其の一ヶ月、夏休みなり!3ページ
「もう20分近く歩いたぞ」
「まだ20分だろ?殴るなよ」
早速出来たたんこぶを摩りながら、俺は灯を睨んだ。幾らなんでも早すぎる。
だが灯は、俺を殴った拳を更に強く握り、次文句を言ったら更に殴るよ、と、無言の意思表示をして来た。俺は肩をすくめ、黙って前を歩いていく。
今俺達が居るのは、花山南高校の最寄り駅、合山駅のメインストリートだ。ここで、市営の無料くじが行われている様だが、これが駅から離れた所にある様で、俺達は広い道路を歩いている。
で、ようやくくじ引きをやっていそうなテントを見つけたその時、灯が後ろから殴って来たのだ。我慢しろよ20分ぐらい。
「クジ、ガラポン」
紗良がテントを指差して言った。数メートル先のテントを見ると、カウンターの上に、くじ引き大会等でよく見かける、取手をガラガラと回して、玉を取り出す、あの六角形の新井式回転抽選器が置いてあった。そして、赤いはっぴを羽織ったおじさん達が、賞品の管理などを行っている。
やはり無料だからなのか、くじ引きを行っている人は結構居るようで、今も数人の人達がガラポンの取手を回している。
「思ったより、人が居ますね」
香織が感心したように言う。夏休みに入ったとは言え、学生はこんな所には来ない。いくら日曜日とは言え、くじ引きのテントに寄る人なんて、そんなにいない。それなのに、二、三人並んでる人が居るなんてな。
「人気があろうが無かろうが別に構わない。並ぶぞ」
灯は、そう言って列の最後尾に並ぶ。黒色の髪が、何故か光を反射する。俺達も、列に加わり、自分達の番が来るのを待つ事にした。
「はい、次はお嬢さん達だよ」
そして一分も経たぬうちに、俺達の番はやって来た。
そりゃそうだよな。並んでる人が居ても、やる事なんてあの新井式回転抽選器を回して、賞品を受け取るだけ。三人位なら、短時間で終わる。
「うむ、では我から回す。良いか?」
前にいた灯が、振り返って尋ねて来た。
「いいぞ」
「いいよ」
「良いですよ」
俺達は頷く。
「よし、で、では……」
灯はてを伸ばし、抽選器の取手を掴む。そして、ゆっくりよりやや早い位のスピードで、ぐるりと一回転させた。
コロン。
抽選器から出て来たのは、黒色に光る小さな玉。
つまり、特等の下。一等である。
「「「「…………………」」」」
驚きで声が出ない。うちの部長。いきなり凄いもの引き当てた。
カランカランと、目の前のおじさんが小さなハンドベルを鳴らす。そして
「おめでとう。はいこれ、一等の賞品ね」
と、気さくな笑みを浮かべて、おじさんが一枚の紙を出した。灯はそれを受け取った。なんだろうと俺達もその紙を覗き込んだ。その紙にはこう書かれていた。
『一泊二日。団体を山の宿屋にご招待!』
さっき部室で悩んでいた事をぶち壊す招待券。それは、思わぬ所で手に入れた。
「「「「…………………」」」」
再び俺達は、驚いて声が出なかった。