10.女として見れない女
一か月後。ようやく新居が完成した。
新居は3階建ての白い建物で、外観としては中央に三角の屋根と、それを支えるようにして4本の柱が建っている。そして、その両側には窓のついた建物が伸びている形だ。
このスピード感に驚く人もいるだろう。
このゲームは、よほどイベントが絡むような何かがないと、大抵の建物は一か月で建ってしまう世界なのだ。
そして、私とローランの入居が始まった。
やはり最初、私の使用人たちは、ローランの舎弟のような使用人たちを見て大変怯えた。
しかし、舎弟たちは自分たちの序列は厳しくても(怒鳴り声はもちろん、粗相があると兄貴分に殴られたり)私の使用人に関しては、とても腰が低かった。
特に、セバスチャンに対しては、たとえ手紙のような軽いものであっても、その手にされているお荷物お持ちします! と言うほど、異様に彼らは腰を低くしているのだ。
もしかしたら、一度彼を縛り上げた事もあるし、彼に関しては下に見るな丁重に扱えと、ローランが何か言っているのだろうか? 私はそう思って首を傾げた。
私たちが入居して一週間が経ったくらいだった。
「よければ今日、夕食を一緒に取らない?」
私と廊下ですれ違った際、突然、ローランはそのように誘ってきた。
実は私たちは、ダイニングは同じでも、朝も夕も一緒に食事をしたことがなかったのだ。
このところ、ローランはずっと忙しかったらしく、自室で食事を取っていた。
そして、私たちが初めて会った時にお茶を飲んだことを除き、ちゃんと食事をすること自体、実は初めてだった。
まあ、食事をするとしても、彼と話す事なんて特にないのだけど。
長いテーブルには美味しそうな料理が並べられているというのに、案の定、私たちは無言で夕食を取っていた。
この状況なら、なぜ私を食事に誘ったのだろう。
「あの。どうして私を食事に誘ったの?」
堪らず、私は彼に向かってそう尋ねた。
すると、彼は手にしていたナイフとフォークを置いて、こう答えた。
「どうしてって……一応、夫婦だから」
そう言って、またナイフとフォークを動かした。
……え? それだけ?
私は眉間にシワを寄せた。
愛し合ってる夫婦ならともかく、私たちは偽りの関係だというのに。
それに、仕事の話をしたいとかならともかく、それもないというのには私は驚いた。
「そう。もし、話すことも特にないのなら、無理して食事を同席しなくても私は大丈夫だから」
学校のお昼休みに友達がおらず、ポツンと一人で食べる状態ならともかく、私だって一応社会人は経験している。
一人で食べることは慣れてるし、無理に誰かと同席する必要もないと思っている。
だが、この言い方に、彼の方が少々驚いたようだ。
「え? 一人で食べるのは寂しくないの?」
「ええ。全く」
ローランは言葉にはしなかったが、信じられないと言っているのが表情に駄々洩れていた。
「……変わってる」
彼はぽつりとそう呟いた。
「女の子って、いつも誰かと一緒に食べるものかと思ってた。だから、ここずっと、君を一人にしていたのはちょっと申し訳ないと思っていたんだけど」
一緒に食べるのが普通と言うのは、どういう理論なのだろう。
私はその方が理解できなかった。
女だって普通に一人で牛丼屋にだって入るし、カウンターで注文してそこで食べるし、なんなら通いつめすぎて店員さんから、いつもありがとうございます! と言われるレベルにだって達することだってあるというのに。
「まぁ、話すことはなくはないけど。でも正直、仕事の話をプライベートな時間にまでは持ち込みたくないんだ」
この男、オンとオフをしっかり切り分けたい派なのか。それについては今知った。
「あぁ、でも、一応確認したいことがあったんだ。今度、友人たちをこの家に招いてもいいかな?」
彼は上目使いをするようにして、私にそう聞いてきた。
私は少し沈黙した。
「……条件次第というところ。私も同席を求められたりするのかしら?」
友人と言うのは、かなり昔に見かけた談話室にいたメンバーなのだろうか?
それとも、もしかしたら、披露宴的なことをやろうと思っているのだろうか?
それなら私は断固拒否だ。
前の世界でも友達がほとんどいなかったが、この世界には友達が完全にいないのだ。
新郎の友達100人、新婦の友達0人のような状況だったら、完全に地獄じゃないか。
「大丈夫。同席は求めないよ。ただ騒ぎたい連中が集まりたいと言ってるだけだから」
彼はそう答えたので、その点について私の杞憂はあっさりと終わった。
だが、しかし。
ただ、騒ぎたい奴が騒ぎたいって……今度は別の不安が出てきてしまった。
私の気持ちが顔に出てしまっていたのか、ローランはこう付け加えた。
「毎週集まるとか、そういう話ではないよ。ただ、みんな結婚祝いに駆け付けたいっていうだけなんだ。今回だけだと思ってもらえれば」
その言葉に、私は一瞬宙をみて考えた。
ここで拒否をすることも出来なくはないのだろう。
でも、みんなが駆け付けたいとは言ってるが、実際は目の前にしている自分の”夫”の方が、むしろそれをやりたがっているのではないかだろうか。
それを嫌だと言ってしまうのは、なんだか良心が少し痛む気がした。
「わかりました。どうぞ。でも、私は参加しないのは了承していただけるかしら?」
「うん。わかった。許可してくれてありがとう」
その時のローランは、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
◆◆◆
階下、あるいは同じフロアの向こう側から、何とも言えない電子音の繰り返しと、時折叫び声のようなかけ声が入る音楽に加え、人の笑い声と話し声が響いてくる。
あぁ、流れている曲がせめてミスターワールドワイルドと呼ばれるお祭り男の曲なら、一緒に踊れるというのに。
異世界にいるのだから、もちろん彼のイェーイ、イェーイ、DALE! とかなんとか言いながら、ノリに乗ってる曲なんて聞けるはずはないのだけれど。
ちなみに私はクラブなんて行ったことはない。それでもなぜか彼の曲は好きだった。
早い話、超絶うるさいと思う状況に私は置かれていた。
多分、ダイニングやローラン側の建物の扉が開けっ放しなんだろう。一体、どれだけの音量で音楽をかけているんだ。これじゃあ、近所迷惑にもなりそうだ。
私はもう12時を指している時計をベッドから恨めしく見つめ、今夜は寝れそうにないので、図書室に行って本を取ってこようと廊下に出た。
すると、化粧室の扉が微かに開いて光が漏れていることに気づいた。
明かりを消すのを忘れていたのだろうか? そう思って私が扉に近づくと……明らかに使用人ではない女たちの声が聞こえてきた。
私はこっそり伺うと、ぴったりとしたアシンメトリーなワンピースにピンヒールを合わせた女と、ミニスカートを履き、同じくピンヒールを合わせている女たちがいるのを目にした。
私側の方には立ち入れないようにしていたはずなのに。
どうやって立ち入ったのかわからないが、彼女たちは鏡を見ながらマスカラを塗り直したり、髪型を直したりしていた。
「はぁ。アンジェラと別れたって聞いたから、ラッキーって思ったのに。まさか、ローランがこんな短期間で結婚するとは思わなかった」
アシンメトリーな服を着た黒髪の女は、少しズレていた肩に掛かる紐をそう言いながら直した。
「あんたは、ずーっとローランのことを狙ってたもんね。本当にびっくりした。振られたって聞いたから、あんなに励ましてあげたのにね」
もう一人の金髪の女は、赤いリップをポーチから取り出して手に持ちながら、黒髪の女へそう返した。
「こんなにすぐ結婚したんだから、ローランも二股をかけてたのかなあ? 実は他にも女がいてもおかしく無さそうだし」
黒髪の女は身支度を終えたようで、化粧台に手を置きながら金髪の女にそう話しかけた。
「さぁ? でも、みんな奥さんの事を見たことないっていうけど、噂だとすごい地味なんだって。顔もスタイルもまるでアンジェラと正反対らしいよ。あー、そっちに行くんだってみんな笑ってたわ」
「えー、ローランも結局そっちなんだ。余計にショック」
彼女たちは、身支度を終えて化粧室を出ようとしたため、私は急いで物陰に隠れた。
去っていく際、彼女たちは、でもあのアンジェラと付き合ってたローランのことだから、刺激が無さすぎてすぐに飽きそうだけど、と笑いながら言っているのも聞こえた。
くっ……!
確かに、私は地味だよ。
スタイルだって雰囲気だって、あの色っぽいアンジェラと比べたら歴然の差があるよ。
あっちが女王蜂なら、私はどうせミジンコだよ。
……あぁ、そうか。わかった。
私はその時、ローランが結婚相手に私を選んだ理由の一部として、女として見れない女を選んだのだということに気が付いた。
前のクリスマスイブで誘ってきたのは、本当に自暴自棄になってたためだろう。
彼の最終目的としては、元の世界に帰ることだ。それに彼自身、恋人を作るつもりはないと言っていた。
……なるほど。別に私だって、彼のことをこれっぽっちも何とも思っていなかった。でも、この時ばかりは何故か心が傷ついたような気がした。
私は結局その後、図書室に行って本を何冊か手に取り、自室に籠って眠たくなるまで本を読むことにした。
しかし、相変わらずパーティーピーポー達の宴は続いており、ようやく静かになったと思ったのは午前3時だった。
皆、帰ったのだろうか? 私も眠たくならなかったので、様子を伺いに階下にあるダイニングの方へと向かった。
「……うわぁ」
思わず私は声を上げた。
一応、ここもパーティ会場の一部で、バーのようにしてお酒を振舞えるようにしていたのだが、かなりものが散乱している状態となっていた。
さらに、ローラン側の建物に続く廊下に出てみると、廊下にコップやワイングラスが無造作に置かれていたり、小物類の落し物があったり、紙屑が落ちていたり、こちらも酷いありさまだった。
こんな状態で、あの男は一体どうしているのだろう。
廊下を進みながら、私はふと、ローランを狙っている女がいたことを思い出した。
ああいう女がいるということは、他にも似たような女たちがいることは間違いない。
それに彼は恋人は作らないとは言っていたが、体のお友達は作らないとまでは言ってなかった。
このまま進むと、彼の寝室がある。
パーティは盛り上がっていたみたいだし、もし、そのお友達とお取込み中だったら……と嫌な予感がした。
そういうのを知ったとしても、いい事なんて何もない。私は自室に戻ることにした。
だが、先ほど歩いてきた廊下とは別の廊下を歩いていると、ちょっとしたホールのようになっている部分で、置かれているソファに誰かがうつ伏せで寝ていることに気付いた。
まだ帰っていない人がいたのか。というより、誰も起こしてあげなかったのか。
私が近づいてみると……なんと、それはローランだった。
ちょっとお酒臭い。どうやら彼はここで酔いつぶれてしまっていたようだった。
こういう場合はどうすれば良いのだろう。
使用人が起きていれば、彼を寝室に運ぶのを手伝ってと頼むことが出来るが、今はみんな寝ている時間なので(あの騒音で寝れているのかは謎だが)それは今できない。
かといって、本人を起こすのもかわいそうだし、廊下はそこそこ寒いので、風邪をひかれて移されるのも嫌だし……
私はリネン室に行き、ブランケットを取ってローランの元へと戻った。結論として、あのまま寝かせておこうと思ったのだ。
ところが、彼は起き上がっており、手で頭を押さえながらぼうっとしてソファに座り込んでいた。
彼は、私がやってきたことに気付いた。
「あれ? ジュリアが何でこんなところにいるの?」
彼はすごく眠たそうにしながら、私がいることに驚いていた。
「何でって……パーティが終わるまで寝れそうになかったから。終わったのか様子を見に来ただけよ」
そう言って私は、彼にブランケットを手渡した。
「ここで寝るにしても、このままだと風邪を引くからこれを使って。それじゃあ、おやすみなさい」
「……」
私はその場に彼を残して、ようやく寝れると安心して自室に戻った。
翌朝。
私はセバスチャンに何度声を掛けられても、なかなか起きることが出来なかった。
ようやく完全に目が覚めたのは、彼が3回目の声がけをした時のようだった。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
私は彼に、眠たいだけ。大丈夫よと返した。
「逆に、みんなは大丈夫なのかしら? 夜遅くまで騒いでいたようだし、あんなひっちゃかめっちゃかにされてたし。後片付けだって大変でしょう?」
私が心配した通り、ダイニングの方は片付けがまだ終わっていない、とセバスチャンは返した。
「そう。今日のところはみんな仕事は適当でいいわ。眠たいだろうし。私ももう少し眠りたい。朝ごはんはお昼と一緒にとるようにするから、そのつもりで動いてちょうだい。もし、ダイニングが片付いてないなら、この部屋で食べる事にするわ」
セバスチャンは、承知しましたと言った。
「旦那様もだいぶお疲れのようでしたからね。今日はみな、ゆっくりしていいと言われたら喜ぶと思います。では失礼します」
彼はお辞儀して去っていった。
私は再びベッドに横になったものの、寝付くことが出来なかった。
深夜に気がついた、彼が私のことは女として見ていないという事が急に頭の中に浮かび上がり、妙に心臓の脈拍を早くしてきたためだ。
別に、私だってあの人に好かれたいなんて思ってないし。
私はあくまでも、彼とはビジネスパートナーという関係なんだから、と自分に言い聞かせた。




