殺され猫になる
全国で行方不明者五名。
殺害されたとみられる。犯行現場には、被害者とみられる方の服のみが置いてあり、犯行に使われた武器は、一つも落ちていなかった。
二月二五日の出来事だった。
25歳の誕生日、前夜の22時までバイトをする。
昼の11時45分から出勤して、21時55分に仕事を終え、タイムカードの前で一人、壁に体重を預けながらスマホをいじる。
自分の働いてるスーパーは、他のバイトと比べて、新人の教育が緩い。
最初は真面目に、時間のある限り働いてたけど、今はそうでもない。
やることやれば誰も何も言ってこないからみんなこんな感じだ。
5分後、タイムカードを切った。
「バズんないな、可愛いんだけどな」
独り言を言いながら、帰り道に趣味の動画配信を行う。
といっても、そこまで有名な配信者ではなく、田舎にいる猫をスマホのノーマルカメラで撮ったままをそのままサイトに載せる。
ちょうど20歳の頃からこの行為を繰り返している。
いつもの和風な民家の前で、野良猫たちをスマホで撮る。
だけど今日は違った。いつもいる猫たちがいない。
一匹しかいない。しかも、見たことない奴。
他の猫より一回り太っていて、耳が少し垂れている。
そして、その猫が俺を待っていたかのように後ろをチラチラ見ながら短いしっぽを振って歩く。
そして、いつも使っているバスにまで乗ってきた。
先に俺が座って、その隣の席に座るのではなく膝の上に乗ってきた。
家に着くまでバスに乗ってる時間が30分。
この豊満な体の猫一匹支えるのは、運動不足の俺にはまさに茨の道だ。撮影してる手も震えてきた。
そんな中一人の女性が俺の隣の席に座った。
このバスに乗ってきた時から綺麗だと思っていたけど、気品のある歩き方に顔、少し目線が下を向いている。
それがロングヘアーと目にかかった前髪と相まって実にミステリアスだった。
そろそろ家に着く頃だし隣に人が座ったから撮影をやめようとした時、その女性から話しかけられた。
「可愛いですね、あなたの猫ですか?」
話しかけられると思ってなかったのと緊張で体が反応しなかった。
冷静なフリをして答えた。
「違います。僕も可愛いなと思って見てたらなんかついてきちゃって」
「そうですか、やっぱり来るなら田舎ですね」
「来るなら?え、どこから来たんですか」
「あ、ちょっと都会の方から。」
耳を掻き上げながら、悔い気味にそう言った。
「あ、案内しましょうか?」
変な気持ちが前に出過ぎて変なことを言った。
バスの中はそれほど静かではないけど、沈黙が気まずかった。
会話が途切れてしまったと思う頃に彼女が
「お願いできますか?」
と言ってくれた。
「はい、都会では見れないものがあると思います」
さほどない。でも、そんなことどうでも良かった。
話が続き、今から案内することになった。
ただ、少し胸の中でざわつきというか、嫌な雰囲気を感じた。
最寄りのバス停に止まった時、猫が走って外に出た。
その次に、彼女。その次に自分。
バスを降り、話しかけようと後ろを振り向く。
バスの後列席が自分を通り過ぎた頃、腹部に痛みと温かみを感じ、
俺は倒れた。
「お前なんか好きになるわけねーだろ」
意識を失う前に女性がそう言葉を吐いた。
何だかフワフワする。砂嵐のような音。
周りが暗くて何も見えない。
「布?」
あれ?俺殺されたんじゃなかったっけ、なんでトンネルの中にいる?
砂嵐は雨降ってる音か。なんかトンネルデカくね?
歩く自分の足を見て耳をぴくぴくして驚いた。
「猫になってる」
俺は今日、猫になった。