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3.夜会にて

 夜会は某日本一大きな駅の外観を完全に模した、赤いレンガで作られた城の中で行われていた。

 名前はエディーキャッスルというらしい。


 私はパニエというかクリノリンスタイルで、スカートがしっかりと膨らまされたヴィクトリアン朝のドレスを着ていた。


 しかし、この城の中ではマリー・アントワネットのように、帆のついた鬘とリボンたっぷりのドレスを着ている人もいれば、着物を着ている人だったり、体にピタッと寄り添うようなマーメードラインのドレスを着ていたり、はたまたチャイナドレスを着ていたり、いろんな恰好をしている人がいた。


 ダンスホールでは、室内楽団が音楽を奏でており、様々な恰好をしている人たちが楽しそうにそれっぽい踊りをしている。


 だが、私の目的である人物はここには居そうになく、多分談話室にいると思われます、と付き添いをしてくれているセバスチャンが言った。


 ちなみに、セバスチャンの衣装はタキシードである。

 執事が夜会についてくるのはおかしいだろうと感じる人もいるとは思うが、そこはゲームだから仕方ないとどうか割り切って欲しい。


 「やはり、あちらにいそうですね」

 セバスチャンが指をさした先には、扉が少し開けっぱなしになっている部屋があり、隙間から明かりと笑い声が漏れていた。



 私たちが中に入っていくと、年頃は私よりも明らかに上の人ばかりが集まっているようだった。

 中央のコの字型の大きなソファには、男女のペアが4組座っており、少し遠めから彼らを観察するように人々がその周りに立ち並んでいる。


 様子を伺った感じ、この部屋での主役はこのソファに座っている人物たちのようだった。

 さて、一体どいつがクリスマスなんてイベントを発生させやがったのか。

 私は睨みつけるようにして、よく観察しようとしたところ、ご丁寧にも周りがその張本人に向って語り始めた。


「ローラン。君の提案してくれたクリスマスってイベントのおかげで、うちの商会も随分と設けさせてもらってるよ。飛ぶように物が売れる」

 髭を生やし、黒い髪をオールバックにしたダンディな男性が、ワイングラスをくるくる回しながら、自分の対面側に座っている人物にそう感謝した。


 シャンパンゴールドのイブニングドレスを着て、髪の毛をアップスタイルにしている別の席に座っている女性も、その人物に向かってこう感謝の言葉を述べた。

「本当、うちもよ。おかげで追加受注するのにてんてこ舞いだけど」


 それはよかった、と感謝された当の本人は彼らに向かって微笑んだ。

「まあ、感謝されるほどではないけどね。僕が前にいた世界では、この時期、クリスマスを祝うのが当たり前だったから。それより、この世界にはこれがなくて最初驚いたよ。でも、僕は商売よりもアンジェラのためにこのイベントを設定したんだけどね」


 男は片腕を肩に回しながら、アンジェラと呼んだ蠱惑的な黒髪の女性のことをうっとりと見つめて、さらにもう片方の手を彼女の手の上に置くと、なにやら耳元で囁いている。

 多分、愛してる僕の可愛い人、とか甘ったるい言葉を投げているんだろう。


 こんなキザめいた事が出来る男だ。

 もちろん、顔立ちはとても綺麗だった。

 いや、美形でなければこんな振る舞いは許されないだろう。


 どのような容姿かというと、灰色味のある金髪で目の色は明るい青をしており、さらに脚が長く、座っていても身長が高いことが見てとれた。

 服装は首にクラヴァットを巻き、ダークグレーの細身のベストとパンツを合わせている。


 また、これは後からわかったことなのだが、男とは言っているが、年頃で言えば実は私よりも2、3歳上くらいだそうだ。

 そのため、一応まだ少年ではあるけれど、隣にいる女性のせいか、大人っぽくその時私には見えたのだ。


 ……この男か。しかも、この世界とか言っているから、きっとこの男も転生者なんだろうな。まったく余計なことを!

 

 私は心の中でそう呟いていたらしいが、どうやら顔にそれが出ていてしまったらしく、セバスチャンからお嬢様、どうか落ち着いてくださいと小声で諭された。


 正直、彼は見た目だけで言うと、私のめちゃくちゃ好みだった。これが乙女ゲームなら即攻略対象にしていただろう。

 なんて言いつつ、乙女ゲームを私はやった事がないのだが。


 しかし、クリスマスを発生させた張本人であるという以上、もはや忌々しい奴、憎らしい敵、憎いあンちくしょうでしかなかった。

 

「ねぇ、今夜はちょっと疲れちゃったわ」

 気だるげにアンジェラが男にそう言うと、男はそれじゃあそろそろ家に帰ろうかと微笑み、彼女の手を取って立ち上がった。


 ちょっと疲れたって何が疲れたんだろう。

 この男が敵なら、この女ももちろん敵だ。むしろ、この女が元凶か。


 あんたはずっと座ってただけじゃん。

 あぁ、この男とさっきから人目も憚らずチュッチュしていることかと私は言いたくなったが、グッと我慢した。


「では、みんな。今夜は失礼するよ。また会おう」

 男はシルクハットをかぶり、談話室にいたメンバーたちにそう声を掛けると、彼らはまたな、ローランと言って、アンジェラの腰に手を回して部屋を出ていく男に向かって手を振った。


「さて。出ていきましたね。今がチャンスだと思いますけど、追いかけますか?」

 セバスチャンの問いに、私はもちろん! と言って、彼の事を追うことにした。



 館内は広いため、一瞬彼らを見失いかけたが、私たちはなんとか追いついた。

 目的の男、つまりローランはアンジェラと共に、外で待たせていた馬車に乗り込もうとしていた。


「お待ちください!」

 私はセバスチャンと共に、私はバタバタと彼の元に駆け寄った。


 ローランは私たちの方に向かって振り返ると、何事だろうかと、きょとんとした顔を見せた。

「何か僕に用ですか? お嬢さん」

 彼は忘れ物でもしたのだろうか、とでも言いたげな顔をしている。


「あの! あなたがクリスマスを設定したんですよね? お願いです。どうか、クリスマスを止めてください!」

 私のお願いに、彼は一瞬目を大きく開いた。

 だが、その後、すぐに肩を竦めてアンジェラに向かって微笑んだ。


「何かと思えば、なぜそのような事を? まず、理由を教えてくれませんか?」

 彼は視線を私の方に戻すと、そう問うた。

 まあ、突拍子もないことを言われたら、確かに理由を聞きたくなるのは当然だ。


「理由ならば、クリスマスというイベントは……私を大変苦しめるのです。あの盛り上げる鈴の音は私の心をズキズキと突き刺し、色とりどりに飾られた街並みは私の眼を焼くように痛めつけ、さらに笑いあっている恋人たちの声は……」

 うんたらかんたらと、思いつく限り同情を引けそうな言葉を私は彼に向かって並べた。


 私は一通り喋り終えた。

 すると、彼は私の方につかつかと歩み寄ってきた。その表情はとても悲しそうな顔をしている。


 もしかしたら、彼は私が言ったことに本当に心を痛めているのかもしれない。

 そんな辛い思いをさせていたなんて。では、クリスマスは止めよう。

 そう言ってくれるかも知れない、と私は期待に胸を寄せた。


 しかし、現実はそんな甘くはなかった。


「可哀想に」

 確かに彼は私に同情を寄せた。

「でも、いつかきっと、あなたもクリスマスを楽しめる日が来るはずだ。あなたがとても嫌がるのは僕は悲しい。こんなにも愛に溢れた楽しいイベントだというのに。それに、このイベントは僕にとってとても大切なものなんだ」


 だから、僕はクリスマスを中止することなんて出来ない。こればかりはどうしても譲れない。とても申し訳ないけれど。


 彼はそう言うと、私とセバスチャンに背を向けて、アンジェラの方へと再び戻った。


「そんな……苦しみ嫌がっている女がいると言うのに、あなたは平気でそんな哀れな私を見捨て、自分の欲望の方を突き通そうとするのね!」


 私はさらに彼の良心を揺さぶろうと、その台詞を吐いたあと、目を潤ませてポロポロと涙を流した。

 私は彼よりも明らかに年下の女の子だ。余計に罪悪感を感じずにはいられなくなるだろう。これならどうだ。


 すると、彼は私の狙い通り、表情を曇らせ困惑している様子を見せた。


 だがーーー


「お嬢さん。あなたがいくら泣いても、悪いけど僕は止める気はないよ。僕は仮に世界を敵に回しても、アンジェラの事を愛しているんだ。だから、このイベントをあなたのために止める気はない。どうぞ僕を酷い男と罵ってくれて構わないし、恨まれるのも仕方ないと思う。僕はただ、あなたの幸せを祈るよ」


 ローランは泣いてる私をそれ以上見る事はせず、というより完全に無視をして、アンジェラと共に馬車に乗ってその場を去って行ってしまった。



「ふう、作戦失敗。やはり、クリスマスを中止にしてもらうことは出来ませんでしたね」

 泣いているフリを私に向かって、セバスチャンはため息交じりにそう語りかけた。


 泣き落としが通じないなんて、と私は顔を上げた。

「キーッ! 女の子が泣いているのに無視するなんて、なんて嫌な奴なのかしら!」

「まあ、見ず知らずの女の子に泣き落としされても、大体の人は困るだけで簡単にYESとは言わないでしょうからね」

 私はセバスチャンのその言葉に、ヒステリックな声を上げながら、さらに地団駄を踏んだ。


「それに、このクリスマスの経済効果は驚くほど結果が出ているそうです。きっとこの先、この効果はますます高まることになるでしょう。それに、商売人ならこの機会を逃す訳にはいかないかと。お嬢様も諦めるというか、割り切って、この波に乗っては……」


 セバスチャンがそう言いかけたところで、私はいいえ! と首を横に振った。

「経済効果? そんなの知ったこっちゃないわ。せっかく平和に暮らしていたのに。後から来た、あんなキザ男にめちゃくちゃにされた私の身にもなって! 絶対、クリスマスなんでぶち壊してやるんだから!」


 私はどうやったら破壊できるかと頭の中で策をめぐらした。

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