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6.詫びなら身体で返せ

 ローランに詫び状を出したものの、返事はなかなか帰って来ず、大晦日を迎え、年が明けた。


 やはり、彼はかなり怒っているのだろうか。

 私は自宅の裏庭で、ぼうっと枯れ木が風で揺れているのを見つめていると、セバスチャンがお嬢様! と声を掛けてきた。


「お嬢様。ようやく、お返事が来ました」

「やっと来たのね! なんて書いてあるの?!」

「それは……どうぞご自身でご確認ください」


 そう言って、セバスチャンが手渡してきたのは、渋い字体で「謹賀新年」と書かれた年賀状だった。


「年賀状やないかーい!」

 私は思わず叫んだが、よく見れば、書道何段だろうと思うほど大変達筆な字で、このように書かれていた。


『先日はこちらこそ、突然お声がけをしてしまい申し訳ありませんでした。また、年末年始で郵便局が閉まっているため速達が送れず、通常の郵便物ですと配送が遅れる可能性があるため、こちらにて返信することをお許し下さい。つきましては、今月中のどこかでご都合のよい日程をお伺いしたく……』


 私はそれを読んだ後、これはもしかしたら果たし合いになるのだろうか、と唸り声をあげた。

 というか、突然キスする事をお声がけとは……


「ねえ、やっぱり怒っているのかしら。私に会いたいだなんて。普通、許してくれるだけなら返信で済ませてくれるはずでしょう?」

「さあ、どうなんでしょうかね。もしかしたら、謝罪するなら直接の対面で言ってきてほしい、という事かもしれませんし。どのみち、現在分が悪いのはこちらですからね。ここは素直に謝るつもりで、あちらにお会いする事にしませんか?」

 私はセバスチャンの意見に従う事にして、あちらにこちらの都合のいい日時を伝えた。


◆◆◆


 実際に会うことになった当日。

 私は髪の毛をハーフアップにして、後ろをリボンで留め、なるべくシンプルで清楚に見えるドレスに身を包んで、ローランの家にセバスチャンと共に向かった。


「ねえ。住所ってここのはずよね?」

「はい。ここで間違いないはずなのですが……」

 私たちは本当にここの屋敷であっているのか、とお互いに目を合わせた。


 なぜなら、ここの屋敷はぐるりと塀で囲った古風な日本家屋で、あの金髪でキラキラしているローランが住んでいるとは思えなかったのだ。

 あのキャラなら、絶対に西洋風の城だと思うのだが……


 しかもよく見れば、所々になぜか監視カメラが配置されている。なぜ、こんなに警備が厳重なのだろう。

 それはともかく、我々はとりあえずここのはずだと思って、その日本家屋の玄関のチャイムを押した。


 すると、屋敷から誰かが出てきたらしく、目の前の古めかしい木の扉が開けられた。

「ごめんください……」

 私はそう声を出した後、すぐに絶句した。


 なぜなら、目の前にはーーー


 黒いスーツに身を包んだ、ガラが悪い、いや強面の男達が左右に立ち並んでいたからである。

 

 そんな彼らの合間を一人の男が通ってきた。

 強面の男達は彼に向かって一斉に頭を下げている。


 男はセバスチャンと同じく燕尾服を着ており、この家の執事だと言うことはわかったのだが……

 髪の毛はツーブロックにしており、右の目元には大きな傷が入っている。しかも、シャツの襟付近から微かに、肌に何か柄が入ってるのが見えるのだ。

 絶対カタギの者ではないだろう…… 


「おう。お嬢ちゃんが今日の客か。あっちで、ローランちゃんが首を長ーくして待ってるで」

 奇妙な関西弁で男はそう言って指を差し、ついてくるように指示した。


 しかし、彼はセバスチャンの方を見ると、おう、お前もしかしてセバスチャンやないか?! と言ってきた。

「ワシやワシ。ジローチャンや! 久しぶりやなぁ」

「あぁ! ジローチャンか! わぁ、懐かしい!」


 二人は懐かしい、懐かしいと言っている。

 一体、なんのこっちゃと思っていると、セバスチャンからこのジローチャンは、執事学校の時の同級生だと伝えられた。


「もしかして、セイクレッド家のマッドドッグって、ジローチャンだったの?」

「せや、せや。ワシのことや!」

 セバスチャンはああ、なるほどと言った。なんやねん、それは。


 私が口をぽかんと開けていると、またしてもセバスチャンが教えてくれた。

 この世界では執事も色んな種類がおり、うちのセバスチャンのような正統派から、ジローチャンのような武闘派がいるそうだ。

 

 ちなみに、マッドドッグと言われているのは、その名の通り抗争が始まった時、本領を発揮するらしい。


 というか、うちとセイクレッド家はライバルのはずでしょう? そうなると、いつかこのジローチャンと強面の面々も相手にしなきゃいけないってコト?!

 そうなった時、うちのセバスチャンなんて、ヒョロいのだから、簡単に負けてしまうではないか……つまり、現時点で詰みじゃないか!!


 私はそれに気づき、顔を青くしてプルプルと震えた。

 しかし、ジローチャンはそんな私を構うことなく、ローランが待ってるから早くついてこいと、手招きしながら笑顔で言っている。


 あぁ、ここで私の人生は終わるのかもしれない。

 終わらせるのなら、ハジキで頭を一発で終わらせてくれへんかな……と思いながら、私は彼について行った。



 私が通された場所は、庭に面した部分が一面窓ガラスになっており、大きなL字型のソファと左手には暖炉が置かれたモダンな空間だった。


 その革張りのソファにはすでにローランが腰掛けていた。今日の彼は黒いタートルネックにデニムを合わせたシンプルな服装をしている。

 彼は私がやってきたのを見ると、ソファから立ち上がり軽く会釈してきたので、私も軽く頭を下げた。


「どうぞ、お座りください。飲み物は紅茶、それとコーヒー? それ以外が良ければ遠慮なく。あと、甘いものは大丈夫ですか?」

「そ、それじゃあ紅茶でお願いします。甘いものはなんでも大丈夫です」


 彼は私にそう尋ねたあと、ジローチャンに何か伝えると、すぐに別の舎弟、いや使用人がフリフリの白いエプロンをつけて、お盆にポットに入った紅茶と数種類の小さなケーキが乗ったお皿を持ってきた。


 彼は手早くテーブルにそれを配置すると、カップに紅茶を注いでくれた。茶葉のいい香りが漂う。

 紅茶はセイロンだろうか。私が好きに飲めるように、仕切られた小皿には切られたレモンと角砂糖、ミルクの入った小さなポットも置かれている。


 彼と私はその間、ずっと無言だった。


 というより、この屋敷の面々を見たら話す言葉なんて頭から吹っ飛んでしまい、なんて言っていいのかわからなかったと言う方が正しかった。

 しかも、彼は私と二人だけで話したいと言ってきたので、ここにはセバスチャンもいないのだ。


「どうぞ召し上がってください」

 ようやくローランが私の方に声を掛けてきたものの、その声は私を許してくれているのか、怒っているのかわからない調子だった。


 私は頂きます、と小さく言って紅茶に手をつけると、彼も紅茶に手をつけて、こう尋ねてきた。

「そういえば、なんとお呼びすればいいですか? 僕はローランで構わないのですが」


 そうだった。私たちは互いにまだ名前を呼んではいなかった。

 私はジュリアと呼んでもらって結構です、話し方もカジュアルにして頂いて構いませんと答えた。


「そう。では、ジュリア。君は今日、この場にこの前の件で謝罪のつもりで来てくれたのだろうけど、その件については僕は別に怒ってはないよ」

 私は怒ってないと聞いて、一瞬だけ安堵した。

「確かに君は、以前、僕にクリスマスを止めて欲しいと懇願していた。そんな君だから、あそこに座る意味を知らなくてもおかしくない」


 どうやら彼は納得してくれたようだ。

 でも、それならなぜ私をここに呼び出したというのだろう。私がそう疑問に思っていると、彼はまた口を開いた。

「ところで君には、絶対叶えたい夢ってあるのかな?」


 絶対叶えたい夢? なんだそれは。そんな事を急に言われても、私は思いつかなかった。

「すみません。そう尋ねられても、私にはすぐに思い浮かばなくて……」

「いや、それならいいんだ。では、違う言い方をしよう。どうしても叶えて欲しい、そんな夢でも叶えてもらえる方法があるんだ。それを僕と一緒に実現してみないか?」


 私は思いもよらない彼の提案に、目をぱちぱちと瞬いた。

 夢を叶えてくれるというのもよくわからないが、一緒に実現するもいうのは、業務提携のことだろうか。しかし、我々は一応、ライバル関係なのだが。


「なぜ私を誘うのでしょう。それはあなた一人ではできないものなのですか? しかも、商売敵である私を誘うなんて……」

「うん。僕一人では無理だね。だからこうやって君を誘っているんだ」

 彼は私にそう言って微笑むと、紅茶を一口飲んだ。


「そうですか。夢を叶えるのは結構なお話ですが、具体的にはどうやってそれをなさるおつもりですか? 確かに、私たちの関係上、あえて業務提携するということになれば、それなりにインパクトがあると思いますが……」

 私は彼に向かってそう言った。


 だが、彼は首を横に張って、そう言うことではないと言った。

「いいや。それよりももっとインパクトのある方法なんだ。幸い、僕たちは同性ではなく異性だ」

 ローランは急に、私の方へ自分の体をグッと近づけた。


 そしてさらに、なんだかこちらを熱っぽく見つめ始めている気がする。これは一体どう言う事だろうか。


「だから、なんの障害もない」


 私は彼の意図を汲み、ハッとした。前回のこともあるので、途端に身構えた。

 ここには私たち二人だけしかいない。


「僕には君が必要なんだ。情熱的にいうのなら、君が欲しい。僕たちは一つになるべきなんだと思う」


 ああ、やはりそうか。


 平たく下品に言えば、私とヤリたい。そう言う事だろう。

 夢というのはその……付き合ってもない女としたいという事なのか。しかも、私は商売敵の女だ。もしかしたら、そういうのが余計に唆られる性癖なのかもしれない。


 ここには十分大きなソファだってあるし、彼の方が体格は大きいのだから、私を押し倒す事だって可能だ。

 きっと、この前の無礼を詫びを体で返せということか。

 言葉巧みに私を誘い出して、私をいま襲おうとしているなんて、全くもって信じられない。


 セバスチャンを同席させなかった時点で私も拒否をすれば良かった。甘かった。なんて嫌らしい男なのだろう。


 しかも、アンジェラとか言う恋人だっているはずなのに。

 きっと、今着ているシンプルな服だって、脱ぎやすくするためのものなのだ。今気づいた。

 つまり、私は嵌められてしまったのか。


 確かに、彼の見た目は前も言ったが、見た目だけで言えば私の好みである。でも、彼は私の恋人ではない。

 そういうのが豊富な女だったらいいのかもしれないが、こんな事で私は彼に身を捧げたくない! 第一、怖いもの!


 なんとかして逃げなければ。

 私の目には、紅茶の入ったポットが目に入った。

 こうなったら、同じ手ではあるがポットの中の熱い紅茶をふっかけて……


 私はそのためにポットに手を掛けようとしたところ、彼はそれに気づいたのか、素早く私の手を掴んだ。

 そして、もう一つの手も掴むと、またしても私の事を熱っぽく見つめてきた。


「嫌……嫌よ、そんなの!」

「何故? どうして?」

 彼は眉を上げて、優しく私にそう聞いてきたが、嫌なものは嫌である。

「だって、私はまだそんな事をしたことがないんですもの!」


 嫌なものは嫌! この手を離して!

 私は顔を赤くしながらそう叫ぶと、ローランは首を横に傾げた。

「ねえ。何か勘違いしてるのか分からないけど、嫌とは言わせないよ」

 嫌とは言わせないって……どれだけ自分に自信があるんだ、この男は。


「君にだってメリットがあるのに」

「メリット……?」

「うん。僕たちが一つになれば、君の知らない世界にだっていけるんだよ?」


 君の知らない世界……

 それって、それをするから、あーっということだろう。

 平気な顔をしながら、ますますいやらしい事を言ってくる男に、私はなお一層、顔を赤くした。

「嫌! 嫌! いやーーー!!」

 私は目に涙を浮かべ、お願いだからやめてと懇願した。


 さすがにここまで拒否をすると、ローランの方も手を離して表情を強張らせ、一気に悲しそうなものへと変化させた。


 なんで、そっちがそんな悲しい顔をするのか。そこまで私としたいのか。 

 そして、彼はこう言った。

「……ねえ、落ち着いてジュリア。僕との結婚はそんなに嫌?」と。

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