金太郎
「ハル、ここまで桃太郎、浦島太郎ときたが、次は何がくると思う?」
「やっぱり金太郎ですか」
「そうだよな、いわゆる三太郎というやつだな。だが、これがなかなか難しくて頭を抱えている」
「そうなんですか? って言うか、いつも真剣に考えていたんですね」
「僕はいつも真剣だよ。金太郎にはこれまでにない大きな問題がある」
「問題?」
「ああ、いつものようにハルのイメージを聞かせてくれ」
「鉞を担いだ金太郎がクマと相撲をとるって話ですよね?」
「からの?」所長は意味深な笑みを浮かべて問う。
「えっ? 続きがあるんですか? あとは童謡にある、クマに跨ってお馬の稽古しか出てこないですけど」
「そう、そこなんだ。金太郎は日本人なら誰もが知っているメジャーな話なのに、ほとんどの人はその結末を知らないんだ。もっと言えば、結末を知らない事にすら気づいていない」
「結局、どうなるんですか?」
「侍になるんだ。そして、信憑性は疑わしいが実在した人物かもしれない」
「意外ですね。ちょっと情報を整理してもらえませんか?」
「それがいいな。諸説あるので今回も箇条書きにしよう」
•父は宮中に仕える坂田蔵人、母は八重桐
•蔵人自害(切腹説あり)
•八重桐は山姥説
•蔵人の魂が八重桐に入り金太郎が生まれた説
•蔵人の血を飲んで八重桐は山姥になった説
•歌麿は金太郎と山姥の浮世絵を数多く残している
•クマと相撲して勝利
•源頼光にスカウトされて四天王の一人となる説
•のちの四天王の一人、碓井貞光からスカウト説
•侍になって坂田金時に改名
•頼光と四天王は眠り薬入りの酒で酒呑童子を眠らせて討伐
•熱病のため五十五歳没
「こうしてみると、ほとんど知らない事ばかりですね」
「熱病で死去するというのはカットしよう。死ぬことを笑い話にするのは不謹慎だからな」
「笑い話にするつもりだったんですか」
「今回は大胆なアレンジが必要だな」
「話逸らしましたね」
「よし、整った」
〜 金太郎 〜
「確認として、もう一度あなたのお名前とご職業をお聞かせいただけますか」
「はい、バーのマスターをしております渡辺と申します」身なりの整った20代くらいの男は丁寧な口調で答えた。
「それで、一体何があったのですか?」
「はい、昨日の晩にお越しになったお客様なのですが、……」
— 前日 —
「いらっしゃいませ」
「日本酒をストレートで」ノーネクタイでピッチリしたスーツに身を包んだその男はカウンターに腰掛けると静かにそう言った。
「普通に日本酒ということですね。お待ちください」
「どうぞ」マスターはグラスを差し出して尋ねる。
「ここは初めてですか?」
「ああ、俺は坂田って言うんだ」男が答えた。
「名前は聞いていないのですが」
「マスター、ちょっと俺の昔話に付き合ってくれねぇか? こんな夜はついつい誰かに弱音を吐きたくなっちまう」困惑するマスターをよそに男は話し続ける。
「他のお客様も見えますので、……」マスターはやんわり断ろうとするがその男には伝わらない。
「これは俺のご先祖さまの話だ。マスター、あんたは勘が良さそうだ。もしかしてもうピンときたんじゃないか?」
マスターは、知るわけないじゃんという言葉を飲み込みました。
「嘘か本当か知らねぇが、ご先祖さまの母親は山姥だったという」そう言って男はグラスを傾ける。その拍子にワイシャツのボタンが取れて、赤い肌着がのぞいた。
「その説は歌麿の作品でも示されているのだが、そろそろわかるんじゃないか?」男はグラスを置いてマスターに問う。
「存じません」マスターは早くこのやりとりが終わることを祈りました。
「大ヒントだ、ご先祖さまはクマと相撲をとった」男は多少苛立っているようだ。
マスターは、もしかしてと思ったものの、まともなお客じゃないと本能で察して沈黙を守りました。
「まぁいい、ご先祖はその腕っぷしを買われて源頼光の部下碓井貞光にスカウトされ四天王の一人となった」
「すごい方なんですね」マスターは男が激昂しないよう、適当におだてます。
「そりゃあそうだ、子女を攫っては悪事を繰り返す酒呑童子という鬼を頼光と四天王で討伐したんだからな」男は得意げに語る。
「私はその話を知りませんでした」
男は残った酒を一気に呷り、勢いよくグラスを置いた。さらにワイシャツのボタンが飛ぶ。
「ああそうだろう。ご先祖さまはじめ、皆はこの話をタブーとした」
「何故ですか?」どこでスイッチが入るかわからない男相手にマスターはハラハラして聞きます。
「いくら鬼の頭目相手とはいえ、酒に眠り薬を仕込んで、寝落ちしたところを頼光と四天王でボコボコにするのは卑怯じゃないかと村人たちが言い始めた。あいつら酒呑童子なんか死んだらいいと言っていたくせに手のひらを返しやがった」男は苛立しげにおかわりを頼む。
この男に今酒を出すのは燃え盛る炎にガソリンを注ぐようなものですが、出さないなら出さないで何をされるかわかったものではありません。マスターは恐る恐るグラスを男の前に置きます。
「四天王といえば、刀一本で酒呑童子の舎弟茨鬼童子の腕を切り落とす豪傑、渡辺綱を筆頭に、クマを投げ飛ばすご先祖さま、その手腕を見抜いた碓井貞光、あとはよくわからない卜部季武だ。村人の野郎どもは揃いも揃って情けないなんて言い出した」
怒りで膨張した男の身体は金と書かれた赤い腹当てを残し着ていた服をビリビリに引き裂きます。どこからどう見ても変態です。破れずに残った靴下は逆に変態さを強調しているように見えます。
「なぁマスター、あんた渡辺綱の子孫だろ? 一緒にご先祖さまの汚名を雪いじゃあくれねぇか?」男は背負っていた大きな斧、鉞を右手に携えました。
近くでパトカーのサイレンが聞こえます。他のお客さんが通報していたようです。
「俺のご先祖さまは、坂田金時、金太郎だ!」男は叫びました。
男はそのまま、警察に連行されました。
「なるほど事情はわかりました。ご協力有難うございました」
マスターは事情聴取を終えて店に戻っていきました。
〜 おしまい 〜
「ハル、こんな感じでどうだろう?」
「そのうち色んなところから怒られますよ」