其の二
授業を終えて放課後、勉強会に連行されそうなところを逃げて、先生の研究室に向かう。
「おや、どうかしたかい?」
「先生に相談したいことがございまして」
僕たちの担任でもあるシド先生は現役の法術士であると同時に法術具の研究もしている。
特に法力を強化する方面の研究に力を入れていて、法術具に限らず法力を強化する紋様術や、生命力に直接影響する呪術なども研究している。
研究内容ややけに青白い肌、窪んだ眼孔にギョロリとした眼などもあり不気味に感じている人も多いが生徒思いのいい人でよく相談に乗ってもらっている。
「そうか、まあ座りなさい」
「はい」
言われた通りに椅子に座って待つ。
先生は二人分のコップを持ってきた。
「あいにく今はインスタントしかなくてね。
我慢してくれ」
「ありがとうございます」
一口飲むと口の中に苦味が広がる。
研究中の眠気覚ましようなのかやけに苦い。
しかしこの部屋には砂糖やミルクなんて物はないのでこのまま飲むしかない。
「そう言えば聞いたよ。今度の法術士試験を受けるんだってね。
それに関係する話かね?」
「いえ、そっちはリムルが頑張ってくれていますから」
「なるほど。まあ君たち四人は優秀だ。油断さえしなければ受かる可能性は十分にあるだろう」
「ありがとうございます」
シド先生はそう言ってくれたが自分が周りからどのように見られているかはよくわかっている。
リムルは同期の中でも飛び抜けて優秀な生徒の一人だし、セロンとイルゼもその技術から色物扱いされることも多いが実力は確かだ。
それに比べて僕は飛び抜けた何かがあるわけでもないし、頭がよいわけではない。
リムルの勉強会だってほとんどは僕のために行われているようなものだ。
だから本当ならこんなことを気にするよりも勉強会に参加したほうがいいのかもしれない。
でもなぜかこの痣のことは何とかしなければならないような気がするのだ。
「先生は呪術にも詳しいと聞いたので、少し教えてほしいことがあるんです」
「呪術についてかい? まあそれなりに詳しくはあるが呪術についての勉強はまだ早いと思うよ」
「いえ、実は朝起きたら体に変な痣ができていたんです。授業の時に法術を使ったときも変な感じがしたのでもしかしたらと思いまして」
「ふむ、なるほど。その痣を見せてもらってもいいかね?」
「はい」
シャツのボタンをはずして胸の痣を見せる。
朝も思ったが何かにぶつけたにしては大きいし、翼を広げた鳥のような形をしていて変な痣だ。
先生はじっとその痣を見つめていたが思い当たるものがなかったのか頭をかいた。
「うーん、似たようなものをどこかで見たような気はするんだが思い出せないな。
念のために訊いておくが他には何もないかい?」
「後は額にも少し」
「そっちも見せて」
前髪をあげて額の痣も見えるようにする。
「……他にはないかい? たとえば腕とか背中とか」
「背中は見ていないのでわかりませんが腕にはありませんでした」
「ちょっと見せてくれ」
そうして両腕に掌や甲、背中も一通り見てもらったが痣があるのは胸と額の二つだけだった。
先生はその二つの痣の形を記録し、検査用だという器具を使って調べてくれたが詳しいことはわからなかった。
「あまり力になれなくてすまないね。一応これといって体に害を与える力は無いようだけれども、これについては私のほうで調べておく。何かわかったら連絡するよ」
「いえ、ありがとうございました」
残念ながら何かはわからなかったけれど後は先生に任せるしかない。
一応試験が終わったら図書館で呪術についての資料も探してみよう。
でも一先ずは目先の試験に集中しよう。リムルも怖いし。
僕は先生の元を後にするとみんなが待つ図書館に向かった。
スバルが立ち去った後、シドは本棚から一冊の本を取り出した。
ページを捲っていくとやがていくつかの紋様が描かれたページにたどり着いた。
そのページには六つの紋様が描かれており、そのうちの一つはスバルの額の痣と、別の一つは胸の痣と一致していた。
(形はまったく同じだ。偶然だとは思えない。しかしそこまではっきりしたものではなかった。
確かに何かに繋がっているのは感じたが、明らかに数が足りない)
記録と紋様を見比べ、そのページの記述について読み直し、しばし思案する。
そして一つの結論をだした。
「正しいにしろ間違っているにしろ私の一存で抱え込んでいいことではないな。これは報告と、詳しい調査が必要だ」
シドの読んでいたページにはその六つの紋様についてこう書かれていた。
『勇者の印』