26 ブライアンとメイ
今日は親友のケインの結婚式だ。
信じられないがあのケインがとうとう結婚するようだ。
だからだろうか、辺境の砦で魔獣豚に襲われ、王都では強力な魔獣と戦うことになったのは。
この間など、ケインの婚約発表の舞踏会で、あれほど渋っていた親父がとうとう観念して、王女様の従妹にあたる細身で赤毛の美女スカーレット侯爵令嬢の求愛を受け入れた。
最初は親子ほどの”年の差”を気にして、逆に幼馴染である三男の俺に押し付けようとしていたのにだ。
一体、何があったんだろうか。
まっ、よくわからないがお蔭でスカーレットを押し付けられなくて、ホッとしている。
確かにきれいだが、昔から知り過ぎていて、とてもそんな気になれない。
親父の言う通り、本当だったら喜んで実家にも足を向けるところが、この間の英雄騒ぎで爵位を貰ったことが知れ渡り、どこに行っても未婚の娘と爵位持ちに娘を押し付けたい貴族から、しつこいくらいに追い回されているので、実家に帰るわけにもいかない。
こんな時に実家に帰れば、昔の仕返しとばかりに兄たちに縁談の山を押し付けられるのが、目に見えるようだ。
この間は、庶民の店なら安心だろうと娼館が併設されている、けっこう怪しい雰囲気の店で、王軍の同僚と酒を飲んだ。
そして、いい気分でいたら、金を掴まされた店主にだまされて部屋に案内され、現れた貴族の娘に気がついて、あわやの所で上半身裸のまま、その店の二階から飛び下りて、脱出するはめになった。
普通、そこまでするのか?
兄たちが結婚するまで、必死に逃げていたのを横目で見ながら爆笑していたが、己の身に降りかかって初めて、笑い事ではないことに思い至った。
今なら心から兄たちに謝れる気がする。
俺はそんな事を考えながらケインたちが現れるまで、舞踏会会場に入らずに廊下の隅で酒のグラスを傾けていた。
すると、なんだか庭の方で誰かが言い争っている声が聞こえた。
『なんだろう。』
ふと、興味を惹かれて、酒のグラスを持ったまま音のしたほうに向かう。
見ると数人の貴族の令嬢とその取り巻き連中がたむろして、使用人をいじめているようだ。
まったく折角の結婚式だというのに無粋な連中もいるものだ。
俺は溜息をつきながらその場所に向かい、そこで囲まれているその使用人を見て、目が飛び出るほど驚いた。
そこには超絶美味い料理をつくるメリンダの娘であり、レイチェルの侍女をしているメイがいた。
慌てて、取り巻き連中の背後に回って貴族令息の後ろから手刀を放って気絶させると、騒ぎ立てていた貴族令嬢たちを見た。
いずれの貴族令嬢たちも、この間の反体制派粛清で没落した貴族の親戚筋にあたる面々だ。
どうやらレイチェルに仕返ししたかったが、ケインと宰相の手のものの妨害にあって、それもかなわず、憂さ晴らしに使用人に当たっていたようだ。
俺は持っていた酒のグラスを気絶している貴族令息たちにぶちまける。
「ちょっと何をするの。この平民。」
傲慢な令嬢の一人がアルコールをかけらた仲間の代わりに言い返すが、すぐに目を覚ました当人が慌てて間に割って入った。
「申し訳ありません、伯爵様。 私たちはこれで失礼します。」
一人の貴族令嬢がそう言うと、酒を掛けたことを怒っていた貴族令嬢も大慌てで、その場を後にした。
「ありがとうございます、ブライアン様。」
「いったい、どうしたんだ。」
見ると胸が剥き出しで、ところどころ洋服が破けている。
俺は慌てて、上着を脱ぐとメイに着せかけた。
「なんで、抵抗しなかったんだ。」
「今日はお嬢様の結婚式です。騒ぎを起こすわけには行きません。」
「はぁ。」
なんとも見上げた忠誠心だ。
俺は非常にあきれたが、このままここに置いておくわけにもいかない。
俺はメイに上着を着せたまま、近くの空いた部屋にメイを連れ込んだ。
「大丈夫か?」
俺はメイのケガの具合を見ようと屈みこんだ。
その瞬間、大きな音がして扉が開かれた。
そこには、なぜかケインの異母弟の姿があった。
「ブライアン、メイに何をしてるんだ。」
ケインの異母弟は俺を睨み付けると、同時にメイの姿に驚愕していた。
真の悪いことに、そのすぐ近くを歩いていた、うわさ好きの貴族夫人に、その様子を目撃されてしまった。
俺はケインの異母弟を怒鳴りつけて、すぐにドアを閉めさせる。
まったくなんてことだ。
そのうち、騒ぎを聞きつけたケインの義母が部屋に駆けつける。
気の利くケインの義母のお蔭でメイはメリンダに手当され、別室で着がえている。
そして、俺は疑いの眼差しのケインの異母弟と義母、それに騒ぎを聞きつけてやってきたセバスチャンに囲まれながら、先程の事の顛末を語った。
聞き終えたセバスチャンは、俺にお礼を言うと部屋を出て行こうとした。
「お兄様、どちらにいかれますの?」
ケインの義母が非常に甘ったるい声で、セバスチャンに話しかけた。
「キャサリン様、少々、野暮用が出来ましたので、失礼させていただきます。」
セバスチャンはそう言って、綺麗に一礼するとその場を去っていった。
俺は彼から放たれる見えない殺気で、思わず腰にさしている短剣に手がのびたほどだった。
なのにケインの義母は、
「相変わらずの冷たい態度がなんて素敵なの。」
と呟いていた。
うーん、世の中は不思議に満ちている。
その後、ケインが舞踏会会場についたという知らせに、俺はその場を後にして舞踏会会場に向かった。
肩にキスマークをつけたレイチェルを抱きながら会場を挨拶回りするケインに挨拶された後、俺は会場を後にした。
数日後、メイを襲った取り巻き連中が非常に不幸な事故に巻き込まれたことを、俺は王都守備隊の連中と飲んでいるときに知った。
けっこう悲惨な事故だったようだ。
俺はその瞬間に事故の間接的な原因を思い出したが、黙って守備隊の連中と飲んで、その日は別れた。
何日かたって、珍しくケインから呼び出された。
行くとそこにはレイチェルもいた。
『どこまで甘々になったんだ、ケイン。』
義理の父から宰相の地位を譲り受けたケインは、宰相の席に座りながら執務しつつも、上にレイチェルを乗せていた。
レイチェルは、真っ赤になりながらも俺に質問してきた。
「その噂の真相は知っているのだけれど、あの、その、ブライアンはメイのことをどう思っているのか、知りたくて。」
「どうなんだ、ブライアン。」
「どうと言われても、別に。」
俺は二人の示唆したいことがわからなかった。
すると、レイチェルは申し訳なさそうな声で説明した。
「その今、ブライアンとメイの件が宮殿中に広まっていて、もしブライアンが嫌でなければ、メイとお付き合いでも、できればいいのにと思ったの。」
「つきあい!!」
俺は叫んでいた。
俺は思わず、ケインを問い詰めていた。
「お前もそう思っているのか、ケイン。」
俺に問われて、ケインは面倒くさそうに俺に顔を向けると、
「俺は今すぐ、お前に、この部屋から消えて貰いたい。」
「おい、呼び出したのは、お・ま・え・だ、ケイン。」
俺はかなりムッとして言い返した。
「レイチェルに頼まれたから、しかたなくだ。 誰が好き好んでお前の顔を見たがる。」
ケインはそう言うと膝の上のレイチェルを愛でる。
「ああ、お望み通り、今すぐこの部屋を出て行ってやる。」
俺はそう言うと部屋を後にした。
相変わらず、レイチェル以外、無関心なケインの言動に何故かホッとした。
あの時、嘘でもケインにも付け合えばいいと言われていたら、俺はこの王都を逃げ出していただろう。
その後、メイに呼び出された。
俺はドキドキしながら、メイの呼び出しに応じた。
メイは俺に会うと何か包みを差し出した。
「あの時助けていただいた・・・お礼です。」
メイはそう言った。
俺は受け取ったあたたかい箱を手に取ると中を開けて見た。
中には綺麗に彩られたごはんとおかずが詰められていた。
思わずお腹がなる。
メイは恥ずかしそうに頬を染めると、
「まだ母には遠く及びませんが、お礼代わりに作りましたので、良かったら食べて下さい。」
そう言った。
俺は喜んで弁当を食べた。
メイは謙遜していたがメリンダの料理と遜色ないものだった。
全部平らげると、メイはうれしそうに空になった弁当箱を受け取って帰っていった。
その後、メイからは何の連絡もなかった。
なんだか、モヤモヤしているところに、兄貴たちから王都に来たので会わないかと珍しく誘われた。
ちょうど飲みたいと思っていたのでその誘いに乗る。
「だいぶ活躍したようだな。」
兄たちに自分の近況を報告して、逆に親父のメガネ萌えの話を聞いて、爆笑しながらも楽しく酒を酌み交わした。
そんな時、ふと兄たちに聞いて見たくなった。
「兄貴たちは、あんなに結婚を渋っていたのに、なんで結婚したんだ。」
素朴な疑問だった。
長兄も次兄も、口をそろえた。
「「美味い飯をずっとこいつと食べたいと思ったのと、こいつの隣に自分以外の男に座られたくなかっただけだ。」」
俺は兄貴たちの答えに爆笑した。
飯と独占欲かよ。
俺はふと、メイが作ってくれた弁当を思い浮かべた。
本当にうまかった。
その料理を作ったメイの隣に他の男が座るのを思い描いて、そいつを絞め殺したくなった。
どうやら俺も捕まったらしい。
俺が黙り込んだ後、ニヤつき出したので、長兄も次兄も酒をいっぱいにした盃を俺に渡した。
そして二人して俺に言った。
「「可愛い妹に乾杯だ。」」
「ああ、完敗だ。」
俺は朝まで飲み明かすと部屋に戻り、メイを呼び出して、結婚を申し込んだ。
そして、今メイと結婚式を挙げ、伯爵家の庭園前でお披露目舞踏会を開催中だ。
まずケインに嫌味を言われた。
「お前がロリコンだとは思わなかったぞ、ブライアン。」
耳元で囁かれた。
「お前と違って、メイは一年前に成人している。」
「いや、そんなことはないぞ、ブライアン。お前が私の血を一番強く引いていたんだな。」
にやついたおやじに祝福された。
『メガネ萌えが何を言うか。』
騒ぎになるので心の中で愚痴った。
その隣で、心配そうにメイがレイチェルと話していた。
「お嬢様ありがとうございます。
でも、もし王宮であの令嬢たちにあったら、どうしたらいいのか。」
心配そうに話すメイに腹黒い笑みを浮かべたレイチェルは、確信に満ちた声で答えた。
「大丈夫よ。新しいドレスを買えなければ、王宮に来れないから。」
『おい、何をしたレイチェル。俺はそれを聞くのが怖かった。』
見るとケインが満足そうにレイチェルを見ている。
『きっと心の中で、その事件の顛末を知っていながら、さすが俺のレイチェルは素晴らしい、とかなんとか考えているのだろう。』
俺がそんな考え事をしている間に、メイは疑問符顔でもう一度レイチェルに聞き返す。
「はっ、ドレスですか?」
しかし今度はいつの間にかメイの隣にいたスカーレットが
「なにかあれば私に言ってね、メイ。
ブライアンと結婚したから、あなたは私の将来の義理の娘になるんだから。」
親父の腕をしっかり掴みながら、スカーレットが会話に参入していた。
俺が二人のその姿をメイが嬉しそうにしているのを眺めていると、突然そこにケインの異母弟が現れた。
「メイお姉さま。おめでとうございます。」
ケインの異母弟がせいいっぱい背伸びしながら、メイの頬に口づけた。
メイは俺と結婚するために、叔母であるケインの義母の養女になったのだ。
ケインの義母は、セバスチャンの娘を養女に出来、満足そうだった。
ケインの親父は違う意味で不満そうだった。
メイは嬉しそうに微笑むと、ケインの異母弟を抱きしめた。
「ありがとう。」
ケインの異母弟は、メイに抱きしめられて、真っ赤になった後、のたまった。
「メイ。もしブライアンが不慮の事故でなくなったら、僕がお嫁にもらってあげるから心配しないでね。」
『おい、今のはどういう意味だ。』
思わず突っ込もうとしたら、メイは笑って、
「大丈夫、そうなったら私もブライアン様と一緒に逝くから。」
『俺はメイの言葉に、それは困ると思いながら非常にうれしかった。』
慌てたケインの異母弟は、メイの手をギュッと掴む。
「メイが死ぬと困るから、ブライアンが不慮の事故で死なない様に僕が気を付けるよ。
でも、ブライアンはお年寄りだから、その時は僕を選んでね。」
『おい、それはどういう意味だ。』
メイは困ったように微笑むと、
「そんなに思ってくれてありがとう。」
と言った。
『俺はこの時、なにがなんでも長生きしなければと心に誓った。』
ここまで、お読みいただき、ありがとうございます。