表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

プロローグ

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

コロナウイルスと少子高齢化により人口が激減した2025年、需要が低迷した日本の鉄道は大きく衰退した。

政府は滅びゆく鉄道を再生するべく大量の補助金を中心とした鉄道輸送振興法を施行した。金に目がくらんだ国民は鉄道会社と癒着し、地域社会は駅を中心としたものに変貌していき、勢いが増した鉄道会社、特にJRや大手私鉄は地方行政を乗っ取り始めた。危機感を抱いた政府は鉄道会社を国有化しようとしたが、抵抗も虚しく政府は自ら立案した法律によって滅んでしまった。

法律施行から10年、鉄道会社を主軸とした新秩序が形成される中、鉄道連合の中心であったJR東日本は首都圏から他社を追放すると社名をJR全日本に変更、総裁となったSuicaのペンギンは突如全国へ一斉攻撃を開始した。


そして攻撃開始から数ヶ月が経過した旧山口県下関市。

幡生駅より北東2キロには2つの最重要幹線、山陽本線と山陰本線の合流地点がある。そこにはJR西日本に残った最後の鉄道マンたちが集まっていた。目的はたった一つ、敵の九州上陸を阻止することだ。


「敵はいまどこにいるんだ。車両は?なにか情報はないのか」

駅長代理で現場指揮を担っている助役は焦っていた。本当に敵を防げるのかと。それも無理はない。

敵の進軍速度はあまりにも早すぎた。同盟関係にあったJR東海が打破され、関ケ原が突破されたのはわずか3週間前の話である。それからJR東日本軍は大阪や広島などの主要都市を次々に制圧、JR西日本は残されたのは旧山口県内の一部となった。


「在線位置によると山陽新幹線は新山口の手前で足止めされているようです。トンネルを爆発した効果があったようですね。一方の山陽線はと言うと・・・小野田付近に進軍しているようです」

あまりにも早い進軍速度に全員が驚愕していたが、助役ただ一人だけは冷静だった。これはある意味予想通りなのだ。

山陽本線は本由良、宇部間は山の中を走行する。そのため容易に線路破壊をすることができた。しかし迂回路線である宇部線、さらには小野田線があり両路線は住宅街を走っているため、線路を走行しにくくするぐらいしか対策を施せなかった。

結果として敵はあっさりと迂回し、小野田駅を突破したというわけだ。


「もう小野田まで来ているのか。かなりまずいぞ。小野田から幡生までノンストップと仮定して所要時間を計算すると・・・我々に残された時間は約30分か」

助役は急いで線路上を走って幡生駅に戻り、鉄道電話の受話器を取った。通話先は山陽本線で山口方面に一駅先にある新下関駅だ。


「すでに聞いたかもしれないが、敵は小野田を突破した。そちらに到達するまであと30分しか残されていない。大至急計画を実行しろ」

「了解しました。駅長にその旨報告します」

電話してから数分が経つと、ドーンと山口方面から何かが崩れたような轟音がとどろき、黒い煙が上がった。

そしてしばらくすると電話がかかってきた。


「新下関駅長だ。新幹線高架橋の爆破に成功した。撤収準備が整い次第すぐにそちらに向かう」

この音の正体は新幹線高架橋を爆破した音であった。新下関駅は山陽本線と山陽新幹線の交差地点であり、山陽本線のホームの一部は新幹線高架橋、正確に言うと新幹線ホームの下にある。ここを爆破することで両路線を効果的に長期間支障できるというわけだ。


続々と新下関駅から駅員、作業員が退避してきた。みな成功できたことで満足げな表情をしていた。しかし一人の駅員だけ様子がおかしかった。

「さっきからなんど連絡しても山陰線各駅と連絡がつかないんです。忙しくて電話ができないならまだいいんですが、なにか嫌な予感が・・・」


近くのビルの屋上からあたりを観察していた社員から一斉にメールが送信されてきた。メールを開いてみると馴染のない車両が写った一枚の写真が添付されていた。

「あ、あれはJR東日本のGV-E197系か!?いやJR全日本だったか」

「助役、社名なんかどうでもいいですよ!それよりどうするんですか。このままではあと10分もしないうちにたどり着かれてしまいますよ」

彼の予想はあたったのだ。


「・・・よし計画変更だ。例の車両を出庫させ山陰線に入線させろ。足止めにはなるはずだ」

「助役、正気ですか。山陰線は非電化区間ですよ」

「もう時間がないんだ。つべこべ言ってないで早く出発しろ。間に合わなかったらお前も私も全員死ぬことになるぞ!」

担当運転手は抗議をしたが、助役は聞き入れてくれなかった。困惑しながらも運転手は線路を跨ぎ、車両基地に素早く移動すると目的の電車の運転台に乗り込んだ。


「あーもう、電車を非電化区間に入線させるなんてむちゃくちゃだ。ATS解放、解放よし。出発進行」

幡生駅に隣接する下関総合車両所から1編成の電車が出庫した。この日の為だけに改造された半無人在来線爆弾、227系Uraraである。一旦幡生駅の2番線に入線すると運転手は爆弾が満載の車内を通り抜け、反対側の運転台に移動した。


「さようならUrara、君はいい車両だった」

覚悟を決めると運転手はマスコンをフルノッチに入れ、ホームに飛び降りた。車両は速度を上げ、最初で最後の山陰本線入線を果たした。


分岐点から撤退し、駅から見守っているとUraraは速度を維持したまま着々と山陰線を進んでいった。向こうは慌てて急ブレーキを掛けたようだが、一つしかない線路から逃げることは不可能である。Uraraは勢いのままJR全日本のGV-E197系と正面衝突し、大爆発した。


安心するのも束の間、山陽線の方から車両の音が聞こえてきた。この短期間で瓦礫をどけ、再び進軍を再開したのだ。

「ここを何が何でも守り抜くんだ。JR西日本の維持を関東人に見せつけてやれ!」

本州最後の鉄路を関東人に明け渡すことは西日本のプライドが許さなかった。Uraraをすべての線路に並べ、一斉に爆発した。本線と車両基地はズタズタになり、JR西日本が滅んだあとも長期にわたってJR全日本に損害を与えられることだろう。


ところ変わって本州最後の駅である下関駅にはJR九州の鉄道マンが集結していた。万が一JR西日本がやられた場合、ここが最後の砦となるからだ。


「駅長から連絡がありました。敵は幡生駅手前まで進撃しているようです。線路を爆破して時間稼ぎをしているようですが、突破されるのも時間の問題かと」

下関駅にいた全員が深刻な面持ちで状況を受け止めていた。もはや当初の予定通りにはいかないだろう。

本来の予定では全ての住民を避難させたあと新幹線の新関門トンネルと国道2号線の関門トンネル、そして関門道の関門橋を爆破し、最後に残した山陽本線の関門トンネルを使い決戦用の車両を下関駅に集結させるはずだった。

だがしかし、3つの関門アクセスルートの遮断には成功したものの、想定を遥かに上回る進軍速度のせいで肝心な車両の方を準備できていなかった。用意できたものといえばJR九州唯一の交直流車両である415系、それも3編成だけだった。これではあっという間に突破されてしまうだろう。


「これ以上待っていたら九州上陸を許すことになる。門司駅に連絡してただちに関門トンネルを爆破させろ」

爆破命令が下された。作業員たちが九州側に連絡すると、列車を出発させたばかりだ、もっと早く言えと無線越しに怒号が飛んだ。慌てた作業員たちは現場指揮官に指示を仰いたが、帰ってきたのは無慈悲な返答だった。

「帰らせる余裕はない。列車がトンネルを抜けたと同時に爆破しろ」

「で、ですが乗務員はあくまでも輸送のためだけに来ているのでありますし、せめて船でも用意できないでしょうか」

「船?そんなもの操縦できるやつがいるわけないだろ。第一ここに来た時点で戻れるわけない。残念だが私と運命をともにしてもらうしかないな」


その頃爆弾で満載の415系はステンレス車体を輝かせながら交直セクションに差し掛かろうとしていた。

「交直切り替え。ABB開放点灯。事故三相ヨシ。直流切り替えヨシ!」

運転手は一つ一つ丁寧に指差喚呼を行っていった。本来交直セクション通過時は車内の明かりが消えるところだが、回送列車なので最初から車内の明かりは消灯されていた。1分も経たないうちに異常を知らせる表示が消え、無事に直流に切り替えることができた。

「完璧だな、桜島。何も言うことはないぞ」

この列車に乗務していたのは新人運転手の桜島ハヤテと指導運転手の福島だった。

彼は当初この乗務を拒否していたが、交直切換を体験できる最後の機会になる可能性が高いのと、トロッコで九州側に戻れると約束されたため渋々乗務をすることにしたのだ。


九州と本州を結ぶ長い国境の長いトンネルを抜けて下関駅が見えてきた。駅に停車すると、ホームで待機していた駅員が慌てた様子で乗務員扉の窓を叩いてきた。

「桜島、ちょっと待っててくれ。話を聞いてくる」


福島が戻ってこないので退屈した桜島が新鮮な空気を浴びようとホームに降り立った瞬間、突然爆発音が鳴り響いた。なにが起きたのか困惑していると、すぐに福島が帰ってきた。顔を見てみると怒りで満ちていた。


「いいか桜島、よく聞け。関門トンネルが爆破された」

「ちょっとまってください、どういうことですか。もう九州には戻れないってことですか?なにかの冗談ですよね」

桜島は頭が真っ白になり気絶しそうになった。


「上層部は最初から信用ならなかったんだ。だからこういうときのために用意してたものがある」

鞄の中から一枚のマルス券を取り出し、桜島に手渡した。

「駅出てすぐそこに下関港があるだろ。そこに避難用のクイーンビートルが停泊しているはずだ」

桜島も実際に行ったことはないが、知識として下関港国際ターミナルのことは知っていた。韓国の釜山に向かうカーフェリーが発着する港だ。普段高速船のクイーンビートルは発着しないが、緊急脱出用に用意していたのだろうか。


「それに乗れば博多港に行けるってことですよね」

「ああ、確かにあの船は博多港、あと対馬も経由するはずだ。しかしお前にはもっと遠い安全なことろに行ってほしい」


対馬よりも遠い港・・・たった一つしかない。釜山港だ。

「ちょっと何言ってるんですか。いきなり韓国に行けって言われたって金もなんもないのに。それに仕事だってありますし・・・」

桜島はいきなり縁もゆかりも無い韓国に行けと言われて困惑していた。

「九州に戻ったっていつかは上陸されて敵の手に落ちるだけだぞ。これは逃げる最後のチャンスなんだ。これを無駄にしないでくれ」

「で、でも・・・」

桜島が躊躇していると、今度は前方、幡生駅の方から爆発音がした。

「まずい、もう時間がないぞ。今ならまだ間に合うはずだ。この乗船券を持って釜山に逃げるんだ!」


敵が迫っている。桜島もうすうす感じ始めていた。ここで船を逃せばもう二度と脱出するチャンスはない。決心した桜島は乗船券を受け取ると涙を流しながら一目散に下関港に向けて走り始めた。


ターミナルの中はすでに無人状態になっていた。乗船口を探し、誰もいない出国検査場を抜けると赤い船体と同時にタラップを外そうとしているのが見えた。


「待ってください。僕も乗せてください!」

係員が一瞬手を止めた隙に船に乗り込んだ。すぐに係員に捕まり騒動になりかけたが、乗船券を見せると開放してくれた。


「よかったですね。あと1分でも遅れていたら乗船できませんでしたよ。そういえばその制服ってJR九州の乗務員のものですよね。釜山まで乗船されるとはどのような事情が」

彼は船員に構うことなく、甲板から下関駅を眺めていた。


「もうこれで日本ともお別れかな。福島さん、あなたのことを忘れません」

JR九州の誇る高速船、クイーンビートルは一路釜山港に向けて出港した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ