12.誰かと過ごすクリスマス
ギロッポンの件により、私の中にはあの変態男の野望を阻止せねば! という使命が沸き上がった。
仮に、もしあの男に負けてしまった場合、この世界は夢と愛に満ち溢れた少女漫画が穢されてしまうのだ。
なんとしてでも、醜悪で邪悪なあの男の野望を打ち砕かなくては。
そのため、売り上げを伸ばすため自身の商会もそうだが、ローランが昼間に運営していた店舗にも関わるようになり、私は多忙を極めていた。
そして───
「あぁ……頭痛い」
私はベッドの上から動けないでいた。ブランケットを何枚も何枚もかけても寒気が治まらない。
今は何度なのかと怖くて体温計が測れなかったが、セバスチャンがお願いだから確認してくださいと言ってきたので、熱を測ったところ……余裕で39度台を叩き出していた。
「きっと、これはインフルエンザですね」
セバスチャンはマスクをしながらそう言って、医師を呼んでくると言って部屋を出ていった。
このゲームの世界にも、一応、病気の概念がある。私の罹っているインフルエンザは現実と変わらない症状だった。
骨はきしむように、頭は締め付けられるように痛い。
こんなところはリアルに寄せなくていいのに。全くもって辛い……
あぁ。症状の日数から考えて、今年のクリスマスは病み上がりで迎えるのか。
私の頭の中にはある記憶が急に蘇ってきた。
それは、現実世界での保育園の思い出だ。
年少以下のことはよく覚えていないが、年中、年長になると断片的だが記憶が残っている。
12月の中旬くらいから、保育園のクリスマス会にサンタが来ると先生から言われていたのだ。
その頃の私はとても純真だったため、サンタに会えることをとてもとても楽しみにしていた。
だが……予想はつくだろうが、クリスマス会の時に限って熱を出して休んでしまったのである。
休み明けの保育園では、皆がサンタの事を話題に出して、お菓子をもらったと喜んでいたが、私はその輪には入れずとても悲しい思いをした。
保育園最後の年である年長クラスの時も私は熱を出して、結局サンタには会えずに終わってしまった。
思えば、幼少の頃より、私はとことんクリスマスと言うものに縁がないのだ。
これはむしろ、家で大人しくしていろという神の思し召しなのかもしれない、と本気で思った時期もあった。
そして、今年も自室で孤独に過ごすことは変わりない。
一応、私にも夫というものが出来たが、それは偽装だし実質はビジネスパートナーだ。
だから、普段の休みの日は、一緒に行動することはなく別々に過ごしている。
きっとローランは、友達の家にでも行って楽しく過ごすのだろう。そんな風に私は考えていた。
そうしているうちに、とうとうクリスマスイブを迎えた。
私は熱はすっかり下がり平熱になっていたものの、体の怠さは残ったままで未だベッドの中にいた。
今年のインフルエンザは、怠さが長引くタイプが流行っているようだ。
「まぁ、別にどうでもいいけれど」
誰に言う訳でもないが、私はそう呟いていた。
きっと来年も、再来年もずっとこうやって一人でクリスマスを迎えるのだ。
たかが一年のうちのたった一日ではないか。何をそんなに気にすることがあるというの? 普段と変わらず自然でいるべきなのに。
でもなぜか、私の考えに反して、目からは熱い液体がぽろぽろと流れ出ていた。
病気をして気弱になっているせいだろうか?
すると、コンコンと部屋の扉がノックされる音が聞こえた。私は泣いていたのがわからないように、急いで服の袖で涙をぬぐった。
セバスチャンは今しがた出ていったばかりだというのに。珍しく私に何か伝え忘れたことでもあったのだろうか? と私は思っていたところ───
私が許可を出した扉を開けて中に入ってきたのは、なんとローランだった。
何故彼が私の寝室に入ってくるのだ、と私はとっさに身構えた。私の寝室に入ってくることなんて、一度もなかったというのに。
しかし、彼はベッドには近寄ろうとはせず、少し離れた位置から私に話しかけてきた。
「体調はどう?」
彼はいつもの冷静な様子のまま、私にそう尋ねてきた。
「熱は下がったけれど、まだ本調子じゃないわ」
私は心配をしてくれている彼に、愛想笑いもせず、ぶっきらぼうな調子でそう返した。
正直、彼にこの部屋からすぐに出ていって欲しかった。自分でもよくわからないが、なんだかとても惨めな気分になっていたのだ。
「そう。それじゃあ、外出は無理そうだね」
彼はそう言って、私を背にしてそのまま出ていく───と私は思った。
しかし、彼の言った言葉はさらに続いた。
「じゃあ、話題を変えよう。何か欲しいものはある?」
欲しいもの? なんだそれは? 私は顔を顰めた。
「別にそんなものはないけれど……」
「やっぱり。そう返されると思った」
ローランはそう言うと、置いてあった椅子を私のベッドの方へ近づけて勝手にそこに座った。
「ずっと、気になってたんだ。何でそんなに君はクリスマスが大嫌いなの? 確かに前、気分が悪くなると言ってたけれど、まさか本当に病気になるとは思わなかった。そうやって体調を崩しやすくなるからなのかな?」
彼は軽く微笑み、私に向ってそう尋ねてきた。
その時の私の心情としては、逆になぜ、この人はそんなことを知りたがるのだろうと思っていた。
「それを知ってどうするというの?」
私は冷たく返した。
彼は野次馬的な気持ちで私の事を聞いている。毎年、誰かと過ごす人間からしたら、私はかなり非常識な人間に映るのだろう。
「どうもしないよ。まぁ、理由をあれこれつけても無駄だろうから、正直に言うよ。ただの興味本位だ」
ローランはそう言って、腕を組むとまたしても軽く笑った。
私はここでムスッとして不機嫌になり、体調がまた悪くなったと、そのままブランケットをかぶって口を閉じることも出来た。
でも、なぜかその時、私はその選択肢を選ばなかった。
どうせ、本当の事を話したところで、彼からは色んなことを拗らせて、寂しい女だと思われるのはわかっている。
だったら、すべて話してしまって、笑いたければ笑えばいいと、投げやりな気分になっていたのだ。
「いいわ。じゃあ、話してあげる」
私は先ほどの保育園の話もそうだが、そもそも生まれ育った家庭が、微妙なラインで貧乏だったことを明かした。
家自体も居間と寝るスペースしかなく、一人っ子でも自分の部屋なんて夢のまた夢という環境だ。
それに、サンタも来てくれることはなく……というより、転生する前の私の誕生日は12月下旬で、誕生日プレゼントがあるから、サンタクロースなんて来ないと親から言われていた。
「え、そんなことってあるの?」
思わずローランはそう声を出していたが、私は構わずに続けた。
そんな環境下だから、当然自分の家には某家族的なコンピューターとか某超家族的なコンピューターという名のゲーム機も一切なかった。友達は、新しいゲームソフトを買ってもらえるというのに。
さらに、お小遣いも他の子たちよりも全然少なかったので、漫画もよほどお気に入りの漫画家の本ではないと買えなかったと伝えた。
彼に話をしていて気が付いていたが、だから、あの男が余計に許せないのかもしれない。
そのため、小学生のときは保育園の時とは打って変わり、クリスマスの日に学校へ登校するのが憂鬱でたまらなくなった。
クラスのみんなはクリスマスプレゼントで浮かれ騒いでいるのに、自分は誕生日プレゼントでごまかされているのだから。
また、もうサンタなど信じていない中学生の時に、ある出来事が起こった。
父が我が家を出ていったのだ。それもクリスマスイブの日に別の女の元へ。
父は母と折り合いが悪く、喧嘩はしなくてもあまり口を聞く事はなかった。対して母は父の悪口ばかりを言っていた。
でも、父は私に対して優しく、私も父の事が大好きだった。
だけど、その頃は思春期特有の父親を嫌う症状が出ており、私も父に対してのあたりが相当酷かった。
きっとそれにも辟易して父は家を出たのだと思う。それについては、なんでもっと父に優しくしてあげられなかったのだろうと後悔している。
口では嫌いと言っていても、父がいなくなってしまったのはとても悲しかった。
そんな訳で、母一人では私を育てられないと、私たちは家賃を浮かすために、祖母のいる実家に身を寄せることになった。
それから高校に上がり、ようやくバイトが出来るようになったからバイトを始めて、自分の服もゲームも買えるようになった。
”服も買えるようになった”というのは、親が離婚をしたのでなおさら経済的に困窮し、中学生時代は服なんて安売りの量販店のものすら、ほとんど買ってもらえなかったのだ。
代わりに母は私にお下がりをもらってきたと言って、嬉々として時代遅れな服、それも10代が着ないような服を押し付けてきた。
そのため、流行にも疎く、同級生の輪にも入ることができなかった。
ただ、買えるようになったとは言え……母は私の好みの服をこき下ろしてくるし、ヒステリックになるので、ショートパンツやミニスカートなんて履くことは許されなかった。
化粧だって眉毛を整えて、マスカラするくらいが限度だった。
バイト中心とまではいかないが、そんな高校時代を過ごしていたので、当然大学に行くことなんて考えられない。
というより、経済的に無理だったので、私は事務職に強い専門学校の夜間部に行くことになった。
すると、それまでは周りに彼氏がいる子はあんまりいなかったのに、18を超えればどうやって見つけるのかわからないが、クラスのみんなには彼氏がいた。
対して私は彼氏なんて出来たこともないので、いつも通りクリスマスもバイトだと言ったら、クラスの子からは驚かれ、可哀想みたいな言い方をされた。
どうやら、その年になると彼氏と過ごすか友達といるのが普通で、一人でいる方がおかしいと世間では言われているのだとその時始めて知った。
それから社会人になったのは良いけれど……
尚更友達も出来ないし、出会いもない。
しかも、その当時入社してしまった会社は、体育会系なので恋愛にもアグレッシブなのか、イブの日は唯一の新入りの私に残業を押し付け、先輩や上司は皆定時で帰っていく有様だった。
「イブまで仕事してるの? 一人でいるのはヤバいでしょ。早く帰れよ!」
と言われながら。
「まあ、そんな訳で、世間一般ではクリスマスを楽しむらしいけど、私はどうやら嫌われてるみたいなの。だから、私だって嫌いになって当然だと思わない?」
私は話し終えた後、ローランに向かって皮肉めいた笑みを浮かべた。
「いや、でも、君にはお母さんやお祖母さんがいるんだろ? お母さんたちとは一緒に過ごそうとか思わなかったの?」
彼はまたしても、信じられないというような顔をしている。
「あの母と一緒にいるくらいなら、一人で過ごす方がマシよ」
きっと、彼は女なら母親と仲良しなのが当然だと思っているのかもしれない。
しかし、先ほどから私は母のことをヒステリックと言っているとおり、母との関係はよろしくないのだ。
「働き始めてからお金を稼ぐ大変さはわかったし、今思えば父も家事をやる人ではなかったから、母も思うところはいろいろとあったんだと思う。でも、自分で勝手に子供を産んでおいて、育ててやってる、ってなんて言い方をあなたはされたことがある? それに母は私が卒業すると同時に、いきなり職場の人と再婚して実家を出たの」
そして、祖母は母が出ていってから一年後くらいに亡くなった。
入れ替わるようにして、母は再婚相手と戻ってきて住むと言い出したので、今度は私が家を出たのだ。それっきり母とは会っていない。
だから、現実世界の私には、帰る実家も事実上ないと彼に言った。
ちなみに、私が母を嫌っているのは、私を貧困な環境に置いてきた以外にもある。それは、彼女が私を女としてみて、敵対心を燃やしていたことに気づいたからだ。
流石にローランにはここまで言えなかったが、中学になれば嫌でも胸が出てくるというのに、彼女が私にブラをくれたのはたったの3年間のうち3枚だけ。
お金が無くて買えないという理由もあるだろうが、ただ安かったという理由で、サイズが全然あっていないものを渡してきたのだ。
皆、買いに行く時はちゃんと店員さんに測ってもらうと言っているのに。
ようやくちゃんとしたブラを買えたのは、高校生になってからだった。
話し終えた後、彼はなんとも言えない表情をしていた。
心の声を代弁すると、聞いてはいけないことを聞いてしまってごめん、と言った所だろうか。
「……ごめん」
やはり、ローランはその様に謝ってきた。
「自分はその……あまりにも世間知らずだった。君みたいな事情の人もいるんだね」
彼は私の話を聞き始めた時とは打って変わって、ショックを受けたのかとても真面目な顔をしていた。
「別に。ただ、あなたみたいに裏の社会にかかわりがある人は、複雑な家庭環境の人も割といると思う。まあ、ここはゲームの世界だから、よほどキャラクターの作りこみに情熱をかけていないと、そんな家庭環境の”設定”もないでしょうけど」
嫌味な言い方だったかもしれない。私がその言葉を言った後、彼は黙った。
しかし、私の方も私の方で彼のことを不思議に感じていた。
彼は裏社会に通じる環境を好んでいるくせに、達筆だった字の件もそうだが、ご飯の食べ方もきれいだし、こういった深刻な話をすれば真剣に耳を傾ける。
私が知っている、そういう環境に身を置かざるを得ない人間のガサツさ、下品さが、彼には不思議と感じなかったのだ。
なんというか、高学歴の人に多いが、裕福な家庭で育ったような、たまに品の良さに近いものを感じるのだ。
まぁ、転生前はサラリーマンをやっていたというから、品の良さというより一般常識を持ち合わせているだけ、という事なのかもしれないが。
ところで、彼は今日はどこかに行くのだろうか?
別に私はそれを咎めるつもりはさらさらなかったが、私の話を聞いて遠慮されるのも嫌だったので、どこかに行くなら気にせず出かけて欲しいと伝えた。
「いや、今日はどこも行くつもりはないよ」
行くにしてもみんな恋人や家族がいるのだから、行ったらかえって邪魔になってしまう。
それに、自分だって一応妻がいるのに、放っておいてどこかに行くのもおかしな話だ、と彼は言った。
「とはいえ、君はまだ本調子でもないし、クリスマス自体を本当に嫌っているから、僕と一緒に過ごすことを無理強いするつもりはない。でも、甘いものは嫌いじゃないんだろ? せめてケーキくらいは何か食べない?」
ローランはそう言って、私になんのケーキがいいかと言って尋ねてきた。
「そんな、急になんのケーキがいいかと言われても……」
私は特にこれといったものが浮かばなかった。
「そう。それじゃあ、僕の得意なものにしよう」
「得意なもの? 何それ」
「あぁ、僕はこう見えてお菓子作りが好きなんだよ。料理も得意なんだ」
意外な事実に私は目を丸くした。
「楽しみに待ってて」
微笑みながらローランはそう言って椅子から立ち上がると、私の部屋から去っていった。
◆◆◆
その日の夜、私は夕食を自室で取ることにしたのだが、セバスチャンがワゴンにデザートを乗せて持ってきた。
「旦那様から、どうぞ召し上がってくださいと申しつけられました」
セバスチャンが蓋を開けると、現れたのはロール状の形の土台に茶色のクリームを塗り、周りにはイチゴを添えたブッシュドノエルだった。
そして、トップにはサンタのマジパンが飾られ、その横のプレートには『Happy birthday』と書かれていた。
「おや? プレートが間違っていますね」
セバスチャンは不思議そうな顔をしたが、私は首を横に振った。
「ううん。これでいいのよ」
これは予想外だったが、正直、私はとても嬉しかった。
「お嬢様が喜んでくださってよかったです。旦那様、お台所であちらの使用人の方と一緒に頑張って作っていらっしゃいましたからね」
こっそり影から製作過程を窺ってました、とセバスチャンは言った。
「へえ。あの舎弟っぽい人達のどなたかと?」
「ええ。デザート作りが得意な方と。二人して白いフリル付きのエプロンを着て頑張ってらっしゃいました」
「ええ……嘘でしょう? 信じられない!」
ローランが白いエプロンをつけている姿を想像して私は大笑いした。
「何でも、雰囲気が大事なんだそうですよ」
そう言ったあと、セバスチャンは私にどの部分を召し上がりたいですか? と聞いた。
それから、翌日、つまりクリスマス当日には、私の具合は完全に良くなったので、朝食の席でローランに直接お礼を言おうと思ったところ、彼は部屋から出てきていなかった。
「どうしたのかしら? 年末だから忙しいのかしら?」
私が給仕に回るセバスチャンに尋ねたところ……
「旦那様もどうやら、インフルエンザの疑いがあるようです」
今朝から急に具合が悪くなったようだ、と彼は言った。
「ええ!? 私が移してしまったのかしら」
「まあ、病気はどこでもらってきてしまうのかわかりませんからね」
そう言っている、セバスチャンも心なしか具合が悪そうな……と思った瞬間、彼も寒気がするのか体をさすっていた。
そして結局、ジローチャンを除き、使用人達は号令でも掛かったのかのように、バタバタとインフルエンザにやられてしまった。
そのため、私は皆のために、ジローチャンとともに年末年始はドタバタとおかゆ作りに追われたのだった。




