表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

戦闘創造!

「だから、どきなさいよ。アリス」

「断る。今日は邪魔というものを想定して戦闘訓練を行っているのだ」

「それなら洋介と透を呼びなさいよ」

「断る。洋介からは誰も通すなと言われている」

「それじゃ何。訓練って何なのよ」

「実践訓練だ」

 かき分けて。かき分けて。人ごみの最後に蠢くねばねばした物体をかきわけたヤナタはねちゃつく粘液を見ると鳥肌とともに浮かび上がる糸を平手で振り回して払い落とし、瑠奈に向かって声をかけた。

「御前崎さん。どうなったの」

「ヤナタ。どうして。うん。いい。丁度いい。ちょっと協力して。こいつどうしてもどいてくれなくて」

「貴様は」

 瑠奈はアリスの腕に組み付いて引っ張ったり押し込んでみたり。その体を微動させてはいるのだが、ゆらゆら揺れるアリスの足元は全くといっていいほど揺らぐ気配すら見せようとしていない。アリスは視線をヤナタに向けてしまっていても、その両足は絶えざる振動に打ち勝って直立不動の姿勢を取り続ける。

「あ、戦闘創造の人。ナイフと、あ、そうだ。絆創膏。ありがとう」

「うむ。ナイフをつかむような愚か者でも挨拶くらいはできると見える」

「いいからヤナタ。手伝いなさい」

 ヤナタは瑠奈の言に従っておずおずとアリス=ディアナに近づくとその腕をつかんで引っ張ってみる。予想通り全くといっていいほど動揺もしない、動きもしない。銃が立てかけてある扉に向かって手を伸ばしてみると思いっきりはたかれる。ヤナタは瑠奈に向かってひそひそと問う。

「無理じゃないかな。御前崎さん」

「何言ってるの。洋介のは危険なのよ。洋介と透は初等部創造課Zの中でも特異なものに挑んでいるんだけど、特に洋介のものは、創造の証明は、透にとっては、」

「そうだな。御前崎瑠奈。あの二人からは闘争の魅力的な匂いがする」

「聞き取れちゃうんだ」

「至近距離だからな」

 ヤナタはアリスに向かう会話とともに、突然、勢いよく体重移動を行って引っ張った。それにも関わらずびくともしないアリス。瑠奈の引っ張るタイミングに合わせて引っ張ってみても駄目。ヤナタはつかんでいた腕を離して愚痴をこぼす。

「この人、重すぎなんじゃないかな」

「重いわよね。どのくらいあるのかしら。きっとヤナタ三人分はあるわ」

「失敬な」

「ね、御前崎さん。暴れちゃえば」

「できればやってる。アリス相手にそれはちょっと厳しいの」

 アリス=ディアナの顔が少しほころぶのをヤナタは見た。ヤナタはしぶしぶ口にする。

「説得だね」

「そうね」

 瑠奈もアリスの腕を解き放つ。ヤナタは時間を考えて口を開くとアリスの言葉に則って考えながら話し始める。

「あの、アリス。今先君と形見さんが中にいるんだよね」

「おそらくそうだ」

「アリス。一緒にいたホノカのこと知らないかな」

「ホノカ。ふん。機械人形のことだな」

 瑠奈はヤナタの表情を見て、行動を見て、驚きに口元を覆ってしまう。ヤナタは不快に表情を歪めるとアリスの胸倉を掴み取った。

「さっさとどいてよ。アリス。君、少し嫌な人だ」

「なぜだ」

 アリスは持ち上げられた迷彩服の胸倉に置かれているヤナタの手を冷静に取り払うと、そのままひねり上げて、短くたずね返した。ヤナタは痛みとともに現れた問いに少しばかり困惑したのだが、そのまま流れに任せる。腕の後ろを振り返りながら、浮かび来る言葉を短く区切って答えた。

「理由。そんなもの、ないよ。どきなよ。戦闘創造するんでしょ。ホノカのことは所有していて所有していないんだ。形見さんはホノカに名前をつけたんだ。本当は自分でつけたかったんだけど、今はそれでよかったと思うよ。だから速くどいてよ」

「形見透と今先洋介は、」

 瑠奈はヤナタに目配せする。ヤナタはそのままひねり上げられた腕の背後でしゃべりだそうとしていたアリスを見上げる。瑠奈が口を開いた。

「アリス=ディアナ」

「何かな。御前崎瑠奈」

「戦闘創造が今先君の行動の先にあるものとともにあることができると思ってるの」

「どう、だろうな」

 アリスは首をかしげただけだ。

「あまり考えたこともなかったな」

「そうだとするならどきさない」

「通してどうなる」

「わからないかしら。戦闘的に創造するのよ」

 その言葉と同時にアリス=ディアナはその直立の姿勢を崩すと、ヤナタの体を離した。その腕が腰元から取り上げたナイフを御前崎瑠奈のカッターブラウスへと押しつける。瑠奈の腕がポケットから取り出しかけているカッターをのぞかせたところで停止して、その体が沈み込む。足が素早く振り回されて、アリスの体がふわりと浮き上がった。そのままのしかかるように落ちる。上体も低く床を這うように片足を床に伸ばしている瑠奈の腕からカッターの鈍い刃が突き出されて、アリスの迷彩服を掠め切った。はらはらと繊維が数本落下する。アリスのナイフ。アリスの腕がつかむきらめく刃は瑠奈の首筋へと伸ばされていた。アリスは口にする。

「どうしようというのだ御前崎瑠奈。戦闘には知識が要る。お前もあの軽率なだけの、も?」

「じゃあ、君は」

「うむ。それもそうか」

 ヤナタが教室の扉をつかみながらそう問いかけると、アリスは首をひねってナイフを引いた。はらはらとまた幾本かの繊維が落ちる。瑠奈に向かって手を差し出して立ち上がらせると扉に立てかけたままヤナタによって転がってしまった銃を拾い上げた。

「えっと、そのごめん。アリス」

「何を謝る。御前崎瑠奈」

「たぶん、服のことだと思う」

 アリスの視界は捕らえているものの意味を理解していたし、ヤナタの声が無かったとしても認識させられるのはそう遅くは無かっただろう。瑠奈が切り裂いたカッターの裂け目から迷彩服の繊維がはらはらと落下していくのは少しでも視線を下げたなら気づいていたはずだろうから。周囲の人だかりを見回すとヤナタの腕が開こうとしている教室への扉を凝視する。

「う、む。今日の戦闘創造は、邪魔を、な、想定しているからな。黒のランをその、着込んでいる、から。少し、恥ずかしいが、まあ、その、なんだ。私も、教室の中でしばらく休息を取ったほうが、だな」

 ヤナタの腕が教室の扉を開ける。足を踏み入れる。

「御前崎さん、あの」

 振り向くと瑠奈よりも先に紅潮したアリスが飛び込んで、それから教室の中を凄い勢いで走ってゆく。ヤナタは悪戯っぽく笑う瑠奈とともにうなずき合うと周囲を見渡した。鏡を前に髪型のセットをしながら複数ラインの小さなディスプレイ付のコードを束ねるシワル=シヨハ、固い表情にままもくもくとノートへと書き込みを続けているバカバット、そして教室の隅の目に当たりづらい場所で予備の服であろうふわふわのトータルネックを着込んでいるアリス=ディアナ。いない。もう一度。窓、机、椅子、教壇、黒板。ヤナタは視線を回転させた後、瑠奈に向かって口を開く。

「御前崎さん。どうしたんだろう。どこに。今先さんと形見さんは。ホノカは」

「黒板」

 瑠奈に言われたヤナタはもう一度黒板を眺めてみる。文字が描かれている。

“N∧CARDΩ∧Nを満たす群数が存在するとき“

 その後に長々と続いている。

「あれがどうかしたの」

「鍵ね」

「あの文字が何か分かるの」

「わかんない。アリス、アーリス。あんた分かる」

 瑠奈は黒板に向かって取り付くと視線で文字を追う。後を追うようにヤナタも教壇の近くの段差へと腰掛けると背中越しに黒板を見上げてみる。瑠奈がトータルネックと迷彩ズボンという妙にほわほわした姿のアリスに向かって問いかける。

「私は、その何だ、わからん」

「バカバット。わかる」

「わし、か。知らんな。だが、やつが興味を持つことだ。極大領域に関することに決まっているだろうとわしは睨んでいるが」

 バカバットが呼ばれたことに気がつくまで一瞬の間があった。首を持ち上げたバカバットはノートに記す手をやめることなくその低いテノールで答えをひねる。黒板の羅列を同じように写し取り始める。

「シワル=シヨハ。分かる」

「へ。あの。私。瑠奈。私に聞いてどうするの。私に聞くの」

「ええ」

「ふえ、そう。そうだなあ。知ってるかな。でも、私に聞くと」

「いいから」

「ふあ、うん。あれは、たぶん。無限数の仮体のことだと思う」

「何それ」

「古い世界の暗号」

「だから何よそれ」

「ふえ、あうー。瑠奈。そんな無茶言わないでよ。え、ふあ、あの。つまりだよ。ずっと昔に解き明かされた暗号のことだよ。それで、その暗号には、大きな数え切れないものがあるかどうかのお話が描いてあるの」

 シワル=シヨハは瑠奈との会話の最後で初めて鏡から顔をそらすとヤナタのことを見て取って瑠奈に向かってたずねかける。

「ふぃ、瑠奈。あの、誰、その子。瑠奈のお友達、かな」

「あなたのお友達にもなるかもね」

 瑠奈はそう言うと黒板のはしに小さなイヤーパットを押し付けて黒板上にミミズのようにみえる小さな細長い体に表面分割が施されているものの絵を描いた。黒板の色がきらめく。白線が黒板の色を塗り替え、塗り替え、細かな線が透過するとそのまま消える。ヤナタはその薄い線が切り裂いた黒板の先を覗き込んだ。その先には人影が、確かに人影が見えていたのだった。塗り替えられた薄い線が消えてゆく。

「無理だよ。瑠奈。洋介がやってるんだよ。運任せだと厳しいよ」

「御前崎瑠奈。力任せの方法は私が試したのだ」

 シワル=シヨハが口元をなでてイヤーパッドを耳に当て始めた瑠奈に向かってそう言うと、トータルネックがボディラインを強調してしまっているアリス=ディアナが続けるように口を挟んだ。

「バカバット。あんた手伝いなさい」

「断る。私にとっては関係のない話だ」

「アリス」

「私はもう試したのだ。戦闘創造は相手を求めているからな。結果は。まあ、もう一度試してもよいが。この格好ではやる気も半減だ」

 机に向かってノートを取り続けるバカバットとトータルネックを着込む胸の辺りを持ち上げてみせるアリス=ディアナ。瑠奈は片目を閉じて首周りを撫で回す。それから鏡と向き合っているシワル=シヨハに向かって途切れた言葉を投げかけてみる。

「シワル=シヨハ。あんたが協力すれば、楽、なんだけど、どう。厳しいかな」

「ふわ。やっぱ、駄目だと思う。私のやり方は確定的だから。きっとバッドエンドを回避できないんだよ」

「そうなの。ごめんね」

 瑠奈はそう口にしてしまうと教壇と黒板との間に置かれている段差に腰掛けて何かを呟いているヤナタを見つめた。ため息をつく。

「ヤナタ。あんた。何しに来たのよ。手伝う気ある」

「あるよ。でも、どういう事態なのかわからないから。どうしようもないんだ。御前崎さんのことが心配だったし、今先君と形見さん、それにホノカが大変なことになりそうだってそう思って」

 ヤナタは足元をぶらつかせながら背中越しに黒板を見上げてそう言った。長い黒板上の文字の朗読を一瞬、止めて答えを返す。そのまま黙視に切り替えて視線とともに時折軽めに口を動かす。瑠奈はヤナタの言葉にほほの辺りを持ち上げて笑いを押し殺すように口元を痙攣させたのだけど、黒板に夢中のヤナタはそんなことには気づかずに少し憂鬱そうに遠くを眺めていた。瑠奈の声は少し浮き上がるようなソプラノだ。

「それで、ヤナタ。あんたは小さな王さまから何を貰ったの」

「カード。これだよ」

「何に使うのよ。これ」

「さあ、経済惑星エコノスロロニーニでは凄い大金が入っていたんだけど。ホノカのことが簡単に手に入るぐらいの」

 ヤナタは胸ポケットからカードを取り出して瑠奈に向かって見せた。瑠奈はカードに向かうと角度を変えて何度か眺めた後、一人で声を出し、イヤーパッドからの返事を受け取る。首を振る。黒板の周りに近づいてきていたアリスはトータルネックを唇付近まで巻きつかせてみながら、歩く。黒板への興味を満足させた後、何気なくヤナタの持つカードを覗き込むとナイフを抜き放って声を上げる。

「貴様。それは。それを小さな王さまの言葉にして貰ったのだな。貴様。信用者だな。貴様。シワル=シヨハ。見ろ。あの証だ」

「ふえ、ちょっと見せて」

 シワル=シヨハは立ち上がるとその目を細めてカードを眺めて鏡をかざす。そのまま直接と鏡越しにカードを眺めることを繰り返したシワル=シヨハ。ヤナタは透き通るような肌のシワル=シヨハと鏡の中の同じように透ける肌をしたシワル=シヨハとが交互に眺めてくるのを少しおかしく見ていたのかもしれない。座ったままのヤナタは背後の黒板の朗読を終えてシワル=シヨハをにっこりと眺めていた。シワル=シヨハは見比べの往復をやめるとやがてアリスに向かって首を振った。

「らぁ、残念。この子がせっかく小さな王さまから言葉を貰ったはずなのに。どうしてかな。このカードにはほとんど力は残ってないんだよ。アリス。残念だよ」

「そうか。残念だ」

 アリスはヤナタに向かって振り下ろすことがいつでも可能であったナイフを引き戻して腰にかける。シワル=シヨハは座り込むと鏡を大切そうに机の上に乗せると成り行きを見守っていた御前崎瑠奈に向かってたずねかけた。

「瑠奈。あなたが得ているのかな。そのカードの力を」

「どういうこと」

「あれ、違うの。うん。でも、力を与えた後だとしてもそれなりのことはできるはずだよ。そのカードで黒板を読み取らせるといいんだよ。きっと。ふぁ、でも、でも、瑠奈じゃないんだよね。瑠奈の力じゃ開かなかったもの。じゃじゃ、ふぇ、あれれ、そのカードからの力を得たものは一体誰なのかな」

 シワル=シヨハはそう言ってしまうと、もう、その透き通るような肌を鏡の上に躍らせることと、小さなディスプレイ付のコードを引っ張っること、そしてディスプレイに触れること、以上、その三つの作業へと夢中になって他のことを気にしようともしなくなった。瑠奈はヤナタを見下ろして片手の手の平を天井に向かって開いて見せて、どうぞやってみたらと言いたげだ。アリス=ディアナはナイフを収めた後は、黒板に向かって銃を突きつけた。ひどい銃声が響いたのだが、銃弾の着弾音はなく黒板とアリスの間に数十本の薬莢が浮かび続けるだけだった。ヤナタは横目で騒音の源を眺めた後、立ち上がると少しチョークにまみれてしまったお尻を叩き、半信半疑でカードを黒板に向かってかざして時を待った。ヤナタの口が自然と動く。朗読していた言葉を繰り返す。合間にポツリと漏らす。

「うあ。何これ」

 白線が幾重にも幾重にも黒板を薙いでゆく。

「ヤナタ。何、これ」

「むむ。なぜ私まで」

 ヤナタは飛び上がるような感覚とともに、食べ物をお腹いっぱいに食べこんだような感覚を感じた。浮かび上がる感覚とともに周囲の景色が崩れてゆくと、視界の中枢で言葉の羅列と数字の羅列が目まぐるしく入れ替わって、奇妙なタペストリーを織り成してゆく姿を見せつけられた。そのまま白線が増えてゆく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ