其の三
図書館にたどり着くと正面玄関の前でリムルが腕を組んで立っていた。
両の目は釣りあがり、背中には怒りのオーラが立ち上っているのが見えるかのようだった。
これはとても怒っている。
まあ僕のための勉強会を開いてくれているのに理由も言わずに逃げればそれも当然だと思う。
リムルだけでセロンもイルゼもいないのは先に入って席を取ってくれているんだろう。
「遅い!」
「ごめん!」
一応謝ってみたけれどもつり上がった目はまったく下がる気配がない。
それでもリムルは一度開きかけた口を閉じるて、ため息を一つ。
「……一応言い訳ぐらいは聞いてあげるわ」
意外だった。てっきりひたすら怒られるとばかり思っていたんだけど。
「何よ?」
「いや、なんでもない」
せっかく話を聞いてくれるのだから痣のことを隠してシド先生に質問しに行っていたこと、別にリムルの勉強会が嫌だったわけではないこと、むしろそのことには感謝していることを丁寧に説明した。
その結果、どうにかリムルの機嫌もさほど悪くなくなった。
「……それならわざわざ逃げなくてもいいじゃない」
「えっと、うん。ちょっとあまり他の人には知られたくないことだったから」
「私にも言えないこと?」「……ごめん、リムルにだけは言えないや」
だってリムルに言ったら絶対心配する。
それこそこれまで準備してきた試験のことを放って調べてくれると思う。
リムルはいつも僕に厳しいけど、それは僕のことを心配してくれているからだ。 法術士試験はリムルにとってとても大切な試験だ。
万全を期するためにはいくら時間があっても足りない。
それなのに僕のためにこうして時間を割いてくれているのだ。
これ以上余計な心配をかけたくない。
「ふーん、私にだけは知られたくないんだ」
あれ? また機嫌が悪くなってきた。
「いや、リムルにだけはっていうのは別にセロンたちになら知られてもいいってことじゃなくて」
「いいわよ別に。無理に言い訳しなくても。
さっき言っていたことも嘘で本当は私のことを除け者にしたかったんでしょう」
「いや、そんなことないって」
「勉強会だってやりたくなくて、私と一緒にいるのだって嫌なくらい嫌いなんでしょう」
「嫌じゃないし嫌ってなんかない。本当に感謝しているって」
「じゃあ一緒にいたいって思っているの?」
「一緒にいたいって思っているよ」
あれ? 僕何言ってるの!?
いや、もちろん一緒にいるのが嫌なわけではないし、いたいかいたくないかで言えばいたいって言うのは間違っていないけど今のはちょっと違うというか……。
うう、顔が熱くなってきた。恥ずかしい。
「……な、ならいいのよ。
早く行くわよ。席なくなっちゃうといけないし」
「う、うん、そうだね」
僕がそうであろうと同じように顔を赤くしたリムルが足早に図書館に入っていく。
僕も恥ずかしさをごまかすように頷いてついて行く。
「あ、そう言えばイルゼは?
あの子あんたを連れてくるからちゃんと理由を聞くように言っていたんだけど」
「え? 僕、会っていないよ」
「…………」
「…………ところでセロンは?」
「逃げたわ」
セロン、それはないよ。
あ、でも二人がいないってことは今日はリムルと二人だけか。
……さっきのこともあるしそれはちょっと恥ずかしいな。
「……まあいないのは仕方ないわ。二人がいないからって私たちまで帰る理由にはならないわ。
きょ、今日はマンツーマンで教えてあげるから感謝しなさい」
「う、うん、ありがとう」
やっぱり同じようにリムルも恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
スバルとリムルが行る場所から少し離れた物陰に、セロンとイルゼは隠れていた。
もちろん二人の姿を観察するためだ。
「あそこで好きだって言っていたら面白かったんだけどな」
「もう、そんなこと言ったらだめだよ」
「イルゼは今年からだからまだそんなことを言うけれど、俺にとっては一年の時から二人と一緒なんだぜ。
いい加減くっつけっての」
以前いた班員の一人が抜けた理由があれを見ているのが辛いからだったことを教えるとイルゼは困ったように笑った。
イルゼから見たスバルとリムルの仲はとても良さそうに見える。二人が付き合っていると言われたら信じただろう。
ちらりと横で二人の様子を観察しているセロンを見る。
すると同じようにイルゼを見たセロンと目が合い慌ててそらした。
しかしセロンが歩き出そうとすると素早く服を掴んだ。
「どこ行くの?」
「ちょっと二人をからかいに」
「ダメです」
二人が消えた図書館に向かおうとしていたのでそうではないかと思ったのだ。
「せっかくなんだし二人だけにしてあげようよ」
「もちろん二人だけにしてやるぞ。それを見て後でからかうのが楽しいんじゃないか」
「だからそれがダメなんです」
二人のいる図書館から引き離すように引っ張っていく。
その気になれば振り払うことも簡単なはずだがセロンは抵抗することなくイルゼに引っ張られていく。
二人も周りから見れば十分に仲が良かった。