其の紙、大切な物なり。5ページ
突然開け放たれた部室の扉は、直ぐに壁に当たりバァンと大きな音を立てた。そんな事をした人物である灯は、無表情で部室の入り口に立っていた。
長く綺麗な黒髪と、見事に整った顔立ちと、人並み以上なその胸と。まぁ、一言でいえば美人さん。
そんな灯に、帰ってきたのかと声を掛け
「!んぐぅ!」
ようとした時、今度は突然うめき声があがった。
「「ん?」」
灯と俺と。二人の視線が同時に動いて紗良を見て、
「って、大丈夫か紗良!」
「ん!んんっ!」
そして、慌てて紗良の元へと駆け寄った。紗良は喉元を抑えて、苦しそうに顔をゆがませている。
俺は紗良の背中をさすってやった。多分、灯が突然開いた扉に驚いて、飴玉を喉に詰まらせただけだと思うから。
さて、飴玉を喉に詰まらせた時はどうすればよかったか。確か、熱いお茶かなんかを飲ませれば良いんだっけか。
どこかにお茶が無いかと顔を上げると、ポカンとした表情をして、まだ入り口の所に立っていた灯と目が合った。
「灯、熱いお茶でも持ってないか?」
「えっあっいや、その、持ち合わせてはいないが、一体紗良はどうしたのだ?」
状況が全くつかめない。という風に皺を寄せながら、灯が俺に聞き返す。
「飴玉を喉に詰まらせたらしい。で、お茶を持ってないか訊いたんだ。
でもな、持っていないとなると、買いに行かなきゃならないな。この季節、自販機はほとんど冷たい飲み物だし……」
給湯室は遠いし、湯を沸かすのに時間がかかる。それに生徒は使えないじゃないか。あれ? これって不味くないか? 背中をツゥっと汗が流れた。
「そういう事か。龍夜、ちょっといいか?」
俺が内心で焦っていると、紗良が呻いていると言うのに落ち着いている灯が、俺に向かってどいてくれと言う様に手を払っていた。
何か妙案でもあるのだろうか? 紗良の事もいよいよ心配なので、俺は一歩後ろに下がってスペースを作った。
灯はまず、俺が居た場所に立った。そこは、紗良の真後ろでもある。
次に、彼女は腰を落として、右手を引いた。
「っは」
そして、短く息を整えると、右の手のひらで紗良の背中をドンッっと強く叩いた。
「おまっ、今何を……」
「かふっ」
すると、さっきまで苦しそうにしていた紗良が、突然げほげほとむせた様に咳き込んだ。そして顔を上げると灯に対して、「助かった」と言ったのだ。叩かれたのに。
「灯、お前今何をしたんだ?」
「何をしたのかだって?飴玉を詰まらせたと言うのだから、吐き出させてみたのだが」
人を叩いたと言うのにケロリとした表情でそう言った灯は、次第にその表情を疑うような視線に変えて来た。その視線が捉えているのは、もちろん俺。
「まさかとは思うが龍夜君、我がただ紗良を殴ったと思っているのか? 苦しんでる所に追い討ちをかけた様に見えたというのか?」
違うのか? とは言えなかった。言えば、半眼で俺を睨む灯から容赦無く蹴りが飛んで来そうだから。
「そ、そんな事よりさ、職員室に行ってたんだろ? 何の用事だったんだ?」
蹴りを喰らうのは嫌なので、俺は慌てて話題を変えようとした。
「………………」
灯、無言で俺を睨み続ける。どうやら話題を無理矢理に変更するのは出来なかったらしい。あーあ、頬にビンタか、腹にパンチか、足にキックか、何がくるんだろ。
そう思った瞬間、灯はフーっと長い息を吐いた。
「……ま、そっちの方が重要か」
そして、短くそう呟く。……納得はしないが、話題を変える事にしてくれた様だ。今度は俺が息を吐いた。
「ところで、香織は? 見たところまだ来ていない様だが」
職員室の事について話し出す前に、灯は辺りを見ながら尋ねた。そう言えば、居ないな。
「まだみたい」
今度は飴玉を噛み砕き、歯にくっ付けてしまったらしい紗良が、口をモゴモゴと動かしながらそう言った。
どうでもいいけど、飴玉を食べるの下手なんだな。
「ふむ、まぁ用事でもあるのだろう。少し待っていればきっと来る」
香織がまだ来ていない事を確認すると、灯は一人頷いて、入り口近くの椅子に腰を降ろした。ってそこ、俺がさっきまで座ってた椅子なんだけど。
「えーっと、それで? 職員室での話だったかな? ……ハン!」
「なんだか知らんが、酷く不機嫌そうだな」
思い出そうとして三秒でハン! ってなるなんて。
「まぁな。先に言って置くと、これは文芸部の活動に関わる事だ。意見があるなら後にしてくれ」
不機嫌になりつつも姿勢良く座った灯は、そう前置きしてから話し出した。