25 娘にぎゃふんと言わされた父
元宰相でありレイチェルの父であるジェームズは、一人馬車に揺られて、北の領地にある別荘向け、農道をひた走っていた。
この景色も本当に久しぶりだ。
昔はよくここでエリザベスと新婚時代を過ごしたものだ。
それなのに娘が生まれ、宰相の地位についたことで仕事も急に忙しくなり、一時期エリザベスとは上手く行かなくなった。
私が宰相の身分になったため、自分が出世したい貴族から愛人を差し向けられたのをエリザベスに何度か目撃されたのが原因だ。
もちろん、その女性たちと寝たことなど一度もなかったのだが、エリザベスは信じてくれなかった。
それどころか、エリザベスも傍に、私とは正反対の見目麗しい貴族の男を侍らす始末だ。
だんだん二人ともエスカレートしていった時に、偶然、反体制派の動きに気づいたのだ。
慌てて阻止に向け動いたが反体制派の貴族が思った以上に大物が多く、状況をひっくり返すことが出来なかった。
最終的にエリザベスと相談して、セバスチャンの異母妹の協力も得て、世間的にエリザベスを処刑したことにして、北の領地に隠れてもらった。
その世間的には死んだはずのエリザベスに、もうすぐ会える思うと、ジェームズはうれしくて仕方がなかった。
本当は娘にも真実を話して、一緒にエリザベスの元に向かおうとしていたのだが、将軍の長男であるケインが現れて、横から一人娘を攫われてしまった。
最初は王宮に呼ばれ、強力な魔獣を倒したことで英雄となった娘が、公爵家の後継者に自力で舞い戻った時はほんとうにうれしかった。
と同時に、心配になった。
エリザベスの時と同じように、王族の始祖であるシュバルツの血で、反体制派に利用されるのではないかと懸念したのだ。
しかし、娘に求婚した将軍の長男であるケインのお蔭で、その反体制派を公に粛清することが出来た。
運命とは皮肉なものだ。
昔、エリザベスを挟んでライバルとして競い合っていた相手の息子に、今度は最愛の一人娘を奪われてしまった。
ここに向かう前の日に娘が会いに来た。
信じられないが、来年には父ではなく、おじいさまと呼ばれると告白されたのだ。
実はこの一言が一番ショックだった。
ジェームズは一言も言い返せないまま、呆然として固まってしまった。
すかさず、そこに、愛人と楽しく北の領地でお過ごして下さい、という嫌味ももらった。
世間一般に愛人は、愛する人なので決して間違ってはいまいと、ジェームズは心の中で呟いた。
もうすぐ馬車は、娘の実母であるエリザベスの元に着く。
これから当分は、二人で新婚気分を堪能する予定だ。
娘に子供が生まれたら、何か用事をつくって、北の領地にある別荘に来させるようにしよう。
そこで実母の件をあかし、やり込められて、逆に一言も言い返せない様子の娘をじっくり見てやろうと、ニヤリとしながら密かに思い描いた。
ジェームズがそんな事を考えていると、馬車は農園地帯を通り過ぎ、北の領地についた。
門の中に入ると、すぐに馬車は停車した。
ジェームズは馬車から外に飛び出していた。
そこには、いまだに若々しい姿のエリザベスがジェームズを待っていてくれた。
ジェームズの姿を見て、抱き付いてきたエリザベスを、熱いキスで迎える。
「お帰りなさい。ジェームズ。」
「愛しているよ、エリザベス。」
「もちろん、わたしもよ、ジェームズ。」
「少し痩せたか?」
ジェームズはエリザベスを抱き上げたまま、領地にある領主の部屋に向かう。
「そうね。二人の事が心配であまり食べられなかったわ。」
エリザベスはちょっと拗ねて見せる。
「それでレイチェルはあとから来るのかしら、ジェームズ?」
今のジェームズにとって、一番聞かれたくない言葉だ。
「そのエリザベス。レイチェルは北の領地には来れないんだ。」
「まあ、どこかケガでもしたの、それとも他に何かあったの?」
エリザベスは心配そうな表情でジェームズを見た。
「エリザベス、娘は結婚したんだ。」
「まあ、なんてこと!!」
エリザベスはとても怒った顔でジェームズを見る。
「何でその事をもっと早く、私に話して、くれなかったのかしら。」
「それはだなぁ。」
ジェームズはエリザベスの言葉にダジダジだ。
しどろもどろになりながら、なんとかエリザベスを宥める言葉を捜す。
その時、ずっと怒っていたはずのエリザベスが突然笑い出した。
「わかったわ、ジェームズおじいちゃま。もう、許してあげるわ。」
ジェームズはめんくらいながらも、エリザベスの物言いにしかめっ面になる。
「なんで俺がおじいちゃまなんだ?」
「だって、来年、レイチェルに子供が生まれたら、あなたはおじいちゃまでしょ。」
ジェームズはびっくりした顔で、エリザベスに聞き返した。
「なんで、そのことを知っているんだ。」
「もちろん、レイチェルから小鳩便で連絡があったからよ。
それと、あなたと義理の息子のケインが動いて、反体制派を討伐した件なら、レイチェルも知っているわよ。」
エリザベスはそう言うと、レイチェルから届いた小鳩便をジェームズに見せた。
小鳩便には、”必ずギャフンと言わせて下さい。レイチェル。”と書かれていた。
「なんだ、このギャフンとは?」
ジェームズはムッとしながら、聞き返した。
「レイチェル曰く、一言も言い返せないまま呆然として固まっている、 あなたを見たかったそうよ。」
エリザベスは面白そうにその小鳩便の内容を説明した。
ジェームズはかなりムッとして、エリザベスに答えた。
「そういう意味なら、娘が王都に戻ってきてからその連続だった。」
「一番のギャフンは、娘が結婚したことかしら。それとも、こども・・・。」
エリザベスは面白そうに聞いてきた。
「知っているなら、聞くな。」
ジェームズは拗ねてそっぽを向く。
「そうね。可愛そうなあなたの為に、何をしてあげたらいいかしら。」
ジェームズは、膝の上にエリザベスを抱き上げると、
「当分、立ち直れそうにないので、立ち直れるまで慰めてくれ。」
「そうね。当分二人で新婚気分を味わえそうだから、かわいそうなあなたを、私がたっぷり甘やかして、あ・げ・る。」
エリザベスはそういうとジェームズに甘いキスをした。
北の領地に向かう前に娘に言われた”愛人と楽しく北の領地でお過ごして下さい”の意味が、エリザベスと新婚気分を味わってという、娘なりのやさしさだとわかった。
「そうそう、レイチェルから、結婚式の模様をとった水晶が届いているから、後で二人で見ましょうよ、ジェームズ。」
ジェームズはエリザベスの誘いを即答で却下した。
「ケインと写っているレイチェルなど見たくない。」
「あらあら、困ったわね。」
そんなジェームズの姿をエリザベスは、くすくす笑いながら見ていた。
「来年、孫が生まれても、孫にはおじいちゃま、おばあちゃまとは呼ばせないようにしましょうね。ジェームズ。」
「当然だ。」
北の領地ではそろそろ秋の気配が漂っていたが、別荘の中は真夏のようにアツアツだった。