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30 伯爵家のお茶会 後半

 ケインはブライアンに後を任すと馬を駆ってレイチェルが待つ、公爵家に向かった。

 本当はレイチェルの体調がよくない間は宰相の仕事を休もうと思っていたのだが、本人に強硬に反対され、それは断念せざるをえなかった。

 今日ももっと早く帰れるはずがなんやかやと遅くなり、もう仕事を放り投げようかと思った所にブライアンをみかけ、天の助けとばかりに仕事を押し付けてきた。

 あいつは性格が雑で抜けているようで、結構任すとなんでも器用にこなす。

 特に今回のメイの件はレイチェルが気にしていたようなので、どうしたものかと思っていたが良い人材がいてくれて助かった。

 ケインは安心して馬を駆って屋敷に向かった。

 

レイチェルは時々、なんでかなんでも自分でしようとする。

普段であればそれも可愛いと思うが、体調が思わしくない今はあまり無理をさせたくない。

 ケインは屋敷の裏にある馬小屋に直接乗り付けるとすぐに馬を預け、裏庭からレイチェルがいるサロンにいく。

 ケインを見つけたレイチェルはうれしそうに立ち上がると、ケインを迎える為に外に出てこようとした。

「無理をするな、レイチェル。外は寒い。風邪でも引いたらどうする。」

 ケインはそう言って素早くサロンの中に入ってレイチェルを抱き上げると、近くのソファーに彼女を抱いたまま腰を下ろす。

「お帰りなさい。ケイン。」

 ケインはレイチェルのはにかんだような笑顔と出迎えの言葉に微笑むとキスをした。

「今帰ったよ、レイチェル。愛している。」

 ケインの笑顔に真っ赤になりながらレイチェルはキスを返した。

 毎度毎度、ケインの要求は難易度が高い。

 今回も宰相を続けるなら、帰ってきた時にレイチェルからキスすることを約束させられた。

 ケインのことは大好きだが、人前で自分からキスをするとなるとかなり恥ずかしい。

 まだ顔がほてったままだ。

「体調はどうだ?」

 ケインはレイチェルのお腹をやさしく撫でながら、心配そうに聞いてきた。

「もう体調はいいから心配いらないわ。」

「分かった。じゃ、馬車の用意が出来次第、伯爵家に連れて行ってあげよう。」

 レイチェルの顔が輝いた。

「ありがとう、ケイン。」

 ほどなくして馬車の用意が整って、レイチェルはメイが待つ伯爵家に向かった。

 馬車の中ではケインが例のごとくレイチェルを膝の上に抱き上げて、座っていた。

 足には毛布が掛けられている。

「ケイン。ここまでしなくても、もう大丈夫よ。本当に朝以外は、体調がいいんだから。」

 ケインはこのレイチェルの文句を笑って聞き流すと、彼女を抱きしめる。

 レイチェルは真っ赤になったまま、それ以上何も言えなくなった。

『うっ、ケイン、ずるい。』

 傍に控えて、この様子から目をそらしていたメイドのリンはそっと心の中で決心した。

『帰りの馬車はレイチェル様がリンを心配して寒いから一緒にと言っても、絶対に外にしよう。ある意味、ここにいると恥ずかしさで死にそうだ。』

 目の前にいるメイドがそんなことを考えているとは思わないレイチェルは、ケインに抱きしめられたまま、ときどきケインからされるキスで、さらに頬をバラ色に染めていた。

 しばらくすると馬車が伯爵家についた。


 ケインはレイチェルを抱き上げて馬車を降りると、そこにはメイがレイチェルの送ったドレスを着て、待っていてくれた。

「おじょ・・、いえレイチェル公爵夫人、よくお越しくださいました。お待ちしておりました。」

 メイの堅苦しいあいさつにレイチェルは目を丸くした。

 でも今のケインの腕からでは流石に挨拶を返せない。レイチェルはケインに耳打ちして、彼の腕から降ろしてもらう。

 すぐに挨拶しようとしたがケインが彼女にキスをした後、メガネをかけてくれた。

 レイチェルは赤くなりながらもメイを振り向く。

「お会いしたかったわ、メイ伯爵夫人。」

 レイチェルはそういって、メイをしっかり抱きしめた。

 二人はしばらく抱き合っていたが、傍にいた執事に促され、すぐにサロンに移動する。

 サロンにはすでにバイオレットと彼女婚約者である副将軍職のライアン。

 それにメイの義母になったキャサリンと彼女の夫であり、ケインの実父である将軍職のカインがすでに来ていた。

「体調はどうなの?」

 メイの義母であり、ケインと結婚したので、レイチェルの義母でもあるキャサリンが心配そうに、一番暖炉に近い席にレイチェルを誘って聞いてきた。

 レイチェルが誘われるままにそこに座ろうとすると、すぐ横にいたケインに抱き上げられた。

「ケイン!!!」

 ケインはレイチェルの文句を無視すると、黙ってメイが差し出した毛布を彼女の膝にかけ、そのまま席についた。

 レイチェルは真っ赤になりながら、ケインの膝の上からキャサリンの質問に答えた。

「お陰様で、朝以外はかなり体調も良くなりました。」

「まあ、それはよかったわ。」

 キャサリンは満面笑顔になった。

「お嬢、いえ、レイチェル様。それなら、私が作ったお菓子はいかがでしょうか?」

 メイはそう言うと、スッと紅茶を二人に出しながら、そばに置いてあったメイ特性の手作りクッキーをレイチェルに差し出した。

「まあ、メイ。レイチェル様ではなくて、昔のようにレイチェルでいいわよ。もうあなたもブライアンと結婚して貴族になったのだから、ぜひそう呼んで。」

「お嬢・・・、いえ、レイチェル。」

 メイはちょっと赤くなりながら、レイチェルにいわれるまま、そう呼んだ。

「まあまあ、なにをそんなに赤くなっているのメイったら。さあ、みんな来たことだし、お茶会を始めましょうよ。」

 今日は銀フレームのメガネをかけたスカーレットがメガネをくいっと持ち上げながら、紅茶を優雅に口元に運ぶと微笑んだ。

 すぐ隣にいた彼女の婚約者である副将軍職のライアンが、スカーレットのそのしぐさを見て、目を細めると、思わず彼女を自分膝の上に抱き上げる。

「ちょ、なに・・・ライアン様。」

 さっき赤くなったメイ以上に真っ赤になったスカーレットが、ライアンの膝の上から不満気に彼の顔を見た。


「ここのサロンの礼儀に習っただけだよ。」

 ライアンはケインを見て、しれっと答えた。

「そんな礼儀などありませんわ。」

 スカーレットが果敢にもライアンに異議を唱える。

「宰相に倣うのが宮廷人だよ。」

 ライアンがそう言うと隣に座っていた将軍職のカインもキャサリンを抱き上げた。

「あなた、何をなさるの?」

「決まっている、私も息子を見倣っているんだ。」

「まっ、私はお二人ほど若くありませんわよ。」

 キャサリンは余裕で返した。

「なにを言う、この中で一番輝いている熟女はキャサリンだよ。」

「まあ、あなたにしては上出来ね。」

 メイは三人の熱々ぶりに当てられながら、自分が焼いた手作りクッキーを勧めた。

「さあ、皆様。たくさん焼きましたので、いろいろ試しながら、味わって下さい。」

「いだだくわ。」

 キャサリンが一番甘そうなクッキーに手を伸ばした。

「私はしょうがクッキーをもらうわ。」

 レイチェルがしょうがクッキーを手に取ろうとすると、すかさずケインがそのクッキーをレイチェルの口元に運ぶ。

「ケイン!!!」

「食べないのか?」

 レイチェルはケインに言われるまま、しょうがのクッキーを一口齧った。

「いかかですか。」

 心配そうにこちらを見ているメイににっこりすると、

「「おいしい。」」

 キャサリンとレイチェルは、同時に呟いた。

 二人から同時に賞賛され、思わずメイは顔をほころばせた。


 その時、サロンにメイの義理の弟になったセスが執事に案内されて現れた。

「メイねえさま、お久し振りです。」

 セスはメイの前に跪く。

 メイは慌てて、セスに手を差し出した。

 セスはメイの手を恭しくとるとそっと手にキスをする。

「セス、わざわざ来てくれるなんて、うれしいわ。ありがとう。」

 セスはメイの笑顔を眩しそうに見た。

「メイねえさまが初めて開かれるお茶会ですから、何を差し置いても来ますよ。」

 

 セスはそう言うと、初めて、そこにいる人たちに気がついた。

「これは皆様?」

 セスは伴侶たちを膝にのせた異母兄と父、それに副将軍を見た。

「これはこのサロンのしきたりですか?」

「そうだ。知らなかったのか?」

 父がしれっという。

「知りませんでした。でしたら僕は姉であるメイねえさまを膝にのせるべきでしょうね。」

 セスがメイを喜々として抱き上げようとした。

 メイはすかさずセスの手を避けると、丁寧に辞退した。

「あの、セス。うれしいけれど、その・・・。そう。すぐにブライアンが戻ると思うので大丈夫よ。」

「そうですか。でも遅くなるようでしたら、遠慮なく言って下さい。いつでも僕が、メイねえさまを膝に抱き上げますのでご遠慮なく。」

「えっと、そのありがとう、セス。」

 それからお茶会は滞りなく続いて、夕刻には無事終了した。

 ただし、メイはブライアンが帰って来なかった為、セスの執拗な誘いを断ることに、お茶会が終わるまで四苦八苦することになった。

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