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其の一ヶ月、夏休みなり!15ページ

「何処が捻りの効いた文章なんだよ」

ゆっくりと箇条書き文章を述べた灯に向かって、俺は嫌味たらしく呟いた。

「……………」の

だが、灯は勢い良く反論してくる訳でもなく、顎に手を当てて、突っ立っている。

「龍夜さん。あんな言い方したから、怒ったんじゃないですか?うちの部長」

何時の間にか俺の近くにやって来ていた香織が、俺を見ずに言った。そして俺に一瞬だけ視線を投げると、また獣道を進み始める。

俺としては嫌味っぽく言ったのは冗談のつもりだったんだがな。灯には、そう聞こえなかったのかもしれない。香織の言う通り、怒ってふてくされてしまったのかも。

「あー、灯?」

怒っていたら嫌だなぁ。そう思いながら、森の何処かに焦点を合わせているはずの灯に声を掛けた。

「言ってくれるな。龍夜」

「は?」

なんだこの言動。やっぱり怒ってるのか?

「自分の事を棚に上げて他人の事を口出し出来る。いやぁ、さすがだなあ」

怒ってるみたいだ。

「……腹立てんなよ」

「誰が?何に?取り敢えず今回は香織が一番と言う事で良いな?」

意地の悪い笑みを浮かべて、長い黒髪を揺らして、灯は獣道を歩き出した。

「……取り敢えずまぁ、今回は香織が一番ってのは賛成だよ」

うぐいすの鳴き声の代わりに聞こえてきたアブラゼミの鳴き声を聞きながら、俺は小さく呟いた。









生い茂った草をよけ、土から出ている木の根を飛び越え。凹凸の激しい獣道を歩いてると、普段この様な道を歩かない為か、足が疲れてくる。

文芸部による風景描写の評論会は、あの後何回か行われた。

基本的に香織が一番をとっていくが、稀に紗良が唸る様な比喩を使ってくるのだ。なので、紗良もさっきから優秀者になっている。

俺はさっきから工夫しているのだが、何故たか一番に選ばれない。頭で一生懸命考えているのだが、それでも「ありきたり」な表現の様で、俺は毎回少しづつダメージを受けている。

描写の回数が少ないのも理由の一つだろうが、灯も今のところ、優秀者に選ばれていない。文芸部の部長なのに。

どうやら部員達は、贔屓(ひいき)とかそう言うのを無しに、純粋に評価しているらしい。

そんなこんなで森を歩く俺達は、現在小川で小休憩をとっている。

普段あまり動かさない足で森を歩いていたからか、足の裏が痛い。本当は目の前の小川の水でも飲みたいが、旅館から流れ出た排水も混じってそうなので、俺達は小川の近くの切株に腰を下ろして居た。

「セミはえらく元気だな。朝からずっとこの声を聞いている気がする」

遠くに焦点を合わせ、元気のない声で灯が言った。きっと、見えないセミを恨めしげに見ようとしているのだろう。

「そうですね。途切れる事なく鳴いていますから。……所で、さっきからだいぶ歩いた気がしますけど、どの位歩いていたのでしょうか?」

見事な曲線を描くそのおみ足を両手で軽く揉みながら、今度は香織が言った。その横では紗良が携帯を取り出している。

そして、ディスプレイにめを通した紗良は振り返ると

「一時間、経ってない」

と、眠そうな顔で呟いた。そしてそのまま香織にもたれ、目をつむる。

「紗良、眠たいのか?」

そんな紗良に向かって、灯が尋ねる。紗良はこくんと頷くと、香織にもたれて動かなくなった。

「一時間も経ってないのか。確かに、太陽が上の方にあるしな。取り敢えず紗良、起きろよ。こんな所で寝たら風邪ひくだろうし、体勢崩したりしたら服が汚れるぞ」

そんな紗良に向かって、取り敢えず忠告。

「じぁあ、龍夜、おんぶ」

紗良は目を開けず、そんな事を言う。

「自分で歩け」

「……むー」

更に半目を開けて睨んでくる。いや、だってこんな山道でおんぶなんてしたら、体勢を崩した時はどうするんだよ。

「では、そろそろ動きますか?今見てみれば、すぐ近くに開けた道がありますし」

ふと、紗良に寄りかかられていた香織が、スっと立ち上がって言った。もたれていた紗良は、バランスを崩して座って居た切株から転げ落ちた。

「紗良?大丈夫か?」

落ちたと言っても、高さ五センチ程の切株なので、怪我は無いと思う。

「龍夜、おんぶ」

「はいはい、大きな道に出てからね」

取り敢えず俺は立ち上がり、紗良を起こす。紗良は服に着いた泥を落として、林道を進み始めた。香織もそれに着いて行く。

「あの道に出たら、本当に紗良をおぶるのですか?」

って言葉を、俺に投げかけたすぐ後にだ。

「灯、そろそろ行くぞ」

香織と紗良が進んで行くのをみながら、俺は後ろを振り返った。

灯は荷物を持って立ち上がって居て、まじまじと眺めていた。

「灯?」

聞こえて無いのだろうか?灯に声を掛けながら、俺は一歩近づいた。

「『流れる水は、鏡の様に物を映さず、しかし光は反射する。

川から頭を出す石は、どうやって登ったのか虫を乗せた小島だ。

木々は周りからそれを包み、今だけ、私も森の中だ。

抜け出したくない。森の中だ。」


「…………え?」

その声は、とても小さく、かすれた様な声だったが、とてもうるさい人混みの中でも、澄んだ鈴の音が聞こえる様に俺の耳に、

届いていた。

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