第10話「牙と鎖」
神殿の入り口へと続く白亜の階段を、地上から不気味に繋がった幻の階段を、十人ほどの村人たちが泥にまみれた靴で踏み荒らしながら上がってきた。
彼らの手には、使い古されたクワやカマ、そして太い棍棒が握られている。神殿の壁に施された美しい彫刻を物珍しそうに眺め、中には装飾の一部を乱暴に削り取ろうとする者までいた。
彼らの視線が、庭園に立つルカを捉えた。
「おい、見ろ! あそこにいるぞ!」
先頭に立っていた大柄な男が、下品な笑い声を上げながらルカを指差した。男の顔には、生贄として捨てた人間が生きていることへの驚きよりも、自分が正しい獲物を見つけたという傲慢な喜びが浮かんでいた。
「しぶとい奴め、山の神に食われたんじゃなかったのか。まぁいい、こんな金目のものがありそうな場所に隠れてたんだ。村に持って帰れるものは全部運ばせるぞ。そのために、あのオメガを連れ戻すんだ」
男たちは、ルカに向かってずかずかと歩み寄ってきた。彼らの目には、ルカが一人の人間ではなく、都合よく使える便利な道具としてしか映っていない。
ルカは恐怖で足がすくみ、一歩も動くことができなかった。喉がカラカラに乾き、息をするたびに胸が痛む。村に連れ戻されれば、またあの暗い納屋に閉じ込められ、一生、彼らの奴隷として酷使される日々が待っている。想像しただけで、目の前が真っ暗になった。
だが、村人たちがルカに手を伸ばそうとしたその瞬間だった。空気を切り裂くような、低く恐ろしい獣の唸り声が響き渡った。
ルカの背後から、巨大な白銀の狼が音もなく躍り出た。狼はルカをかばうように前に立ちふさがり、鋭い牙を剥き出しにして村人たちを威嚇する。その体から放たれる圧倒的なアルファの気迫と、魔力を帯びた冷たい突風が、村人たちの顔面を激しく叩きつけた。
「ひぃっ……!」
一人が情けなく腰を抜かす。
「な、なんだこの化け物は!」
村人たちは狼の巨大さと恐ろしい威圧感に怯え、手にしていた武器を次々と地面に落とした。先ほどまでの傲慢な態度は跡形もなく消え去り、彼らの顔は恐怖で青ざめ、ガタガタと震え上がっている。
狼は静かに、しかし確実な殺意を持って一歩前へ踏み出した。黄金色の瞳は冷酷な光を宿し、ルカの平穏を脅かす者たちを容赦なく引き裂こうとしていた。普段、ルカに向けていた春の陽だまりのような温かさは微塵もない。そこにあるのは、侵略者を排除するための圧倒的な暴力の化身だった。
村人たちは悲鳴を上げながら後ずさり、這うようにして逃げ出そうとする。しかし、狼の動きは彼らよりもはるかに速かった。一瞬で距離を詰め、先頭にいた男の襟首を鋭い牙でくわえ上げたのだ。
「ぎゃあああ! 助けてくれえええ!」
男が空中で無様に手足をバタつかせ、汚い悲鳴を上げる。狼はそのまま男を空高く放り投げ、鋭い爪で切り裂こうと身構えた。
「待って!」
その瞬間、ルカの叫び声が庭園に響き渡った。




