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19. 私の気持ち

 奇妙な婚活パーティーの翌日。


 私から何か言われるとわかっているのか、昨日、ローランは自室から全く出てこようとはしなかった。

 今、私がついている朝食の席にも出てこない様子だ。


 私は昨晩、罪悪感に駆られて結局どうするのがベストだったのか、とベッドに潜り込みながらずっと頭の中で押し問答をしていた。


 しかし、そう考えていても、納得のいく答えが出てこない。

 もう諦めて寝てしまおう……と目を瞑った瞬間に、ある考えがパッと浮かんだ。


 そもそも、本当に他の女性に声を掛けていたのだろうか?


 そう考えると、心に引っかかっていた部分が、やはり不自然だったと鮮明に浮かび上がってくる。


 まず、人数に関してあまりに不均一な場合は、評判に関わる事なので、事前に主催者側が本日はやめると通告するはずだ。


 なぜなら、現実世界で私は実際に、そういう状況を見た事があるのを思い出した……婚活パーティーに実際参加した事があるので。結果は言わずもがなの有様だったけれど。


 それはどうでもいいので、話を戻そう。


 仮に女性の参加者が20名程度ならまだしも、10名以下で催行する場合、単純に数のマッチングで言えば、男性の3人に2人以上はカップルになれないのだから、その時点で男性だって諦めて帰るはずだろう。


 逆に本当に20名もしくはそれ以上、参加する女性がいたとして、その女性たちが私を除いて、一斉にキャンセルするなんて言うことはあり得るだろうか?


 さらに、そもそもの話となってくるが、果たして彼らのような所謂ハイスペック男性たちが、あの不可解な婚活パーティに参加する必要性はあったのだろうか。


 自分で言うのも悲しくなるが、もし、私がものすごく結婚に焦っている男だとしても、唯一来た女性が私なら、その辺の道端で歩いている女性に声を掛けるほうがマシだと思うのではなかろうか。

 あるいはプライドさえ捨てれば、彼ら自身のツテを頼って、女性を紹介してもらうことだってできたであろう。


 そう考えると、私が希望した人と全員とマッチングしたのも謎すぎる。

 やはり実際に話してみて、雰囲気が違えば希望しないということだってあり得たはずだ。


 非常に馬鹿げた考えだが、もしかしたらこれは、最初から私と彼ら全員との見合いのためだったのでは───


 頭の中に浮かび上がった新たな考えを、私はすぐにでもローランにぶつけたかった。

 朝食の席にもいないのが、それがやはり正解だといっているような気がする。


 いつも給仕してくれるセバスチャンは、本日に限っては別の用事でおらず、代わりに別の使用人がその役を務めていた。

 朝食を終えて、諸々の用事を済ませた後、私はローランの執務室へと向かった。



 また、私はその時、彼に対して新たな苛立ちを覚えていた。

 パーティの件もあるが、仕事がらみの別件で彼に文句を言いたいことがあったためだ。


 今の時間なら、彼には来客も会議の予定も入っていなかったはず。

 私はノックもせずに、彼の執務室の扉を勢いよく勝手に開けた。


 すると、部屋の中には執務室の椅子に座るローランと、何故かそばにセバスチャンが立っていた。

 だが、それはまだ身内なので問題はなかった。


 しかし、問題だったのは───


 この部屋の中には私が連絡を受けていない、ローランの客人が来客用のソファに座っていたのだ。


 見覚えのある癖の入った金髪の男性。


 つまり、ジェラルドさんだった。

 しかも、私が扉を開ける直前までローランと親しげに話していた様子だった。


 3人は驚いた様子で、私の方を見た。


「最近のレディは、ノックもせずに入ってくることがマナーになっているのかな? 開けられた側がエスパーになるようになんて、僕は聞いていないのだけど」

 ローランは軽く笑いながら、何故ジェラルドさんがここにいるのか、と顔に出ている私に向かって言った。


 だが、私はすぐに自分が怒っていたことを思い出した。

「あら? それなら、なぜ私がこんな行動に出ているか察して欲しいけど。でも、ここにジェラルドさんがいるっていう事は、やっぱり、あなたが変なことを考えていたんでしょう? 一体、どういうつもりなの?」


 私はローランに対してもそうだが、なぜかここにいるセバスチャンにも不信感を持って、二人のことをじろじろと見た。


「まぁ、大体君が予想している通りだと思うよ。ジェラルドもそうだけど、他の参加していた男性たちも君しかいないパーティだと知っていて、あれに参加していたんだ」


 彼によると、あのパーティに参加していたのは、ローランが選別して、なおかつセバスチャンが私が好みそうな男性を中心に呼んだらしい。

 もちろん、無理やり脅して参加させるようなことはせず、自ら志願して参加してもらった人選だと。


「僕も予想をしていたんだ。多分、君が最後に選ぶのはジェラルドだろうとね。セバスチャンも同意見だった。でも、最後はまさか白紙で出して帰るなんて……まあ、それも想定していたけどね」


 ローランは、私に向かってこう言い始めた。


 自分がいなくなった後、広大なマップの中で私一人でどうにかできるものかと正直に思っている。


 それに、ジェラルドと初めて会ったというのに話しやすかっただろう? 

 男の僕が言うのもおかしいけれど、彼の魅力は他人の中にすっと入っていける気さくさと、嫌味のない明るさがある。

 人付き合いが苦手な君の事も理解しようとているし、フォローの面も問題ないだろうから、彼なら確実に安定した経営をしてくれる、と。

 

「君の再婚相手はぜひ、ジェラルドを選んでほしい。とても穏やかで誠実だしユーモアもある。きっと良き夫、父になってくれるはずだ」

 彼は私に向かって微笑んだ。


 あぁ、やはり。

 私が推測した通り、あれはただの婚活パーティではなく、私だけに向けた集団でのお見合いだったのだ。


「騙すようなことをして申し訳ありません。でも、実際にお会いしてみて、大変お話が合うと思いましたし、あなたに益々興味を持ちました。僕で良ければ、どうか今後、親しくさせていただけないでしょうか?」

 ジェラルドさんは椅子から立ち上がり、私のそばまで近寄ると、私の現夫の前で交際を申し込んできた。


 ローランは椅子に座りながら、彼のフォローに回った。

「ジュリア。ジェラルドは本気だよ。募集を最初にかけた時、僕は物凄く、物凄く、うっかりして君の写真をつけ忘れていたけれど、それでも彼は、君の純粋な経歴だけを見て申し込んできてくれた」

 しかも、私にローランの財産、経営権が相続されると付け加える前だった、とも。

 

 なるほど。ローランの財産目当ての男もいたわけだ。それを含めたら、あの数になるのは納得がいった。


 本当に、全く。


 私が彼氏もいない、完全な独身だったのであれば、その瞬間、素直にYESと言っていただろう。

 なんというか、昨日初めて会ったというのに、不思議とジェラルドさんには、ずっと知り合いだったかのような親近感を覚えていた。


 そんな風に思える男性自体、初めてだった。

 運命の出会いというのは、ときめくような相手よりも、このような相手と巡り会えたことを本当は指しているのかもしれない。


 しかし、私は彼に対してこう返した。


「大変ありがたい申し出なのですが」

 手を組んで、背筋をまっすぐ伸ばし、彼の目をしっかりと見つめた。

「私の気持ちは昨日と変わりません。今後、私は誰とも再婚するつもりがないのです。どうか、ご容赦ください」

 そして、私は彼に向ってゆっくりと頭を下げた。


「なぜ?」


 そう問いかけてきたのは、私に振られたジェラルドさんではなく、ローランの方だった。

「なぜなんだ?」

 彼ははあ、と呆れてると言いたげにため息をついた。


「僕には全く理解ができない。君は僕から解放されて自由になり、今度はちゃんと好きにあった男性と結婚できるんだよ?」

 信じられないと、彼は眉を寄せた。


「……自由というのなら、独り身を選ぶ自由だってあるはずよ」

 私は静かに結果を受け入れたジェラルドさんを一瞬見つめたあと、ローランの事を睨みつけるようにしてそう言った。


 すると、ローランはまるで芝居がかったような、愉快だと言わんばかりの笑い声を大きく上げた。

「ははは……ああ、おかしい。悪いけど、君は自分のことを過大評価している気がある。確かに僕は君に協力を求めたけど、ここまで来れたのは本当に自分だけの力だとでも思っているの? 裏でどれほどセバスチャンが頑張っているのか、君は知らないくせして」


 彼がセバスチャンの方を見ると、セバスチャンはそれ以上何も言わないで欲しいとでも懇願するかのように、首を横に急いで振った。


「そうやって、またセバスチャンを脅して、私を意のままにしようとするのね。でも、今回は私は絶対に嫌。あなたに勝手に未来を決められるなんて、不愉快なこと極まりないわ」

 そう私は強い口調で非難するとともに、怒りがどんどん抑えられなくなっていた。


「あなたは私たちが勝てば、確かに私はまた一人になる。それがかわいそうだと思っているんでしょう? 自分勝手に憐れんでいるのかもしれないけれど、私に新しい伴侶を与えることがその償いだと思っているのなら、大間違いよ!」

 私はこの後、とても後悔するとは思わずにそう口走っていた。


 ローランは唇をきゅっと結び、笑うのを止めて、その代わりに、あちら界隈のお客様をおもてなしする際にするような、とても冷たい目を私に向けた。

「別に、勝ったときの場合だけじゃないよ。負けた時の場合だって僕は考えていた」


 負けた時の場合。


 その言葉を聞いた途端、私は自身の体が強ばり、呼吸も浅くなったように感じた。

 彼に聞くのが恐ろしいと感じていた、ずっと避けていたその未来図。

「負けた場合ですって? あなたは残念なことに元の世界に帰れなくなってしまうけれど、だからと言って私が再婚する必要は……」


「いや」

 彼は首を横に振り、私が話すのを制した。


 嫌な予感しかしない。

 この時ばかりは、これ以上時計の針が進まないで欲しいと私の中の何かが叫んでいた。

 嫌よ、嫌よ、それ以上何も言わないで、と。


 それを聞いたら完全に終わってしまう。


 でも、その願いは叶わず、無情にも時の針は彼によって進められた。


「そうなったとしても……」


 ローランは私から視線を外し、一瞬沈黙した。

 そして、再び、そうなったとしたらと言って視線を私に戻した。


「僕は君と別れることを決めていた」

 彼はそう宣言した。


 その言葉が告げられた瞬間、手に持っていた大きな鏡を床に落として割ってしまったような、そんな衝撃音が私の中に響いた。


 けれど、そんな私の事をお構いなしに、彼は私のことを静かに見つめながら話し続けている。

「ずっと前から考えていた。君のために」

 ローランは机の引き出しをそっと開けると、一枚の紙を取り出してその両端を掴み、私の方へ広げて見せた。


 すでに彼の署名と捺印がしてある緑色の用紙。

 夫婦関係を完全に終わらせるための書類を。


 私のため? 私のために?

 なんで?

 どうして彼は、そんなに私と離れたいと思っているの?


 緑色の紙を目の前にして、私は頭が混乱していた。

 目の前がちかちかする。


 ……あぁ、そうか。

 私の頭の中にはある人物が過ぎった。


 彼女を選ぶということか。


 この前、彼に腕を回して復縁を迫っていた女性。

 元カノのアンジェラ。


 元の世界に戻れないのなら、やっぱり彼女とヨリを戻すと言うことか。

 私のためと言いながら、結局、私が邪魔になるから捨てるということか。


 今は彼女達とライバル関係であっても、向こうに負ければあちらの好き放題になるんだから、もはや私たちには勝ち目がないのでどんな関係だろうが意味がない。

 そうなった時に、私は彼の足枷でしかないのだ。


 ……そうだ。

 この人は裏稼業で色々と、おおっぴらに人様に言えないような鬼畜な事もやっているのだった。


 その冷酷さが、いつか私に向けられるのかも知れないと言う事をすっかり忘れていた。どうして自分だけは大丈夫だと思えたのだろう。


 気が付けば、私は顔を歪ませていた。

 そして、目から熱いものがこぼれそうになるのを堪えながら口を押さえ、ローランに背を向けて執務室を飛び出していた。



 自室に戻った私は、急いで扉を閉めると、まるで子供のように大きな声を上げて泣き叫んでいた。


 なんでこんなに悲しい気持ちに襲われたのか、妙に冷静な頭がその原因を私の心の中を探ろうとしたが、余計に涙がぼろぼろとこぼれてそれを拒絶した。

 考えれば、考えるほど、思考がキリのような鋭い刃物となって代わり、心の中を痛めつける感覚に襲われたのだ。


 私は長椅子に倒れこむようにして泣いていた。

 あまりに泣き声が酷すぎたのか、心配して入ってきたセバスチャンにすら気づかないほどだった。


「お嬢様」

 セバスチャンは私に、静かに声を掛けた。


 だが、私は返事の代わりに、長椅子に置いてあったクッションを彼に向って思い切り投げつけた。

 彼が避ける事をしなかったため、クッションは彼の体に思い切り当たった。


 私が彼に向かってそんなことをしたのは初めてだった。


「あなたは、彼の考えを知っていて、止めずにあれに加担したというの? 信じられない!」

 私は彼に向かって、金切声に近い非難の声を上げた。

 セバスチャンは、大変申し訳ありませんでしたと頭を下げて詫びたが、私の怒りはそれでも全く収まる気配が見られなかった。

 

「旦那様のお考えは存じておりました。そして、それはお嬢様のためであると……」

「私のため、私のためって……あなたまでそんな事を言うのね。一体、何なのよ! もう、それなら聞きたくない! 今すぐ出て行って!」

 私は泣き叫びながら、またクッションを彼に投げつけた。


「いいえ、私は出ていきません!」

 セバスチャンは声を荒げた。そんなセバスチャンを見るのも初めてだった。


「お嬢様。私があなたを思う気持ちに嘘、偽りはありません。あなたを大切に思うからこそ、旦那様の考えに加担したのです」

 セバスチャンは私のそばに跪くと、啜り泣いている私の両手を白い手袋を嵌めた手で、しっかりと握った。


「どうしてあの選択に至ったのか、まだお話しする事はできません。しかし、時期がくれば、ちゃんと旦那様から説明がなされるはずです」

 彼は私にいつもの優しい眼差しを向け、私の目を覗き込むようにして、自分を信じてくださいと懇願した。


「仮にもし、旦那様が自分だけのために、あのような事を仕組んだのなら、私は決して加担しようとは思いませんでした。お嬢様を傷つける事なんて、私は断じて許しませんから……ですが、結果的にお嬢様を傷つけてしまいましたね。それというのも、やはりお嬢様は……」

 セバスチャンは私の事をじっと見つめながら、それ以上言葉を言うのをやめた。


「……やはりって? なに?」

 またしても私はボロボロと涙を流した。


「……正直、自分でもこんなに荒れるのがよくわからないのよ……心も頭もぐちゃぐちゃで」

 私は鼻を啜りながら彼に向かってそう答えた。 

「どうしてなの? なぜ、私はこんなに傷ついていると言うの? わかるなら教えてちょうだい、教えてちょうだいよ、セバスチャン……」


 すると、セバスチャンは頷き、ふふっと微かに声を上げて微笑んだ。

「ええ。長年、お嬢様の事を見てきましたから、私はずっとそうではないかと思っていたのですが、ようやく確信ができました」


 答えがわかっているセバスチャンは、私の手を一瞬強く握ったあと、軽くポンポンと片手で叩いた。


「僭越ながら申し上げますと、お嬢様は旦那様のことを……」


 ずっと前から好きだったのですよ


 と、彼は私に伝えた。


「お嬢様のご気性は、素直ではな……いえいえ、大変気高いのですから。旦那様には婚約者がいることがわかっていらっしゃった。けれども、どうしてそのような方に向かって、素直に愛してると言うことが出来るのでしょう」


 そんな事を認めてしまえば、苦しくなるのがわかっている。だから、気持ちに蓋をしてきたのですね。

 私はそのようなお嬢様がとてもいじらしく、立派で素晴らしい女性だと思います。

 セバスチャンはそのように私の事を褒めてくれたため、私はますます泣いた。


「もちろん、このことを旦那様にはお伝えすることはいたしません。お嬢様の秘密は何が何でも私は守るつもりです」

 セバスチャンは私に頭を下げると、静かに部屋を後にした。

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