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其の一ヶ月、夏休みなり!14ページ

 全く、ウィンクが絵になるような女の子だから困る。

 そんな事を頭の中で三回ほど呟いてから、俺はふと灯の方を見る。灯は何やら沙良と話していたが、それもほんの束の間の事であり、すぐに、では行くかと旅館を右回りに回り始めた。……なんだかいまいち盛り上がらないが、別にかまわないだろう。俺も灯りの後を付いていく。

 旅館は意外と広い。しかも、さまざまな設備が旅館の裏に行くほど多くなっている。焼却炉とか、倉庫とかそんなのが色々。それらを素通りすると旅館の奥には森があり、一本のけもの道があった。

 多分、職員専用の目立たないように作られた通路なんだろうな。

だが文学少女の三人は、迷う事なくその通路に足を踏み入れた。買い出しに行ってる職員とかに会いません様に。心の中で手を合わせ、俺も三人の後を追う。

職員用の通路なのかもしれないが、それでも獣道。少し歩いて振り返れば、旅館の姿は見えなくなっていた。

「夏で、山の中。随分と気分が良いな」

獣道をズンズンと突き進みながら灯は言う。木の葉っぱが服につこうが髪に付こうがお構い無しだ。

「これが所謂(いわゆる)『森の空気』と言うものなのでしょうか」

蜘蛛の巣を手で払いながら香織もそう言う。嫌がる素振りを見せずに取っ払って行くので、少しだけ尊敬した。俺は正直嫌だ。

「ウグイスー」

地面から突き出ている木の根っこを飛び越えて、紗良が通る声で言った。確かに、あちこちからホーホケキョと言う、うぐいすの綺麗な鳴き声が聞こえてくる。

「そうだっ」

突然、目の前にいた紗良が、声をあげて立ち止まった。灯と香織も、足を止めて振り返る。

「『見渡せば森の中で、うぐいすの鳴き声が遠くから聞こえてとても綺麗』」

これは、お題か。

本日最初のお題。発案者は、紗良。

「成る程、うぐいすの鳴き声が聞こえていると言う場面か……」

ぐぬぬ。と言いそうなくらい眉間にしわを寄せて唸る灯。どうやら真面目に文章を考えている様だ。

「『春告鳥(はるつげどり)と言われるうぐいすの鳴き声が、どこからか聞こえてくる。

今いるところは夏の山で、春はやって来るどころか過ぎ去ったと言うのに……』こう言ったものはどうですか?」

灯がしばらく悩んでいると、先に表現を思い付いたのだろう。香織が挙手しながら述べる。

うーん、やっぱり香織は上手いな。うぐいすが春告鳥って言われてるだなんで俺はちっとも知らなかった。知識の差って言うのは、こう言ったところで出るんだな。

「よし!、じゃあ次は俺だな。『周りを草木で囲まれた獣道を歩いていると、遠くから、ホーホケキョと言ううぐいすの鳴き声が聞こえて来た』」

……なかなか上手く行ったんじゃないか?これ。シンプルで、結構分かりやすいと思うぞ?

心の中で若干の自己満足に浸りながら、俺は文芸部の女子三人を見た。

「シンプル過ぎる。もう少し捻ったらどうだ?」

「ただ、説明」

だが自己満足は自己満足でしかなかった様で、紗良、灯から冷たい視線を頂いた。

「……だったら、捻りの効いた文章を聞かせてくれよ。部長さん」

むっとした俺は、未だ発表していない灯に噛み付いた。灯は一瞬だけ驚いた様な表情を見せ、顎に手を当てて考え込む。そして、

「む、そうだな……『森を、歩いていた……遠くから、うぐいすの鳴き声が……聞こえた……綺麗な、声だ……』」

ゆっくりと、とてもゆっくりと、箇条書き文体を口から発した。

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