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35. お母さんは心配性

「本当にどうなるかと思ったけど助かった。遅くなったけど、どうもありがとう」

 ローランは対面側に座っている"救世主"の方に向かってお礼を述べた。


 彼の視線の先には……


 リナちゃんがいた。


「えー、救世主っていうのは大袈裟! 私はただの野次馬根性だったし」

 一方、そう呼ばれたリナちゃんは全然大したことしてないのに、と言って笑っている。


 すると、ミツコさんがお盆に湯飲み茶わんを乗せて、茶の間の方に運んできた。

「何だか楽しそうね」

 ミツコさんは微笑みながら皆にお茶を配っている。


「だってさー。バイトから帰ってきたら、なんか知らないけど家の前に芸能人がいるんだもん」

 ミツコさんの入れてくれたお茶を飲みながら、リナちゃんはそう言った。

「私、新宿でバイトしてても、芸能人てあんまり見かけたことないのに。それが家のすぐそばにいるなんてびっくりだよ! 驚くよ! 信じられないよ!」

 大袈裟に驚く振りをすると、彼女はまた笑った。

 

 確かリナちゃんは今大学3年生くらいだったはずだ。

 派手な感じではないが、ロングヘアを茶色く染めて前髪を横に流している普通の子だ。


 ちなみに、なぜ私が彼女のことを知っているかと言うと……


 時々ミツコさんの家に来ているのを見かけたり、うっかりミツコさんが門のカギを掛けて出かけてしまった時は、トモエさんとリナちゃんの家に行って合鍵で開けてもらうというのがルールだったため、面識があったからなのだ。


「だから、もうヤバい、あり得ないんだけどと思って家にダッシュしたよね」

 リナちゃんは身振り手振りで、その時の状態を表現してくれた。


 彼女の話によると、こういう状況だったそうだ。


 リナちゃんがいつも通り家に帰ってきたら、背の高い男性がミツコさんの家の前で警察に尋問されている。

 なんだろう。もしかして泥棒? 怖ッ! と思いつつも、どんな顔をしているんだろうと思ってよく見てみたら……


 芸能人のアレンだし! なんでこんなところにいるの?!

 と物凄い興奮を覚えながら、家の中に入って行ったそうだ。


 すると、いつも出迎えてくれるはずの母親、つまりトモエさんが出てこない。

 あれ? どうしたんだろう。と思いながら、玄関でお母さーん! と大きな声で叫ぶと、バタバタと音を立てながらトモエさんとミツコさんが二階から降りてきた。


「ちょっとあんた! 大丈夫? なんかお姉ちゃんの家の前に、変な男の人がずっと立ったままだったから警察を呼んだのよー。もしかして、あんたのストーカーだったりしないわよね?!」

 トモエさんはとても心配そうに、リナちゃんに向ってそう声を掛けたそうだ。


 なんでもミツコさんとお喋りをしていたところ、トモエさんは夕飯の食材で買い忘れていたものがある事に気づいた。カレーのルーだ。

 今日はカレーにしようと思っていたそうなのだが、肝心のそれが無くてはカレーが作れない。


「せっかくだからさ、お姉ちゃんも夕飯食べていきなよ! 私、今からスーパーに行ってくるから」

 そう言って、トモエさんは留守番をミツコさんに任せてルーを求めて買い物に出かけた。


 そして家の門を閉めていると、隣接したミツコさんの家の前で、立ち止っている男性がいることに気が付いた。


 あら? あんなところでゲーム? 最近の子は見境なくどこでもやるのねぇ。ああいうのをゲーム脳っていうのかしら。嫌だわぁ。と思いながら、スーパーに向ったそうだ。


 スーパーに着くなり、トモエさんはちょうどタイムセールの時間に当たったのと、牛肉と牛乳の特売日だったため、さらに他にもお買い得品はないかと思いの他スーパーに長居した。


 さらにその帰り道、リナちゃんの小学校の同級生の親と遭遇して立ち話をして、自宅に戻ってきたのだが……

 なんと、行きに見かけたゲームをしている男が、まだミツコさんの家の前に立っているではないか。


 ほんの数分程度ならともかく、一時間半もその場にいるなんて! 流石にその時間までいるのはおかしい。

 おまけに眼鏡とマスクまでして、顔をわかりにくくしているのだから、余計に怪しすぎる!

 当然、トモエさんはそのように感じた。


 彼女はゲームをしている男に声を掛けようかと一瞬迷ったそうだが、変な人を通り越した怪しい人なのだから何をされるかわからない。

 そのため、大急ぎで家の中に入ったと同時にミツコさんに声を掛け、ミツコさんの家の入口が見える二階に一緒に上がり、ゲームしている男を確認してもらったそうだ。


 当然、ミツコさんはローランのことを知らない。

 二人は何で家の前にいるんだろうと余計に不気味に感じていた。


 しかも見た感じ、男は若い。

 あんな所に立ってゲームをしているなんて、もしかしたら空き巣の下見?

 でも、それならもう少し明るくて、家の様子がわかりやすい時間にするのではないか。


 あるいは……


 もしかしたら、リナのことを待ち伏せしている?!

 そういえばあの子、最近好きでもない男に告白されて、断ったって言っていたはずよ!

 トモエさんは頭の中には、それしか考えられないと推測が広がった。


「諦められなくて、つきまといをしているのかもしれないわ! 今はお父さんもいないし……お姉ちゃん、私の携帯電話を貸すからリナに家には戻ってこないように連絡して! あの子、そろそろ家に帰ってくるのよ。私は警察に連絡を入れるから!」

 そのように判断して、二人は警察に怪しい男がずっと家の前にいると通報したそうだ。


「もう、こっちだって気が気じゃないし、心配してあんたに電話してるのに出てくれないしさー」

 そのことを思い出して、トモエさんはリナちゃんにぶつくさ言っている。

「だって、そんなの電車の中にいるんだから出れないし、家まで近かったんだから別にいいじゃん! それかお母さんは苦手っていうけど、メールを入れてよ!」

 リナちゃんはそうトモエさんに言い返した。


 まあそんな訳で、家に帰って来たリナちゃんは物凄く心配していた二人に向って、外にいるのは不審者じゃなくて芸能人だよ! と教えた。


 すると……トモエさんの目の色が変わった。

「え、芸能人が来ているの? やだ誰?!」

「俳優のアレンだよ!」

「嘘、そうなの? アレンって、バーバラがファンって言ってた俳優よね? よし、お姉ちゃん、ちょっと見に行こう!」

 先ほどとは打って変わり、トモエさんはミツコさんを連れて外に飛び出した。



 そしてちょうどその時、ローランはパトカーに乗せられそうになっていたそうだ。

 彼は事務所にはなんて言い訳をしようかなと考えていたところ、隣家から出てきた彼女たちと目が合った。


「ちょっと、お巡りさん! この人、なんでうちの前にいたの!」

 トモエさんは大きな声でそう聞いたもののと、警察官はまあまあと事情をはぐらかそうとしたそうだ。


 しかし、そこはコミュニケーション能力の高い主婦だ。警官にだって怯まない。何としてでも、ここにいた理由を聞き出そうとした。

「あのね、お巡りさん。この人、ここの家の人なのよー! だから、説明してもらってもいいでしょ!」

 トモエさんはそう言って、ミツコさんのことを指差した。しかも通報したのは私なんだから! 聞く権利はあるはずよ! と。


 すると、ローランは目を瞬かせ、彼女たちに向ってこう言った。

「もしかしてミツコさんですか? 僕、ジュリアに会いに来ただけなんですけど!」

 まさか私の事だけではなく、ミツコさんの名前も知っているとは。彼女たちは驚いて顔を見合わせたそうだ。



「空き巣でも、ストーカーでもないとわかってもらえた僕は解放されて、ようやく君に会えたって訳だ」

 ローランはやっとね、と私に向って嬉しそうに微笑んだ。


「それで、お願いがあるんだけど……」

 彼がそう言いかけた時だった。


「ところでさ、二人はどうやって知り合ったわけ?」

 お茶を啜りながら、トモエさんは彼の言葉を遮りそう聞いてきた。


「……」

 私たち二人は同時に押し黙った。

 

「実はある日突然、私たちは異世界に転生してしまい、そこでなんやかんやがあり、また現実世界に戻って来たんです!」

「あら、そうなの。異世界に行ってたの。戻ってこられて良かったわね!」


 こんな正直に答えたところで、そんな風に納得してもらうことは当然あり得ない訳で。

 うーん、どうやって説明しようと悩んでいると、口を開いたのはローランだった。


「ネット上のゲームですよ」

 彼はさらに、そのゲームの中で自分たちは知り合い、自分達はその中でペアを組んでいたのだとトモエさんに教えた。至って冷静に。

「ふーん。最近の若い子たちって本当にそういうのがあるのね。おばちゃんにはよくわかんないんだけどさ。でも、なんでわざわざ会いに来ようと思ったの? ネットだったら、メールとかもあるんじゃないの?」


 確かに。言われてしまえばそうだ。だが、ローランはこう答えた。

「僕のネット回線が切れた上に、大事なセーブデータも全部ぶっ飛んだんです。それで、以前ゲームの中でここに住んでいるというのを聞いていたので、思い切って来てみたわけです」

 だから、本当に会えてよかったと彼は私のことを見つめた。


「あらー、そうだったのね。へぇー。でも、樹里亜ちゃん、ちゃんとした人だったから良かったけれど、そう簡単に個人情報は教えちゃだめよ。怖い世の中なんだから!」

 トモエさんは女の子なんだから、防犯意識はしっかりとね! と目を厳しくしたが、リナちゃんがお母さん! と言って、それ以上の言うことをストップさせた。


「それで、せっかく会えたんだから、ついでに伝えてもいい?」

 ローランは再び私に向かって、そう聞いてきた。

「うん、いいけど……なに?」


 すると、彼は私の事を見据えながら皆の前でこういった。


 

 ちゃんと現実の世界でも僕と付き合ってほしい、と。

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