24-1. 逆転したい裁判 前編
奇妙な言い方になるが、私が起爆スイッチを押した後、教会はちゃんと崩壊したそうだ。
こういう言い方をしたのは、自分の目できちんとその現場を確認できた訳ではないからだ。
実際、それを確認したのはジローチャンだった。
現場を遠くから見守っていた彼から、大きな噴煙を上げて教会は崩壊していった、と私は報告を受けた。
また、その爆破で空に昇っていった煙が、呼び水になったのかどうかはわからないが……
翌日のギザン地区の天候は、曇りの予報が出ていたものの急激に悪くなり、こんな嵐は来たことがないという大嵐がやって来て、まるで狙ったかのように再建中のイマキタ産業のデパートを壊していったそうだ。
私はそのニュースを、翌々日の朝食の席でセバスチャンから知らされた。
「今日の天候は落ち着いているそうです。でも、また彼らが再建しようとすれば、昨日のような大嵐がやってくるのは確実でしょうね。もう教会諸共ないのですから」
彼はニコニコしながら、食後のコーヒーをカップに注ぎ入れて、私のテーブルにそっと置いた。
「しかもご丁寧なことに、大嵐は他の国からやって来て勝手に住みついていた、ならず者たちをまとめてどこかに吹き飛ばしてくれたようです。ジローチャンも掃除の手間が省けたと言っていました」
私は入れてもらったコーヒーに、牛乳をたっぷり入れてスプーンでくるくると混ぜた。
「そう。それなら良かったわ。それにアンジェラの本店も、いよいよまずくなっている様子なんでしょう?」
今日のコーヒーは一段といい香りがして、美味しく感じる。思わず笑みも溢れる。
カップに口をつけた後、私は向かい側に座っているローランに向かって尋ねた。
「ああ。僕が予測するに、持ってあと数週間といったところかな。今からセールを始めたところで、彼女の客はもう戻らないだろうね。デパートに行くという客ばかり優遇されて、自分たちはないがしろにされてるって不満を抱えてたようだから」
さて、閑古鳥が鳴いてるからどうなることやら、とローランは言ったものの、その顔には実に結果が楽しみだという色が浮かんでいた。
ところが、事態の急変は予想以上に早く起こった。
それから一週間後、以前私たちの家に結果報告のためやって来た使者が再び現れ、大至急エディーキャッスルに来るようにと伝えてきたのだ。
私はついにこの時が来た! と胸に期待を寄せて、ローランと共にエディーキャッスルに行こうとしたのだが……
「やっぱり何だか嫌な予感がする」
手すりに白い手袋をした手をかけ、馬車に乗る前に、ローランがぼそっとそう呟いた。
「どうして? 宮廷から直接使者が来たのよ?」
馬車に先に乗っていた私は、さらにこう言った。
「イマキタ産業はふさわしくなかった、だからやはり勝者の大地は私たちに譲ることになった、という通達に決まっているじゃない」と。
それに対して、ローランは首を横に振った。
「だったら、どうして至急で呼ぶ必要があるんだろう。改めてということなら、もっと形式ばって呼び出すはずだろう? 国王陛下直々に命が下されるはずなんだから」
さらに彼は、もし国王が臨終の間際なら急ぐのもわかるが、そのような空気は使者からは感じられなかった。
むしろ、あちらには例の強い味方がいるんだし、僕としては罠のような気がしてならない、と言った。
「そうねぇ……」
確かに彼の言うことは一理ある。
しかも、ローランは私に比べて普段は楽観的なのだが、その彼が今そのように感じるということは、やはりよくない事が何か起こりそうなのだろう。
私は少し考え込んだものの、彼の直感を信じて、ここは素直に従うことにした。
「そう。それじゃあ罠だとしたら、こちらもとっておきの素敵な手土産を持参しましょう。きっと、国王陛下も驚かれると思うわ」
「手土産って例のアレ?」
「もちろんアレよ!」
「そう。アレを持っていくのなら僕も賛成だ。むしろ、ちょうどいいタイミングかもしれない。では、是非そうしよう」
私とローランはお互いに、面白いいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべた。
彼は馬車に乗るのを中断すると、セバスチャンとジローチャンそれぞれに、例の土産を持ってくるよう頼みに行った。
◆◆◆
予定していた時刻よりも少し遅れて、馬車はエディーキャッスルへと到着した。
時間に遅れてしまったのもあるだろうが、私たちを待っていた王侯貴族たちの顔は、普段親しくしていたり、味方のもの以外は、それはそれは冷たく、厳しい表情を浮かべていた。
どうやら歓迎はされていない、とすぐに私たちは理解した。
当然そこで私たちを待ち受けていたのは、国王から勝者の大地を私たちに譲ることになったという連絡ではなく───
結論から言えば、ローランの予想通り、呼びつけられたのは罠だった。
一応、王侯貴族たちによる私的な話し合いだとは言われたが、実質これは私たちを罪人として祭り上げるための魔女裁判だったのだ。
広間まで行くと、私たちを王侯貴族たちが囲むようにして、こういいがかりをつけられた。
「強盗を雇ったのはお前らだろう!」
「火をつけて火事を起こしたのもお前らだろう!」
挙句の果てには
「呪術者を呼んで大嵐を起こしたのだろう!」
と叫ばれ、イマキタ産業が建てたデパートに対する、数々の嫌がらせを白状しろと詰め寄られた。
確かに結果的にはそうなった。
しかし、私たちは直接強盗も雇ってないし、火もつけていないし、呪術者も呼んでいない。
それらは本当に、ただ偶然起きたことというだけだ。
偶然起きてしまっただけの事を、ごめんなさい私たちがやりました。なんて、もちろん認める訳にはいかないし、一体誰が認めるというのだろう。
そのため、私は
「異議あり!」
と指をピシッと揃えながら、手を上げてそう叫んだ。
「強盗や火事を起こしたですって? それなら証拠をお出しください!」と。
証拠。
その言葉が出た途端、王侯貴族たちは途端に顔色を暗くした。
私はどうせ、これが証拠だ! とでっち上げられた偽物の証拠を出してくるのだろう、と踏んでいたのだが……
「証拠……そんなものはない! だが、あのデパートが上手くいって一番困るのはお前たちだろう。だから、お前たちがやったに違いなのだ!」
公爵だか侯爵だかわからないが、貴族のうちの一人がそう叫んだ。
さらに、それに加勢するように、そうだ、お前たちがやったのだ! と木霊のように私たちを主犯格だと決めつける声が響いた。
え、この人たち、証拠もないのにそんな事言っているの?
堪らず、私はローランと顔を見合わせた。
余りにも雑な言いがかりに、彼も信じられない、といったように肩を竦めている。
私が呆れたままの顔をしていると、彼らの中で特に憤怒した表情の女性がいることに気付いた。
もちろん、それは……
王女だった。
私もローランも、やはりそういう事かと察した。
きっとアンジェラが王女に泣きつき、王女は愛しい恋人のために、どうにかしなさい! と無理やり貴族連中にけしかけたのだろう。
でっちあげの証拠を作るにしても、それを待っていたらアンジェラの店が潰れてしまうと踏んで、大急ぎでやりなさいと。
そして、もともと力がなかったり、いい思いをしようと普段彼女におべっかを使っている貴族たちにむかって、やらなければお家取り潰しにしてやるとでも言って脅したのだ。
立場的に出来ませんとも言えず、貴族たちはとりあえず王女の希望通り、一応この魔女裁判を実施したと言ったところか。
……よろしい、ならば戦争だ。
私は悪役令嬢らしく、ほーほほほほと高飛車な笑いを飛ばした。
「それはそれは結構ですこと。でも、私たちからも皆様にぜひお知らせしたい事がありますの。ジローチャン、あれを皆様にお配りしていただけるかしら?」
ジローチャンはおう、と言って、舎弟たちと手分けして、ある紙をこの場にいた貴族たち全員に手渡した。
すると……
なんだこれは! と言ったり、ふざけるな! と叫んだり、あり得ない! と半狂乱になる者たちが続出した。
ジローチャンが彼らに手渡したと紙というのは───
イマキタ産業の売り上げを誤魔化すように、貴族に依頼した賄賂の証拠だった。
え? そんなものをどうやって入手したかですって?
それはもちろん、我が優秀な執事であるセバスチャンによる仕事の成果だ。
彼は敵陣への潜入が得意だと私に伝えた後、これで秘密にしていたことは完全になくなり、堂々と動けるようになったと言った。
そして、ローランが以前予想していた貴族への賄賂の証拠を掴むために、時間をもらって潜入してきてもいいか、と私に尋ねてきたのである。
私はもちろん、二つ返事でOKを出した。
彼の仕事ぶりは完璧で、誰にいくら渡ったのか、誰が売上金を誤魔化す細工をしていたのか、など事細かに写真も交えて記載していた。
すると今度は、名指しされている貴族たちが、こんなのはデタラメだ! と騒ぎ始めた。
「これこそ偽装ではないか!」
「賄賂? そんな事は一切知らぬ!」
などなど、彼らはそのシラを切り通そうとした。
バッチリ証拠写真も残っているというのに。全くもって往生際が悪い。
一方、元々私たちの味方だったり、賄賂を受け取った貴族に敵対している貴族たちは、こんな不正はあってはならぬ! と急に湧き出た問題を追求する方へ舵を切った。
さあ、面白くなってきた。
私はさらに、むしろイマキタ産業のほうがやらかした、別件の罪に対してある証人を呼んでいる、と賄賂について追及しようとしている貴族たちに声を掛けた。
「皆さま。これだけではございませんのよ。私たちの所有している教会に所属している聖女を、彼らはいきなり拉致して監禁したのですから!」
すると、この時を待ってましたと言うように、セバスチャンがしおらしくしている聖女を連れて、この広間へと現れた。
彼女に向って、拉致監禁されたというのは本当なのか、と追及しようとしている貴族のうちの一人がまるで検事のように尋ねた。
「えぇ。ジュリア様のおっしゃる通りです。私はただ散歩していただけなのに……彼らによって、何故か無理やり捕らえられたのです! どうしてこんなことをするのか目的を彼らに聞いても、教えてはいただけませんでした。だから、私は殺されるのではないかと怖くて怖くて。ですが、私の危機を知ったジュリア様が、危険を承知で救出なさって下さったのです!」
聖女は目をうるうるさせて、皆に向ってそう訴えかけた。
男の貴族たちはなんて酷いことを……と彼女に同情的な視線を送り、女の貴族たちもお気の毒に……と憐れむ目で彼女を見つめている。
あぁ、さすが聖女。
彼女の言っていることは、実際、何一つ間違っていない。
そして、この広間に集まっている皆は、聖女が嘘を吐くはずなんて絶対にないと信じ込んでいる。だって聖女なんですから。
そのため、当初はどちらの味方もしないと決め込んで傍観していた貴族たちも、一気にこちら側へと参戦し始めた。
「なんの罪もない聖女を誘拐するなんて、とんでもない話だ!」
「もしかして、聖女をハマヨコ公国かキャナギャワ国に連れ去ろうとしていたんじゃないか?! 噂だと、聖女のなり手がなかなか見つからない、と探すのに躍起になっているらしいからな」
「いやいや、ハマヨコ公国の港から、海外に高値で売り飛ばそうとしていたのでは……」
などなど、思ったよりも彼らは想像力が豊かだったようで、とんでもない憶測を飛ばしてくれた。
ちなみに、なぜ、連れてくるのに抵抗していた聖女が、このように証言に協力してくれたかと言うと……もちろん、私は彼女と裏取引を行っていたからだ。
話は彼女がセバスチャンと共に、我が家へ戻ってきた日へと遡る。




