其の一ヶ月、夏休みなり! 16ページ
和菓子屋の中身は、小ざっぱりとした御店だった。入り口から少し離れた所に、カウンターとショーウィンドー。その場で食べれる様にか、店の隅には小さな椅子とテーブル。店の裏で実際に菓子を作っているのか、香ぱしい匂いがする。
「いらっしゃい」
人の良さそうな顔したおじさんが、カウンターの向こうから声を掛けてくる。なんでか知らんが、ねじり鉢巻が坊主頭に巻き付いている。
「種類、いっぱい」
「そうだな。団子だけでもこんなに種類があるとは驚いた。取り敢えず、この三種の団子を一本づつ」
「あいよ」
そんなおじさんに向けて、紗良と灯が早速注文を出していた。二人の前のショーウィンドには、色とりどりの団子があった。白いやつ、緑のやつ、桜色をしたやつ、あんこが乗っかっているやつ……。
注文を受けたおじさんは、それらの団子をカウンターの向こうからとっていき、茶色の(多分このお店オリジナルの)紙袋に詰めた。
「はい、470円」
差し出された紙袋を、笑顔で受け取る灯と紗良。そんな二人を見ていると、俺も何か欲しくなって来た。
ショーウィンドに近寄って、菓子を眺めてみる。ここには上生菓子が飾られている様で、綺麗な色をした花をかたどった菓子が置いてあった。なんか、食べるのが勿体無い気がした。
綺麗なお菓子は見ているだけでも楽しいのだが、やっぱりお菓子は食べてこそ。視線を上生菓子からずらした。
菓子にも色んなものがあるんだな。そんな事を考えながら品物を見ていると、さっきから一人、店の入り口に佇んでぼーっと外の方を向いている人物が、ウィンドに映った。
「……………」
ふぅ。短く息を吐き出し、立ち上がる。そして体を反転させて、ぼーっとしている彼女に近づいた。
「香織、何してんだ?」
「えっ?」
話しかけた瞬間、香織は飛び上がる様にして驚いた。別に、不意を突こうとした訳じゃないんだけどな……。
「あ、いや、さっきから上の空で居るもんだからよ、どうしたのかと思って」
そんな反応に驚きつつも、俺は香織にきいてみる。
「え、あの、その……少し、気が抜けていて……」
苦笑いを浮かべながら、香織は曖昧に答えた。外にぼーっと目をやっていて、気が抜けていたのか。
そう思っていると、香織は髪を後ろに払い、何事も無かったかの様に俺に尋ねてきた。
「それよりも、龍夜君は何か買わないのですか?お菓子」
「えっ?」
「お菓子ですよ。お菓子。灯さん達はもう食べ始めていますが、龍夜君は買わないのですか? と」
いつもと変わらない感じで話しかけてくる香織は、そう言いながらショーケースに近づき、腰を落として売り物の菓子を眺めていく。顔は大きな箱の前で固定だ。
ふと、視線をショーケースから上の方に向けていくと、坊主頭のおっちゃんの頭越しに、一枚のポスターが貼ってあった。
「……あの、すいません」
ポスターに目を向けながら、俺は鉢巻巻いたおっちゃんに向かって言葉を出す。
「あい、なんでしょう?」
「ここ……アイス売ってるんですか?」
「ええ、売ってますよ」
「じゃ、下さい」
「200円」
おっちゃんにそう言われて、財布から百円玉を二つ出す。今は夏だから暑い。暑いから、冷たいものが食べたくなる。そんな時に見つけたアイスのポスターは、俺の心をぐいと引き寄せた。
「私はこの大箱とお饅頭。後、同じ様にアイスを」
「あいよ。嬢さんは二千二百三十円だよ」
隣で香織も注文する。菓子屋のおっちゃんは、先に大箱と饅頭を袋に入れると、ショーケースの向こうから香織に手渡した。そしてその後、ちょっと待っててねと小さく言って、店の奥に入って行った。
「そう言えば、アイスの味を言ってませんでしたね。大丈夫なのでしょうか?」
おっちゃんが店の奥に消えてから、香織がはっとした様に呟いた。確かに、おっちゃんはアイスの味を聞かずに行ってしまった。……まぁ、味を指定しなかった俺も俺だが。
しかしどうしよう。もしもミント味が出てきたらどうしよう。俺、アイスのミント味だけは苦手なんだよな。