賢い人は好きですわ
書きたい部分だけ書いてます。
「え、気持ち悪いです」
私が「可愛い」「ドレス似合ってる」などと褒めまくったら、相手の令嬢がそう言い放ちました。
気持ち悪がらせてすみません。
でも、こんな可憐な美少女を見て褒めちぎらないわけにはいかなかったんです。
私、見目麗しい或いは可愛らしい方は男女問わず目の保養だと考えてますので。
目の保養なのですから美術品を愛でるようなものですね。ですので、恋愛対象というわけではなく。恋愛対象にする方は全く別のタイプです。
ああ、今は気持ち悪がらせてしまった令嬢に説明が先ですね。
「すみません。でも、その柔らかなウェーブがかった金髪に湖を思わせるような綺麗な青い目。まるで人形のようと表現出来そうな白皙の美貌。可愛いし美しいし、そして私の婚約者であるリィンハルト様の髪色である緑色のドレスがよく似合っているので、つい褒めてしまいましたわ」
彼女……私の婚約者であるリィンハルト様の最愛の女性らしいエメラルダ様は、私を化け物に出会ったような顔で見ました。なぜでしょう?
さっぱり分からなくてエメラルダ様に寄り添うように立つ婚約者のリィンハルト様を見ました。こちらも同じ顔です。え、なぜ。
「アンゼリカ、君は私が好きなのに私の恋人に会っても動揺しないみたいだね?」
困惑したような顔のリィンハルト様の言葉に納得しました。
「確かに私はリィンハルト様の婚約者です。でも別に私はあなたを好きではありませんわ。ご存知のようにこの婚約は政略結婚ですもの。リィンハルト様の家は我が家の金銭的な支援目当て。我が家はリィンハルト様の家柄目当てですもの。リィンハルト様の家は、今でこそお金こそ無いですけれど、四代前には当時の王女殿下が降嫁された侯爵家。子爵であるお父様はその縁を辿って高位貴族に近づきたいだけですもの。紛う事なき政略結婚ですわ。どこにリィンハルト様を好きになる理由がありますの?」
顔も私好みでは無いのです。
高位貴族にありがちな白皙で中性的な美貌は確かに目の保養ですが。
「は? 私の顔をうっとりと眺めていただろうに」
リィンハルト様が眉間に皺を寄せて仰ってます。ついでに「そんな嘘を吐くなんて。素直になればいいのに」とかなんとか仰ってますけれど。
「ああ、確かにリィンハルト様の顔は目の保養ですけれど、どちらかというと、リィンハルト様の目の色にうっとりしてます。リィンハルト様の髪色は緑ですけれど、目の色が金色というのは貴族では中々見ない王族色ですもの。私は子爵家の娘ですから、王族の皆さまは遠くから拝見するだけです。年に一度の王国建国祭に顔がくっきりと判別も出来ないほど遠くからですもの。リィンハルト様の家は王女殿下が降嫁されて以来、王族と同じ金色の目を持つと有名ですので、それでいつもうっとりと見てますわ。リィンハルト様自身は私の好みではありませんもの」
ちなみに国王陛下と王子殿下お二人が同じ金髪・金色の目をされていて。王妃殿下は薄紫色の髪に青い目の色。王女殿下が薄紫色の髪に金色の目をしている、と聞き及んでおります。
さておき。
ハッキリキッパリ言い切ると、リィンハルト様もエメラルダ様も顔を強張らせてしまわれました。
あら? なぜかしら?
「き、君は私を好きではない、と?」
「はい。好みの範疇外です。私王国騎士団長様のようにがっしりとした体型の方が好ましいですの。それにお顔が怖いと皆さま仰っておりますが、ああいうお顔をなさることで、国の敵も恐れているわけですから怖い方が国の防衛にもよろしいと思いますの」
リィンハルト様のような中性的な顔立ちに痩せすぎな体型は好みではないですわ。
さらにハッキリ申し上げると、リィンハルト様はさらに顔どころか身体も強張らせましたわ。なぜでしょうか。
「併し君は私好みの茶や菓子でもてなし、私好みの話題を提供し、私好みの贈り物をくれるだろう」
「それは、婚約者として当然のことでしょう? 私はリィンハルト様の婚約者に選ばれ婚約を締結しましたわ。王城に婚約締結の文書も提出したれっきとした婚約者。政略結婚とはいえ添い遂げるのであれば、互いのことを知って歩み寄る努力は必要でしょう。ですから好みの色や食べ物。どういった贈り物なら喜ぶのか話題に出してリィンハルト様のことを知ったわけですわ。それを元に茶会を開き贈り物をしていますの。全ては結婚して添い遂げるのに必要な円滑な人間関係を築くためですわ。
でも円滑な人間関係を築くための努力というのは、政略結婚だろうと恋愛結婚だろうと、友人関係だろうと親戚付き合いだろうと、当たり前のことではありませんの? 誰とも関わらず孤独に生きて死ぬのなら必要無いかもしれませんが、特に貴族や王族はそんな生活は難しいと思いますわ。
こちらがいくら歩み寄っても、相手が歩み寄る気が無ければ、孤独に生きて死ぬ生活も有るかもしれませんが。そうでないのなら互いに円滑な人間関係と生活を送るために必要な努力だと思いましてよ」
つまり、生理的に嫌悪を抱くわけでないのなら、私の家とリィンハルト様の家の利益を鑑みて、政略結婚の生活は余程どちらか或いは両方が何かやらかさない限り死ぬまで続くのですから、上手くいくように努力するのは当然ですわ。婚約者として当たり前のことでは有りませんの?
「それは……」
リィンハルト様が絶句されてしまいましたわ。あらあら。
「エメラルダ様でしたわね。あなたは確か男爵家のご出身でしたか。リィンハルト様との関係をどうされたいの?」
言葉を失くしたリィンハルト様を置いて、私は可愛らしいエメラルダ様に尋ねます。妻の座を狙っているのか愛人の座を狙っているのか。それだけでこちらの対応も変わりますものね。
「どうされたい? えっ、私とリィンハルト様は相思相愛だから、あなたには諦めてもらって妻になりたいに決まっています!」
私の質問に、リィンハルト様と同じく呆然としていたはずのエメラルダ様が我に返り、勢い込んで言い切りましたけど。
うーん、本当に愛し合っているのなら平民に身分を移す覚悟はあるのかしら。平民になって家事全般や仕事や育児を二人で協力して行っていけるのかしら?
「それですとリィンハルト様と共に平民として生活をされることになりますが、そのご覚悟はございまして? お仕事を探してお金を稼ぎ、家事も育児も協力し合っていけますの?」
私の問いかけにエメラルダ様が笑顔から一転険しい面立ちで私を睨みます。
「なんで私が平民に? リィンハルト様と結婚するのだから侯爵夫人よっ」
ああ、そこを勘違いされていらっしゃいましたか。
「いえ、リィンハルト様のご生家である侯爵家は、支援金無しでは立ち行かないほどに切羽詰まっておられますの。私とリィンハルト様が結婚することで支援金が出せますのよ。私と婚約した時点で、婚約者予算つまり私への贈り物やら私との茶会・観劇などのお出掛け時の代金を、私の家から侯爵家へ出してますの。
それを使って婚約者である私を楽しませるように、という両親の親心ですわ。でもリィンハルト様にそのことが分かると、プレッシャーを与えてしまうかもしれない、と内緒になってましたの。
でもねぇ。懐事情が芳しくない侯爵子息のリィンハルト様の恋人であるエメラルダ様? そのドレス、男爵家で購入したものですの? 最先端のデザイナーが手がけたドレスだと思いますの。もし、仮にあなたのドレスがリィンハルト様から贈られたものでしたら、その支払いも出来ないくらい切羽詰まった侯爵家ですのよ。どうやってお金が支払われるのでしょうね?
その場で支払わずとも月末には支払わないと、そのドレスは返品することになりますわ。返品されて中古品として売られるでしょうね。
でも。もし既に支払われているのでしたら、そのお金は婚約者予算からだと思いますの。それ以外にそのドレスを支払えるお金なんて有りませんもの。つまり、賢い方ならお分かりになられるでしょう?」
我が家からの支援金が無ければ、没落の一途を辿るどころか爵位返上で侯爵家の皆さま平民ですわ。
高位貴族であればあるほど爵位に見合う出費は嵩みますし、領地を売っても名ばかりの侯爵家を維持出来ないくらい、侯爵家としての出費ばかりになりますから、それでしたら爵位を返上もしくは売ってしまって平民生活を送られる方が領民にも侯爵家にも良い結果だと思いますわ。
「え、えと」
まさかそこまでお金に困っているとは思いもしなかった、ということでしょうか。エメラルダ様が困惑されてらっしゃいますわ。
「そうそう、それにもしも婚約者予算を私以外の方に使用していたとしたら、リィンハルト様にもその相手の方にも借金として返済してもらわなくてはなりませんの。
さて、エメラルダ様、もう一度お尋ねしますわね。リィンハルト様とのご関係をどうされたいの?」
エメラルダ様は借金返済……と呟いてから、目が覚めました、と言わんばかりの顔で。
「私はリィンハルト様の愛人を望みます!」
「ふふふ、そうですの。私、賢い人は好きですわ。では契約書を作成しましょう。私の父は家柄だけでなく私がリィンハルト様との子を設けることも願っていますの。ですので、私とリィンハルト様との子が生まれましたら、あとはご自由になさって。
エメラルダ様は日陰の身ですが、私とリィンハルト様との子が生まれましたら、相思相愛のリィンハルト様と添い遂げてくださいませ。侯爵家の離れを改装しておきますわ。私は侯爵家の当主夫人として仕事や社交をこなし、子育ても出来る限りやりますわ。
ですので、リィンハルト様もお好きになさればよろしいと思いますわ。子は一人居れば充分ですから。あとはエメラルダ様との間に子を作っていただいても構いませんわ。跡取りは私の子ですから譲れませんけど。それをご承知くだされば、私もエメラルダ様を愛人として認めますわ」
ほか、いくつか条件を契約書に記載し、あと私も恋愛自由という一文を記載して、契約書にサインをしました。リィンハルト様も契約書にサインされましたから、契約成立です。
この契約書はお父様に預けておきましょう。何かトラブルが起きて売り言葉に買い言葉のように契約書を破棄されては敵いませんもの。
それにしても、良かったですわ。
元々私は自家の跡取りでした。この国では男女問わず第一子が跡取りという法があります。まぁ第一子に問題あったら第二子や養子もありですが、基本は第一子。私は子爵家の第一子でしたから跡取りとして教育されていました。
ところが爵位を嵩にきて侯爵家の縁談が捩じ込まれ。お父様は家柄くらいしか取り柄が無いが仕方なし、と私を嫁入りさせることを決断。跡取りは八歳年下の弟に変更ですわ。
まぁその仕方なしの中に侯爵領で栽培されている葡萄があったから、嫁入り決断というのは知っていますが。その葡萄で作る葡萄酒は美味しいそうです。私はその葡萄を使ったスイーツが大好き。
つまり、私もお父様も葡萄のために侯爵家に支援することを決めたのです。侯爵領にはお父様の側近が二人行っていて、領地経営の梃入れをしてます。支援金も当然使ってます。婚約者予算のお金よりよっぽども大金が動いているのです。
それなのに。
侯爵家の跡取りであるリィンハルト様は、所謂真実の愛とかでエメラルダ様と恋仲に。それは構いませんけど、子爵家がどれだけ侯爵家に支援しているのか、全く知りもしないでエメラルダ様を妻にするために婚約を破棄しようとしていたわけです。
許せません。ですが、葡萄のために婚約破棄を言われるのもこちらから言い出すのも取り止めたい、と思いまして。
どうせ、支援金全額返金、なんて今の侯爵家では出来ないので。だったら領地経営梃入れして、いつの日にか回収出来るようにしておく方がいいですもの。
さておき。
それで先程の妻を選ぶか愛人を選ぶか。発言をしましたわ。上手くいってエメラルダ様は愛人生活を選びましたね。これで心置きなく侯爵家の仕事や領地経営などに携われます。そのために妻の座は奪われたくなかったのです。ほんと、安心しました。
美味しい葡萄が出来たら最高の葡萄酒をお父様に、最高のスイーツを私への褒美に。
それだけで侯爵家の仕事や領地経営も頑張れます。
リィンハルト様との間に子を設けるのは面倒ですが、子育てには興味ありますから我慢しますわ。
あとはそうですね。本当に偶に、年に一回ほどで良いので騎士団長様を遠くから拝見したいですわね。
私の愛するそれらのもののために、侯爵家に嫁入りして頑張りますわ。
ーーああ早く、結婚式を終えて葡萄畑に行きたいわ。
あとは、リィンハルト様とエメラルダ様のためにも早々に子どもを産んで、そうしたらあとはご自由に、と関わらない生活を送りたいですわね。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
主人公なりのハッピーエンド。このあとは、結婚しても主人公は我が道をいく。
 




