4 魔獣の繁殖期
たっぷり食事をとってから私はメイに手伝ってもらって入浴すると翌朝まで熟睡した。
その日はほぼ何もしていないのに全力で走り回った後のような異常な疲れ方だった。
夢の中に何度も日記の内容となぜかご先祖様であるアイ様が使った魔法の数々が頭の中に再現された。
ものすごく疲れる夢だった。
しかしそれに反して夢見で覚えた倦怠感と疲労は朝には綺麗になくなっていて、爽やかな目覚めだった。
「おはようございます。お嬢様。」
メイが朝食の準備が出来たと呼びに来てくれた。
私は早々と食事を終えるとメイと何もない庭に出た。
ここなら昨日ご先祖様の日記を読んで手に入れた魔法を試すのにうってつけだ。
でも、どの魔法を試したらいいんだろうか?
取り敢えず、爆発するような危ないものは却下だ。
私がそんなことをつらつらと考えていると急にメイが切羽詰った声で叫んだ。
「お嬢様、逃げましょう。」
「はあっ、急に何を言いだすのメイ?」
私を一生懸命に引っ張ろうとしているメイに振り向く。
メイは震えながら後方を指さした。
物凄い砂埃を舞い上げながら何かが迫ってきている。
なんだかわからないが非常事態だ。
しかし逃げるにしても相手のスピードが尋常ではない。
気がつくとあっという間にそれが目の前に迫ってきていた。
牙が生えた魔獣のぶた・・・?
「なんでここに魔獣がいるの?」
「分かりませんがお嬢様、はやく逃げてください。」
メイがスカートに隠していた短剣を抜く。
いくらメイの短剣があっても魔獣相手では勝てない。
「お嬢さま、早く。」
メイが私の背中を強くおす。
でも私はメイを見捨ててなんていけない。
何かこの場を切り抜ける魔法を考えなければ。
しかし、焦ればあせるほど頭がまわらない。
『どうしよう。なんとかこの場を守らなければ。守る、まもる・・・そうよ。』
『盾・盾・盾・盾・・・・。』
私は自分たちを囲むように盾のイメージをする。
危機一髪で私の魔法が発動して魔獣豚が盾で阻まれ、その盾に激突する。
でも勢いが強すぎてすぐに盾にひびが入った。
このままではこの盾も破られてしまう。
『そうよ、たしか漢字にひらがなと、それから、カタカナを混ぜるとあったわ。』
私は漢字の盾にひらがなとカタカナを織り交ぜた。
『たて・タテ・盾・たて・タテ・盾・たて・・・・・。』
もう一度、三種類の文字を織り交ぜてイメージし、周りを囲む。
囲み終わった直後、さっき作った盾のシールドが破れて魔獣豚が突っ込んできた。
しかし、私が二度目に作った三重のシールドに阻まれ、それ以上は突進することが出来なかったようだ。
今度のシールドはヒビさえ入らない。
『すごい。ビバ、ご先祖様。』
この時ほど、あの甘々な日記を残してくれたアイ様を心の中から拝んだ。
大分日が高くなるまで魔獣豚は突進を繰り返したようだ。
透明だった盾が魔獣豚の血でどす黒く塗りつぶされた。
これでは中から外の状況がわからない。
私は空を見上げた。
上に逃げれば飛べない魔獣豚も追ってはこれまい。
私は自分の背に鳥の翼をイメージした。
『つばさ・ツバサ・翼・つばさ・ツバサ・翼。』
「お嬢様、その背は・・・?」
メイが目を瞠っている。
「魔法よ。説明はあとよ、メイ。私に抱き付いてちょうだい。」
メイはおずおずと私の言われた通り、しっかりと私に抱き付いた。
私は翼を動かすと盾がない上空に舞い上がった。
盾を抜けて眼下を見下ろす。
盾を中心につぶれた魔獣豚が幾重にも積み上がっていた。
それ以外は別荘に向かったようだ。
焦って別荘を振る返るとなぜか別荘の周りをきれいに避けて、魔獣豚は通り過ぎたようだ。
なんでだろう?
私はそう考えながら魔獣豚が出てきたであろう彼方の森を見た。
なんだか他にも一か所だけ魔獣豚の死体が積み重なっている。
上空から恐る恐るそこに近づいた。
そこには食い散らかされたり踏み潰された人間の死体と魔獣豚の死体がごちゃまぜになって散乱していた。
思わず吐きそうになる。
「お嬢様、あそこにまだ息がある人がいます。」
見ると確かに大勢の死体の中心に動いている血まみれの人間がいる。
まっ動いているというよりは傍にいる人物ににじり寄ろうとしているようだ。
私は周りをもう一度見てからその人間がいる地面に降り立った。
どうやら砦の兵士のようだ。
私はメイを見た。
メイは男がにじり寄ろうとしている人物の前に屈むと傷を丹念に調べ始めた。
「メイ、どうなの?」
「なんとか息はしているようですがこの出血では・・・。」
確かに酷い出血のようだ。
私はご先祖様の魔道書の中にあった緊急用の医療道具をイメージする。
それは私がイメージすると直ぐに現れた。
本当は別荘に戻ってから治療した方が安全なのだがこの人の顔色から見てそうもいかなそうだ。
このままほおっておくとすぐにも死んでしまいそうだ。
「メイ手伝って。」
私はメイに声をかけると緊急用の医療道具から消毒薬を取り出す。
一番ひどい傷口にその消毒薬をぶちまけた。
男からうめき声がもれる。
私はそれにかまわずメイに手伝わして男の腹の傷口を晒すとまたイメージする。
『ちゆ・チユ・治癒・ちゆ・チユ・治癒。』
私のイメージに従って徐々に傷口が治癒されていく。
かなり酷い傷だったせいか治癒するのにだいぶ時間がかかった。
私は男の大きな傷口だけを治癒するとそこで治療をやめた。
やりすぎると本人の治癒力を大きく妨げるようだとアイ様の魔道書にあった。
私は治療を終えた男から離れると、彼ににじり寄ろうとしていた男のもとに向かった。
男はすでに力尽きてそこで意識を失っていた。
私はメイに声をかけるとさきほどと同じように男を治療する。
治療を終えた後、ふと思った。
メイと私の二人でどうやってこのガタイのでかい男を運んだらいいのだろうか。
流石に三人の人間を抱えては飛べないし。
「えっと。」
私は二人の男を見ながらイメージした。
『かるい・カルイ・軽い・かるい・カルイ・軽い』
私のイメージに従って二人の体が地面から浮きあがる。
メイがまた目を見開いている。
私は一人の男のマントを引いて歩き出す。
「メイ!」
呆けているメイに声をかけた。
メイははっと我に返ると私に倣って男のマントを掴むと私に続いて歩き出した。
別荘はだいぶ先だがさすがにこれだけの魔法を連発したせいか私の体力もそれほど残っていない。
ここから飛んで帰りたいがそれはさすがにきつそうだ。
私はメイと二人でそこからトボトボと徒歩で別荘を目指した。