して胸ポケットへボールペンとともに立てかけると、射すえるような視線を洋介に向けて、次いでヤナタに向けていく。ヤナタは片目を震わせて透を見ながら、何のことだか分かっていないだろうに、ただただ、うなずいてみる。瑠奈はイライラと髪をかきあげると洋介に向かって口を開く。口を動かしながら自身のお腹に向かって腕を伸ばす。瑠奈はカッターブラウスのだらけたままはみ出させていた布のはしをつかむ。と、ビィビィイイイビリッ。音ともに裂き切ると、一切れ破り取った。

「で、さ。洋介。どうなってんの。失敗なら早く中止すれば良かったじゃない。そうすれば問題はさっさと解決じゃん。まあ、あれが問題なのはわかるけど」

「ああ。それができないんだ。擬似列を用いた空間領域侵攻が間に合わないんだ。俺がやっても駄目なんだ。内部膨張性が外郭要素を上回ってしまうんだ。予想は立てたんだ。だから対策にホノカを連れてきたんだけど、そのホノカが中心の核になって実現的に現れてきちまって」

 今先洋介はそう口にすると瑠奈、透、ヤナタ、アリスの順に見渡してホノカの姿を見つめると額を押さえて深刻に眉を寄せて憂鬱そうな微笑を浮かべて見せる。瑠奈は切り取った白い布地とホノカを見比べると、そのまま布地を漂わせてみる。布地はホノカに向かって漂い行く。布地が失われて複数の文字列と数の羅列が現れたかと思うと、文章が現れた。複数に絡み合ったキャラクターたちが混ざり合うと、それら全てが消え去って白布の欠けらが浮遊とともにホノカの周りを巡り始めた。

「ホノカが問題なわけだ」

 瑠奈はそう言うと切り裂いた布の裂け目から覗いてしまっている滑らかな肌を隠すように腕伸ばしてカッターを取り出した。

「あのさ。御前崎さん。きっとホノカじゃないと思うよ。今先君が誤った方法を取ったから、こうなったんだと」

 功永ヤナタはカッターの刃を伸ばしたまま厳しい表情を浮かべている御前崎瑠奈の言葉に反応するように声を上げた。今先洋介はその眉を落とした憂鬱そうな表情を硬貨させるとうつむくように唇を尖らせて黙りこんだ。

「俺たちに何がある。ヤナタは分からないのさ。まだ、来たばかりだから。俺には方法が無かった。いや、たぶんあったんだと思う。透のように慎重にやれば。だけど、俺は、今、いや、きっと駄目だったのさ。どうしても見つけることができなかった。誤った方法を取るしか道は無かったんだ」

 今先洋介はそう言うと透の固く結ばれた唇を、眼鏡の奥に隠されていた鋭くも潤いを絶やさない瞳とを伺うように見つめ上げる。憂鬱な笑みがどうしようもなく漏れ出して、つかみきれない水のように零れ落ちて、しめやかに落ち込んだ肩が力なく揺れる。瑠奈は洋介に向かって静かな視線を、透に向かってうなずきを交わすと、振り向いた。立ち尽くしたまま瑠奈の背中越しにホノカを見つめていたヤナタに向かって最後にこう声をかけた。

「ちょっと言ってくるね。洋介、透。それから、馬鹿なヤナタ」

 瑠奈は奥歯を噛締めた。硬く握り締められたカッターとともに走り出す。周囲を巡り始めた文字の洪水をまとわり付かせて幾条も、幾条も、閃光とともに切り裂いて、千切りとって洪水の奥へと向かうと体を乗り出そうと格闘する。足で踏みつぶし、両手首をつなぎ合わせてすりつぶし、カッターを振り回して、空いた手で抱きしめて、あふれ出ようとする文字の洪水を、伴って現れる幻像を切り裂いてゆく。ヤナタは瑠奈の周りで起こっていることを呆気に取られたように眺めていたが、やがて同じようにして近づこうと体に力を込め、ひざを持ち上げようと体勢を変えた。そこで、アリスから肩をつかまれた。

「待つのだ。信用者。これはおそらく戦闘創造と言えるだろう。今、わかった。シワル=シヨハが見初めたようにお前が王さまから受け取った力は預けられてしまっているのだ。お前は御前崎瑠奈を助けるだろう。形見透を助けるだろう。おそらくは貴様の言うホノカなる機械人形によって、な」

 アリスはそう言うと腕を振った。合図とともに浮遊したまま凍りついていた弾丸を加速させると同時に背中に負っていた銃を構えて撃ちつくしながら突撃する。文字の洪水へと跳躍する。弾速が障壁にぶつかるように鈍った先で文字の増殖を徐々に切り裂いてゆく。ナイフを抜き取って色とりどりの言葉の虫を、あるいは現れる幻像を切り裂いてゆく。

「無駄さ。創造は、僕のは、証明されなければ止まりはしないのさ」

 今先洋介はそう言うと、暴れている瑠奈とアリスを視界に捕らえたまま、形見透に近づいてゆく。その憂鬱そうな笑みを濃いものへ濃いものへと変えてゆく。透は硬く結ばれた唇と瞳でもって近づく洋介のことを見つめていた。洋介は透の息が感じられる距離まで近づくと一度だけ、長い、長い、瞬きをすると、後ずさる透の腕をつかみとった。そのまま。その頭を髪がくしゃくしゃになるまで撫で回してしまうと、その憂鬱そうな微笑を一瞬だけ崩して大きな朗らかな笑みとともに口を開いた。

「こんなところでか。ま、仕方ない、っちゃ、ないか。その、透。悪かったな。少しは反省しているんだぜ。あのこと。だからさ、俺もちょっと行って来る。本当にひどいこと言って悪かった。それじゃ、な。俺も、祈ることにする。いつか描けることを。お前の必要としていたものが描かれることを。じゃな。もう、俺に構うな」

 今先=F=洋介はそう口にすると形見透に背を向けて胸ポケットからソラマメを取り出して静かにかじり取った。小走りに文字たちの饗宴へと近づいてゆくと腕に光る星の紋章から伸びた光の奥から黄金と茶色のパッチワークでできたごぼうを引き抜いた。洋介は暴れている文字の洪水に周りを取り囲まれると、片手で星の紋章が輝く腕を振りかざして、もう片方の手でごぼうを振り回して、現れてゆく文字たちと奇妙な気体のような液体のようなものたちが蠢いている幻想たちの時をけさがきにして切り裂いていく。

「今先君」

 形見透はそう呟いたまま立ち尽くしていた。胸ポケットへと向かう腕が震えてしまってそのままボールペンをつかみ損なう。ヤナタは瑠奈、アリス、洋介の姿を見ながら透の動かない腕から視線をそらすと、自身の手の中に張り付くようにして存在しているカードを見つめた。そのままカードを握り締めてひしゃげさせると歩き出して様々なものが蠢く風圧へと近づいてゆく。ヤナタは近づいて文字と幻想のかけらをつかみとると思う存分に暴れて奇妙なほどの恍惚とした表情を浮かべている瑠奈に向かって声を上げる。

「御前崎さん。ホノカのところまで行けたら何をすればいい」

「え、どう、しょっか。私は、破壊するつもり、かな」

 瑠奈はそう片手で口の周りの文字を追いながら言うと、大きく振り上げた足で蠢く気体を霧散させる。そのまま地面に突きつけたカッターが生み出し始めた狂おしいほどの電流で自身もろとも文字と幻想たちにイカヅチを這わせながら笑いこけていた。ヤナタは瑠奈の言葉を待っていたのだが、言葉とともに肩をすくめた。うごめく文字と幻想のかけらを見つめていたがやがて意を決したように口を開く。

「ちょ、ヤナタ、何してんの」

 カッターを地面から抜き取った瑠奈は思わすそう口を開いていた。のどを過ぎる気持ちの悪い感覚。抜け出しようも無い悪夢が体内に入り込んでくる感覚。ヤナタはその感覚を信用すると、静かに立ち上がって声を上げた。ごぼうを振り回している洋介に向かって叫ぶように張り上げる。

「今先君。ホノカを現実感の核に置いたんだね」

「ヤナタか。そう。そういうことだ。ホノカはアンドロイドだからな」

「機械性と仮託された人格性の中心として用いたんだね。今先君。じゃあさ、どうしたらいい。ホノカの二つの性質を利用して制御しようとしたのが失敗したのなら」

 洋介は文字に侵食されつつあった。一条の輝きとともに腕元に進入してくる奇妙な蠢く幻想に囚われては腕の星の紋章の輝きが弱まってゆく。ごぼうを振り回してみながら、文字の波に静かに固定されてゆく体を見下ろしてため息をつく。

「無限性と有限性。二つの証明が、ともに、さ、あるの、さ。どちらかを選べば俺が創ったここは崩壊するよ。バランスが、な、違ったのさ。ホノカについても、さ。俺が考えていたのよりずっと」

 透が震えていた腕をつかんだ。それから驚愕したように顔を上げて洋介のことを見つめる。固く結ばれていた唇が震えて声にならない声がかすかにもれ出し、いつしか渦巻き始めた文字たちの波に飲み込まれてゆく。声は届かないだろう。今先洋介が静かに中核への歩みを止められているのに対し、アリスは確実に歩を進めていた。静かにナイフを振るいながら、浮遊する銃弾に合図を出す。打ち砕き、切り裂き、飛び、握りつぶし、踏み砕き、アリスは反射的に全てをなしていた。ヤナタは復元力で持って元の形に戻ろうとするカードをつかんだまま文字たちの幻像たちの海に飛び込んだ。奇妙な感覚だ。深い、何も見えない。恐怖が襲ってくる。水流の音。轟音。切り裂く音。ヤナタは静かな汗と決壊した涙腺を流れるに任せた。冷え込むように血色が失われていく。泡と水の感覚。もがいても、もがいても。どうやっても逃げ出すことができそうも無い囚われた感覚。足の歩みが止まってしまいそうになる。カードが示してくれるヤナタに理解できる少ない数式と、文字が、イメージの奔流から浮き上がる木材のように、ヤナタのことを救い上げてくれる。

「ヤナタ。あんた、そういう役割じゃ、ないでしょ」

 瑠奈は口元を押さえながらそう呟く。視界を覆う色とりどりの羽虫のような幻像たち。ヤナタが歩む場所へ向かってカッター片手に切り抜けてゆく。ヤナタの足は止まらなかった。そのまま中心核へと、ホノカの元へと歩んでゆく。溶けてゆく波。押し流されてゆく人。ザラザラに飲み込まれる音。強要された轟音。息は荒くなる一方だった。ヤナタの思い出したくも無いイメージ。流れてゆく、流れて。声も出せない。息もできない。ぐらぐらに揺られて場所もわからない。位置もわからない。ヤナタは音を上げかけた。一瞬の叫びとともにその存在を消し去られそうになる。

「水、だ…」

「何、ヤナタ。どうしたの」

 ヤナタは呟くように漏らすと、顔を背けようとした。背けた先。そのまま視界がぐるりと海原のようなものに囲まれてしまっていた。逃げ道。結局は、ヤナタにとって足を前に運ぶしかなかったのだ。そうするしかなかったのだ。確かに他の場合なら立ち止まってその子供じみたようにも感じる幻像を笑ってしまうこともできただろう。瑠奈の声を耳に収め切れる冷静さがあればヤナタは瑠奈と合流したかもしれない。だが、そのときのヤナタには他に方法が無かったのだ。確かに前に足を進める以外に方法は無かったのだ。ヤナタの手のうちで湿り気に中、滑り出そうとするカードが一瞬の輝きを帯びてヤナタを溶かし出した。一瞬の科列。漂う感覚とともに吐き出された感覚。ヤナタの手のうちにあったカードが実態を失ってしまって静かな輝く文字数列となって手元に残った。

“群は素数分の1 上記のとき“

 手元の文字はきらめいて角度が変わると綺麗な輝く窓がいくつも重なったような幾何学模様にも、澄み切った青い空のようにも見えた。功永ヤナタは両手で包み込むように文字を抱いて静かに歩みを推し進めた。形見透は震える腕を抱いて静かな嗚咽を漏らしていた。胸ポケットを握り締めて、震える腕をつかみとって震わせた。今先洋介の実態は侵食されつつあった。腕に輝く星の紋章がうっすらとした輝きを失いつつあった。文字たちが、幻像たちが、星の紋章を目指して蠢いて洋介の憂鬱な笑みの中に吸い込まれてゆく。御前崎瑠奈はヤナタの声が響いていた先を見つめていた。静かに浮かぶ文字たちに包まれていたヤナタの姿を視界にとらえていた瑠奈は、ヤナタの手元が輝いたかと思うとその姿を見失ってしまったのだった。思い出したようにカッターを片手に暴れだした瑠奈は、からみつく文字たちの列を散々に切り裂いた。アリス=ディアナは静かに飛び回るキャラクターたちを確実に仕留めていた。銃弾が笑いだすように飛び回る文字たちを打ち砕き、ナイフが染色一色の黒へと染まりつつある無軌道な色の集合体を突き刺してゆく。

「ふむ、もう少しか」

 アリス=ディアナの視線はホノカの姿とそこへ近づくヤナタの姿をすでに視界にとらえていた。彼女もまた、自身のありようをそのままぶつけていた。興味深い文字列の蠢きと規定された動きで彼女を縛ろうとしてくる淡い色々の存在を銃弾で持って打ち砕き、ナイフで持って突き刺し、犠牲者として様々に浮かび上がらせては沈み込ませ丁寧に視線の奥へと焼き付けながら消去してゆく。その流麗な動きもやがて留まる。アリスはやがて疲れを感じたのかヤナタが歩きながらホノカに近づくのを眺めながら、ナイフの輝きを眼前に躍らせると、どこか投げやりな表情で視線を細めるとナイフを腰に差し戻した。そのまま銃弾への指令も断ち切ると自由落下に任せてしまう。深い深呼吸の後、アリスはそのまま文字たちが、幻像たちが、自身を規定してこようとすることに身を任せる。極めつきの狂気が身に沸き起こることも、ある絶望感がその身をとらえようとすることも、虚脱させられたような倦怠感にさいなまれることも、アリスにとってはどうということも無いようだった。ヤナタがホノカに近づいていくのをアリスはその長髪を束ねながら、文字と幻像の束に蝕まれながら、静かに歩き、そして凝視した。

 功永ヤナタは両手で包み込んだ瞬く文字を手にホノカに近づくと声をかけた。

「やあ、ホノカ」

「ヤナタ。どうしたのでしょう。ホノカは何かおかしいのです」

「そうかな」

「そうなのです」

 ホノカの周りだけが実態的でもあり幻想的でもあった。周囲を飛び回る文字と幻像の群れから分離した孤島のように、あるいは台風の目のように、溶け込むものを阻害するように、瞬く旭日点でもあるかのように。座り込んだまま視線を伺うことも無いホノカはヤナタに合わせることのない視線で一点を見つめながらそう答えた。

「今先君はホノカに何をしたの」

「ホノカには理解できません。洋介はホノカにいくつかの質問と記憶を求めました。そしてホノカに言いました。擬制的な役割を果たしてくれないかと。その言葉の後、透と洋介が言い争いを始めました。ホノカの周りがおかしくなって、ホノカはおかしな気分なのです。どうしたのでしょうか。体の中から何か新しいものが生まれてきてはホノカの必要だと思っていたものを少しずつ削り取って置き換わっていくような、そんな気持ちです。ヤナタ。分かりません。ホノカにはそれ以上のことは分かりません」

「そう」

「そうなのです」

 ヤナタは静かに両手ですくいとるように抱いていた輝きを両手で包み込むとその輝きを一瞬の間だけ抱き抱えた。

「ホノカ。ねえ、どうしたらいいんだろう。幻想技術惑星FINAGSTでの会話を思い出してしまうんだよね。香奈元覆返はさ、決して諦めてはいなかった。あるいは追い込まれていたのかもしれないのに。どう、覚えているかな、ホノカ」

「ホノカ。覚えています」

「ホノカのことを所有しているのかな。経済惑星エコノスロロニーニで契約したんだったよね。ホノカを手に入れてカードを提示した。そうだったと思う」

「慣例どおりならホノカにはその通りだと思えます」

 ヤナタは両手ですくいとっていた輝きを両手の平から解き放つと、ホノカに向かって漂わせた。苦しそうに顔をゆがめてゆく。片目がやわらに閉じられてゆくと、ほぞが力強く締めつけられて浮きあがる。奇妙な文字たちと幻像たちが標的を視界に納めて、ヤナタを囲むと様態を定めようと襲い掛かってくる。からみつく文字と色と幻像とに向かって投げやりに腕を振り払って退けてみる。ヤナタは幾条かの色のついた幻像と文字を振り払うこともできずに吸い込むと口を開いた。

「これね、小さな王さまから貰ったんだ。これ、あのときはカードだったんだ。だから、たぶん、ね。結末はこうなんじゃないかな。ホノカと出会うときに使ったからさ」

 功永ヤナタはそういうとそれからむせ込んで黒い色の蝶のような幻像を吐き出した。抜け出しては入り込んでゆくものが自分の最も弱いところ規定してしまうことをヤナタは感じていた。蝶たちが口の周りを漂って再び入り込もうとするのを視界のはしでとらえながら、ヤナタはぼんやりとホノカに向かって漂い行く小さな瞬きのことを見つめていた。

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