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8.挙式

 私は結局、ローランと強制的に結婚することになってしまった。


「それで、入籍自体はいつにしますの?」

 私だって色々と都合がある。それに、結婚となると関係者への挨拶だってある。

 そのためローランにいつにするかと聞いたのだが……


「それについては、今すぐとでも言いたいけど、明日にしよう」

「明日ぁ?!」

「うん。君の気が変わって逃げられたり、ほかの男と結婚されるのも嫌だから。それと今日はここに泊っていくんだ。先ほど使いを出したから、セバスチャンの分も含めて、着替え一式はすぐに取ってきてくれるよ」


「……」

 私はまたしても絶句した。これじゃあ、拉致監禁ではないか。

 きっと、入籍が終わるまで家に帰してもらえない。下手したら、なんだかんだと家にすら帰してもらえないのかもしれない。


 とんでもない男と結婚することになってしまった……と私は心の中で泣いた。



 翌朝。

 私はこの家の客間に泊まらせられた。

 朝ご飯はダイニングではなく、この部屋まで使用人が持ってきてくれた。

 この使用人は例の舎弟系ではなく、まだ10代と思われるごく普通の女の子だった。


「良く寝れましたか、奥様」

 和服を着用した彼女は顔立ちも日本人らしい造形をしており、それがなんとなく私をほっとさせた。


「まだ……奥様じゃないけれど。正直あんまりよく寝れなかったわ」

「まぁ、一日でいろいろと環境が変わることになってしまいましたものね。旦那様に驚かされたかもしれませんけど、本当は優しい方なんですよ」

 彼女はお櫃からご飯を盛り、愛想よくそう言いながら私にそっと差し出した。


「昨日は全然お夕飯を召し上がらなかったようですから、もし、足りなかった場合は遠慮なくお代わりしてくださいね」

 そう言って彼女は出ていき、私一人でまた客間に残されてしまった。


 セバスチャンはどうしているのだろう。

 先ほどの女の子に、セバスチャンには会えないのかと聞いたところ、彼は別棟のほうにいらっしゃるからわからないと言われてしまった。

 きっと、彼は入籍が終わるまでの人質と言う事なんだろう。

 一体、どこが優しい男なんだと思いながら、私はご飯を口にした。



 それから身支度を終えると、馬車の用意が出来たから来てください、姉御。と例の舎弟系の使用人が私の元へやってきた。


 私は、いつも着ているヴィクトリアン朝のドレスを着て屋敷の外へ出たのだが、ローランの方もそれに合わせたような服を着ていた。

「おはよう。ジュリア。今日の君もとても可愛らしい」

 そう言って、彼は私の手にキスをしてきた。やっぱりこの男はキザだ。

 私は彼へのささやかな抵抗として、ツンとすまして何も言わなかった。


 彼はご機嫌ななめだな、と言うような顔をしてそれ以上は何も言わず、私と共に馬車に乗り込み御者へ教会へ向かうように指示を出した。


 教会に着くと、すでに私たちと同じように結婚を認めてもらうためのカップルたちが数組並んでいた。

 彼らはみんな幸せそうで、とてもはしゃいでいたり、笑っていたり、いちゃついていたりする。

 一方で私たちの方は目線を合わせず、お互いに黙ったままだった。


 そう言えば、現実世界では、ゲームの中の教会は特に何かイベントが起きるわけでもなかったので、全然立ち寄ったりすることはなかった。

 だが、こうしてゲームの中に入り込むと、こういった役割をちゃんとしていたんだ、と妙に私は感心していた。


 そして、とうとう私たちが呼ばれてしまった。

 教会の扉をあけて、私たちは腕を組みながら司祭の前に歩いていき、結婚を誓うための誓約書にお互いにサインを入れた。


 そこで私はこの儀式は終了だと思っていたのだが―――


「では、お二人とも。誓いの口づけをしてください」

 ニコニコほほ笑んでいる司祭のその言葉に、私は思わず、はぁ? と声を上げてしまった。

「そんなの聞いていないんですけど! それは飛ばしていただいて結構です!」

 気づいたら、さらにそう私は口走っていた。


 しかし、司祭は首を横に振った。

「何をおっしゃっているのですか。それですと、儀式は終了しません。さあ、早く済ませてください。あともつかえているので」


 私はその時、どんな顔をしていたのか分からない。

 だが、ローランは私の目を一瞬見つめた後、とても慣れた所作で私の唇をまた奪った。

「はい、では儀式はこれで完了です。どうぞお幸せに」

 微笑んでいる司祭が言った言葉をぼんやりと聞きながら、私はローランに引っ張られるようにエスコートされてその場を去った。



 あぁ。私はとうとうこれでこの人と結婚してしまったのだ。

 なんだかよくわからないが、気分が沈む。これはもしかしたら……マリッジブルーというやつだろうか?

 私は帰りの馬車の中で、窓をぼうっと見つめながらそのように考えていた。


 気がついたら啜り泣きをしていたが、ローランは何も言わなかった。

 彼も一体何を考えているのだろう。私達はそのままずっと無言で帰宅した。


◆◆◆


 屋敷に着くと、門の前でなんとセバスチャンが待っていてくれた。

「大丈夫? 怪我はない?!」

 私は駆け寄って開口一番、そう彼に尋ねたが、彼は自分は何ともありませんよと微笑んで返した。


「皆はどうした?」

 ローランはセバスチャンの隣にいた、ジローチャンにそう問うた。

 確かに、ずらりと並んでいるはずであろう、舎弟系の使用人達が何故か見当たらない。行きの時はいたというのに。


「暇だったから、稽古つけてやったんや。そうしたら、みんな伸びてしもうた。ほんま、だらしない奴らやのう」

 ジローチャンはそう言うと、何故かセバスチャンの方を見てニヤリと笑った。

 ローランはそうか。と一言だけ言うと、また彼もセバスチャンを見て、なぜか、なるほどと言った。


「ところでお嬢様。無事入籍は終わりましたか?」

 セバスチャンはいつもの調子で、優しく私にそう聞いてきた。

「ええ。なんとか……だから、ローラン。私たちを家に返してもらえますよね?」

 私はずっと口を聞いてなかった彼に、ようやく口を開いた。


 しかし、彼は首を縦に振ってくれなかった。

「いや、まだ全て完了はしていない。明日まで僕に付き合ってもらう。でも、泣かれて過ごされるのは嫌だから、君の世話についてはセバスチャンにやってもらおう。ジローチャン、行くぞ」

 

 ローランは私をあまり見ずにそう言って、ジローチャンと共に屋敷の奥の方へ行ってしまった。


 さすがに、私も態度を悪くし過ぎたのだろうか、と一瞬反省をした。

 しかし、私は不本意な結婚をしたのだ。

 あまり彼の態度を気にしないようにしようと思うと、セバスチャンに明日も自宅には帰れそうにない事を、家のものに伝えてきて欲しいと依頼した。


「承知いたしました、お嬢様。そう言えば、昨日からあまり食が進んでいないと聞いております。こちらの家の方に、お嬢様の好物であるアップルパイを焼いてもらうように頼みましたので、どうか召し上がってくださいね」

 さすがセバスチャンである。彼の優しい気遣いが身に染みる。

 彼の言う通りに、ありがたく食べるとしよう。そう思いながら、私も屋敷の中へ入った。



 そしてまた翌朝。


 セバスチャンも開放されたため、私は安心したのか昨日に比べたらぐっすりと寝られた。

 お陰で顔色も良く、化粧のノリも悪くない様に思えた。


 身支度を終えて屋敷の玄関をでると、私はギョッとした。


 何故なら、一列に並んでいる例の舎弟系の使用人達が皆、顔があざだらけだったり、包帯を巻いてたり、松葉杖をついていたりするのである。

 そう言えば昨日、稽古をしたと言っていたが……あのマッドドッグと呼ばれるジローチャンはどれだけ暴れたのだろうかと、顔を青くした。


 思わず、一番ひどい怪我をしている人に、大丈夫ですか? と声をかけると、何故か彼はひぃっと声を上げたが、すぐに大丈夫です、姉御。と返事をした。

 何故か他の皆も、私を怯えるように見つめるようになったのが、すごく気にはなるが。


「やはり、セバスチャンを戻して正解だった。顔色がいい。今日は特に可愛らしくしていてもらわないと困るんだ」

 ローランは私の手を取ると、またキスをした。

 こちらは相変わらずである。


「それで、今日はどちらへ行かれますのかしら?」

「今日はジュクハラ地区へ向かう予定だよ。君が好きそうな所を見つけてきたから」

「私が好きそうなところ?」

「うん。多分、気にいると思う」

 彼は自分の腕に私の手を絡ませるようにすると、馬車の方へと誘導した。


 私たちが向かったのは、ジュクハラ地区にある小さな洋館だった。

 ショーウィンドウにはアンティークなレースのドレスが飾られている。


「ようこそ、いらっしゃいました!」

 そう言って私たちを迎え入れてくれたのは、メガネをかけた、一目でお針子というのがわかる女性で、ニコニコしながら私の事をなぜか上から下まで眺めた。


「なんと可愛らしい奥様なのでしょう。早速、ドレス選びに取り掛かりましょうね!」

 彼女はそう言って、私達を別室に連れて行った。

 

 私達が連れて行かれたのは、ピンクのストライプ柄の壁紙に、金の枠に大きな鏡が嵌め込まれた部屋で、さらにその奥に行くと、沢山の白いドレスや意匠が凝らされたドレス、そして着物が所狭しとラックに掛けられていた。


「さあ、どれになさいますか、奥様!」

 メガネをかけている女性はそう声を掛けてきたが、私はどれにすると言われても……と困ってしまった。


 今、目の前にしているのはウェディングドレスではあるのだが、どういったものを着たいとか特に思ったものなんて無かった。


 それに、現実世界でも私はおしゃれに自信がなく、店頭のマネキンのコーディネートをそのまま買うような女だったため、実際は自分にどういうのが似合うとかわからないのだ。


「早く決めて貰わないと、僕だって衣装が決まらなくて困る」

 後ろに立っていたローランにそう言われ、私は顔を顰めた。いちいち、そう言うイラッとくることを言わなくてもいいのに。

「まあ、特に希望がないのなら、マドレーヌに適当に見繕ってもらったらどうだろう? 彼女はこの道のプロだよ。客に何が似合うかちゃんとよくわかってる」


 私はムスッとした顔をしていたに違いない。

 この険悪な雰囲気を乗り切るため、マドレーヌは愛想笑いを浮かべながら、ご希望が特になければ、私のおすすめを持ってまいりますねと、何着か用意してくれた。

 

 あるドレスは襟から袖にかけてもチュールレースをあしらった総レース仕立てのものだったり、あるものはグラデーションのように裾に向かって、色とりどりの綺麗な刺繍が入ったものだったりした。

 確かに、これらなら私としても違和感がない。


「ありがとう。出して頂いたもので構いませんわ」

 私がそう言うと、マドレーヌは安堵した表情を浮かべて、では別室でヘアメイクをしましょうと私だけを連れて行った。



 プロのメイクと言うのは、やはり完璧だった。

 私の普段、気になっている部分は完璧に隠され、髪型も普段しない様なものにアレンジはされたが違和感はなかった。

 ドレスに着替えた後は、その場にいた従業員達からは、お似合いです! 素敵です! と褒め称えられるのも悪くはなかった。


 「次はこちらへ参りましょう」

 私はマドレーヌに連れられて、更に別室に行くと、そこは写真を撮るためのスタジオになっていた。

 パシャパシャとシャッターの切る音と共に飛ぶライトの光や、ピピピと鳴る電子音が飛んでおり、カメラマンが良いですね! 最高だ! はい、今度はこちらでお願いします! と声を掛けている。


 先客がいるのか。

 私は邪魔にならない様に、こっそりと様子を伺ったのだが……写真を撮られていたのは、婚礼衣装に身を包んだローランだった。


 ただーーー


 こういう時は、大体私の様に写真撮影に慣れていない普通の人間は、照れ隠しで薄ら笑いを浮かべて写真撮影に望むか、ガチガチに緊張して笑顔も忘れて汗をかいているかなのだが、この男はどちらでもなかったのである。


 むしろ、なんというか……撮られなれ過ぎているというのだろうか。


 カメラマンがこうしてくださいと指示するでもないのに、自分でポーズを勝手にとり、ひたすらそれをカメラマンを撮っているという状態だった。

 しかも、そのポージングというのは、一般人がふざけてやっている風ではなく、モデルのようなポーズなのだ。


 それも普通のファッション誌や、安売りの店なのに、謎の笑みを浮かべているイタリア系の男性モデルを使っているような、微妙な違和感を醸し出している感じの撮られ方ではない。

 

 所謂、ファッション界の川上と言われる、モード系のブランドばかりを載せている雑誌、つまり、オートクチュールとか、プレタポルテとかそんなのを扱っている雑誌のような撮られ方をしているのだ。

 身長もスタイルも顔もいいため、余計に映える、映える……


 撮影風景を見ているアシスタントからも、ヒソヒソと、これはうちの宣伝にも使えるのではないか、と言われている次第である。


 すると、私が呆気に撮られて自分を見つめている事にローランは気づいた。

 彼が急にポーズを取るのをやめたため、カメラマン達も一斉にこちらの方へと振り返る。


「ああ、奥様の準備もできたのですね。ではこちらはどうぞ!」

 カメラマンからそのように言われ、私はアシスタントから生花の小さなブーケを手渡されて、ローランの横に立たせられた。


 しかし……私もあんな感じのキメキメのポーズを取らなければならないのだろうか。


「いや、そんなのは無理だし……」

 思わず私は独り言でポツリと呟いた。

「何が?」

 ローランは私のほうに振り返り、そう尋ねた。


「私はあなたみたいに、あんなポーズ取れないわよ。ただのど素人だし」

「うん。知ってる。でも、僕はなぜだか知らないけど、体が勝手動いていた。ただそれだけ。ところでこっちを見て」


 彼は私の頬に手を添えた。

 その瞬間をパシャパシャとカメラがなぜか撮っている。

「すごく可愛い。いや、すごく綺麗だよ。もっと自信を持って良いと思う」

 

 なぜか彼は急に私を褒め始めた。

「せっかくなんだし、もっとこの世界を楽しもうよ。それっぽく振る舞えばいいんだ。だから、あえて僕はこう君に言おう」


 彼は私の耳元に口を寄せると、英語で3単語、日本語で5文字の言葉を囁いた。


 男の人にそんな事を言われたことがなかった私は、顔を赤くして、恥ずかしさのあまり下を向いた。

 途端に、カメラマンがその表情、良いですねー! と言いながら、更にカメラのフラッシュを素早く焚く。


 その後、他のドレスに着替えて撮影をしたのだが、先ほどの言葉が妙に頭に残ってしまい、私は気がついたら、撮影が終わっているという状況だった。


 疲れているというのもあったが、帰りの馬車の中では二人ともずっと無言だった。

 撮影中に言われた、彼から出たあの言葉は嘘だとわかってはいる。


 でも、私の心臓はまだその時の事を思い出してしまうと、すごく脈が早くなるのだ。

 落ち着け私。これはきっと、疲れているから動悸がしているだけよ! そうでも思わないと、私は心臓が破裂しそうな気がした。


 一方で、ローランの方は涼しい顔をして、ずっと馬車の外の風景をみている。

 そうだ、彼は私の事なんてなんとも思ってないから、あんな言葉を簡単に吐く事が出来たんだ。


「愛してる」


 だなんて。やっぱり怖い男だ。

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