逢魔奇譚 夢籠り
ご来場のお客様。お初の方は始めまして、再びお越しの方はあろがとうございやす。
さて、実は昨晩のところあっしは変な夢を見やしてね。あっしが道を歩いてやすと後ろから見ても美人だと分かる娘さんを発見したんでやすよ。そうなりゃあ、当然あっしは声を掛けやしたよ。「どうだい、ちょいとそこらでお茶でもご一緒しねえかい」とね。そしたら、その娘さんは振り返って頷いたんでやすよ。
いや~、その時に顔を見たんでやすけど、やっぱり美人さんでやした。そして、その娘さんと茶屋で一服してやしたんでやすけどね、娘さんが俯いてたんで声を掛けたんでやすよ。
「ちょいと娘さん、具合でも悪いのかい」ってね。そして娘さんがこっちを向きやすと、先程までの美人とは打って変わって、不細工な顔になってやしてあっしは思いっきりびっくりしやして、危うく腰を抜かすところでやした。
そりゃあ、さっきまで美人だったお人がいきなり不細工になれば、誰だって驚きでやすよ。けどその不細工な面を良く見てみやすとね。あっしのかかあだったんでやすよ。
とまあ、人は寝ている時に夢を見るものでやす。今回お話しするのは、そんな夢に関する話でやしてね。夢にもいろいろな物がありやす、吉夢やら悪夢やら、仕舞いには予知夢なんて占いみたいな夢もあるぐらいでやすから、夢を見るって事には何かしらの意味があるんでやしょうね。
けどねお客さん、寝ている時に見る夢は見るものでやしてね、決して現実では無いんでやすよ。けれども時には、その寝ている時に見る夢が現実かどうか分からない時があるんでやすよ。
昔にもこんな事を言った人がいやしてね。その人は蝶になる夢を見て、目が覚めると分からなくなったと言ったんでやすよ。自分が蝶になった夢を見たのか、自分が蝶の夢のかと。
まあ、今回の話とは関係ないのでどっちでも良いんでやすけどね。肝心なのは夢と現実をしっかりと分けることでやすが、中には夢なのか現実なのか分からない人が出てくるものでやす。
だから今回お話しするのは、そんな夢に捕らわれた、夢に籠もった人のお話でございやす。
さて、舞台はとある大店の商家になりやす。そこの若旦那は官助って言いやしてね、つい最近になって嫁を貰ったばかりでやした。その嫁はお静という、そりゃあ、とても綺麗な人でやしてね。それに器量だけじゃない、炊事裁縫とこれは良い嫁を貰ったと、官助の親である商家の旦那にあたる勘三郎も姑であるお香も喜んだものでございやす。
これで子が男の子が生まれれば店も安泰、勘三郎もお香も一安心していた時でやした。
それはとある朝に唐突に起こりやした。いつもなら朝食には誰よりも早く来て、下女と一緒に朝食の仕度をする事もある、お静がその日に限っては朝食が終わる頃になっても姿を見せなかったのでございやすよ。
どうしたのかと、夫の官助を始め、旦那も姑も嫁の様子を見に行きやした。そして三人がお静の部屋に入ると、そこには未だに寝ているお静の姿がありやした。
すでに朝飯が済んで、店を開ける刻限でございやす。これはすぐに起こさないとと、三人はお静を起こそうとしやしたが、いくら声を掛けても、体をゆすってもお静は起きやしやせんでした。最後には布団を剥ぎ取って無理にでも立たせれば起きるだろうと、三人掛りでお静を立たせやすが、お静はそれでも寝たままでやした。
そんなお静を見て、こりゃあ何かの病気では無いかと官助はすぐに医者を呼ぶように下男に言い付けやした。けれども、医者の見立てでは、ただ寝ているだけで病気とは言えないと言うのでございやす。
それを聞いて首を傾げる事になった三人でございやすが、医者が言うには、そのうち起きるだろうと言う事で、とりあえずはお静を寝かせつけて、起きるのを待つ事にしやした。
そして、それから三日が経ちやしたけど、お静は一回も起きる事無く眠り続けてやした。三日も寝続ければ、お静の体も自然と痩せて行きやす。なにしろ寝たままで、何も口にしていないのでやすから。そんなお静を見て、これは大変だと、病気ではなく何かの呪いでは無いかと姑なんかは騒ぎ出す次第でございやした。
そんな中で旦那の勘三郎だけが冷静で、店の者にお静の事を決して口外してはいけないとすぐに言い付けやした。けれども、人の口には戸は立てられないものでございやしてね。お静の噂は少しずつ、静かに広まって行ったのでやす。
そしてお静が眠り続けて十日が経ちやした。未だにお静は寝たまま、夫の官助も旦那、姑も嫁の具合にすっかり困り果ててた時でやした。店の番頭が旦那に客が来ている事を告げてきたのでございやす。
そして番頭が言うには、どう見ても客ではなく、ただ旦那に話があるとだけ言うだけで、詳しい事は一切話さないのでございやす。そんな者が店の中で今では腰を掛けて、まったく動こうとはしないので、すっかり困り果てた番頭がこうして旦那を呼びに来たという事でやした。
まったく、こんな時になっだって言うんだい。そんな事を思いながらも番頭の話を聞いて旦那はしかたなく、立ち上がると店へと顔を出しやす。
そして店に顔を出した旦那は思わず息を呑んで客を見詰めるのでやした。そこには腰を掛けて、誰かが出したお茶を手にしている、美しい巫女が居たのでございやす。どうやら、その巫女は渡り巫女のようでやして、脇には商売用の背負い棚が置いてありやした。
そんな巫女に見蕩れてやすと、巫女の方から旦那に向かって話しかけて来たのでございやす。
「もし、失礼ながら、あなた様がここの旦那様でございましょうか?」
そんな問い掛けに旦那は、はっと自分を取り戻しやすと、巫女の傍に座って一礼すると巫女の言葉に答えてきやした。
「ええ、私がここの主である勘三郎と申します。して、あなた様は渡り巫女のようでございますが、ご用件は如何なものでございましょう」
たとえ不審そうな渡り巫女でも、こうして店に来たのだから客は客。旦那の勘三郎はしっかりとした対応をしやす。そんな勘三郎に巫女は静かに微笑むと袂から扇子を取り出して、扇子を広げやすと、旦那に向かって近くに来るように扇ぎやす。
そんな巫女に旦那は訝しげな顔をしやすが、とりあえずは巫女に近づき、巫女が扇子で口元を隠してきたので、旦那は耳を巫女の口元へ持って行くのでございやした。そして巫女は静かにこう旦那に告げやす。
「どうやら、若旦那の若奥様は夢に籠もっているようです。私なら若奥様を起こす事が出来ますが、どうしますか?」
そんな事を告げてきた巫女の言葉に旦那は驚いた様子で巫女から離れやす。それから旦那は少しだけ考えやすと巫女をお静が寝ている部屋に案内する事に決めやした。
旦那としては医者ですらサジを投げたぐらいでやすから、ここは神仏に頼りたいという気持ちもあったのでございやしょう。だから旦那は藁にもすがる思いで巫女に頼る事に決めたのでございやしょう。だからこそ巫女をお静の元へ案内したのでございやす。
巫女を連れてお静の部屋に入る旦那の勘三郎。そして部屋に居た若旦那の官助と姑のお香は旦那の後ろに居る巫女を不審な目で見やす。まあ、いきなり渡り巫女が尋ねてきたのでございやすから二人が不審な目で見てもおかしくは無いのでございやすよ。
それから旦那は巫女に付いて二人に紹介しやすと、若旦那の目が変わって、巫女にすがり付くように頼むのでございやした。
「天の助けとは、まさにあなたの事。どうかお静を、お静を起こしてやってください」
そんな若旦那の大げさな言葉に続いて旦那と姑も巫女にお静を起こしてくれるように頼むのでございやした。
なにしろお静が眠り続けている事は誰も言いやしやせんが、すっかり評判になっている事は旦那も分っている事でございやした。だから旦那も巫女がお静を起こしてくれるならと、すぐに商売人の顔を出しやす。
「巫女様、お布施ならいくらでもご用意します。だからお静を起こしてやってください」
すぐに金銭の話にするところは商売人の性とも言えるのでやしょう。だが旦那の言葉を聞いて巫女は意外な言葉を口にするのでやした。
「いえ、金子は結構です。その代わりに……若奥様を起こすために必要な物を揃えて欲しいのです」
巫女の言葉に一同は驚くと同時に旦那は笑みを浮かべるのでやした。なにしろ旦那はお静を起こすためなら、いや、世間体のためになら幾らでも金を用意するつもりでやした。それなのに金は要らないと巫女から言って来たのでやすから、旦那にとっても巫女はまるで仏様、いや、カモのように見えた事でございやしょう。
これでお静が起きて、更に損をする事も無い。そうなれば万々歳でございやす。だからでございやしょう。旦那はすぐに巫女に対して言葉を返したのは。
「分かりました、必要な物はすぐにご用意しましょう。それで、何が必要なのでございますか?」
そんな旦那の問い掛けに巫女は必要な物を口にしやす。
「ひとまずは榊の枝を四本、お静様の周りに立てて、その四本の榊をしめ縄でお静様を囲むように吊るしてください」
巫女がそう言いやすと旦那はすぐに下男を呼びつけやして、すぐに巫女が言った物を用意するように言い付けやした。下男も一人ではすぐに用意できないと、旦那の言葉を他の者にも告げて、すぐに用意するために店を飛び出して行きやした。
その間、姑のお香はよっぽど心配だったのやしょう。巫女に向かって、これからの事を尋ねやした。
「巫女様、これからどのようにしてお静を起こすつもりですか?」
そんなお香の問い掛けに巫女は真剣な面持ちで三人に告げやす。
「お静様は今、夢に籠もっているのです。夢は黄泉とも言います、つまり夢とは現とは違う世、黄泉の国に行っているのと同じなのです。ですから、私の力でお静様を黄泉から連れ戻しますが……」
そこまで言うと巫女は黙り込みやした。どうやら何か問題があるようでございやす。その事を察したのでございやしょう。旦那も姑も巫女に何でも良いから、言うように促すのでやした。
その言葉を聞いて巫女は真剣な表情で三人の方へと振り返って、座りなおしやすと三人が思わす唾を飲むほどの緊張感を出しながら、口を開きやす。どうやらこれから言う事が一番大事な事だ三人とも自然と察したように黙って巫女の言葉を聞くのでございやした。
「一番大事なのはお静様が夢から、つまり黄泉から帰りたいと思う事です。そのためには夢に籠もる原因が何なのかを知らなければいけません。ですから、お三方にはお静様が夢に籠もりそうな原因をお尋ねしなければなりません」
巫女がそう言いやすと三人ともお互いの顔を見合わせやす。そりゃあそうでしょう、なにしろお静が夢に籠もる原因と言われても困るのは当然でやしょう。原因が分かっていればとっくにお静を起こしているのでやすから、その原因と言われても三人とも困ったような顔で何か無いかと話すのでございやした。
それでも三人にはお静が夢に籠もる原因は検討が付きやせんでした。ですから、若旦那が巫女に向かって尋ねやす。
「巫女様、私共にはお静が夢に籠もる原因は分かりかねます。ですから、巫女様のお力でお静を起こす事は叶いませんか?」
そんな若旦那の言葉に巫女ははっきりと答えました。
「それは出来ません」
はっきりと告げられた事に若旦那は肩を落としやす。それでも納得が行かない旦那が巫女に問い詰めます。どうして夢に籠もる原因が必要なのかと。それを聞いた巫女は瞳を閉じて、静かに語り始めやした。
「現は幻、夜の夢こそ現。と申します、つまり、今のお静様にとっては夢こそが現なのです。そして現こそは夢。だからお静様は夢に籠もり、現を過ごしているのでございます」
そんな巫女の言葉を聞いて三人はお互いに顔を見合わせて首を傾げるのでやした。どうやら巫女の言った事が良く分からないようでございやす。
まあ、それはそうでございやしょう。いきなりそんな事を言われても分かるはずがございやせん。ですから、少しだけ説明しやすと、夢とはもう一つの世界なのでございやすよ。だからこそ夢に籠もるという事はでやすね、もう一つの世界に籠もるのと同じなのでございやす。
つまりお静はただ寝ているのでは無いのでやすよ。夢という現実に籠もっている訳でございやす。巫女も言葉を砕いて、時間を掛けて、その事を三人に説明しやした。その言葉を聞いて若旦那は思わず憤怒するのでやす。
「そうするっていうと何かいっ! こうして私と夫婦の生活を送っているより、夢の中に居る方がお静は良いって言うのかいっ!」
そんな事をお叫びになる若旦那でございやした。それはそうでございやしょう。なにしろ若夫婦は祝言を挙げてから数ヶ月の新婚でございやす。それなのに嫁の方がそんな新婚生活よりも夢の中に居るのでやすから。夫である若旦那としては憤怒して当然と言えやしょう。
憤怒する若旦那を必死になだめる姑。それでも若旦那の怒りは収まりやせん。それも無理もない事でございやしょう。なにしろ嫁は自分との生活よりも、夢に籠もった生活を選んだのやすから。若旦那が怒っても当然でございやしょう。
けれどやすね、そんな若旦那を父親である旦那がしかりつけた事で、やっと若旦那は落ち着きを取り戻し、今ではまるで魂が抜けたようにお静の手を取りながら、静かにお静に向かって帰って来るように語り掛けるのでございやした。
その間にも旦那が巫女に向かって話しかけやす。
「大体の事情は分かりました。それでも私共にはお静が夢に籠もる原因は分かりません。巫女様、私共はどうしたら良いのでしょう?」
そんな事を言いだした旦那に向かって巫女ははっきりと告げます。
「そうですか……原因は分かりませんか。それならばしかたないですね、準備が出来次第、私と一緒にお三方も若奥様の夢に入ってもらいます」
そんな事を言いだした巫女の言葉に三人とも大いに驚きやした。なにしろ夢の中に入るなんて事を聞けば、誰しもが驚く事でやしょう。ですが、その言葉は若旦那にとっては希望への道標に聞こえたのでやしょう。すぐに巫女の元へ行くと尋ねやす。
「本当にそんな事が出来るのですか? 夢の中に入ってお静を連れ戻す事が出来るのですか?」
少し興奮気味に尋ねてくる若旦那に対して巫女はしっかりと答えやした。
「ええ、私の力で若奥様の夢にご案内します。ですが……どんな事があっても若奥様を強制的に連れ戻そうとしてはいけません。それだけはお忘れないようにお願いします。大事なのは若奥様が自分自身のお気持ちで帰ろうと決める事なのですから」
「はい、はいっ!」
巫女の言葉を聞いて若旦那は嬉しそうに二回も返事をした。そんな若旦那を見て、親夫婦も一安心したかのように安堵の表情を見せやした。何にしても、これでお静を起こす事が出来ると確信したのでございやしょう。だから三人とも安堵の表情を見せたのでございやす……未だに巫女が真剣な面持ちなのに気付かないままにでございやした。
そして店の下男が帰ってきやすと、すぐにお静が寝ている布団を囲むように榊の長い木が四隅に立てられやすと、榊の木を伝うようにしめ縄が結ばれていきやす。こうしてお静を囲むように榊の木としめ縄によって隔離されたような形になりやした。それから巫女は旦那に告げやす。
「これから行うのは大事な神事です。なので、途中で誰かが入ってきては全ては水の泡。なので店の者には誰もこの部屋に入らぬように言い付けてください」
巫女がそう言うと旦那は番頭を呼び付けて、巫女が言った通りに店の者は誰一人として、この部屋に入らないように告げるのだった。そして番頭も主人に言われたとおりに、店の者に主人の言葉を告げて、完全にこの部屋は隔離されて、中にはお静を入れて五人だけとなった。
「さあ、巫女様。これで準備は整いました。どうか、お願い申し上げます」
準備が整うと旦那が巫女を急かすように、そのような事を言うと巫女は頷き、次のような指示を出すのでございやした。
「それではお三人共、しめ縄の中へ。その中は結界となっておりますので、ご安心ください。結界の中に居る限り、お三人をお静様の夢へ連れて行く事が出来ます」
巫女がそう言ったので、三人ともしめ縄の中に入り、お静が寝ている布団の傍に揃って座りやした。それから巫女は絶対に結界の外に出ないように念を押すと、三人とも頷いたので、巫女はお静の夢に入るために一枚の札を取り出しやすと、結界を築いているしめ縄に貼り付けて、それから結界の外から札に向かって力を込めるように言葉を口にしやす。
「恐み恐み白さく、黄泉への道を塞いでいるお力、たいへん日々感謝に絶えぬ。道反の大神に白さく、そのお力をお借りせんと白す。今、黄泉への道を開き、この者達を彼の黄泉へ導かんと、黄泉への道をここにお示しください。恐み恐み白す、そのお力を、今ここにっ!」
巫女がそんな言葉を口にすると三人とも不思議な感覚を覚えたようでございやす。そして巫女の言葉が終わった瞬間に三人とも、まるで気を失ったかのようにお静が寝ている布団へと倒れるのでありやした。
そんな三人を見て、結界の外にいる巫女は大きく息を吐きやした。それから結界の中に居る三人を見ると独り言のように呟きやした。
「どうやら上手く行ったみたいですね。それでは、最後の仕上げといきましょうか」
巫女がそう言いやすと巫女もまた静かに目をつぶり、まるで眠ったように座ったまま静かに寝息のようなものを立てるのでやした。
「な、なんだい、ここは?」
そこは三人とも見た事が無い長屋でございやした。巫女に言われたとおりにしていたのに、気付いたら、そのような場所に居たのでやすから、三人とも驚いた事でございやしょう。長屋にはしっかりと人の気配もしやして、人の出入りもありやしたが、誰しも三人がそこに居るのに気付かないようでやした。
「ここが若奥様の夢、お静さんが望んだ現でございます」
そんな言葉が聞こえてくると、三人は驚きの表情で後ろを振り返りやすと、そこには巫女が立ってやした。だからでございやしょう、旦那は真っ先に巫女に尋ねやした。
「なら、ここがお静の夢の中なのでしょうか?」
「はい、その通りでございます」
その言葉を聞いて若旦那が意気揚々と続いて巫女に尋ねやした。
「じゃあ、ここからお静を連れ戻せば良いのですね?」
「はい、その通りでございます。ですがお忘れなく、決して強制的に連れて行ってはいけません。お静さんが自ら帰りたいと思わなければ、決してお静さんを連れ戻す事は出来ません」
「分ってます、それでお静は?」
どうやら若旦那は相当気が焦っているようでございやした。それも無理はありやせん、なにしろやっと女房を連れ戻す事が出来るのでございやすから。そんな若旦那を見て、お互いに手を取って喜ぶ旦那夫婦。そんな三人を冷やかな目で見ながら、巫女はある方向を指差しやした。そのため、三人の視線が自然と巫女が指差した方向へと向かいやす。
そこには長屋に連なった一軒の戸がありやした。どうやら、そこにお静が居るようでございやす。
そうと分かったらと若旦那は駆け出して、その戸に向かいやすが、若旦那よりも早く、その戸が開きやすと一人の男が出てきやした。
「おう、それじゃあ、行ってくらあ」
「あいよ、お前さん」
そんな声が聞こえてきて三人とも驚きの表情を示しやした。なにしろ出てきた男は三人とも見覚えがあり、中から聞こえてきた声は確かにお静の物だったからでございやす。そんな光景を目の当たりにしやしやして、若旦那は驚きながらも出てきた男を呼び止めるために手を差し伸べやすが、ここはお静の夢の中でございやすから、若旦那の手は男の肩に止まる事が無くて、すり抜けてしやいやした。
そんな不思議な現象を目の当たりにしながらも、若旦那は静かに長屋から出てきた男の名前を静かに口にしやす。
「げ、源五」
どうやら若旦那である官助には長屋から出てきた男を知っているようでありやした。そんな源五の後姿を見送ると若旦那である官助は、そりゃあ火でも付いたような勢いで長屋に踏み込んでいきやす。そして長屋の奥に居るお静の姿を目にしやしやすと、大きな声でお静に叫びかけるのでやした。
「お静っ! お静っ! これはいったいどういう事だっ!」
そんな叫び声を上げて官助はお静の元へ行きやすと、お静の両肩を力強く掴むのでやした。そんな官助と正反対にお静はまったく状況が分かっていないようでやした。それどころか、いきなり姿を現した官助に対して他人行儀な口を開く始末でございやした。
「えっ、か、官助さん? どういう事だって、官助さんこそ、どのようなご用件でウチに?」
「なっ!」
それはまるで客人に対する言葉でございやした。それが官助には衝撃だったのでございやしょう。官助はお静の手を取ると、そのまま引っ張るのでやした。
もちろん、お静もいきなりの事であれ、官助に手を引っ張られたのだから、当然のように官助の手から逃れるために官助の腕を掴み、やっと官助の手を振り払うのでやした。
そんな状況に官助は呆然としてしやいやす。そりゃあ、そうでございやしょう。なにしろ官助とお静は新婚。それなのにお静は夢の中で別の男と、それも官助の顔見知りの男と一緒に住んでいるようでやすから、官助がかんしゃくを起こして怒り狂った後に呆然となってもしかたありやせん。
そんな官助の後ろから旦那夫婦も顔を出して、それぞれお静に向かって言葉を投げ掛けやす。
「お静、いったいどうしちまったんだい。ついこの間、ウチの官助と夫婦の契りを交わしたばかりじゃないか。それなのに、これはいったい、どういう事だい」
「そうだよお静。いつまでも、こんな貧乏染みた長屋に居ないでウチに帰って来なさいよ」
旦那夫婦もそれぞれに言葉を口にしやすが、お静はまるで旦那夫婦が何を言っているのか分からないと言った感じで首を傾げるのでやした。それからお静は官助達にしっかりと告げるのでやした。
「官助さんも、勘三郎さんもお香さんまで何を言ってるんですか? 私が夫婦の誓いを立てたのは源五だけですよ。そりゃあ、勘三郎さんには、そのようなお話も頂きましたが、そのお話はきっぱりとお断りしたではございませんか」
そんな事を言ってくるお静に、今度は旦那である勘三郎が怒ったように、お静に向かって叫ぶのでございやした。
「何を言ってるんだお静。源五は……死んだじゃないか。だからお前は官助と夫婦の誓いを立てたのだろう。それなのにお前は、未だに源五の事を引きずって、こんなところに籠もってるのかっ!」
そんな事を怒りに任せて叫ぶ旦那の勘三郎でやしたが、お静はそんな勘三郎の言葉を聞いて笑いながら答えるのでございやした。
「何を言ってるんですか、勘三郎さん。源五は確かに生きてますよ、先程までここに居たし、つい先程、仕事に出かけて行ったところでございますよ」
「バカな事を言うなっ!」
お静の言葉を聞いて官助が堪えきれないような叫び声を上げやす。それから官助はお静にすがりつくと情けない顔をしながらお静に向かって話しかけやす。
「お静、源五は死んだんだ。もうこの世にはいないんだ。お前もそれを承知したから俺と夫婦になったんじゃないのか。それを今更、源五がまるで生きているかのように夢に籠もって、それでお前は幸せなのかい?」
お静を諭すように官助はお静を静かに説得しやしやす。ですが……官助の言葉を聞いたお静は今まで笑ってたのでやすが、急にその顔から笑顔が消えやすと、まるで官助を軽蔑するような目で見ながら、はっきりと言葉を口にするのでやした。
「いいえ、源五は生きてますよ。それに……私は源五からしっかりと聞きました。官助さんが……源五を殺そうとした事を。そして……その事実を勘三郎さんが隠そうとしている事を」
「なっ!」
あまりにも唐突な言葉に官助どころか旦那夫婦までもが驚きの声を上げやす。そして、そんな言葉を聞いて勘三郎も黙ってはいられないのでやしょう。お静に向かって思いっきり叫ぶのでございやした。
「何を言ってるんだお静っ! 官助が見ていたように、源五は官助と一緒に酒を飲んでて、その帰り道で源五は橋から落ちて死んだと官助も言ってるじゃないかっ! お前もその話を聞いて諦めが付いたからこそ官助と夫婦になったのだろう。それを今頃になって、源五の事を持ち出して来るなんて……ええいっ! 官助っ! こうなったらお静を無理矢理にでも連れて帰るぞっ!」
「おうっ! 親父っ!」
このまま話を続けても埒が明かないと思ったのでございやしょうか、それとも別の事情があったのでございやしょうか。官助と勘三郎は無理矢理にでもお静を連れ戻そうとお静の両腕を掴みやすが、お静の体はまるでお地蔵様のようになっておりやして、いくら引っ張り上げても立たせる事も出来やせんでやした。
そんな状況に焦りを見せたのでございやしょう。旦那の勘三郎はお香にも手伝うように言い付けて、三人がかりでお静を立たせようとしやすが、鎮座したお静は大岩で出来たお地蔵様のように重く。三人が掛かりでもお静を立たせる事が出来やせんでした。
いくら引っ張っても立たないお静に、先に根負けしたのは三人の方でやした。お静から離れやすと荒い息を整えやす。そんな三人に向かってお静は静かに言うのでやした。
「何度も言うようですが……源五は生きております。だって……官助さんが源五を橋から突き落とした事を私は源五から聞いたのですから」
「な、何だって?」
もう叫ぶ気力すら残って無いのでございやしょう。官助は荒い息を整えながらも、何とか言葉を口にしやす。そんな官助に向かってお静は冷やかな視線を送ると、はっきりと口にしやした。
「官助さん、よくも騙してくれましたね。源五が酔って橋から落ちたなんて真っ赤な嘘。本当はお前様が源五を刺して、橋から突き落としたのでございましょう。私はその事を知ったからこそ、ここで源五と暮らしているのでございます」
そんな言葉を聞いた官助は息が荒いままに叫ぶのでございやした。それに続けとばかりに旦那もお静に向かって叫びやす。
「どこの誰にそんな嘘を吹き込まれたかは知らないが、それこそが真っ赤な嘘だっ! 俺は源五を殺してはいないし、お前に嘘を吹き込んだ訳ではないっ!」
「そうだ、お静っ! 官助がそんな事をする訳がないだろう。それどころか傷心のお前を官助は優しく迎えてやったのだぞ。お前はウチに恩はあっても仇は無いはずだっ!」
そんな事を叫ぶ二人でやすが、お静は静かに瞳を閉じやすと、まるでそんな言葉を信用しないかのように黙り込むのでございやした。そんなお静に向かって官助が更に語りかけやす。
「いいかい、お静。あの時は暗かったし、俺も源五もかなり酔っていた。だから俺は源五を助けられなかったし、源五が橋から落ちても不思議ではなかった。それとも、私の言っている事が嘘だと断言出来る人がいるのかい」
「ここに居るさ」
突如として後ろから聞こえてきた声に官助を始め、旦那夫婦が長屋の入口に視線を向けやすと、そこには威風堂々とした源五が立っていやした。それから源五は、その場から動くことなく、官助に向かって語りかけやす。
「久しぶりだな官助。あの時の事はしっかりと覚えているぞ。なにしろ……俺もお前も酒なんて飲んでないんだからな。どうせ、あの後で服に酒を振りかけて酔っているフリをしたのだろうな。だからこそ、誰もがお前の話を信じた」
「げ、源五」
突然現れた源五がそんな事を言い出したので、官助も慌てて反論しようとするが言葉が浮かんでこないようでございやした。どうやら、源五が言っている事の方が正しいようでございやす。そんな源五が、あの時の真相を語り続けるのでございやした。
「お前は俺に話があると言って、あの高橋に呼び出した。あの川は流れが速くて、死体はどこまでも長く、深く流れて行くと考えたのだろうさ。だからお前は隠し持っていた懐刀で俺の腹を刺して橋から突き落とした」
「ち、違う、お、俺は」
源五の言葉に官助は言葉が出ないようでございやす。そんな官助をあざ笑うかのように源五は話を続けるのでございやした。
「だがお前は一つだけあやまちを犯した。あの時、俺が完全に死んでから落とすべきだったな。だがおかげで俺は命からがら生き残って、偶然にも気を失って川に浮いていた俺を商船の船頭が助けてくれたんだ。それに傷は急所を外れており、深手を負ったとはいえ、死には至らなかった。だからこそ、俺はこうやって戻ってきたというわけだ」
「…………」
もう声も出ないのでございやしょう。官助は源五を睨み付けながら、着物の裾を強く握り締めるのでございやす。そんな官助に向かって源五はまるで官助をバカにしたような言い方で言うのでありやした。
「そんな訳だ。官助、お前がお静に惚れてる事は知ってた。だがな、俺も素直に身を退く気は無い。だからこそ、こうやって戻ってきたというわけだ。どうだ官助、自らの行いが水の泡になった感想は?」
「源五っ!」
そこまで言われては官助も黙ってはいられないのでやしょう。官助は源五に向かって行こうと立ち上がろうとしやすが、何かが官助の体を押さえつけておりやして、官助はまったく動けないのでございやした。
その時でございやす。姑のお香が悲鳴を上げやすと、官助も異変に気付いたようでございやした。官助を始め、旦那夫婦の足元から無数の手が伸びており、その手が官助達をしっかりと掴んでいるのでございやす。しかも三人の足元は真っ黒な沼のようになっておりやして、その沼から出てきた手が、まるで引き込もうとしているのでありやすから、姑が悲鳴を上げても不思議ではありやせんでした。
そんな光景を目の当たりにしながら、源五は笑いながら言うのでございやした。
「どうだ官助、本当の事を全部打ち明けて、お静とも離縁すれば助けてやらなくもないぞ。どうだ、官助。自らの身に縄を打って、お上に申し上げて、お静とも離縁するか?」
まるで官助を脅すかのように、源五は官助を見下して言うのでやすが。官助としては今更、源五の事を明るみに出す気はなれなかったのでございやしょう。それにお静を失うのも嫌なのでございやしょう。官助は源五を睨み付けるだけで、体中に掴みかかってくる無数の手を振り払う事無く、源五を睨み続けやす。
そんな官助とは違って、勘三郎は源五の後ろに希望の光を見たようでやして、その光にすがるかのように手を伸ばしやす。
「み、巫女様っ! ど、どうかお助けを。そこの悪霊を打ち払い、私共をお助けくださいっ!」
そんな事を源五の後ろにいる巫女に向かって叫ぶ勘三郎。けれども巫女はゆっくりと源五の前に進み出ると三人に向かって言うのでございやした。
「先程も申したように夢は黄泉とも言います。黄泉、つまりは死者の国。ここは、そういうところなのでございます。だから先程、何度も申しました。決してお静さんを強制的に連れて帰ろうとはしないでくださいと。その執念が、黄泉の国、つまり、この夢に巣くう怨霊を呼び寄せて、引き込もうとするのです。だからこそ、私は最初に尋ねました。お静さんが夢に籠もる原因を、それなのに、あなた達は源五さんの事を話もせず、ここに至っても自らの罪を認めません。もう、こうなっては私に出来る事はありません」
そんな巫女の言葉を聞いて官助には何かが閃いたのでございやしょう。官助は無数の手につかまれて、足元の暗闇に引き込まれながらも、巫女に向かって叫ぶのでございやした。
「そうかっ! お前達は最初からグルだったんだなっ! 二人して俺達を騙したんだなっ!」
そんな官助の言葉を聞いて巫女は微笑みながら言葉を返しやした。
「騙してはおりません……ですが、全てを話したわけでもありません。ただ黙っていただけの事、それに……源五さんはあなた達がお静さんを諦めて離縁するか、または自らの罪を認めるなら命までは取らないと決めておりました。ですが……残念な結果になったようでございます」
そんな巫女の言葉を聞いて官助を始め、勘三郎もお香も巫女に向かって罵声を浴びせ続けます。それでも巫女は静かに微笑みながら、暗闇に沈んで行く三人の姿を黙って見送るのでありやした。微笑みながらも、少し悲しげな顔をしながらでございやす。
「……う、う~ん」
お静はゆっくりと目を開けると重い布団を押しのけて、上半身を持ち上げると、布団の上に座るのでございやした。そんなお静に向かって巫女は静かに語りかけやす。
「お目覚めになられたようですね、お静さん」
「……あなたは……夢に出てきた巫女さん」
巫女の姿を見て、そんな事を呟くお静でございやす。さすがに長い間も眠り続けてきたのでありやすから、すぐには目が覚めないのでございやしょう。ですが、巫女はそんなお静に着替えの着物を差出やすと口早に言葉を発するのでございやした。
「さあ、お早くこれに着替えてください。今なら店の者にも見付からないで抜け出す事ができます。源五さんがいつものところでお待ちなので、お早く」
源五が待っていると聞いてお静も目が覚めたのでございやしょう。すぐに起き上がると巫女の元へ、駆け寄りやすが、振り返ると布団の上で息絶えている官助達の姿を見て息を飲みやした。それは、しかたがない事でございやしょう。なにしろ、今まで自分が眠っていた布団の上に倒れこむように官助達が息絶えてたのでございやすから。
そんな状況を見てお静はためらいを覚えやすが、巫女がお静を急かしやす。
「事情は後で説明します。今はこれに着替えてください」
巫女があまりにも急かしてくるので、お静は巫女の言ったとおりに着替えを始め、巫女もお静の着替えを手伝ってやるのでやした。どうもお静も心半分で分っていたのでございやしょう。夢の中での出来事が……すべて夢ではなく本当の出来事だという事をでありやす。
お静の着替えが終わりやすと巫女は静かに別の障子を開きやすと外の様子を窺いやす。どうやら番頭の命が行き届いているようでやして、この付近には店の者は居ないようでありやした。それから巫女はお静を手招きして呼び寄せると、巫女はお静の手を取って外廊下を静かに走り出しやした。
それから巫女達は店の裏側に回りやすと、巫女は背負っていた背負い棚を下ろしやすと、自分とお静の履物を出しやしてから、再び背負い棚を背負いやす。それから巫女達は店の裏口に向かいやすと、ここでも巫女は裏口を少しだけ開けやして、外の様子を伺いやすと人気が無い事を確認して、素早くお静の手を取って店の外へと出やした。それから巫女とお静は一気に駆け出すのでございやした。お静と源五がいつも密会していた場所へと。
そこは人気の無い河川敷でやした。巫女はここまで来れば大丈夫とお静の手を離しやすと、お静の前を歩いて、目的の場所を目指しやす。そこはいつも二人が落ち合っていた一本杉。その下で源五はお静と巫女の姿を見つけると姿を見せ、源五の姿を見たお静は源五に向かって走り出すのでございやした。
二人はすぐさま抱きしめ合い、お互いの温もりを確かめるように、しっかりと抱き合いやす。そんな二人にゆっくりと歩いて行く巫女。そんな巫女の姿を見たのだろう。源五は一旦お静を放すと巫女に向かって深々と頭を下げやした。
「巫女様、今回の一件、本当にありがとうございました。巫女様のおかげで、こうやってお静と再び会う事が出来ました。これも全て、巫女様のおかげです」
そんなお礼を言ってくる源五に向かって巫女は静かに語りかけやす。
「いいえ、私は任された仕事をこなしただけにすぎません。礼を言われる事なんて行っていないのですよ」
そんな会話をする巫女と源五そんな二人に挟まれてお静だけが事情が分らないという顔をしておりやす。そんなお静に気付いたのでありやしょう、源五は事のなりゆきを話すのでございやした。
「お静、お前が眠り続けているという噂を聞いてからというもの、全ての原因は俺にあると思って、何とかお前を起こす事が出来ないかと、ある方に事情を話したら。この巫女様を紹介してくださったんだよ。そこで巫女様にお前を起こしてもらおうと、巫女様は官助の店に出向いたんだ」
どうやら官助が最後に推察したどうりでございやした。巫女と源五は官助の店に顔を出す前から話が付いてあったようでありやす。そんな話を聞いて、お静もやっと納得が行ったのでございやしょうか。夢の中での出来事が本当に結び付く出来事だと理解したようでございやした。だからでございやしょう。こんな事を言い出しのは。
「でも、源五さん。なにもあそこまでやらなくても良かったのでは?」
そんな事を尋ねてくるお静に源五も暗い顔を示す。
「あぁ、俺もあそこまでやるつもりはなかった。だが、しかたなかったんだ。お前を起こすためには、お前が自らの意思で夢から出るか、代償として生贄を捧げるしかなかったんだ。官助もお前と離縁さえしてくれれば……あんな事にはならなかったのにな」
その言葉を聞いてお静もやっと源五の苦痛が分かったようでございやした。確かに源五は三人を殺すつもりも、生贄にするつもりもございませんでありやした。ただ、罪を認めてお静と離縁さえしてくれれば、お静も自らの意思で夢から去れる決意が出来たのでございやす。
だからこそ、巫女は何度もお静を説得するように官助達に言ったのでございやす。官助達も源五の事を認め、お静と離縁さえしていれば、今頃は生きていた事でございやしょう。
けれども官助達は最後の最後まで自らの罪を認めはせず、強制的にお静を連れて帰ろうとしやした。それが運の尽きと言える事でございやしょう。お静が夢に籠もり続ける、つまり黄泉に居続けるのなら、お静を連れ出すには、お静の代わりを黄泉に置いていかねばならなかったのでございやす。
夢、つまり黄泉に籠もった者を連れ出すには、自らの意思で出るか、あるいは生贄を置いてこなければ夢に籠もった者を連れ出せないのでございやす。
そんな話を聞いてお静もやっと納得したようでございやした。そんなお静を見てから、巫女は静かに源五の前に立つと手を差し出しやす。
「それでは、先日お渡しした札を返してます」
巫女がそう言いやすと源五は懐から手を入れて、胸に貼り付けてある札を剥がしやすと取り出して驚きの表情を見せやした。それはそうで、ございやしょう。なにしろ、数日前に巫女が源五に札を渡した時には、札にはしっかりとした紋様と呪文が書かれていたのでございやすから。
その札が今では真っ白になっているのでございやす。だから源五が真っ白になった札を見て驚いても不思議では無いのでございやす。そんな源五を見て、巫女は静かに言いやした。
「先日も申したとおりに、もし生贄が必要になった場合は呪いを掛けると申しました。人を呪わば穴二つと申します。ですから、あの方達が生贄となったからには、あなたにも代償を支払ってもらわないといけないのです」
「それが……これですか」
そう言って源五は胸元を大きく開いて、自らの胸に刻まれた紋様と呪文を巫女とお静に見せるのでありやした。それを見た巫女は頷きやす。それから少しだけ微笑んで告げるのでやした。
「ですが……それは天命尽きた後の事でございます。生きているうちは支障はありません。ただ、死んだ後は地獄に落ち、罪を償うまで苦しみ続ける、その証でございます。まあ、全ては死んだ後の話ですけどね」
そんな事を言って来た巫女に源五は真っ直ぐな瞳で巫女に向かって頷きやした。どうやら源五には地獄に落ちる覚悟がすでに出来ているようでございやす。
なんにしても、これで今回の事は全て終わりと巫女は源五にこれからの事を尋ねやした。
「お二人は、これからどうする、おつもりですか?」
そんな事を尋ねてきた巫女にお静は困惑の色を見せやすが、源五はそんなお静の手をしっかりと握り締めると巫女に向かってしっかりと答えやした。
「ここより北の地に私の親類縁者が居ます。まずは、その方を頼って、これからの事を考えようと思ってます」
「そうですか、ならば私は西に向かいましょう。この仕事は一期一会、一度受けた依頼人とは二度と会わないのが暗黙の掟ですから。それでは、お二人の幸せを遠き地よりお祈りしております」
「はい……ありがとうございました」
そんな会話を最後に巫女は源五とお静に別れを告げ、巫女はこの二人と再び会う事はございやせんでやした。
さて、如何でしたしょうか。これが夢籠りの話でございやす。えっ、何ですって? その後の二人はどうしたかって。そりゃあ、お客さん、そこはお客さんの想像する事でございやすよ。二人が幸せに暮らしたか、それとも不幸な結果を迎えたか、どちらにしろ私共には分からない事でございやすよ。
まあ、どちらにしても、短い時間であれ、長い時間であれ、二人が幸せな時間を過ごしたのは間違いない事でございやしょう。
けど、横恋慕もここまで行けば悲劇しか生まない物でございやすね。愛し合っている二人を引き裂いても、決して幸せにはなれないものでございやすね。それどころか、夢に籠もられて、こっちが夢に引きずり込まれるかもしれやせん。
皆々様には、どうか夢に籠もる事が無い様に願い申し上げやす。ですがね……これが一つ、夢に籠りたい時があるんでございやすよ。えっ、それは、どんな時かって? そりゃあ、決まってやすよ。夫婦喧嘩をして二度と返ってくるなと、家を追い出された時でございやす。
さて、それでは夢籠りの物語はこれにて終わりとなりやす。最後までご静聴いただき、ありがとうございやした。それでは、再び出会える事を願って、これにて幕引きとさせていただきやす。皆々様、次回のご来場をお待ちしておりやす。それでは。
さてさて、そんな訳で逢魔奇譚の四作目を迎えました~。いやはや、なんと言うか……今回の渡り巫女はいつも以上に影が薄いですね~。けど、まあ、しかたない、逢魔奇譚での渡り巫女の役割は最後まで観察者なんですからね~。……今、考えたんですけど……合ってますよね? まあ、合っている事にしましょう。
そんな訳で、長期間も空けてしまった逢魔奇譚シリーズですが。まあ、無事にこうして四作目を迎えて一安心しております。というか……少し思ったんですよね~。あ~、そろそろ短編でも書いて気分転換したいな~って。
という事で、今まで頭の中にあった今回の話を形にさせて頂きました~。まあ、今回の話はとあるアニメを参考に考えたんですけどね。あ~、たぶん、調べても無駄だと思いますよ。なんせ……かなり前のアニメですから。それに原作は少女漫画なのかな? まあ、そんな感じのところから、今回の題材を頂きました。そんな訳で、ネタとなった話を書いてくれた人、ありがとう~。
……はい、すいません、次回からは完全オリジナルで挑もうと思ってます。だから止めて、エアガンでこっちに向かって発砲しないでっ! 地味に痛いから止めてくれ~っ!!! ……はい、いつもの戯言もこの辺にしておきますか。
さてさて、そんな訳で無事に四作目を迎えた逢魔奇譚シリーズですが……次は……いつものように、いつになるかは分かりませんっ!!! というか……次の話になるネタなんてまったく思いついてないっ!!! まあ、そんな訳で、逢魔奇譚シリーズはあまり期待せずに、次を気長にお待ちくださいな……というか……本当に次のネタが無いんだけど。このままだと、これで終わりになってしまうな~。けど、まあ、なんとかなるよね。
まあ、そんな感じで次が……有るかどうか分かりませんが、期待せずにお待ちくださいな。そんな訳で、そろそろ長くなってきたので締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして他の作品もよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、夢に籠もりたい……って、時々思ったりする葵夢幻でした(笑)。