第7話「甘い熱と過去の影」
平穏な日々が続く中、異変は唐突に訪れた。
夜の帳が下り、神殿の寝室で静かな眠りについていたルカは、息苦しさに目を覚ました。シーツを握りしめる手には、じっとりと冷たい汗がにじんでいる。しかし、体の内側からは火鉢を抱え込んだような不自然な熱が湧き上がっていた。関節が軋むように痛み、頭の芯がぼんやりと霞んでいる。
ルカは重い体を起こそうとしたが、力が入らずにベッドの上へ崩れ落ちた。
荒い呼吸を吐き出すたび、部屋の空気がひどく甘ったるい香りに満ちていくのが分かった。熟れすぎた果実と、夜に咲く濃密な花の匂いを混ぜ合わせたような、むせ返るほど強い香り。それは、ルカ自身の体から発せられているものだった。
『まさか、熱が……?』
ルカの顔から、さっと血の気が引いた。オメガ特有の周期的な発情の熱。村にいた頃、この熱が訪れるたびに、ルカは地獄のような苦しみを味わってきた。
村人たちはこの熱を不浄な呪いと呼び、ルカの体から甘い香りが漂い始めると、ひどく嫌な顔をして鼻を覆った。そして、熱を冷ますという名目で、ルカを氷のように冷たい川の水に突き落としたり、窓のない暗い納屋に何日も閉じ込めたりしたのだ。
薄暗い納屋の中で、誰にも助けを求められず、骨の髄まで凍えながら熱が引くのを待つしかなかった記憶。その恐怖が鮮明にフラッシュバックし、ルカの体はガタガタと激しく震え出した。
「いやだ……いやだ……っ」
かすれた声でつぶやきながら、ルカはベッドから転げ落ちるようにして床を這った。冷たい大理石の床に体を擦り付け、部屋の隅へと逃げ込む。壁に背中を押し当て、両膝を強く抱え込んで身を小さく丸めた。
自分の体から溢れ出す香りを抑えようと、両手で口と鼻を必死に覆う。しかし、熱は容赦なくルカの理性を焼き尽くそうとしていた。視界がぐらぐらと揺れ、皮膚の下を無数の蟲が這い回るような不快感が全身を襲う。
『レオンに嫌われる。こんな汚い匂いを嗅がせたら、きっと幻滅されて、またあの冷たい森に捨てられる』
絶望的な想像が、ルカの心を鋭くえぐる。せっかく手に入れた温かい場所を、自分の不浄な体のせいで失ってしまう。息が詰まり、目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
そのとき、重厚な木製の扉が勢いよく開け放たれた。
「ルカ!」
焦燥に駆られたレオンの声が、静かな部屋に響き渡った。




