その後の話③:私の父は母を溺愛しておりまして
また新しいお好み焼きを焼こうとしている間に、いつの間にか演奏は終わっていた。
おすすめ動画には、その他パパが出演したものが続々と映し出されている。
するとその中に、これも本当にうちのパパなのか? と首を傾げたくなるサムネイルが出てきた。
そのサムネイルには、肩まであるウェーブがかったアッシュ系の豊かな金髪、中央にオーバル型のブローチがあしらわれたレース仕立てのジャボ付き白い長袖シャツ、体にフィットしたジャカード織りの黒色のジレ、そして同色のワイドパンツに厚底の靴を合わせた、闇の王子という名がしっくりくる若い男性が映っている。
しかもよく見れば……顔にはちゃんとメイクがなされているのだ。
毛穴なんて存在してない、というくらいにパウダーを叩いたのだろうと思われる陶器のような白い肌、目には黒だがグラデーションをつけてあるアイシャドウとアイラインといった具合で。
瞳には明るいブルーのカラーコンタクトを入れているのだろう。
「なにこれ?」
私がそれをポチリとタップすると、暗い画面に白いスポットライトが交差しながら動き出し、蔦が絡まり、壁が崩れ落ちた廃墟の教会を模したセットが広い空間内に浮かび上がった。
そして、先ほどのサムネイルに映っていた男性が、黒い手袋をした両手で握りしめるようにしてスタンドマイクを持つと、自分に酔いながら囁くようにこう言った。
「闇に彷徨いし子羊たちよ……今宵、私たちがあなた方を深淵、より深い闇の中へ誘いましょう」
「……」
私も健斗もその瞬間、目を瞬かせて押し黙った。
このちょっと変に色気がかった声は……間違いなくパパだ。
そんな目が点になっている私たちに構わず、画面の中のパパはアカペラで
黒い霧に包まれた幻惑の世界
静寂に秘めし栄光なる燦き
邪悪なる我らが主よ
道を求めし者の魂を救い給え
欲深き我らが主よ
祈りを捧ぐ者の魂を解放し給え
と中学二年生が好きそうな言葉を英語で歌い始め、続いてパイプオルガンが鳴り響き、チェンバロが後ろで掻き鳴らされ、それを紡ぐように優美なツインギターの音が絡み合いながら流れ始めた。
そのあとは対位法を用いたメロディに加え、デスボイス、破裂音のようなドラムが打ち鳴らされている。
歌い続けているパパは時折、遠くに手を伸ばすようにしたり、祈るような仕草をして、完璧に自分の中の世界に入っていっている模様だ。
観客の方を見れば……というか映し出されているのは、片手でメロイックサインをしながらヘドバンを決めている女の子や、両手を前で組みながらまるで崇め奉るように見つめる子、そして手扇子を送っている子がいる。
また彼女たちの服装は、本物のロリィタブランド、それもピンクとかサックスとかラベンダーなどの色を使用した甘い系ではなく、装飾は甘い系に比べると落ち着いているが、どこか毒があり幻想的で退廃的なゴシックロリィタ系ブランドのものをちゃんと着ているようだ。
より詳細を述べれば、修道女風のデザインだったり、十字架と薔薇柄が入ってたり、ダマスク柄の総柄だったり、ゴシック様式の教会プリントだったり、夕闇の中の墓地風のプリントが施されていたり……
決して雑貨店のパーティーグッズコーナーにあるような、肌触りの悪いガサガサしたラッセルレースとツルツルしたサテンで作られて、やたらと細いリボンの端が長く、肩出し・大きく開いた胸元・膝上のスカート丈というような、安っぽいコスプレ衣装を着ている訳ではないのだ。
え、何で私がそこまで詳しいのかですって?
それはパパの書斎にバイブルと呼ばれる雑誌がほぼ全巻といった勢いで揃っているからだ。
……でも何であるのかは、パパに何度聞いても絶対に教えてくれなかった。
まあ、私が予想するにきっとアレなんだろうな。ママには黙っておこう。修羅場になるのも嫌だし。
それはともかく、黄色い大きな歓声に交じって、一部の女性がキョーソ様、キョーソ様、キョーソ様と早口で連呼している声が入って曲の終わりはそこで締められた。
「なんなんこれ? おじさん、もしかしてヴィジュアル系バンドも組んでたことがあるの?」
あの人マジでやべぇ、訳わかんねぇ、と笑いながら健斗はバーバラに向って尋ねた。
ミックスリストになっていたため、画面は自動的に次の動画が流され始めたのだが、今度はメンバー共々衣装チェンジをしたようだ。
パパはノースリーブだが前中心に大きな十字架が走り、腕には編み上げのレザーのアームカバー、肩にはマントがついた黒い服を着ている。
そして雷が鳴り響くイントロから始まり、そのマントを華麗なる手捌きで翻しながらくるりと一回転したあと
漆黒の闇から誘惑する声
心の痛みは運命と共に枯れてゆく
芳しき朝咲の薔薇に貴方は涙を流す……
そのような耽美な世界観が炸裂している歌詞をバンドの演奏とピアノの調べと共に、パパは艶かしく歌いあげた。
もちろん、先ほどと同様に大真面目に。
だが健斗はクセが強すぎると更に大きく笑い声をあげて、腹が痛い、こっちに帰ってきたら目の前で真似してやろうとか言っている。
するとバーバラは、本物だと思ったのなら楼蘭はとても喜ぶと思うわよ、と言った。
「これもねえ、実は映画の役なのよ。ちゃんとこのライブは日本武道館にセットを組んでやったんだから。本人も武道館で一回歌ってみたかったんだって喜んでたわね」
つまりこういうことだそうだ。
パパの役は演歌歌手を目指して、はるばる東北から上京してきた純朴な青年なのだが。
憧れていた演歌の道は思っていたよりも険しく、やっと小さな舞台に立てて歌っていたところを、意地悪な先輩演歌歌手にも観客にもバカにされた。
もちろん全くファンもつかず、悲しみにくれていた。
その鬱憤を晴らす為に、抽象的な表現で悪口を歌詞に込めて井の頭公園のベンチで書いていたおり、彼はたまたま通りかかったヴィジュアル系バンドが多数所属している事務所の社長に見出され、狂楚様という名のボーカルとしてデビューする。
すると演歌の時とは打って変わり、見た目の良さと演歌で鍛えた艶かしい歌声で飛ぶように売れ始めた。
だが、それに反比例して本当はこんな事をしたかった訳じゃない! と苦悩しつつ、とうとう夢にまで見た武道館の舞台に立てることになり……
というコメディ映画なのだそうだ。
「もしこれがヴィジュアル系をバカにする内容だったら、楼蘭は興味を持たなかったみたい。でもちゃんと真摯に監督はヴィジュアル系の事を理解して、音楽から衣装、ライブまで作り込むと言ってたからオーディションを受けたそうよ」
一応、この狂楚様というのはカリスマだ。
健斗みたいな奴からしたら笑いの対象になるのだろうが、そちらの界隈が好きな人からしたら、目をキラキラとさせて崇拝したくなるような人物で無ければならない。
そのため、パパは脆く今にも壊れそうな金髪の王子様に仕上げるために、この時はさらに体重を落として役作りしたそうだ。
ちなみにこのバンドのコンセプトは、フランス革命で処刑された貴族の亡霊が何故か現代の日本に甦り、夜な夜な墓場で運動会ではなくサバトをあげているとかなんとか……
「そうそう。この時にね、私も樹里亜も撮影を見に武道館に行ってたのよ〜。写真残ってるかしら?」
バーバラはそう言うと、動画の再生を止めて写真のフォルダを検索してそれを見つけ出してくれた。
写真を見せてもらうと、衣装とメイクをばっちり施してキメキメなポーズを取っているパパが写っている。
そんなパパのウエストに両手を回しているのはママだ。
バックステージパスみたいな物を首から下げ、はしゃぐような笑顔でパパに抱きついていた。
いつものママを思うと、これはふざけて写真を撮っているのだろう。
しかし、こうやって改めて両親の事を見てみると……
お似合いのカップルというよりも、カリスマオーラを放っている憧れのバンドマンと、CDを2、30枚くらい買ってようやく参加券を入手して、ファンミでやっとその推しに会えたパンピ、いやファンだからバンギャにしか完全に見えない。
「本当にさあ。パパはママの一体どこが良かったんだろうね。ママみたいな人なんて、そこら辺にいっぱいいるのに。何が違うんだろ」
もちろん私はママのことは好きだけど、他の女に全く目移りしない、ママに一途なパパの事が正直不思議だった。
確かに家にいる時のパパは、健斗の言う通り只のおじさんだと思う。
けれど外にいる時は、バーバラが言うには結構というのは謙遜で、未だにアラサー以上の女の人からは相当モテるようだから。
とはいえ、もしそんな事になったら私は速攻でパパの事を大嫌い、気持ち悪い、汚い! と非難して、大泣きしていたと思う。
口だってもちろん聞かない。というよりも無視だ無視。
「さあ? でもね、前にこう聞かれた事があるの。バーバラはレベル99、しかも各ステータスがカンストした状態でクリア後のRPGをプレイした事があるかって」
「何それ?」
私と健斗は同時に同じ言葉を発した。
すると、バーバラはこう続けた。
「あの人によるとね……」
自分は生まれた環境も含めて、最初からそんな状態で今まで人生を歩んで来たんだ。
そんな人生についてどう思う?
楽しそう? 面白そう? 素晴らしい?
明日も、明後日も、明明後日も、僕がやる事なす事、みんなが褒め称えてくれる。
それについては嬉しく思うし、感謝はしているけれど、何というか……手応えを感じない。
僕からしたら、それがたまに虚しく感じる事もあった。僕の人生ってなんなんだろうって。
退屈すぎるといっても良いかもしれないし、もっと言葉を悪くして言うのであれば───無意味。
レベル99のRPGはそれ以上レベルが上がらないのだから、経験値だって関係がない。
何か起きたとしても作業してるのと変わりがない。もう倒すべき魔王だって存在しないんだから。
もちろん、僕にだって不得意なものはある。
でもそれを克服したいからと、わざわざ時間をかけてする事にそこまで意味や価値を見出せる性格でもない。
仮に成し遂げたとしても無感動で終わるだけ。
それに僕はバッハとか、あのピアニストのように神のために曲を捧げるというような崇高な考えを持って、演技をやっていた訳ではないんだ。
演技の世界に入っただって、演じてみれば今と違った景色が見れるのかなと思ってみたからだ。
あくまでも自分のため。
他人を感動させる事は善行と同じ事だと言う人もいるけれど、僕なんかの演技に心を動かされたと言う人に逆に申し訳なく思っていたくらいだ。
ナイフをすり替えたのだって、そんな世界に嫌気が差した自分自身が無意識のうちにやったのではないかって、今になって時折り思う。
けれど、樹里亜は僕と違う。
僕からしてみれば……彼女は一生懸命生きている。
樹里亜は両親の件もあるけれど、変に折れ曲がらないでまっすぐ頑張って生きてきた。
もし僕が彼女の立場だったら、グレてバイクを乗り回して夜は八王子か立川でエンジンの爆音をふかせながら、輩の集会に参加していただろうね。きっと。
でも樹里亜はそうじゃない。一人でずっと頑張っていた。
そんな彼女のことを、健気で、かっこよくて、いじらしく、可愛らしく思えないはずがないじゃないか。
わかる?
シンプルに彼女を幸せにしたい。
そう思った瞬間、僕は暗黒の中に光を見出したようなそんな感覚になったんだ。
いや、僕は彼女のために生まれてきたんだとそのとき初めて理解した。
彼女が笑ってくれるなら、僕は喜んで彼女の道化にだってなれる。
それに彼女のおかげで、自分のやりたかったことにも気づけたし、思い切って挑戦ができた。
彼女が幸せなら僕も幸せに思えるんだ。
僕にとっては、かけがえのない大切な人なんだよ。
バーバラはナイフの件は意味がよくわからないけどと言って、微笑みながらパパの言ってた事を語り終えたのだが。
「はぁ〜……わかんね」
私よりも先に、健斗がそう口走っていた。
うん。私もそれにはまるっと同意する。
むしろ……ママはパパの事が重いと感じることはないのだろうか? という考えが頭をよぎった。
私たちは今までそういう親の部分を見てきたから、ある種当たり前だと思って過ごしてきた。
けれどもやはり、世間一般の家庭からするとうちのパパは特殊らしい。
私はうちのパパはママに向かって、毎日ある同じ事を言っていると友達に教えた時に
「嘘でしょ?!」
「あり得ない!」
「めっちゃ……変わってるね」
と引き気味で言われた事も思い出していた。
「まあ、ともかく。楼蘭は樹里亜にベタ惚れしてるって事よ。他にも色々どういうのが良いとか、素晴らしいとか、うんざりするほど散々聞かされちゃったわ。それに何で毎年、正月にあんたたち3人がそこのソファに座らされて、楼蘭が写真を撮っているのか理由は知ってる?」
バーバラはそう言って、ダイニングテーブルの後ろ側にある革のソファを指差した。
それについては特に私は気にした事がなかった。
パパはその写真を私たちが0歳の頃から撮っていて、単純に私たちの成長記録して撮っていると思っていたからだ。
しかし、バーバラは本当の理由は違うと呆れ気味笑ってに首を横に振った。
「それだってねぇ、本当の理由は……スマホの待ち受け画面を樹里亜にしてたら、恥ずかしいからやめてって怒られたかららしいのよ。でも、あんたたちが一緒なら文句は言われないだろうって事で、毎年撮ったのを待ち受けにしてるんだって!」
「えぇぇ……!」
「うっわ! マジかよ……」
衝撃の事実に、私も健斗も叫んで口をポカンと開けた。
パパは仕事柄、どうしても家に帰ってこれない事があるのでその対策との事だ。
とは言え、パパがもし普通のサラリーマンだったとしても、海外ドラマによくいるダディよろしく、自分の机にママの写真を飾っているのは当然で、パソコンの背景すらもママにしてるのではなかろうか。この感じだと。
「こんな愛妻家っぷりを発揮してる男だと、大抵の女は薄ら笑いになりそうだけどさぁ。逆に下心がないって安心感を与えるから好意を持たれやすくなったり、むしろ難攻不落な男を誘惑したがるタチが悪い女に目をつけられるんじゃないかって心配になったわ。モテるし。だから、愛妻家なのは良いけれど、程々にしておきなさいって楼蘭に釘を刺しておいたけどね」
バーバラは口をあんぐりと開けている私たちにそう教えてくれた。
やっぱりパパのママへの想いは重かったのだ、と私の顔に出ていたのかバーバラはさらに続ける。
「樹里亜も樹里亜で拗らせてたけれど、本音はやっぱりどこか愛情に飢えてたんでしょうね。だから、愛する気持ちが溢れまくってる楼蘭と上手くいってるんじゃないかしら」
だってこの役をやる時だって、楼蘭は狂楚様は光に弱く蝋燭で暮らしてる設定だから、自分も蝋燭で暮らしてみるって一時樹里亜と本当にそれで暮らしてたのよ?
それに、狂楚様が寝てるのは棺桶だからって言って、どこからかそれをレンタルしてきて本当に寝て生活してみたりね!
ここまでするなんて驚くし、普通の女ならドン引きでしょう。でもそれに付き合ってあげてたんだから、樹里亜もなかなか凄いわよ。
あと健斗は楼蘭の事をヌルゲーな人生って言ってるけど、本人もあんたたちも実はすごく努力家な事に気づいてないのよね。
楼蘭は役を演じるときに、蝋燭と棺桶の件もそうだけど、その背景となる部分まで細かくちゃんと調べてるんだから。
この映画で言えば、楼蘭は似たような実際のバンドを聴いたり観に行ったりするのは当然だとしても、雑誌でどんな風に撮られてるとか、ファンのブログやツブヤイターを読んだり、掲示板に書かれてるアンチのコメントですらわざわざ見にいったりしてたみたい。
けれど、彼の場合は目の付け所だったり、得た情報を噛み砕いて吸収するスピードが人よりも尋常じゃなく早いから、やっぱり天才なんでしょうね。
大した事をしてないって謙遜ではなく言い切ってるあたり。
私はバーバラにそう言われてハッとした。
確かにパパは台本を読むスピードもものすごく早いのだが、何か本を読んでいる時も本当に読んでいるのか? というレベルで早いのだ。
今思えば、読んでいる本も趣味で読むような気軽なものというよりも、専門的なものだったりしていた。
つい最近やったパパの役は、おしゃべりだが話があちらこちらに飛んだり、いつもジャンプして動きが忙しない女の子の父親なのだが。
その時に読んでいたのは、女児における症例、凹凸さんのサバイバル術、親の認識と受容に関する考察、社会福祉について、普通になりたい、とかそんな本だったはずだ。
「樹里亜もそういう本物に近づけようと、真面目で抜かりない所を尊敬しているんですって。まあ、仕事熱心な男ってキュンとくるものがあるから、そこは私も全面同意だけどね!」
バーバラは、だから私もなかなか腐れ縁が切れないのよね。はあ。とため息を吐いた。
しかし、その顔にはずっと付き合っていて通い婚をしている彼氏のことが大好きだ、という気持ちが表れていた。
ブー、ブー、ブー……
私たちが噂をしていたのを察したのかはわからないが、突然バーバラのスマホからバイブ音が鳴った。
呼び出しているのは───パパだった。
「ハーイもしもし?」
バーバラはそう言ってMINEに出た後、ボタンを押してカメラ画面に切り替えた。
画面にはタキシードではなく、パジャマに着替えたパパが映っている。
「そっちはもうニュースやってる? どうだった?」
パパは瀟洒なホテルの部屋のダイニングから私たちに向かってそう話しかけてきた。
私はパパに向かって手を振った。
「どの局も同じ事言ってたよ! あの東京テレビも一番最初にニュースに流してた! ところでママはどうなの?」
「そう。それはびっくりだ。樹里亜は……ちょっと待ってて」
パパはそう言って部屋を移動すると、寝室の方に入って行った。
少し薄暗い寝室のベッドには、同じくパジャマ姿で上体を起こして座っているスッピンのママがいた。
映し出されたママは私たちに向かって手を振っている。
「にしてもさぁ。あんた、やっぱり凄いわよね〜。せっかくハリウッドスターに会えるってなったのに、式の当日に熱を出すんだから! で、今は調子はどうなの?」
バーバラがそう尋ねると、ママは苦笑いしながら今はもう熱は完全に下がっていて、寝て起きたら普通に動けると思うと答えた。
そうなのだ。
本来だったらママもパパと一緒にあの会場にいるはずだったのだが、当日になって急に発熱して、式典は結局テレビの中継から見ることになってしまっていたのだ。
相変わらずママはここぞというところがついていない。
しかし不思議なもので、どんなにパパラッチがパパとママの写真を撮ろうとしても、全くシャッターチャンスに恵まれなかったり、撮ろうと思った瞬間カメラが壊れたり、間違ってバーバラを撮ってしまったり、よくわからない黒い影が映り込んでしまったりと、未だにママがマスコミに撮られた事はない。
バーバラはママから謎の妨害電磁波でも出てるのではないかしら、と言い。
パパはあの時の女神の加護によるものなのかな、と訳の分からない事を言っている。
けれども今回については、パパはこう解釈したらしい。
「まあ熱を出すくらい、樹里亜は僕の晴れ姿を楽しみにしてたって事だよ。それほどまでに僕の事を想ってくれていた……」
あーあ。
パパはママの片手を握っている。
いつもの溺愛モードのスイッチが入ったようだ。
ママに向かって甘い声で、仮にあの場にいたら可愛らしい君が他の俳優の目に留まってしまっていたかもしれない、美しい着物姿を僕だけが独占できたとか、何やら言い始めている。
カメラに映っていないけれど、どうせママの事をうっとりと見つめながら言ってるんだろうな。
そして最後は愛してる樹里亜って言って締めるんだろう、と揃って予想した私たちはウンザリしているという表情を浮かべた。
「あっそう。ママが元気なら良かったよ。ていうか、そっちはド深夜でしょ? もう寝なよ。でも約束通りお土産はちゃんと買ってきてね! じゃあね! おやすみ!」
パパのノロケはこれ以上聞いてられないと思った私は、率先してMINEの終話ボタンを押した。
バーバラも健斗も文句は言わなかった。
静かになったあと、ふふっと笑い声を上げたのはバーバラだった。
「本当、相変わらず凄いわよね。それにアカデミー賞を取った事で、楼蘭の夢がまた叶いそうだし」
「夢って? まだ何かおじさんにはあったの?」
健斗は世界的な一流俳優になれたのをいいことに、調子に乗ってママと一緒にハリウッド映画に出させろ、いや自分たちのラブストーリーを作れと無理難題をいうのかと冗談を言った。
「あはは! 確かに言いそうだけどね。でも、そうじゃないわ。誰しもが認める一流にはなれたのだから、楼蘭はあの番組に出演できるチケットをとうとう手に入れたってことよ」
「え、それってお正月にやってる超ウルトラハイパー一流芸能人格付けチェックにおじさんは出るってこと?」
「残念! そっちじゃないの。もう一つ凄い番組が同じ局にあるでしょう?」
もっとよく考えて! とニヤニヤ笑いながらバーバラは言った。
私は首を傾げ、健斗は腕を組みながら考え込んだ。
それから数分後。
「あっ!」
私と健斗は同時に叫んだ。
そうだ、あの番組しかないではないか。
出れる芸能人というかゲストは、宇宙飛行士だったり、人間国宝だったり、世界的な指揮者だったり、芸術家だったり、国のGDPを押し上げるような企業の社長だったり、王族や貴族だったり、大統領だったり、猊下と呼ばれるクラスの聖職者だったり……
その辺にいる芸能人では決して出られず、出る事自体がさらなるステータスとなる番組。
世界規模でゲストとして出てみたいと言われている番組。
そして世界中に向かって放送されている番組。
「どうやらわかったようね。そうよ、あれよあれ」
バーバラはうふふと笑ってこう言った。
楼蘭の次の夢はね『幸子の部屋』に出る事だと。




