其の一
朝起きたら額と胸に痣があった。
額の痣は先の尖った十字で、胸の方は翼を広げた鳥のような形をしていた。
当たり前のことだけれどもこんな痣ができる覚えはなかった。
不気味だし何かの呪いの類かもしれないし、学校に行ったら先生に相談してみよう。
とりあえず額の痣は見えないように前髪で隠しておこう。
「スバル、先に行くぞ」
「もうちょっと待って」
もう一度痣がちゃんと隠れているか確認して、慌てて追いかけた。
かつて世界は二つあった。
一つは人族と呼ばれる種族が暮らす銀なる龍神に守られし世界。
もう一つは魔族と呼ばれる種族が暮らす黒き龍神に守られし世界。
しかしある時、二つの世界は融合し、一つの世界になった。
人種、文化、国境などの様々な問題が起きた。 その多くは摩擦を起こしながらも全てとは言わないが受け入れられてきた。
しかしどうしても解決できないことと言う物がある。
その一つが『歪み』と呼ばれる現象だ。
世界が完全に融合できないことから生まれると言われている『歪み』はこの世界に生きる生命にはどうしても予防する事のできない問題で、これに関しては実際に生じてから対処することしかできない。
理の力を持って行う技術を法術、もしくは魔術と呼び、それを行使する者のことを法術士、または魔術士と呼ばれている。
そして僕らが通うキュルケ法術学院はその法術士を育成する専門学校だ。
「スバル、今日はしっかりと課題終わらせてきたんでしょうね」
「もちろんだよ」
教室についてすぐにリムルが詰め寄ってきた。
授業には個人制と班制の評価があり、彼女は同じ班に所属している。
そのためか知らないけれど同じ班、特に僕に対してとても厳しい。
今日のように課題の確認はもちろん、その成果についてまでチェックする。
「……何よこれ?」
「何って、課題の結界ロープだけど?」
今回の課題は法術士が使う基本的な道具の一つ、結界ロープを一メートル以上作ってくることだ。
作り方は簡単、市販の細いロープを三本用意して法力を込めながら編んでいくだけだ。
それでも長くなるとそれだけ多くの法力が必要になる。
法力は生命力を転化して生成するのでとても疲れる。
今回は一メートルでいいところをわざわざ二メートルも作ってきた。
もちろん一メートルだけだとリムルがうるさいだろうと予想してだ。
これなら文句もでないだろう。
「こんなんで足りるわけがないでしょう!」
「え?」
「ちゃんと実戦で使うことを考えているの!?
『歪み』のすぐ傍まで近寄るつもりなの!?
そんなバカはセロン一人で十分よ」
「いや〜、照れるな」
「褒めてないわよ!」
怒りの矛先が僕からセロンに移ったがセロンはまったく気にしない。
「課題は一メートル何だから別に良いだろう」
「ただ課題をこなせばいいという訳じゃないのよ。
ちゃんと将来のことを考えないと駄目じゃない!」
「はいはい、相変わらず優等生だね〜」
また始まった。
セロンとの付き合いも入学してすぐからだからかれこれ四年近くなる。 最初の班決めで二人と一緒になってから何度も繰り返してきたやり取りだ。
「まあまあリムルちゃん、二人とも課題自体はやってきたんだからそこまで言わなくても」
「……まあ、そうね」
昔と変わったところがあるとすれば今年から同じ班になったイルゼの存在だろう。 以前は先生が止めるまで続いていたがイルゼが止めるとリムルもしぶしぶだが矛を収める。
イルゼは笑顔が可愛い女の子で、笑っている姿を見ると心が穏やかになる。
セロンが言うには癒し系と言うらしい。
「ところで二人とも、試験は来月だけどちゃんと準備はしているんでしょうね?」
「僕が勉強していることはよく知っているでしょう」
なんせここ最近放課後は毎日リムルに連れられて遅くまで勉強三昧だ。
しかもそれに加えて、課題も出されるし休む暇もない。
ちなみにリムルの言う試験は学校の試験ではない。
国家資格である第三種法術士免許の試験だ。 これは四年生以上なら誰でも受けることができるし、六年生になっても取得できないと卒業させてもらえないこともある。
それでも普通は五年生になってから受験するものだ。
僕たちが受験するのはリムルが言い出したことで、僕個人としては今回は様子見気分だ。
「筆記もだけど実技もよ。
基本三種の扱いはもちろんだけど実技には実地試験もあるんだからね。
レベル3のゴーストについてしっかり予習しておきなさい」
「うん、わかっているよ」
それについては十分承知している。
法術士の仕事現場では常に命の危険にさらされている。
たとえ弱そうに見えても一時の油断で命を落とすことがある。 熟練の法術士でもそうなのだから半人前の僕たちが準備を怠ればどれだけ危険なのか予想もつかない。
試験に落ちるのはかまわない。
でも誰かがケガをするのは嫌だ。