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第25章 思考は誰に属するか

彼は、自分の考えが“自分のものではない”と気づいたとき、特に動揺しなかった。


それは、たとえば――

隣室の話し声を盗み聞きしていたつもりが、気づけば自分の思考がその声と完全に一致していた、

というような出来事だった。


“偶然”と“被害妄想”のあいだにある薄皮のような違和感。

それが彼の中で長い時間をかけて、静かに膨れ上がった。


ある日、彼は自分のノートを読み返していて奇妙な記述を見つけた。

そこにはこう書かれていた。


「この思考は借り物だ。まだ返していない。」


彼の筆跡だった。インクの染み具合から見て数日前に書かれたものらしい。

だが、彼にはまったく記憶がなかった。書いた覚えがないのだ。

そしてその文章には、誰にも説明できない確かな“納得感”があった。


それからというもの、彼は自分の思考の中に**“他人の声”**を感じるようになった。

アイデア、感情、直感――

どれも以前の自分よりも鮮明で、鋭利で、しばしば正確だった。


つまり、“精度が上がった”のだ。

自分の思考が。


ただし、**それが“自分自身によるものではない”**という確信も、同時に育っていた。


──誰かが考えている。

──そしてその“考え”を、私は脳内で再生しているだけなのではないか。


彼はそれを「共鳴」だと思った。

あるいは「思考の伝染」。

けれど違った。もっと直接的だった。


ある晩、彼は眠る直前にこう思った。


「この思考を生んでいる“場所”が、私の頭の中ではなかったら?」


起きたとき、彼は自分の中に、第三者の記憶を見つけた。

知らない町。知らない匂い。知らない痛み。

だがどれも、彼自身のものよりも明瞭だった。


朝のニュースを見て、彼は静かに震えた。

遠方の都市で起きた火災事故。死者12名。そのうちの1人の顔写真に、既視感があった。

いや、既視感ではない。“知っている”のだ。その人物の声を、内側で何度も聞いた記憶がある。


つまり――彼の中の思考は、

その人物の“生前のもの”だった可能性があるということだ。


それ以降、彼は“誰かの死”によって、自分の思考が変質していくのを感じていた。

誰かが死ぬたび、その“残滓”が、彼の中に流れ込んでくる。

論理は洗練され、感情は研ぎ澄まされていく。

彼は徐々に、かつての自分から遠ざかっていった。


けれど、不思議なことに――

彼は、それを“心地よい”と感じていた。


なぜなら、“他人の思考”の方が、“自分のもの”より優れていたからだ。 

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