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37. よーし、今晩は寿司(特上)だ!

 私がそのように言うと、ローランは顎に指を当てて、他に何か気になる事なんてあるか? と言いたげに首を傾げた。


「なんで、私なんかがいいの? その、なんていうか、あっちの世界とは見た目も全然違うのに」

 私は本当に本気なのかと念押しするように、彼に向ってそう問うた。


 だって……


 あちらの世界、つまり異世界の私はデフォルメされていたため、まあまあそれなりに可愛かったとは思う。


 でも、今は現実の世界にいるのだ。


 現実の世界の私は染めてもいない黒髪だし、はっきり言って地味だ。


 それなのに、芸能界というキラキラしている世界で、綺麗な女性なんてしょっちゅう見かける彼にしたら、私の一体どこがいいのかさっぱり理解できなかったのだ。


 するとローランは、私の事を見ながら軽く笑った。

「本当に相変わらずジュリアは拗らせてるね」


 でもその笑い方は、私を馬鹿にするのではなく、優しさに満ち溢れた穏やかなものといった具合だった。

「あのねジュリア。今の君は僕にとって……」



 見た目も含めて、物凄く僕好みの女性なんだよ。


 ローランは恥ずかしそうな素振りは全くみせず、まっすぐに私を見つめてそう言った。


 一方、彼の告白に対して、私は無言でそのまま少々固まった。


「……変わってる」

 それからようやく出てきた言葉は、いつしか異世界の中で彼に言われた言葉そのままだった。


「ううん、物凄く変わってる」

 この人、大丈夫なんだろうか? という思いも込めて、私はそう繰り返した。

 変装とはいえ眼鏡だって掛けているし、実は相当な近眼で、そもそも私の顔をちゃんと見れてないのではなかろうかと思ったのだ。


 すると、ローランは何故かわからないが誇らしげな表情をして、誉め言葉として受け取っておくと返してきた。


「信じられない」

 決して良い意味なんかではないのに。

 私は呆れているという態度を隠すこともせず、彼のことを見つめるしかできなかった。


「なんで? 言ったよね。見た目だって好み……いや、僕のドンピシャ、君はまさに理想そのものなんだ」

 ローランは謙遜なんて必要ないよ。本当に可愛いと思っているんだよ、とさらに付け加えてきた。


「いや、だから……その好みっていうのが、よくわからないんだけど」

 普通の女性だったら、ここまで口説かれたのなら喜ぶのかもしれない。

 でも、私はこんなこと今まで言われたことがなかったし、正直戸惑うだけしかできなかった。


 そんな態度の私に、彼はそれじゃあ、はっきり言おうと言った。

「だってさ、現実のジュリアは……黒髪のギャルじゃないか」


「……へっ?」

 私は目を瞬かせた。


「僕はずっと求めていたんだ。黒髪のギャルを」

 決してふざけてではなく、真剣な目つきでローランは私に向かってそう言ってきている。

「え? 黒髪の……ギャル?」

「うん」

「……」



 そうなのだ。


 世間一般で女性の見た目をカテゴライズするのであれば、私はギャルにカテゴライズされる部類の人間なのだ。多分。


 でも、そういった生粋のギャルというのは中学生の頃、いや早い子ならば小学校からその鱗片を見せ、花の女子高生で無敵になり、二十歳を超えてもなお、ギャルの道を通すのだろうが……

 

 私がこの格好をするようになったのは、それまでは厳しい母の目もあったため、働き出して家を出てからだった。


 だから、生粋のギャルに比べたらデビューは遅すぎるくらいだし、性格もそういう子たちと違って内向的だ。

 もちろん、本物のギャルであればスクールカーストだって上位だろうに、私はもちろん……


 こんな訳だから、当然ギャルの友達もいないし、クラブに遊びに行くなんてしたこともない。


 みてくれだって、ネットとかで研究してメイクをそれっぽく真似してはいるけれど……彼女たちに比べたら、どこか振り切れられずに中途半端だと思っている。


 彼女たちがどういうつもりでギャルを志したのかわからない。

 少なくとも私は、森ガールのようなぽやんとしたほっこり系のメイクや服が絶望的に似合わず、目尻が上がっているのもあって、自分にまだ似合うと思うメイクや服装の行き着いた先が、ギャルだったというだけだ。


 そして、髪色だってギャルと言えば明るい茶髪なのに、縮毛矯正を掛けた髪にこれ以上負担を掛けたくないからと、地毛の黒髪のままにしている。


 むしろ、自分のことをギャルと名乗るのは、おこがましいくらいだと思っているというのに。

 生粋のギャルからしたら、私なんて地味すぎる存在なのに……


「正気ですか!?」

 それが良いという人なんて初めてだ。

 私からようやく出てきた言葉はこれだった。


「もちろん」

 ローランは私からそう言われても、微笑みながら即答してきた。

「君を口説き落とすために、即興で言ってるとでと思った? だけど、あいにく僕の好みは中学生の頃からずっと変わっていない」

 彼は懐かしむ目をしながら語り出した。


 なんでも、彼が中学校生の頃、渋谷のセンター街を学校の友達と歩いていた時、当時ブームだったコギャル軍団に遭遇したそうだ。

 とはいえ、センター街なのだからそんな子たちはたくさんいる訳で……


 でも、その中のグループのうちの一つに、彼は目を惹かれた。

 ちょうどゲームセンターから出てきたそのグループに、彼女がいたそうなのだ。


 茶髪にこんがりとした肌を持つ女の子たちのなかで、同じく化粧をして、シャツの上にロルフラーレンのニットベスト、ダボっとしたルーズソックスにフルタのローファーを履いてはいるが、髪の毛はストレートで真っ黒のまま、肌は焼かずに白いままの女の子が、その集団に混じっていたと。


「名前なんてもちろんわからないよ。でも、コギャルという様式美という中に、異質なあの子は一人でいたんだ。けれど、他の子に対して卑屈になってる訳じゃない。凄く堂々としていたんだ」


 それが僕にとって、とてもかっこいいなって思えたんだ。あの時は黒髪のままなんて超絶ダサいって言われまくってたのに。

 あえて、その子がそれを突き通そうとしてたのか、真実はわからない。でも、僕にとっては新鮮だったし衝撃的だったんだ、とローランは言った。


「それに福島の撮影で偶然君に出会って、最後はバタバタと去って行ったけど、それだって本当はこれのせいだったんだから」


 私はローランから言われた事を振り返った。


 確かにあの時、私は彼の本名を呼びかけて自分がジュリアだと伝えたのだが、その瞬間、彼は周りにいた人間から強引に外に出された。


 てっきり、その時は私が変なファンだと思われたからだと思っていたのだけれど……


「あの時付いてたマネージャーは、そういう面に厳しい人だったからね。僕の女性の好みはもちろん把握していたし、僕が君のことをチラチラ見ていたのにも気づいていた。あのまま君と話をさせたら、僕が君に電話番号を教えてって言い出しかねないと思ったから、引っ張って行ったんだよ」


 彼から話された、その真相にマジか……と呟いて私は口をぽかんと開けた。


「ええー、そういう芸能事務所って、所属してる人の好みまで管理しようとするの? なんか怖っ……」

 私たちの会話を聞いていたリナちゃんは、両頬に手を当てながら、やだーと言って眉を寄せた。


「まあ、他の所がどうだかわからないけど。事務所に入った当初、一応イメージが大事な仕事だから、雑誌でインタビューされた時にどう答えるかって聞かれて、素直に答えてしまったがためにバレたんだ」

 あの時、もう少し考えて答えればよかったなぁ、とローランは漏らした。


 ちなみに、彼はもし実際にインタビューでその類の質問が出たら、絶対にそれをいうなと釘をさされたらしい。

 ギャルなんて自分はチャラ男ですと言っているようなものだし、黒髪についてもモラハラ男っぽい香りを感じさせる。

 そこはベタに、自分を持ってる女性が好きです、と答えておけと言われたそうだ。


「それに見た目の話で言ったら、ジュリアだってあっちの世界で僕が他の男を当てがおうとしたら、ジェラルドなんて選んでたじゃない」

 何故か突然、ローランはすっかり忘れていた事を言うと、何で彼なんて選んだの? と言いたげに鼻で笑った。


「えっ? あの人は話しやすいなと思ったからだけど」

 ありえないと彼は思ったのだろうか。

 私は少しムッとした顔をしながらそう返した。


「そんな怒らないでよ。怒った顔も可愛いけれど。せっかくだから、いいものを見せてあげる」

 そう言ってローランは、スマホをポチポチと触りだすと、ある写真を私たちに向かって見せてきた。


「?」


 その場にいた私たち一同は、これは誰だと言う顔をした。


 その画面には、無表情で映ってる、青い背景にノーフレームのメガネをした、ぽっちゃりとした顔立ちの男の子が写っていた。

 服装は白黒のチェック柄のシャツを着ている。


 髪型はあんまりオシャレ感のない、ウニみたいなツンツンした形をしており、眉は手入れがされておらず太いまま。

 褒めるとしたら真っ先に出てくる言葉は、いい人そう。

 続いて、真面目そう。学級委員長をやってそう。おばちゃんからは好かれそう……


「まさか……」

 私は彼の事を見た。

「そう。これは、事務所にスカウトされた当時の僕なんだ。事務所の人ってすごいよね。こんな野暮ったい僕でも、どうにかなると思ったんだから」


 確かこの時の僕は、今よりも体重が10Kgいや15Kgぐらい多かったかな?

 当時、リリースされたゲームにのめり込んで、家に帰ってポテチとコーラとチョコを毎日摘まみながら遊んでたら、あっという間にこんなになってたんだよね。

 でも、身長だけはそれなりにあったから、それこそ根岸君と原宿のキャットストリートを歩いてた時にスカウトされたんだよ、とローランは教えてくれた。


「それで、この写真を見て何か思わない?」

 彼は自信ありげな表情をしながら、私の方を見つめてきた。


「うーん」

 私は腕を組み、その写真を見つめて数秒考えたのちに、ある事に気が付いた。


 もしかして……


「ちょっと……ジェラルドさんに似ているかも」

 そう答えると、ローランは満面の笑みを浮かべて、そう、正解だ! と言った。


「僕も彼に対しては、妙に親近感が湧いていたんだ。彼の眼鏡は、いつも自分がしている眼鏡の形と違うから最初は気が付かなかったけど、よくよく考えたら彼は昔の僕にそっくりだった」

「それじゃあ、もし、ジェラルドさんがもう少し痩せてとして、髪型とかを整えてたりしたら……」

「うん、僕に近い仕上がりになってただろうね。それに向こうの世界にいた僕なら、もし君が僕と間反対の男を選んでいたら、そいつの事を沼に沈めるか崖から突き落として、いなかった事にしてたんじゃないかな」


 美形な男ばかり、しかも全く系統が違う男を揃えていたと言うのに、その中でもわざわざ僕似の男を選ぶんだから。全く。


 どれだけ僕の事を慕ってくれるの?

 どれだけ僕の事を求めてくれるの?

 どれだけ僕の事が好きなの?

 

 だから、なおいっそう君の事が愛おしく思えて仕方がないんだけど。

 と言って、ローランは眉を上げて嬉しそうな顔をした。


「うぅ……」

 私は顔を真っ赤にして、俯くしかなかった。


 すると、ここでずっと黙っていたミツコさんが、ねぇ、樹里亜ちゃんと話しかけてきた。

「決めるのは樹里亜ちゃんだから、私があれこれ言うべきではないとは思うけど。ここまで、あなたの事が好きと言ってきてくれたんだし、色々ちゃんと答えてくれたんだから……ね?」

 ミツコさんは、大丈夫よとでも言いたげに微笑んだ。


「そうよー、ダメだと思ったらさあ、別に別れれば良いんだから。若いんだから、やり直しなんて幾らでも効くわよ! 何で最近の子は失敗するのを嫌がるのかしら」

 そう言ってきたトモエさんは、いつの間にか手にしたお煎餅の袋を持ち、パリパリと食べている。


「それで、どうする? 僕と付き合う、付き合わないの?」

 ローランは答えはわかってると示すかのように、私の両手を取った。


 さらに一瞬下に目線を落とした後、再び彼は私の方に視線を向けると、この場にミツコさんたちがいるにも関わらず、こちらのことを熱っぽく見つめてきた。


 そんな目で見られたら……


 皆んなが見つめる中、私は意を決した。


「よろしくお願いしま……」


 グ〜〜〜〜〜


 最後の言葉に被さるかのように、私のお腹の音が部屋の中に盛大に鳴り響いた。


「ジュリアらしいね。そういうところも、僕は大好きだよ」

 再び顔を赤くしている私に、ローランはそう言って微笑んだ。


 ふと、時計を見ればすでに19時手前。

 ちょうど世間が夕ご飯を食べている時間帯だった。


「やっだ。夕飯作るのを忘れてたわ。そんじゃあ、私はここで失礼するわね! とりあえず話はついたようだし。あー良かった」

 トモエさんは夕飯を作るのに、家に戻るわと言って席を立った。


 だが、ローランがちょっと待ってください、とトモエさんを引き留めた。

「せっかくだし、忙しい時間にお邪魔してしまったので。よければ皆さんに何かご馳走しますよ」

「あーら、そんなぁ、いいわよ。食材だって買って来ちゃったし」

 トモエさんはニコニコしながら、いいわよ、いいわよと言いながら、手を上下にひらひらさせている。


「いいえ。今から作るのも大変でしょうから。それに、ジュリアからOKって言って貰えたので、皆で喜びたいんです」

 ローランが何を頼んでも良いというと、トモエさんは、若い子に奢って貰うなんて悪いわねぇと言いながらも、何にしようかしらとウキウキした顔を見せた。


「そんじゃあさあ、せっかくだから寿司雅の特上握り頼もうよ!」

 遠慮なんて知らないとでも言った様子で、リナちゃんがおばちゃん、メニュー表ある? とミツコさんに尋ねた。

「あと、お父さんもあとで帰って来るから、お父さんの分も頼んでいい?」


 もちろん、とローランが言うと、リナちゃんはイエーイと満面の笑みを見せて、お祝いだからビール買ってくる! と元気に、お寿司♪ お寿司♪ とご機嫌な様子で外へ出かけて行った。

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