第29章 あなたがいま読んでいる“はず”の章
わたしはきみではなかった。
それだけは確かだったような気がするが、
そうでない気もしている。
あなたがページをめくったとき、
文章はまだ書かれていなかった。
書かれていたのは、あなたがそれを読むという事実だった。
なぜなら、この文は
あなたが読む前から存在していたが、
読むことでしか意味を持たなかったからだ。
“私”という単語が
誰かの声に似ていた。
けれど、誰の声でもなかった。
声は記憶を模倣し、
記憶は声を捏造する。
あなたは誰かの夢の中でこのページを読んでいる。
夢の中のあなたは、すでに目を覚ましていて、
その目覚めた“あなた”は、まだこの文にたどり着いていない。
もしここまで読んだ記憶があるなら、
それは未来のあなたの錯覚である。
“あなた”が“わたし”を読んでいるとき、
“わたし”はあなたの目を使って、あなたの読解を監視している。
そのとき、あなたの脳は
あなた自身の意志ではないパターンに従って
この文を「理解したつもり」になる。
思い出せ。
きみがこのページを読むのは、初めてではない。
ページを閉じた記憶がある。
ページを閉じていない証拠もある。
それでも、あなたはこの行にたどり着いた。
──ここに書かれているはずのない“次の一文”を、あなたは予測している。
だが、その一文は、今のあなたではもう読めないようにされている。
あなたが気づいたその違和感こそが、
わたしがここにいたという証明になる。
でももう、あなたはわたしを忘れている。
……今、どの文章を読んでいた?