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御伽話編纂所  作者: Primo
4/4

鬼子母神

「ハル、今回のテーマは鬼子母神だ」

「意外なとこがきましたね。次は、かぐや姫あたりじゃないんですか?」

「イマイチなストーリーしか思い浮かばないからな。そういう時は切り替えが大事だ」

「今回はいい出来になるということですか?」

「早速だが、ハルの持っている鬼子母神のイメージを聞かせてくれ」

「話逸らしましたね」

 所長は聞こえないふりをして先を促す。

「そうですね、人間の子供を攫って食べてた鬼子母神を戒めようとお釈迦さまが鬼子母神の子供を隠し改心させるお話ですよね」

「概ねその通りだな。相変わらず一文で終わらせるその手腕は素晴らしい」

「ありがとうございます」

「だが、あまり簡潔にまとめてしまうと、読み物にならないから、我々はそこからストーリーを膨らませないといけない」

「これもいつもみたいに普及版と原作は違うんですか?」

「意外にもそのままと言っていい。ちょっと箇条書きでおさらいしようか」


•人間の子供を攫って食べていた

•子供は五百人(千人、一万人説あり)

•サンスクリット語でハーリーティー、それを音写した訶梨帝母かりていもという呼び名もある

•夫は毘沙門天の部下、武将八大夜叉大将パーンチカ

•素行を 見かねた釈迦に最愛の末子ピンガラを隠匿される

•一週間世界中を探しまわった末に釈迦に助けを乞う

•釈迦は子を失う親の気持ちを説き、改心するなら再びピンガラに会えるだろうと告げる

•帰依することでピンガラは戻され、安産の神となる


「ざっとこんなところだが、ハルは何か思うところはないか?」

「五百人も子供いたんですね。今日び三人兄弟でも中学の同級生からいじられるのに大変ですね」

「それだけ産んだのもすごいがパーンチカの絶倫具合も見逃せないな」

「そこは掘り下げない方がいいと思います。でも奥さんが人間食べてるのを見て見ぬふりしてたんですか、その人? 毘沙門天の部下ですよね」

「まぁ色々あるんだろ」

「身も蓋もないですね」

「それを言ったらお釈迦さまだ。五百人こさえる間に人間食べまくってるわけだから、もっと早いとこ諌めるべきだと思うんだ」

「そうですね。あと、いくら子供攫って食べてたからって、鬼子母神の子どもを誘拐しちゃうお釈迦さまの行動に問題はないんですか?」

「いい着眼だ。現代であれば問題になるだろう。ネット上の荒らしと呼ばれる人をちょっとおちょくっただけであちこちから苦情がくる世の中だからな」

「誰の話ですかそれは」

「単なる独り言だ。忘れてくれ」

「それと、散々人を食い殺しておいて、安産の神になるなんて、凶悪犯罪者が弁護士になるみたいでヤですね」

「確かに、神の話になると不思議とそういうこと言う人はいないな。よし!整った!」



〜 鬼子母神 〜


「今日もハードだったな」仕事を終えて帰途につくパーンチカはため息混じりにひとりごちる。

 仕事では上司の毘沙門天に怒られてばかり、家に帰ればハーリーティがどっかから攫ってきた人間の子どもをムシャムシャやってて食欲も失せる。

「あたしは子どもを産むために栄養が必要なのよ。あんただって子どもたくさん欲しいって言ってたじゃない。あれは嘘なの?」そんな風に一喝されると何もいい返せない。

 うん、確かに言ったよ、言ったけどさ、まさか五百人もこさえるとは思わないじゃんフツー。せいぜいそこは五人だろ。もう名前考えるのも大変だ。この前生まれた子にはピンガラと名付けたが、正直もう誰が誰だかわからない。

 パーンチカは家の前で足を止めた。玄関の両脇には松明たいまつが道を照らしている。コンビニで買った発泡酒の缶を開けて勢いよく呷る。


「またか」


 パーンチカは“急な仕事が入って一週間出張になった”とハーリーティにメールして酒場へと向かった。


「大将、オレのグチに付き合ってくれるか?」

「おう、ここは漢の嘆きを置いていくところだ。遠慮なく言ってくれ。ホイ、生中お待ち」

「オレには子供が五百人いることは前に話したよな。オレもそこで打ち止めだと思ってたんだ。だけど違ったんだ」

「どういうことだい?」

「さっき家の前にきたら、松明が燃えてたんだ。あれは、今夜OKよ❤︎ってサインなんだ。お前がOKでも、こっちはとっくにKOだってのに」

「そりゃきついね」

「ああ、考えてもみてくれ、同じ屋根の下に五百人の子供がいると思うと、コトを構えるのも心理的プレッシャーすげぇよ。我ながらよくここまできたなって思っちまう」

「この際、千人でも一万人でもいっちまいなよ」

「無責任なこと言うなよ。ちょっと待ってくれ家内からだ。もしもし?」

「あんた大変だ、ピンガラがどこにもいないんだ! あたしこれから探しに行くよ」

「なんだって? オレも色々当たってみる」パーンチカは電話を切った。

「何だか穏やかじゃないね」大将が心配そうに言う。

「子どもが行方不明らしい。とりあえずお釈迦さまに連絡する」

「もしもし、お釈迦さまですか? 家内から連絡あって子どもが攫われたらしいんです。オレもうどうしたらいいか、……」

「あ、その子隠したのワシ」

「ちょ、何やってんですか! お釈迦さまでもやっていいことと悪いことがあるでしょ!」

「落ち着きなさい、キミんとこの奥さん人間食べまくってるでしょ。毒を以て毒を制するということだ」

「そうは言っても、……」

「安心しなさい、そのうちハーリーティの方から私に連絡してくるだろう。改心させたのちに返すから。じゃねー」

 電話は切れた。


「ダンナも大変だね」やりとりを聞いた大将が労いの言葉をかける。

 まぁ、確かにあいつにはこれくらいした方がいいのかもしれない。しばらくはビジネスホテルで暮らそうとパーンチカは生中を追加した。


 そして一週間後、まさに全ては釈迦の手のひら。ハーリーティは今後一切人間を食べないことを約束して安産の神となり、ピンガラも無事に戻ってきたと連絡を受けた。


「一件落着か」パーンチカは深夜に家へと戻る。松明は燃えてない。ようやくオレにも息つける場所ができたと玄関を開ける。


 家の中で松明燃えてた。


「お釈迦さま、夜分すいません。あいつこの期に及んでまだ、こさえる気なんですけど、オレもうどうしたらいいか、……」

「頑張って! じゃねー」

 パーンチカは切れたケータイを握りしめて覚悟を決めた。


〜 おしまい 〜


「ハル、こんな感じでどうだろう?」

「いいわけないです」

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