表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/51

其の紙、大切な物なり。6ページ

「職員室にわざわざ向かった用事と言うのはな、文化祭についてだ」

椅子に腰を降ろしてから約三秒。脚を組んだ灯は、目を閉じながら静かにそう言った。

「文化祭?」

途端に紗良が首を傾げる。俺も心の中でクエスチョンマークを浮かべた。どうして文化祭の事で職員室に行く必要があるんだ?

花山南高校の文化祭は、別に豪華で騒々しくて規模がでかい訳じゃない。普通の県立校規模の文化祭だ。各クラス出し物を決めて、当日までに各々準備して、十月の第二金曜と土曜に行う。どこの高校でもやっていそうな文化祭だ。わざわざ一個人が職員室に出向く理由があるとは思えない。

「灯、もう少しだけ詳しく教えてくれ。なんだかピンと来ない」

文化祭と言うワードだけで一応考えてはみるが、残念ながら頭の中では、文化祭と言う文字を神輿の様に運んでいく何かが浮かんだだけだった。

「分からないのか?」

「わかんねぇな」

意外そうにそう訊いてくる灯に対して、俺は壁際に立て掛けてある椅子の一つを取り出しながら答えた。いいからさっさと教えてくれ。と言う思いも、言葉の端に乗せながら。

「……文化祭当日に、この文芸部も活動出来ないかと言う要望を伝えに行ったのだ」

「……なるほど」

わざわざ職員室まで行く理由が分かった。学校側に無許可で展示したり暴れたりしないとこ、こいつらしいな。

文化祭は基本、学校が認めた一団体一展示がルールだ。クラスの他に、部活動や同好会、PTAなんかも団体として認められる。

もちろん、学校が認めていなければ文化祭には参加出来ない。もし無許可で展示したりしていた場合は、生徒なら始末書や説教、部外者なら警察が来るなどの対応をされるだろう。

だから灯は、職員室に行って許可をもらおうとした訳だ。

「それで、先生達は何て?」

椅子に座り、長机の上に飴玉を数個ばら撒きながら、俺は続きを促した。

「『最低でも同好会として成り立たせろ。それと、こういう事は文化祭実行委員の所に行くように』だそうだ」

「……意外と丁寧な対応をされたんだな」

まぁ、生徒だから冷たくあしらう様な事はしないのだろうけど。そう言えば、文化祭の事は文化祭実行委員が仕切ってるんだったっけ。

「丁寧な対応か……では龍夜くん、今から文化祭までに、同好会に出来ると思うか?」

長机に散らばった飴玉の一つを手に取りながら、呆れた様に灯は言った。その後、彼女は袋から取り出した飴を口の中に放り込む。その姿を横目に、『果たして文化祭までに同好会として成り立たせることが出来るか』考えてみることにした。

さて、同好会として成り立たせる条件がいくつかあったな。

一つは部室、一つは部員。一つは顧問。そして最後に活動内容を書いた申請書。

さて、まずは一番重要そうな部員について考えるか。

えーっと、今は夏休み真っ只中の八月上旬。基本的に生徒は登校しておらず、部活動や文化祭準備が特に忙しいクラスしかいない。

つまり、後一人部員を集めるのなら、二学期が始まってからの九月と十月の頭という事になる。

「……難しいな」

少し考えただけで結論が出た。四月か五月なら短期間でも人が集まりそうだがな。

「だろう? 元々この学校は兼部が出来ないし、今は文化祭でクラスの方も忙しい。新しく部員がやって来ることなんてそうそう無いだろう」

「……いまさらな話になるが、勧誘とかはしないのか?」

思い返せば、この文芸部が行った勧誘活動はこっそりと貼ったポスターだけで、声をかけるだの部活を紹介するだのと言った直接的な物はしていなかったと思う。そう思って灯に訊いてみると、

「しないな」

短い答えが帰ってきた。

その答えに、俺は少し驚いた。文化祭に文芸部として活動したいから、こいつは職員室まで出向いたんじゃないのか?

「お前、職員室には文化祭に出してくれって嘆願しに行くのに、勧誘はしないのか?」

「一学期の間どこの部活にも入らなかった人が、いまさら誘われた程度で入ってくれるとは到底思えん」

……まぁ確かに、今まで部活に入らないでいる人たちを誘ったところで、色よい返事が貰えそうもない。もし入部しますなんて言われても、一学期の内に部活に入らなかった理由が分からない。それに転校生の噂も無いし、文化祭、参加できないかもな。

「でも、さ」

 そう考えていたら、扇風機の前から動かないでいた沙良が、風ではためく髪を押さえつけながら言った。

「名前、借りる、出来ない?」

それはちょっとした提案。帰宅部連中の誰かから、部活成立のためだけに名前を借りれないかと言う提案だった。

「……紗良」

灯は紗良がそう言った後、少しの間を開けて、とても優しい口調で扇風機の前の少女に言った。

「出来ればそれは、最終手段にしたいんだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ