其の四
三種法術士試験の試験初日。
僕はできる限りの準備をして臨んだ。
リムルの鬼のような指導に耐えた。
今の僕ならどんな難問だって解ける自信がある。
そんな自信に満ちていたのが今朝のこと。
「おーいスバル、大丈夫か?」
「……………………無理」
屍のように机に突っ伏しているのが今の僕だった。
やっぱりそんな簡単に解けるようになったりはしないよね。
「ちょっと、あれだけ教えたのよ。まったく駄目だったわけじゃないでしょうね!?」
リムルの言葉が痛い。
でも全く成果がなかったわけではない。
「大丈夫、半分ぐらいはできたから」
「おお! それはすごいな」
「ぜんぜんすごくないわよ!」
いや、リムルが教えてくれなかったら多分三割解けたかも怪しい。
「三割って……」
リムルは呆れているが三割というのは基本問題の割合でもある。
それ以外の問題はまだ習っていないところも多く、事前にリムルが過去のテストを調べて教えてくれてなければ解けなかっただろう。
特に最後のメルティアナ理論についての問題はリムルが教えてくれなければ絶対に解けなかった。というよりも名前すら知らなかった。
実際、知らなかった受験生も多かったようで、終わった直後はそのことを話している人がたくさんいた。
「……まあいいわ。、実技のほうが配点は高いし挽回は不可能じゃない」
「おう、そんなことより早くメシにしようぜ」
「そうだね、午後に備えてしっかり食べないと」
言うやいなやイルゼは一人分にしてはやけに多い量のランチボックスを取り出し始めた。
僕も購買に何か買いに行こうと立ち上がると、リムルに止められた。
どうしたのかと思うと今度は目の前にランチボックスが突き出された。
「はい、スバルの分は私が用意しておいたわ。どうせあんたのことだから適当にすませばいいと思ってろくに用意していないんでしょう」
はい、購買ですませようとしていました。
「しっかり食べなかったから実力が出せなかったなんて許さないんだからね」
「う、うん、ありがとう」
恥ずかしそうに頬を染めて手渡してくれるリムルにこちらも恥ずかしくなる。
だけどまさかお弁当まで用意してくれるなんて思わなかった。
女の子の手作り弁当なんて生まれて初めてだ。
「いや〜、公衆の面前で弁当の手渡しなんて大胆だな〜」
セロンのからかい混じりの言葉に思わず我に返る。
周りを見渡せば僕らと同じようにここで昼食をとる受験生たちがこっちを見ていた。
この試験会場にいるのは全員が法術学校の生徒だ。
もちろん知った顔もいくつかある。 その何人かは目が合うと意味ありげな笑みを浮かべて自分たちの食事に戻った。
他のところからも「ああ、あれが例の」という声が聞こえてくる。
「か、勘違いしないでよ! 私はただ一緒に合格したいだけなんだからね!」
「……隠せてねえなぁ」
「隠せてないねぇ」
顔を真っ赤にして叫ぶリムルにたいして呆れたように呟いた。
すでに僕もリムルも一杯なのでそのぐらいにしてほしい。
何より二人には言われたくない。
セロンの前にあるランチボックスにはサンドイッチが入っている。
しかしその大きさはセロンが食べるにしては随分と小さい。
その代わりにもう一つ、四人前はありそうなおかずの入った大きなランチボックスがイルゼとの間に置かれている。
どちらも先ほどイルゼが取り出していたものだ。
あまりに自然に行われているせいで周りも気にしていないがやっていることは僕らと同じだ。
もっともこの二人の場合は隠す気がないのか、そもそも本当に気にしていないのかわからない。
僕らぐらいの年頃なら普通はもっと気にするべきだと思う。
比較的仲の良い異性にドキドキするのは当然のことだ。
別に僕らが殊更相手のことを気にしてしまっているわけではない。
「ほら、リムルちゃんも座って。早く食べちゃわないと時間なくなっちゃうよ」
大人しく椅子に座るリムルは顔を赤くしたまま憎々しげにセロンを睨みつけている。
もっともセロンはまるで堪えた様子はなく、愉しげに笑みを浮かべている。
「食事が終わったら午後の基礎実技について復習するからね。覚えておきなさい」
僕は悪くないよ。睨まないで。