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おかしな世界とその受付とアンドロイド

 ヤナタたちは町をすごすごと歩んでいた。曲がりくねった道とも思えぬ道を行き、そうと思うと直線道が永遠に広がるような光景に出くわし、坂の上の巨大な街並みを眺め、下り坂に見るおぞましい平坂を一瞥し、歩んだのだ。その間中、ヤナタは考え事とともにあり、透と瑠奈は密やかな談合と怒りと笑いとともにあり、ホノカは困惑とともにあった。ホノカには機能領域の不稼動が常態化した身の上に関する緊急報告義務があるのだが、それと抱きつつあるある感情との間の均衡が困惑の種だった。ホノカはやがて静かに義務の履行を優先と判断し、ヤナタに向かって口を開いたのだけど、ヤナタにとってはそれと同等程度の重大な事を考えていたのだから、ヤナタの返事がその場しのぎのいいかげんなものだったとしても一概に責めることはできないだろう。

「ヤナタ。実は、伝えなければならないことがあります」

「え、うん。あの、どうしたの。ホノカ」

「ホノカの機能領域の不稼動部分が十五%を超えています。このような状況に陥った場合、ホノカには所有者への報告義務があります」

 ヤナタはホノカのことを伺うことも無く考え続けた。ましてホノカの深刻さに気づいた透と瑠奈が様子を伺っていることになど気づくはずもない。

「え。あ、そう。でもね、所有しようとしてはいけないって小さな王さまも言っていたし。そう、どうしようか」

「その場合、ホノカは非所有のアンドロイドとなります。それは非常に困ることです」

「どうして」

「それは」

 ヤナタはホノカの言葉をほとんど聞こうともしていなかったし、ホノカの方はそれ以上のことを告げるまでの安定した状況に無かった。街並みを行く。速度が伸縮し奇妙に景色が流れる。

「それなら非所有のアンドロイドでいいと思うよ」

 ヤナタはそう言ってホノカは静かにうつむく動作を取ると機械音なしに漏れ出すような呟きを口にした。

「では、ホノカ、必要ありませんか」

「え、どうして」

 ヤナタは足の動きとともに思考を中断する。ホノカに向かい合おうと視線を移した後に、透の極めつけに冷たい視線にぶつからざるを得なかったヤナタの驚きはそれなりに大きなものではあった。

「ヤナタ。アンドロイドは所有しなければならないの。小さな王さまの言葉は正しい。でも、実行は困難なの」

「ね、でも透。非所有か所有かとかの前の話だと思う。どうしたらいいかな。アンドロイドの機能抑制状態はちょっとまずいよ」

 透は冷ややかな底冷えするアルトでヤナタに寸言を返し、瑠奈はホノカのうつむいた顔を上げさせてチェックを始める。流れ行く景色が硬直しようとしてもがく奇妙な風景をその視界のはしに収めながらヤナタはたずねた。

「形見さん。どうしたらいいの」

「瑠奈。まずはこの王宮街から出る。チナミに連絡入れて。それから学園に入れば落ち着く」

「了解」

「ヤナタ。あなたは守るの。ホノカの側にいるの」

「どうすれば」

 透は鋭い視線でホノカに二度の問いかけを行った後、N型アンドロイドを座り込ませて、振り向いた。ヤナタの腕をつかむ。命令を下す。

「私がやったみたいに話しかけるの。機能は回復に向かうからってそういい続けるの。効果があるかどうか」

 静かにN型アンドロイドへと近づけさせられたヤナタはそこにあったホノカの姿に胸を打たれる。アンドロイドが沈み込んでいるのだ。あまつさえ、あまつさえ。首を振ったヤナタは静かに問いかける。

「ホノカ、何が問題なの。何も問題なんて無いよ」

「問題あります。機能領域の十五%が何らかの理由により作動していません。この場合ホノカはN型アンドロイドの適正能力を大きく下回っており、抹消される可能性が高い」

 ヤナタは驚いたのだけど、驚きを表には出さなかった。経済惑星エコノスロロニーニでN型アンドロイドへの興味を持ったそのときから、ヤナタはあるいはその意味を考えていたのかもしれない。できるだけ柔らかい表情を心がける。

「ホノカ、N型アンドロイドは眠るのかな」

「ヤナタ。何をおっしゃっているのかホノカには理解できません」

 ヤナタは辛抱強く奥歯を近接させると一語一語はっきりと聞こえるよう区切りながらホノカにたずねた。

「休まないのって、そう聞いたの」

「休息モードは存在します」

「それなら、そう思えばいいよ。今は休息モードにあるのだと」

「ヤナタ。そのようなことはありえません。なぜなら休息モードの表示は」

 ヤナタはホノカの言葉を切ってうなずくと、それから座り込んでいるホノカのその額に手を当てて、髪の構造体をかき上げてやった。切れた言葉と額の手の関連性を考えようとしているのか不思議そうに首を傾げるホノカに向かってヤナタは滑らかに口を開いた。

「人間は眠るときには何も見えないし、何も感じない。怖いかな」

「理解できません」

「眠れない小さなころ、時々こうやって、おでこを覆ってそれから暗くしてもらっていたことがあるんだ。ホノカ。どう。おかしい」

「理解、できません」

「そう。それなら目を閉じてみてよ」

「それは、」

 ホノカは何かを詰まりながら答えようとして、ヤナタは静かに目を閉じて見せていた。N型アンドロイドはヤナタの会話に対応することを持って他のことへの機能領域の非重要区分への配慮を優先性からはずしていたのだろうか。ホノカが会話に気を取られるということが有り得たのだろうか。わからない。王さまの宮殿があるこの最期の楽園にして煉獄の地では何が有り得るのかもわからないのだから。

「透。チナミが校門前を空けてくれているって」

「そう」

 御前崎瑠奈はイヤーパッドを耳から取り外して形見透にそう告げた。もう一度イヤーパッドをはめ込むと連絡を続ける。うなずいた形見透は胸ポケットから取り出したボールペンで静かに文字を描き始めると、そこから飛び出した文字によって軽快な音を立てて扉が生まれる。

「行こう。ホノカ」

 透はホノカの腕をつかみヤナタはゆっくりとその額から腕を引いた。過ぎ去ろうとする景色に釘を打ったかのように存在する扉をくぐるのは形見透とN型アンドロイドのホノカであって、後に続く御前崎瑠奈は功永ヤナタのことを見つめた後、一言口を開いてから門をくぐったのだった。

「ヤナタって、時々、かっこいいこというね」

 ヤナタは瑠奈の声に瞬きを返すことしかできなかった。その消え去る背の後を追って考えることを考えながらだろう、定まらない視線を漂わせて扉を通る。眠れないとき。なぜあのような言葉がヤナタの口から飛び出たのかは分からない。人は状況に従って様々に適応するものなのかもしれない。黙考しながら自然に動く足が赴くままに扉をくぐるヤナタは視線がとらえる空間をとらえるでもなく認識していた。

 鉄格子が見える。透と瑠奈、そしてホノカの姿が見えない。見えるのは鉄格子。振り向いてのれんと和風建築を確認する。天の川学園受付。ヤナタは視界にとらえたその場所へと漂う。チナミの声が響いて二人の天の川学園初等部創造課Z―404の生徒が飛び跳ねて放り出される。瑠奈と透に近づくヤナタはしっくりと来ない様子で片腕をつかんでさするだけ。

「チナミ。一体何なのよ、全く」

「瑠奈。チナミ、私たちの協力なしでどうするのかしら」

 瑠奈と透は口々にそう述べると秘密会談を始めてしまう。だから、私が、でも、だとかそう言った単語がヤナタの耳にも入ってくる。ヤナタは瑠奈と透の秘密会談の開催地をそのまま通り過ぎるとのれんをくぐる。受付の中ではチナミが真剣な表情でホノカと何かを語り合っている場面が展開中だ。ヤナタは聞くでもなく聞くと静かにその側へと近づいてそれからふわふわの雲の椅子に座り込む。チナミは体に現れるグラデーションを激しく波打たせるとヤナタを一瞥し、腕をつかみとっているホノカとの会話を続ける。

「ホノカはチナミの言うとおりにすべきです。分かりましたか」

「ホノカの所有者は功永ヤナタとなっています。登録者は形見透。あなたの言うとおりにする理由がありません」

 ヤナタはそのままふわふわの椅子に体を預けて二人を見た。理由は単純で二人から同時に視線を向けられたから向け返したのだ。

「功永ヤナタ。この子に向かってチナミの言うことを聞くよう命令するように。チナミはそう要請します」

「ヤナタ。ホノカはチナミのことを知りません。信用できますか」

 ヤナタは響く二つの声を相手に様々なこととともにありすぎて疲れきっている体と頭でできうる限りの返事を返してみる。

「どう。それで。調子直ったの。ホノカ」

「功永ヤナタ。いいからチナミの言うことを聞きなさい」

 チナミはそのソプラノの硬い声でもって精一杯の威厳を持ってヤナタにそう言うとホノカの腕をつかみながら何かの針のようなものを取り出している。

「え、あの。うん。ホノカ。チナミは天の川学園の受付で、そうだ。一応はこのヤナタの恩人になるから、信用はできると思うよ」

「分かりました。ホノカ、チナミに従います」

 ホノカの了承とともにチナミは手に抱いた針をホノカの腕に突き刺した。そして急いで振り向くとどこからか取り出した歪曲したものをホノカの体の中央の胸の少し下に置いてくるようにして貼り付けた。歪曲したものは綺麗に溶けて消えてしまう。チナミはそこまで終えるとその波うつ虹色の髪をかき分けてからため息をついた。

「これで安心とチナミは思うのです。どう。ホノカ。まだ機能領域の不稼動部分に問題を感じますか」

 ホノカは自分の体を見下ろすように眺めてしまった後、首を傾げてしまう。まるで自分の意思で見下ろしたのかどうかを確かめるかのように目元に向かって伸びたその手がゆるやかに流れて触れる。

「不稼動部分の利用性を感じません。残存機能の利用効率の上昇を把握します」

「そう。それではホノカ。ここから出て瑠奈と透を呼びなさい。ヤナタ。あなたはここで帰還の手続きを行って下さい。用件と名前とレストリビュート番号」

 ヤナタはチナミにそういわれてしまうと何も出てこないまま首をかしげてしまう。口ごもったまま言葉を紡ぐとにょろにょろと形にならないへんてこな答えを返してしまう。

「用件。あの、用件。そう。王さまのところに行って、経済惑星エコノスロロニーニに向かったでしょ。で、ホノカと出会って、幻想技術惑星FINAGSTへ寄ってNH未認証系のことを聞いて、そして」

 チナミはその端麗な顔の上に変わり行く色々が織り成すグラデーションの嵐を起こして歪めてしまうとヤナタの言葉を断ち切ってしまう。

「功永ヤナタ。それは用件ではありません。ただの羅列です」

「えっと」

 ヤナタはにょろにょろの言葉を続けるとその短い髪をかき混ぜた。そうした上で乾いた音とともに笑い顔を浮かべてみたのだが、どうやら、その様子ではどうにもまとまりそうもなかった。助け舟は声からだ。

「あ、チナミ。ね、ね、どうやった。ホノカのこと」

「私たちを追い出したりして」

 瑠奈と透の声が進入するとヤナタはほっとしたようにようやくにょろにょろの言葉を切り落とすと、チナミに背を向けて入り込んできた二人の姿を指差すことで答えとした。

「どちらかに聞いたほうがはやいと思うよ。チナミ」

「透。チナミへの報告を。用件。名前。レストリビュート番号」

「王さまの宮殿からの帰還。形見透、御前崎瑠奈、功永ヤナタ。他一名。この者は現存ではヤナタの所有となるアンドロイド。名称ホノカを随行。レストリビュート番号は初等部創造課Z―404」

 チナミは空中をパネルにして何かを入力すると、満足したように微笑んだ。それからその甲高いソプラノの音とともに頭を下げる。

「お帰りなさい。透。チナミは三人の無事を歓迎いたします」

「うん。ありがとね。チナミ」

 透がうなずくとき、瑠奈はチナミを問い詰め始め、ホノカは透の側でふわふわの椅子に腰掛けた。チナミは瑠奈に向かって答える言葉を選びながら吐き出した。

「どうやったの。チナミ。一体、何者なわけ」

「天の川学園受付のチナミなの。瑠奈。このくらいできないと創造課Xの子たちを相手にもできないの」

「それはそうかも」

 瑠奈は問い詰めた割には簡単にうなずいた。透は後ろ髪をなでながらホノカに必要なことをたずねた後は直ぐに学園内に向かって歩き出したし、瑠奈も後に続こうとした。透はヤナタの側で椅子に座り込んでいたホノカをつかみ上げて静かな対話を交わす。のれんをくぐろうとする三つの影がヤナタに向かって振り返る。

「どうしたの。早く創造に取り組まないと忘れることになるわ。ヤナタ」

「いや、少し疲れちゃって眠気がさ」

 ヤナタはチナミが静かに空中に触れて光の波を空間に泡立てている姿を目線から必死で押し出すとさび付いたように反抗する首を回転させて振り返った。口を開くヤナタ。もう目が蕩けて口が大きく開け放たれている。

「そうだとしたらもっと急がないと。瑠奈。連れてきて」

「私が。どうして。アンドロイドがいるじゃない」

「私、今先君とホノカについてちょっと相談したいから。あなたがヤナタと一緒にゆっくり着てくれると有難いんだけど」

 瑠奈は透とホノカを見比べた後、少しうがった笑みを浮かべて透に答えた。

「貸し一ね」

「借り一ね」

 透に連れられたホノカは半睡半起のヤナタに向かって頭を下げながら上目遣いの視線を投げかけていたのだが、一瞬の笑みとともに透から投げかけられる対話の山への対応に戻るとのれんをくぐる。残ったのは多少憮然とした瑠奈と事務作業と思しきことを続けるチナミ、そして、こぎ出だしたるはすぐる日の八島の海といった状態のヤナタ。瑠奈はしばらく昏睡を続けるヤナタを眺めていたのだけど、やがて思い出したようにガラス玉を取り出すと悪戯っぽい笑いとともにチナミに向かって口にした。

「ね、ね、チナミ。冒険したくない」

「チナミは静かに仕事する方が楽です」

「いいの。そんなんじゃ天の川学園の受付は務まらないって」

 瑠奈は受付の机越しに無理やりチナミを抱きかかえるとガラス玉を取り出して見せてそれから哀調の唄を歌った。“♪忘れたころ、風任せ、導さえも、失ったころ。I HAD BEEN TO”チナミは抱きかかえられた瑠奈の腕の中でその事態が進展する間も動く片方の腕で淡々と事務作業を続けていた。

「瑠奈。チナミの邪魔はよくありません」

 チナミはその透き通るような肌の色を真っ赤に染め上げて怒りのシグナルとノイズを飛ばしそう漏らした。瑠奈は満面の笑みとともに髪を躍らせながら歌いガラス玉の歪みを拡大させる一方だ。ヤナタはというとその映像を途切れ途切れのパラパラ漫画を見るように途切れ行く意識の中で把握もできずに眺めていた。ガラス玉に訪れた一瞬の膨張と歪曲拡散。受付の机の上でガラス玉と木材の衝突する乾いた音が響いた後は沈黙だけが天の川学園受付の書院造の建物を支配するのだった。

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