21 北部領の名産品
シーーーーーーーーン
痛いほどの静寂が辺りを支配していた。
お互いに視線を交わしてにらみ合う。
王女様が私を憎々しげに見た後、声を上げた。
「レイチェル・シュバルツ・ホルン・ツバァイ。
今日はわたくしのサロンによく来てくれましたね。さあ、どうぞおかけになって。」
王女様が私に席を勧めた。
私はにっこり笑うと、
「本日はお招き、ありがとうございます。」
そう言ってドレスの裾を持って挨拶すると、王女様に勧められた席に座る。
席順は両脇に王女様の従妹にあたる細身で赤毛の美女スカーレット侯爵令嬢と
父の宿敵である財務長官の長女で巨乳な茶髪のポメラ伯爵令嬢、
父と対立している総務長官の三女で金髪美少女のニアン伯爵令嬢
王女を合わせた三人がそれぞれ周りに座っていた。
なんだかそうそうたるメンバーに思わず腰が引けそうになる。
私が席に着くと王女様から香り高い紅茶が出された。
この国の慣習で誘った側がお茶を出す。
この出されたお茶によりその人の身分と趣味の高さが顕示される。
『さすがに王女様だ。希少価値のある北部名産のスマトラ紅茶だ。』
「いかがかしら?」
王女様がにっこりしながら私に問いかけた。
「素晴らしく香り高い北部名産のスマトラ紅茶ですね、王女様。」
周りにいた令嬢たちがびっくりした顔で私を見た。
王女様も動揺した声で、私に話す。
「よく、よくわたくし達は飲みますのよ、この香りがすばらしいでしょ。」
どうやら私がこの紅茶の銘柄を間違うのを期待していたようだ。
でも選んだ種類が悪い。
確かに北部名産のスマトラ紅茶は幻と言われるほど入手が困難だが、北部はツバァイ家の領地である。
なので毎年領地から収穫される名産品は全て余さず、当主である父と当主候補である私は、じっくり味わって飲んだり食べたりする。
そして、販売する上でどうすればその名産品が売れ筋となり利益が倍増出来るかを入念に調べ全力を注ぐのだ。
「そうですね。”紅玉の季節”のスマトラ紅茶は本当に素晴らしいです。」
私は一応採れた時期も当ててみた。
自分が統括している領地で採れたものの時期なので当てるのはお茶の子さいさいだ。
王女様は目を見開いている。
その顔には”何でわかるの”と書かれている。
私に言わせると、自分の領地で採れたものの季節がわからないほうが問題なのだが。
スカーレット侯爵令嬢が言葉に詰まった王女様の変わりに、私と王女様の会話に割って入った。
「私の領地で採れた名産品で作られたデザートですわ。ぜひ味わって下さい。」
スカーレット侯爵令嬢から甘い香りのする桃を使ったゼリーが出された。
口に入れるとあまーい味がどこまでも舌の上に広がっていく。
さすが侯爵家の料理人だ。
「すごい。扱いに難しい桃源郷の桃をここまで甘さを壊さずにデザートにするなんて。」
私は思わず叫んでいた。
スカーレット侯爵令嬢の目が見開かれて、固まった。
その顔には何でわかるのと書かれている。
本当にここにいる令嬢方は何を考えているんだろうか。
侯爵家の南部領地にある名産の”桃源郷の桃”は、北部名産の”冷糖の桃”のライバル品だ。
私が知らないはずがないと思わないのだろうか。
黙り込んだ公爵令嬢に変わり、ポメラ伯爵令嬢がクッキーをみんなに出す。
「私の領地で採れた名産品で作られたクッキーですわ。ぜひ味わって下さい。」
みんなはお皿から一つずつ、クッキーを手に取って食べる。
私もみんなにならってクッキーを一つ食べた。
「おいしい。始めて食べましたわ。豊満かぼちゃのクッキーなんて。」
ポメラ伯爵令嬢の目が見開かれて固まった。
その顔には”何でわかるの”と書かれている。
しつこいようだが西部で採れる”豊満かぼちゃ”は北部で採れる”芳醇かぼちゃ”のライバルだ。
そのライバルである野菜の味がわからないわけがない。
三人の呆然とした令嬢たちをよそにニアン伯爵令嬢がお茶を出して来た。
「さあ、皆様。食べてばかりで喉が乾きませんか。私の領地で採れた名産品ですわ。どうぞお飲みになって下さいませ。」
私は出されたコーヒーを飲んで至福に浸った。
「信じられない。幻と言われている黒いコーヒーを飲めるなんて。」
ニアン伯爵令嬢の目が見開かれて、固まった。
その顔には”何でわかるの”と書かれている。
これは確かに我が領内では絶対に栽培出来ない品だ。
私の領地では寒すぎて育てることが出来ないのだ。
だからからこそ、かもしれないが、私はコーヒー通なのだ。
その私にあんな言い方でもったいぶってコーヒーを出せば、何の名産を指しているのか飲む前にわかってしまう。
最も普通に出されても、この味と香りと独特の甘さで直ぐ銘柄はわかると思うが。
唖然としているみんなの前に、私が持ってきた北部名産品で作られたケーキが出された。
二人の伯爵令嬢、侯爵令嬢、王女様の順でケーキを食べる。
あまりの美味しさに、四人とも黙々とケーキを食べている。
さすがメリンダが作ったケーキだ。
私も四人にならってケーキを食べた。
「大変おいしいケーキでしたわ。」
王女様が口元を上品に拭きながら話す。
「「「本当ですわね。」」」
侯爵令嬢、二人の伯爵令嬢も、王女様にならって褒めてくれた。
四人の目が私に向く。
私は四人を無視してケーキの最後の一口を食べた。
ニアン伯爵令嬢が焦れて私に答えを催促した。
「これはどちらの名産品なのかしら?」
私はちょっとコーヒーを飲むと、
「我が公爵家の北部名産のキャロットケーキです。」
「なっ、なんですって。」
王女様の顔が蒼くなる。
「なんてものを王女様に食べさせているの、あなたは?」
スカーレット侯爵令嬢が泡を吹かんばかりに怒っている。
「招待状には領地の名産品で作られたものをと書かれていましたので。」
私は白々しくいう。
一応、令嬢たちの思惑にそのまま乗ってあげたのだ。
もちろん、メイが調べてくれた王女様の個人情報に王女様が”人参が大嫌い”なのはわかっていた。
でも、それを敢えてわかっていて、名産の”まったり人参”を使ったケーキをメリンダに作ってもらったのだ。
一つは、人参嫌いの王女様が我が北部名産の”まったり人参”を使ったケーキを食べたことが広まれば、名産品の宣伝になり値段が上がるし、売れ行きが良くなる。
二つ目は単なる嫌がらせだ。
今回のいきなりの招待に対する私なりの意趣返しである。
きっと嫌いなものを知らずに食べさせられたとわかれば、悔しく思うだろうという考えから、キャロットケーキを持ってきた。
王女様は私を睨みつけてきた。
だが王女であるがためにそれが足かせになって、それ以上、私に直接は攻撃出来ない。
それを見ていたニアン伯爵令嬢が助け舟を出そうと私の容姿を貶し始めた。
「今日は読者会でもないのにメガネなんて、何をお考えかしら。」
メガネに来たか、さて、どう反撃しよう。
「それにそのドレス。あまり趣味が良くありませんわ。」
ポメラ伯爵令嬢も同じように、今度は服装を貶す。
私は二人の令嬢の顔をメガネ越しに見た。
二人の顔にはケインの文字があった。
「このドレスはケイン様からの贈り物です。それにメガネはケイン様が似合っていると言ってくれたので、普段からつけていますわ。最近は”メゲネ萌え”が流行っているそうですので、おしゃれの一つですわ。」
私の”メゲネ萌え”の言葉に王女様とスカーレット侯爵令嬢が食いついた。
「”メガネ萌え”とはどういう事かしら。」
スカーレット侯爵令嬢が扇を出して、さも興味がなさそうな態度で、私に聞いてきた。
「紳士の皆様は、知的でクールに見えるメガネに、ほんのり色気を感じてしまう方が多いそうで、それを”メガネ萌え”というそうですわ。
ちなみにこの流行の元は、南部のサウス国が最初です。」
この知識はご先祖様が書かれた日記から情報だ。
ご先祖様が新婚旅行なるもので南部のサウス国に訪れた時、流行らせたようだ。
理由はどうやら海岸の日差しから目を保護するためのものを異世界の知識に基づいて、アイ様が作り、二人がそれを”おしゃれ”として発信し、それが発端でブームになったらしい。
一応、今でも昔ほどではないがその習慣が残っているのは、セバスチャンに確認済みだ。
「南部のサウス国ですって、間違いありませんの。」
王女様が畳み掛けて、聞いて来る。
私はにっこり笑うと頷いた。
王女様が婚約者のサス殿下に必ず聞かなければと思っているのがわかった。
メイの調査で、王女様とスカーレット侯爵令嬢がメガネをかけないと小さい時からの勉強のし過ぎで、人の顔や物が良く見えない事は確認済みだ。
これだけ布石を打てば、舞踏会にメガネを掛けて出席しても大丈夫だろう。
私の予想では、婚約者のサス殿下は、王女様にメガネの事を聞かれれば、必ず贈り物として、王女様にメガネを送るだろう。
そうなれば王女様も舞踏会でメガネをして、婚約者のサス殿下と出席するはずだ。
もっと上手くすれば、落ち込んでいる北部領のメガネ用ガラスが量産化できるかもしれない。
まっ、そこまで上手くことは運ばないか。
私が頭の中で皮算用をしているとメイドが王女様を呼びに来た。
王女様はメイドに促され、席を立つ。
その時、私に今日から二日後にいま食べたキャロットケーキを王妃様と食べたいので、王宮に届けるように言い残して、去って行った。
『よし、これで今年の北部名産の人参は高騰、間違いなしだ。』
私は心の中でガッツポーズをした。