其の者、相談者なり。8ページ
「山中さん……」
俺は階段下から彼女を見上げた。山中さんは駆け足で階段を下り、俺の横に来ると
「どう?頼んだ物は」
と聞いてきた。頼んだ物。それは、あの物語以外ないだろう。俺は山中さんの方を向いて、
「取り敢えず、どこかに移動しませんか?色々と長くなりそうですから、座った方がいいかな?あっもしよかったらでいいんですが…」
と、言った。
「ははっ、お偉いさんに会った訳じゃないんだから、そんな硬くなんなくても。んんっ、君、この前の用件なんだが…」
「社長。そういった話は事務所の方で……ですか?」
「ふふふっ。ねぇ、中庭に行こう。あそこベンチ有ったし、日当たりが良くて気持ちいいから」
中庭ね。今の季節、外は気持ちいいだろう。それに旧館の裏にある中庭を利用する生徒なんて滅多にいない。
「じゃあ、そうしますか」
俺はそう言って、階段を降り始めた。
場所は中庭。時刻は3:30。つまり放課後になって少しした時間。校庭からは、運動部の掛け声が聞こえ、少し傾いた太陽が、俺達二人が座っているベンチの上にある。
「……って訳で、今現在、文芸部の物語は、ようやく話の軸が出来上がったところだ」
俺は山中さんに、物語制作活動の進行状況を話した。
「ふぅん。じゃあ、完成まで結構かかりそうだね」
「ああ。ここからが大変だ」
青い空を見上げて、俺はふぅー、と息を吐いた。その後、空を見上げたまま、山中さんに言った。
「もし良かったらで良いんだが、どうして文芸部にこんな事を頼んだのか、教えてくれないか?」
「………………」
俺が質問すると、山中さんは、急に黙ってしまった。やっぱり、聞かない方がいい事だったのかな。そう思って山中さんを見ると、彼女は驚いた表情で俺を見ていた。
「どうして、理由が?」
しばらくして山中さんが俺に尋ねてきた。とてもゆっくりとした口調だった。
「俺達は、最近集まったばかりの一般学生。物語を創るなんて事は、みんなやった事がない素人だ。
そんなとこに、お勧めの本は?とか、この本はどんな内容だった?とかじゃなくて、物語を作って。と、あんたが来たからな。少し不思議に思ったんだよ」
山中さんは俺の話を聞きながら自分の両手を組んでいる。その後少し俯いたり、視線を彷徨わせてから、彼女はベンチに座り直した。
「友達にね……あげるんだ。あの子は、とにかく物語が好きだったから…それで、できたらあの子が外に出て来たら嬉しいなって」
中庭のベンチに座って、僅かに微笑みながら、山中さんは口を開いた。
その言葉から察する事のできる内容は、俺が予想できていない物だった。
「意外だった?」
下から覗き込む様に俺を見ながら山中さんは聞いてきた。俺は頭を掻きながら返す。
「意外ってレベルじゃないよ。あ~も~何で聞いちゃったかな。俺」
「別に気にすることないよ。確かに、始まったばかりの文芸部に頼むのは不思議だもん。でも、『そんな人達が一生懸命頑張って作った』物語の方が良いと思ってね」
「そう言われると、気合い入れたくなるな」
ふぅ。俺は息を吐き出した。こうすると、気分が落ち着いて、楽になる。
山中さんはベンチから立ち上がって、その場でくるりと半回転すると、俺の方を向いて「完成、楽しみにしてるね」と言った。そして、校舎に向かって歩いて行く。
そんな山中さんに、俺は尋ねた。
「いつぐらい迄に、物語が完成すればいい?」
山中さんから、すぐに答えが帰ってくる。
「別に、いつでもいいよ」
しかしその後、中庭のベンチから、だいぶ離れた所まで歩くと、山中さんは足を止めた。
「出来れば……出来れば、夏休み迄に、お願いします」
俺の十メートル先から、小さな声が聞こえた。