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エピローグ:幸子の部屋

 フロアにはキーンコーンカーンコーンとお昼を知らせる鐘が鳴り響いている。


 私はPCから手を離してスマホに手を伸ばすと、MINEに知らせが来ている事に気がついた。


 知らせは夫からだった。


 何の用だろう? 待ち合わせ時間が遅れそうなのだろうか? 私はそう思いながらスマホをタップした。


夫:これ見れそう? 見れるなら見て!


 夫からはそのようにメッセージが入っていた。

 ああ、これね。多分大丈夫だろう。


私:OK!


 私はMINEのスタンプと共にそのように返事を送って食堂へと向かった。



 ここの会社の社員食堂はとても広い。


 しかも今日は出社奨励日ではないから、いつもよりも社内にいる人は少ない。

 ちょうどお昼時間に行っても、まだまだ席に余裕があったため、私はテレビが置いてある場所を陣取って電源ボタンを押すとチャンネルを変えた。


 ちなみに私の現在の状況なのだが。


 一応、子供達も自分の事は自分で出来る年齢に達しているので、こうやってまた会社の中で働いている。

 趣味でやっていた英語の勉強が功を奏して、ブランクがあっても雇ってもらえたのだ。


 とはいえ、正規ではなく契約社員としてだけれど。

 しかし、契約社員の方が時間でキッチリ帰れるうえ、私生活の環境にも合っているので特に不満はない。


 それに今の会社は他にも契約社員や派遣社員が沢山いるので、こうやって社員食堂も堂々と使えるし、肩身が狭い思いをせずに済んでいる。

 正直、ここの会社は大当たりだ。プロパーで働いている社員さん達も良い人が多い。



 私が注文した定食をテーブルに置こうとしていると、一緒に良いですか? と同じチームで働いている、私よりも一周り年下の社員である野田さんと、大久保さんが声を掛けてきた。


「ええ、どうぞ!」

 私が笑顔でそう答えていると、さらに隣の島で働いている、別チームの若手の鈴木さんと佐藤くんも輪に加わってきた。


「そう言えば聖島さん。今日なんか違いますよね?」

 お弁当を広げながら、大久保さんがそのように私に尋ねてきた。


「あ……実は今日、会社が終わった後、夫と結婚記念日のお祝いにレストランに行く予定なんです」

 私は若干照れ笑いをしながら、彼女に向かってそう答えた。


 確かにいつもであれば、私はシンプルなトップスに黒いズボンを大体合わせている。

 だが今日はそれなりのレストランを予約してあると夫から言われているので、一応会社にはそれなりの格好をして来ていたのだ。


 靴だって普段はアジダスのスニーカーだが、今日は久しぶりにヒールを履いている。


 私にはこのブランドの良さが正直よくわからない。

 けれども、歩いてるときに見える赤いソールが芸術品のように美しい、と彼は絶賛するのだ。

 だから、ぜひ履いてくれとプレゼントされたその靴を今日は選んで履いてみた。


 果たして夫は喜んでくれるだろうか?



 それはともかく、事情を聞いた彼女たちからは、わー、旦那さんとめっちゃラブラブじゃないですか! おめでとうございます! と言われて盛り上がり、皆で笑った。


「でも、そう言えば旦那さんて何されているんでしたっけ?」

 興味津々と言ったところで、鈴木さんがそのように尋ねてきた。


 急に糸で引っ張られたような微妙な緊張感が、私の中に走る。


 毎回そうだが、この手の質問は答えるのに慣れない。

 しかし、私はなるべく平静を装ってこう答えた。

「自営業ですよ。一人で色々やってるらしいですけど、詳しくはよくわからないんですよね」


 へぇ、そうなんですかー!

 鈴木さんはそのように答えてそれ以上は聞いてこなかった。

 普通の社会人なら、あまり根掘り葉掘り聞くのも失礼に当たるとわかっている。

 そのため、私は夫のことを聞かれた場合は、それ以上探られないようにいつもこんな調子で答えていた。



 するとテレビの画面から、ラーラララーララ♪という音が聞こえて来た。


「あっ、幸子の部屋が始まった!」

 箸の手を止めて野田さんがテレビの方を見た。


 テレビ画面にはまるで宮殿のようなスタジオの中で、芸能界の超大御所であり、慈善活動家でもあり、世界中から尊敬されている、幸子・ラグジュアリーがロココ朝の椅子に優雅に腰掛けているのが映し出されている。


 その中央には大きな大きな花瓶が置かれ、普段は季節の花が生けられている。だが、今回はいつもと違った。


 中にはカサブランカ・リリーが生けられている。もしゲストに好きな花がある場合は、幸子のおもてなしの一環として、そちらが優先されて飾られるのだ。



『こんにちは。幸子・ラグジュアリーです。本日ゲストにお越しいただいたのは、昨年日本人で初めてのアカデミー賞主演男優賞を受賞したこの方です』


 この番組の司会者でもある幸子・ラグジュアリーがそう言うと、画面越しに現れたのは100本は軽くありそうな赤い薔薇の花束を持った背の高い俳優だった。


 彼は1930年代風のアメリカンライクの優美なスリーピーススーツを着ており、少し長い髪にパーマを当てて口元にはしっかりとした髭を生やしている。


 男性の俳優も若く見られるのが良しといっているような風潮のなかで、この俳優は珍しく渋い路線に走っていた。


『初めまして幸子さん。ずっとお会いしたかったので、お呼びいただいてとても感激しています。この番組に出る事が小さい頃からの夢だったんです。これは僕の気持ちです』

 彼が大きな薔薇の花束を幸子に手渡すと、幸子はあら、あら、まあ、まあと、嬉しそうな声を上げて頬も赤らめているようだった。


 テレビの見える他の席からは、アラフィフだけどこの俳優はやっぱりカッコいいわねぇ、と私よりも年上の女性たちがキャアキャア言っている声が聞こえた。


「やっば! 幸子が物凄く照れてる! 普段はあんまり動じないのに!」

 大久保さんは照れている幸子が面白いのかケラケラと笑った。



 それから幸子が俳優にソファに腰掛けるよう促すと、この番組の流れとして、まずは幸子からゲストの生い立ち紹介が始まった。


「へぇ。この俳優って、めっちゃ良いところの生まれだったんだ」

 野田さんは悪役ばっかりやってるのに何だか意外と言った。


 俳優はとても裕福な家に生を受けたのだとわかりやすく示すかのように、画面には彼の華麗なる一族の系譜が出ている。

 元を辿ればどこどこ藩の藩主に当たるようだ。


 さらに親戚筋には、一度は聞いた事があるであろう会社の創業者がおり、彼自身の兄弟も大企業の社長だったり、有名病院の理事をしていたり、姉は女性でありながら常務取締役をしていると紹介された。


 母方の家系についても、それはそれは立派なもので……思わず幸子は現代版の王子様といったところね、と漏らした。


 ただ彼自身は、これを知ってもらったところで演技には全く関係がないという思いと、変にフィルターをかけて欲しくないという気持ちから今まで黙っていたそうだ。

 

 またハリウッド進出に当たって、苗字がないとわかりにくいという事で自身の苗字を解禁したのと、賞も貰ったのでもういいかと家族のことを公表することにしたようだ。



『それであなた、高校生の時にモデルとしてスカウトされて、この世界に入ったんですって?』

 幸子の話は彼が芸能界に入るきっかけに移っていた。


『それから俳優業の方に転身されて……』

 続いて俳優が何の作品に出ていたか、何の作品が話題になったかなどキャリアの話になっていく。


 幸子もどれどれのドラマを見ていた、特にマエストロ役を演じたドラマと意外にもヴィジュアル系のボーカルをやっていた作品はお気に入りだと言った。


『でも最初の頃は爽やかなイケメン路線だったのに、いつの頃から急に悪役の方ばかりをやり出して』

『はい。いい人役で僕が出てくると、視聴者はいつか裏切るんじゃないかってずっとハラハラしていたみたいですからね』


 俳優が微笑みながらそう言うと、幸子はオホホホと優雅に笑った。

『とりわけ強烈だったのは、マザコンモラハラDV束縛監視不倫冷血短気俺様夫役だった作品よね』



 視聴者に分かりやすいように、画面にはテロップとダイジェスト的な画像が出ている。


 ごく普通の庶民でOLだった和美が、ひょんなことから上場企業の御曹司でハイスペックで美形な秋彦と知り合い、セレブ婚を果たして幸せになれるかと思いきや……

 実は秋彦は異常な性格の持ち主で、結婚した事で和美は平和だった日々が徐々に恐怖に蝕まれていくという話だ。


 画面には、その中でも強烈だった場面が映し出されている。


 まずは新婚旅行で成田空港に二人は向かうのだが。

 初めての海外旅行、しかもファーストクラスラウンジで飛行機をウキウキしながら和美は待っていると、隣に見覚えのある女性が座った。


 なんとそれは義理の母だった!

 構わないだろ? と秋彦はママも行きたいというから連れてきたと言って、新婚旅行に義理の母がついてきてしまうという回だ。


 視聴者の間では、お義母さんもいっしょ。と揶揄された。


 さらに異常な秋彦から逃げ出そうと和美は家出をしようとするのだが、ストーカーと化した夫に追い詰められ、真っ暗なバスルームへと逃げ込んだのだが……


『呼んだ? 呼んだよね? 俺の事呼んだよね?』

 なんとバスタブの中から、彼女の薄ピンク色をした可愛いパーカーのフードをすっぽりと被り、不気味な笑みを浮かべて待ち構えていた秋彦が見ぃつけた! と言って現れたではないか!


 そう。俳優は完璧にそれを演じきったのだ。本当に完璧に。


 しかし完璧すぎたゆえに、日本中を恐怖の底へ突き落とし、一部の人からは顔も見たくない、ホラー映画よりもうんと怖い、夢に出てこられたらどうしよう! と言われるほどトラウマを植え付けた。

 視聴率もかなり高かったのだが、それに比例してクレームも相当酷かったらしい。


 またその当時、俳優の本物の妻は妊娠中だったのだが。


 このドラマを見た彼の両親は、こんな演技ができるなんて果たして義理の娘は大丈夫なのか!? と本気で彼女のことを心配して、彼の事を強制的に呼び出した。


 優しい子だったはずなのに、仕事のストレスでおかしくなっているのではないか?!

 今すぐにでも専門のクリニックを受診して、妻にはカウンセラーのカウンセリングを受けさせてフォローをしなさい! と顔を真っ赤にしながら彼を叱りつけたそうだ。



『振り返ってみても親から怒られた記憶なんてあまりないのに。まさか自分の演技で、そこまで本気で怒られるなんて思いもしませんでした』

 叱ってもらえたことが嬉しいとでもいうように、そのエピソードを彼は笑いながら話した。


『オホホホホ。確かにあの演技は凄まじかったですものね。それで流行語大賞を受賞したんですよね』

 確かに確かに、と言いながら幸子は頷いている。


 幸子の言う通り。

 その年の流行語大賞には『和美逃げて!』という、ドラマが放送されるたびに、俳優の妻役に向かってネットの住人達が呼びかけていた言葉が入賞したのだ。


 画面にはドラマとは打って変わり爽やかな笑みを浮かべながら賞を受け取っている俳優と、妻役の女優の写真が映し出されている。


『奥様が妊娠中と触れましたけれど、プライベートではお二人のお子さんに恵まれて……』

 画面は俳優と小さな子供たちが、楽しそうにキャッキャしている写真に切り替わった。


 彼は海に面した歩道で、子供たちの手をそれぞれ繋いでカメラを背にして歩いている。

 これは風景の感じからして福島の水族館に行った時のものだろう。


 さらに別の写真では、水族館なのになぜか展示されているモフモフでかわらしい砂漠の妖精ことフェネックギツネと、これまた何故か展示されている凛々しい顔の柴犬……いや縄文柴犬をガラス越しに見ている彼らの姿が表示された。



『それでお子さん二人がそれぞれ生まれた時、当時まだ男の人が取るのは珍しい育児休暇を取られたんですって?』

『ええ。妻は里帰りができない状況でしたから。家事をしなければならなかったのもありますけど、僕自身も赤ちゃんの世話をしてみたかったので。当時は初めての事だらけ過ぎて大変でしたけど、今振り返るとほんの一瞬の出来事だったんですよね』


 私も子供が小さかった頃を振り返ってみた。

 あの頃。子供が話せるようになるまでは、夫とは子供の事でしょっちゅう喧嘩もしていた。育児に関してのベクトルがお互いに違っていたりしたから。


 私も何回、いや何十回バーバラに泣きついたことか。

 今思えば、すごくくだらないことが原因の喧嘩だったりしたけれど、当時は真剣だった。


 例えば、おしりふきウォーマーを買おうかどうかとか、離乳食のオートミールはプレミアムな方にするのかオーガニックのほうにするのか、歯ブラシの柄は慈愛に満ちた丸い顔の救世主がいないとだめだとか……


『そんなお子さんたちも今では高校生と中学生ですって?』

『ええ。娘なんて、ついこの前までパパと結婚する! と言っていたのに……そうそう。僕はもう初めて言われた瞬間、ついに来た! と思ってすぐスマホに録画したんです。それを娘の結婚式で流そうと思ってます』


 やはり自分が愛情込めて育てた娘を託すのだから、大事にしろよと未来の相手の男に釘を刺したいからなのだろうか。

 僕は本気です、と表しているかのように俳優は目に力を込めていた。


 さらに娘とのエピソードで、彼はあるアイドルグループが歌っていた歌を披露したのだが……

 ママが一番、君は二番に愛しているんだよという内容の歌を歌った際、意味に気づいた娘からなんで私は一番じゃないの? と大泣きされてしまったという話をした。


『確かに君は一番じゃないと言った。でも僕にとって君は、とっても大切で特別で嘘偽りのないオンリーワンなんだ!』

 女の子って小さい頃から女の子なんですね、と彼は言いつつ、泣きじゃくっている娘に慌ててそう釈明した事も嬉しそうに話した。


 また彼は、子供が生まれたことで時折人生をやり直している気分になる。

 世間では子供を持つのは素晴らしいことだというが、こういった意味合いもあるのかと初めて知った。

 本当に宝物だと思うとしみじみした表情を浮かべながらそう語った。



『でも、そんなお子さん二人を産んでくれた奥様と知り合われたのもなかなか個性的で……』

『はい。妻とはネットゲームで知り合って』


 ほう。

 やはりその線で行くのか。


 それから俳優は彼女との出会いについて、どうやら本当半分、嘘半分と言ったところで語っているようだ。


『もう話を聞く限り、本当に奥様の事が大好きでいらっしゃるんですねぇ』

『そうなんですよ。彼女ほど見ていて飽きない人間はいませんから!』


 俳優はまず実際に初めて妻に会った時、見た目がどストライクだった事、どういう仕草が好き、どういう事をやらかした、その度に自分には理解できないけど面白いから許してしまう、そして笑う度に可愛いと思っている……など、妻の好きな部分をつらつらと上げた。


『それで、奥様には毎日言っている事があるそうじゃないですか。宜しかったら、今日はテレビから奥様に向かって言っていただけますかしら?』

『えっ? 良いんですか? じゃあカメラさん、お願いします』


 俳優はあからさまにわざとらしくそう言うと、スーツを正して自分を映すカメラをじっと見据えてキメ顔をした。



 ……は?


 ……え?


 ちょっと待って。


 画面越しの彼は、いま一体なんと言っただろうか。



 確か、妻にいつも言っていることを言いたいとか。


 ………。


 え。


 本当にちょっと待って。


 

 そういえば、この番組はミツコさんもトモエさんも、ご近所の田中さんも、斉藤さんも見てるんだけど……?


 と言うよりも、この番組は全国ネットどころか、ネット回線から全世界に向けて配信されてるんだけど!?


 私、何も聞いてないんだけど!!


 眉間に皺を寄せながら私がそう思っている間に、画面越しの俳優はお構いなしに唇を開いた。


 

『ジュリア……』


 俳優は語りかけるようにして妻の名前を呼んだ。


『僕は世界で誰よりも君の事を愛してる』


 彼は少し首を傾げてにっこりと微笑むと、甘く囁くようにゆっくりとそう言った。


 画面に映っている幸子は、頬に両手を添え、やっだー、もうラブラブじゃないの! とキャアキャア言いながら笑っている。


『ちなみに、僕は今初めてテレビの中で妻の名前をいいました。彼女はとても恥ずかしがり屋なので、こうやって公の場で語る事を控えていましたが、念願だったこの番組で話せて嬉しいです』


 さらに俳優がそう言うと、まあ! 奥様の名前を初めてご教示頂いた上に、情熱的に愛を語って下さるなんてなんて光栄なことなんでしょう! と幸子もまた笑った。


 他のテーブルからは、私もこの俳優にそう言われてみたい、旦那なんて絶対にこんな事言ってくれないなどの声が聞こえてきた。



「うん? あれ、そう言えば……」

 野田さんは私の方をチラリと見た。

「聖島さんの下の名前ってジュリアって言うんじゃ……」

 さらに彼女がそう言うと、テーブルにいた皆は一斉に私の「聖島樹里亜」と書かれた社員証を見た。


「本当だ、やっば!」

 大久保さんはケラケラと笑い出し始めた。

「え、聖島さんの旦那さんて、もしかして……聖島アレンなんですか?! 珍しい苗字だし」

 佐藤くんが信じられないと言った表情で、こちらを見てきている。

 うっそお!! と鈴木さんも大きく声を上げた。


 あぁ。


 なんて事だろう。

 ……これは非常にまずい。


 私はどう反応すべきか、目を上にして思考を巡らせた。


 そして出した答えはこれだ。



「エ、エ、ソンナワケ、ナイジャナイデスカー!」



 私は日本語に不慣れな人が、さらに棒読みで台詞を言うように、首を横に振って全力で否定した。

「偶然ですよ! 大体うちの夫は、息子からおじさん呼ばわりされているし、ゲームをやって負けたらガチギレしてくるし、娘と喧嘩したら後で膝抱えて泣いてるようなタイプですからね!」


 私はそんなわけないですよ! と念を押すように再びそう言った。


 ああ、残念! なんだ、そうなんですか。

 きっと聖島アレンなら、負けても大人の色気たっぷりにため息をつくだけだったり、娘さんと喧嘩しても違う僕はそう思わないとか、冷静に話し合おうとか言って、家の中でも格好良さそうですもんね!


 そのように誰かが言うと、テーブルにいた皆はどっと笑い声を上げた。



「う、うん、そうですよ!」

 一方で私は誤魔化し笑いを浮かべながら、その場をやり過ごした。


 しかし、番組はまだ続いている。


『まあ、これを毎日言ったところで僕の彼女に対する情熱なんて、きっと1/3も伝わっていないと思うんですよ。名曲の歌詞ではないですけど。でも言わなかったらもっと伝わらないじゃないですか。だから……僕は死ぬまで彼女に向かって言うつもりです。愛してるって』


 画面の中の俳優は、穏やかな笑みを浮かべながら幸子に向かってそう言った。

 


 本当に


 本当に


 本当にそういうところは昔から変わらずキザだ。


 でも公衆の面前で、平気でこんなことを言えてしまうところも私は嫌いじゃない。


 それとも、彼は不安だからこんなことを言っているのだろうか?


 ……それなら大丈夫なのに。


 楼蘭、あなたからの愛情は毎日きちんと感じているんだから。

 もう20年以上ずっと。


 私はそう思いながら、テレビ画面越しから私への想いをさらに大真面目に語っている最愛の夫に向かって微笑んだ。

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