1.異世界に転生してしまったようです
▶旧作のセーブデータからはじめる
新たにはじめる
真っ暗な中、その文字だけが私の前に浮かび上がっていた。よくわからないが、私は旧作のデータの方を選んだ。
私は目が覚めると、いつもの部屋の天井、つまり、古ぼけた天井に配置された丸枠内に電灯が輝き、ぶらんぶらんとひもが揺れている光景ではないことに驚いた。
自分の体の下にあるのも、安っぽい足つきマットレスではなく、程よい硬さを備えたマットレスのようだ。周りを見れば、薄いレースのカーテンが引かれている。
何ここ。私は古いアパートの一室に寝ていたというのに。
起き上がって自分の体を見てみれば、なんだか小さくなったような……しかも着ているものだって、着古したパジャマじゃない。
ちゃんとノリの効いた綿のスモックのようだ。
すると、部屋の扉がノックされて誰かが入ってきた。
相手が勝手にレースのカーテンを開けたため、私は驚いて小さな悲鳴を上げた。
「あぁ、お嬢様。お目覚めでしたか。驚かせて申し訳ありません」
開けたのは燕尾服を着た、茶色い髪に緑色の翡翠のような目をした若い男性だった。そのため、私はまたしても悲鳴を上げた。
「お嬢様って何? そしてあなたは誰?! なんで私の部屋にいるの!」
私は叫ぶようにして、そのように質問を投げた。
すると、彼は自分はセバスチャンと言う名前で、この家の執事であると自己紹介した。
そして、まるで台詞が用意されていたように、次のことをぺらぺらと話し始めた。
ここはハマジリの街。
そして私の名前は、名だけ本名そのままのジュリア・シュラインという10歳の少女で、両親は不幸にも先日事故で二人ともなくなってしまい、残された私はこの歳にして父の残したシュライン商会を継ぐようになったと。
また、この国は過去の戦争や自然災害により荒廃しており、ようやく現国王の代で和平が訪れた。
そのため、私の命題は商会を発展させ、この国も同時に発展させよということなのである。
私はこの話をどこかで聞いたことがあった。どこでだったけ?
うーん、うーん……悩むこと十数分ほど。そうだ! ようやく思い出した。
これは私が高校生の頃によく遊んでいた『ザ・商会2~あの国を独占しなさい~』というゲームじゃないか。
2とつくように、このゲームは1も存在しており、そちらのタイトルは『ザ・商会~あの街を独占しなさい~』というものだ。
私はそのことに気付くとまた悲鳴を上げた。
そうだきっと、これは世に聞く異世界転生というやつだ。私は昨日、やけ酒していた記憶を思い出した。そして、何かを買いに外へ行こうとして、酔っぱらったままアパートの階段を踏み外したか、道端で車にでも轢かれたのだろう。あぁ。
私は転生する前、新卒カードを間違えてブラック企業に入ってしまい、転職にも失敗して派遣社員に……とまぁ、そこは割愛する。
ところで、このゲームの世界に入り込んだということは、確か難易度選択があったはずだ。
そのため、セバスチャンに向って私はこう尋ねていた。
「あなたの説明はわかったわ。ところで、最終目標はどうすることなの?」
「お嬢様。最終目標はもちろん、この国で我が商会が覇権を取ることです。ですが、お優しいお嬢様のことです。もちろん、覇権なんぞ取らずにライバルの商会と共存することも可能です。私はその方がお互いに切磋琢磨するので、より一層この国の繁栄につながると思いますけどね。ですが、私はお嬢様のご意向に沿うようにいたします」
セバスチャンはそう答えた。
私は心の中でガッツポーズを決めた。
これは初心者モードだ。しかもプレイヤーが挫折しないように、セバスチャンの態度も優しい。
これがもし上級モードであれば、確かライバルの商会を叩き潰すまで終わらないという、熾烈な戦いが待っているとかなんとか……
セバスチャンの態度も、結果を出さないととことんこき下ろしてくるという、精神的にも結構つらいシナリオらしい。
ちなみに、私はゆるゆると楽しみたかったので、いつも初心者モードで遊んでいた。
また、上級モードのことを知っているというのは、実は攻略本を読みながらこのゲームをプレイしていたのである。
そのため、実際はぬるま湯ぬるぬるの超初心者モードで遊んでいたようなものだ。
そうそう。それなら忘れてはいけない。ある魔法の言葉をセバスチャンに向って唱えると、初期の所持金がぐっと増えてよりゲームがやりやすくなるのだ。では、セバスチャンに言ってみよう。
「ねぇ、セバスチャン。したしたうえうえみぎひだり……」
最後まで唱えると、ピコンと特徴的な音がなった。どうやら成功したようだ。
セバスチャンに現在の所持金状況を確認すると、やはりちゃんと増えていた。
しかも、冒頭で出てきた旧作でクリアしたデータを引き継げるようになっており、そちらで稼いだ分&魔法の言葉でさらに所持金は増えていた。
良かった良かった。
「さあ、準備は整ったみたいね」
私は、自然とこのゲームで主人公が呟く言葉を話し、横になっていたベッドから床へと降り立った。
そう言えば、私はこの世界でどのような容姿をしているのだろう。
鏡の前に立って自分の顔を確認すると、どことなく転生する前の特徴は残している気はするが、赤茶色のふわふわした髪の毛と灰色の目を持つ、白い肌をした女の子の姿だった。
自分で言うのもなんだが、この世界での姿はそこそこ可愛いとは思う。
でも、ふわふわと表現したが癖っ毛と、うっすら鼻から頬にかけてそばかすがあるのがマイナスポイントだ。
転生前にもわたしは天パで、顔にはそばかすがあり、それが大嫌いだったのだから。この世界までついてこなく良かったのに。
だが、まあ、とりあえずは私にはミッションがある。まずはその方が大事だ。
さあ、待っていなさい世界よ。私がこの荒廃した世界を立て直してみせよう。
さらにそう言って、カーテンが閉められている窓辺に立ち、私はさっとその重いカーテンを開いた。
だが───
「なに……これ」
私は思わずつぶやいた。
なぜなら、初心者モードであれば、ゲーム上で表示されるマップのマス目が小さく取られているはずなのだが、この世界で見渡す光景は明らかに初心者モードよりも広いのだ。
どうしてそれがわかったのかと言うと、初心者モードであれば通常、今後発展していく主観道路が一本しかないというのに、現在見えているのは二本存在しているのだ。
そして、二本存在しているのは上級モードだったはず……
おかしい。なんでだろう。と私は嫌な予感にかられた。




