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大好きなパンケーキを頬張った。味がしなかった。その日人類は味覚を失った。

作者: 冬至 柚
掲載日:2026/03/10

大好きなパンケーキを頬張った。味がしなかった。


最初のひと口を飲み込んだとき、私は思わず店員さんを呼びそうになった。


会社へ向かう前、駅前の喫茶店で食べる週に一度のパンケーキが、私のささやかな楽しみだった。厚くて、ふわふわで、ナイフを入れると湯気がほわりと立ちのぼる。バターがじゅわっとしみて、メープルシロップが表面を照らす。それを口いっぱいに頬張る瞬間のために、月曜から金曜まで働いているようなものだった。


なのに、その朝は違った。


舌の上にあるのは、温度とやわらかさだけだった。甘さも、卵の香りも、焦げ目の香ばしさも、何ひとつ感じない。ただ、少し温かいスポンジのかたまりを噛んでいるような、不気味な感覚だけがあった。


風邪だろうか、と思った。


けれど店内を見回すと、あちこちで同じような顔が浮かんでいた。コーヒーをひと口飲んで首をかしげるサラリーマン。サンドイッチを噛んだまま眉を寄せる女子高生。厨房の奥では、シェフが自分でソースを舐めて、青ざめた顔で立ち尽くしていた。


ほどなくして、店内のテレビが緊急ニュースに切り替わった。


『現在、国内外で同様の報告が相次いでいます。味覚の喪失は地域や年齢を問わず発生しており――』


女性アナウンサーの声は落ち着いていたけれど、その目は明らかに怯えていた。


私はフォークを置いた。窓の外では、人々が立ち止まり、スマホを見つめ、誰かと何かを確かめ合っていた。まるで世界が一瞬で薄い膜に覆われてしまったみたいに、景色全体が現実味を失って見えた。


その日、人類は味覚を失った。


 


私の名前は真鍋紗季、二十七歳。都内の広告代理店で働く、どこにでもいるOLだ。


……と、自分では思っている。


朝はぎりぎりまで寝て、満員電車に揺られ、会社に着いたらコーヒーを淹れ、上司の機嫌を読みながら資料を作る。残業の帰りにコンビニで甘いものを買って、疲れた頭をなだめる。恋人はいない。結婚の予定もない。家賃の高いワンルームで、観葉植物だけが少しずつ育っていく。


そんな私の日常は、あまりに普通で、だからこそ小さな楽しみの価値が大きかった。


パンケーキ。

ラーメン。

コンビニの新作アイス。

金曜の夜のビール。

実家から送られてくるみかん。

冬の肉まん。

誰かと行く焼肉。

ひとりで食べる深夜のカップ麺。


食べることは、私にとって「生きてる感じ」そのものだった。


それが、なくなった。


 


会社は半日で業務停止になった。


社員食堂で昼食をとった人たちが次々にざわつきはじめ、総務がテレビをつけ、社内チャットには「唐揚げが段ボールみたい」「味噌汁がお湯」「いや塩辛さは少しある?」みたいなメッセージが飛び交った。けれどほどなくして、その「少しある」も錯覚だとわかった。


味覚は、完全に消えていた。


帰宅途中、コンビニに寄ると棚は異様な雰囲気だった。高級スイーツや人気の弁当には誰も手を伸ばさず、逆に栄養補助食品やプロテインドリンク、ゼリー飲料のコーナーに人が群がっていた。レジ横のおでんは、湯気を立てながら誰にも見向きもされずにいた。


家に帰って、冷蔵庫にあったプリンを食べた。


なめらかな食感はあった。でも、甘くない。カラメルも、卵の濃さも、何もない。


私はスプーンを置いて、しばらく動けなかった。


涙が出るほど悲しい、というのとは少し違った。


もっと静かな絶望だった。


大事にしていたアルバムの写真が、ある日突然全部白紙になってしまったような。思い出はあるのに、そこに触れられない感じ。たしかに知っているはずなのに、二度と戻れない場所ができてしまった感じ。


その夜、SNSは「#味覚消失」で埋め尽くされた。


怒る人、笑い飛ばす人、陰謀論を語る人、レシピ研究者として終わったと泣く人、これでダイエットが捗ると書く人。世界中が混乱しながらも、皆どこかで「そのうち治る」と思っている気配があった。


私もそう思いたかった。


でも、ベッドの中で思い出したのは、今朝食べたパンケーキの、あの無音みたいな口当たりだった。


あれはたぶん、そう簡単には戻らない。


そんな予感がしていた。


 


一週間後、街は少し変わった。


飲食店は次々と閉店した。正確には、完全に閉める店もあれば、「栄養提供施設」のような形に業態を変える店もあった。グルメ雑誌は休刊し、人気料理番組は放送内容を変更し、「食感」や「見た目」、「思い出」を語る奇妙な番組になった。


会社も変わった。食品メーカーを担当していた営業部は大混乱で、私たち制作チームも連日対応に追われた。


「新商品の訴求ポイント、味以外で考えて」

「食感、健康、時短、安心感……」

「いやもう全部むなしくない?」

「むなしいとか言わないで」


会議室で飛び交う言葉はどれも地面から少し浮いていて、誰も本気で納得していないのがわかった。


昼休み、同期の由梨と社員用ラウンジで栄養バーをかじった。チョコ味のはずなのに、石膏みたいだった。


「さすがにへこむね」


由梨は笑って言った。でもその笑顔は、目元だけが疲れていた。


「昨日、彼氏と焼肉行ったんだって」

「行ったんだ」

「最後の思い出にしようって。でもさ、思い出にもならないの。なんにも味しないから」

「……」

「で、店出たあと二人とも無言になって。別れ話みたいな空気になった」


私は返す言葉が見つからなかった。


味がなくなると、食事が変わるだけじゃない。

人と人の間にある、やわらかい時間の形まで変わってしまうのだ。


歓迎会、送別会、デート、家族団らん、ひとりの慰め。

そういう場面の中心には、いつも食べ物があった。


味のない世界では、沈黙だけが前より少し重かった。


 


それから数か月が過ぎた。


人類は案外しぶとく順応した。


完全栄養食の市場は急拡大し、食事は「楽しみ」から「効率」へと急速に傾いた。昼休みは短縮され、仕事終わりに飲みに行く文化はほとんど消えた。かわりに、音や温度、噛みごたえを重視した新しい「食体験」が流行りはじめた。


けれど私は、どうしても慣れきれなかった。


帰り道、商店街のたい焼き屋の前を通るたびに立ち止まってしまう。子どものころ、母に買ってもらった焼きたてのたい焼き。しっぽまであんこが入っていると少しうれしかったこと。冬の帰り道、手のひら越しに伝わる熱。


そういう記憶ばかりが、妙にはっきりしていった。


味が消えてから、私はよく昔を思い出すようになった。


小学生のころ、熱を出した日に父が作ってくれたおかゆ。

受験勉強の夜に食べたカップ焼きそば。

就職が決まった日に母と行った回転寿司。

上京した最初の夜、ひとりで食べたコンビニのおにぎり。


あのときは、どれもただの食事だった。

特別だなんて思っていなかった。


失ってから気づくなんて、ありふれていて、情けない。


 


冬のはじめ、実家の母から小包が届いた。


中には、手編みのマフラーと、いつものみかんが入っていた。箱を開けた瞬間、かすかに柑橘の香りがした気がした。けれど、それだけだ。


電話をかけると、母は開口一番こう言った。


「みかん送ったけど、もう意味ないわねえ」


冗談めかしていたけれど、少し声が震えていた。


「そんなことないよ」

「剥きやすいし、水分あるし」

「そういう意味じゃなくて」


母は少し黙った。


「紗季、あんた、小さいころね。熱出すとみかんしか食べなかったのよ」

「そうだっけ」

「そう。ひと房食べるたびに、すっぱーいって顔してた」

「……覚えてない」

「私は覚えてる」


その一言が、胸に刺さった。


私はみかんをひとつ手に取った。皮を剥くと、白い筋が指にまとわりつく。房を口に入れてみる。やっぱり味はしない。ただ、果汁の冷たさだけが舌に広がる。


なのに、不意に泣きそうになった。


味がしなくても、そのみかんはたしかに母の送ってくれたみかんだった。

あの冬の記憶とつながっていた。


「ねえ、お母さん」

「なに」

「味って、舌だけで感じてたわけじゃないのかもね」


受話器の向こうで、母が少し笑った気配がした。


「今さら賢そうなこと言って」

「今さらだよ」

「でも、そうかもねえ」


 


その日から、私は少しずつ食事の記録をつけはじめた。


何を食べたか、ではなく。

誰と食べたか。どんな光だったか。どんな話をしていたか。どんな気分だったか。


たとえば、

雨の帰り道にコンビニで買った肉まん。レジの店員さんが眠そうだったこと。

由梨と残業終わりに食べたパスタ。窓際の席で、隣のカップルが別れ話をしていたこと。

休日にひとりで焼いたホットケーキ。形がいびつで、少し焦がしたこと。

実家で囲んだ鍋。父が白菜を入れすぎて、鍋が山みたいになったこと。


味は書けない。

でも、それでも食事は空っぽではなかった。


もしかしたら昔からそうだったのかもしれない。味は入口にすぎなくて、本当に私たちを満たしていたのは、その場に流れる時間そのものだったのかもしれない。


もちろん、そんなふうにきれいには割り切れない日もある。


無性に、あのパンケーキの甘さを思い出して苦しくなる朝もある。

疲れ果てて、せめておいしいものが食べたいと願ってしまう夜もある。

世界は欠けたままだ。


それでも、人は欠けたまま生きていくしかない。


 


春の気配が近づいたある日、私は久しぶりにあの喫茶店へ行った。


例のパンケーキはまだメニューに残っていた。説明文は変わっていたけれど。


――懐かしさを召し上がれ。


思わず笑ってしまった。


注文して待っていると、店内には静かなピアノが流れていた。窓際には学生の二人組、奥には老夫婦。みんなそれぞれの皿を前にして、食べるというより、そこに座る時間を過ごしていた。


運ばれてきたパンケーキは、前と同じように湯気を立てていた。


ナイフを入れる。

バターが溶ける。

シロップが光る。


私はひと口、ゆっくり頬張った。


やっぱり味はしない。


でも、その瞬間、なぜだか最初の日のような絶望はなかった。


窓の外を電車が通り、店員さんが水を注ぎ、隣の席の女の子が小さく笑う。フォークの銀色。皿の白さ。バターの感触。指先に伝わる温かさ。胸の奥から浮かぶ、あの日まで何度も味わってきた幸福の記憶。


味は、戻らなかった。

たぶん明日も戻らない。


それでも私は、もう知っていた。


失ったものだけを数えて生きるには、世界はまだ少しだけやさしい。


私はもう一口、パンケーキを食べた。


味のない生地を噛みしめながら、たしかに思った。


――それでも、今日はちゃんと、おいしい日だ。

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