揺れる木馬に志はあるのか
先が尖ったナイフで切り裂いた。
「ぐあぁっ!?」
傷は浅いが、痛みに顔を歪める男達を冷たく見下ろし、ルーナは無造作に剣を振るう。すると、彼女の動きに合わせて空気の刃が発生し、2人の首を斬り裂く。
「な……!」
首から血を流して倒れる仲間を見て驚くリーダーの男だが、次の瞬間には腹に大きな穴を空けていた。いつの間にかルーナは懐に入り込み、掌底を放っている。その衝撃により吹き飛ばされた男は壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。残った1人は逃げようとしたが、背後にいたはずのルーナは目の前に移動しており、顔面に拳を叩き込む。殴られた勢いのまま床に転がる男だったが、ルーナは容赦なく蹴り飛ばす。そして、仰向けに倒れた男の胸を踏みつけた。
「がはっ……」
「質問に答えなさい。お前達は誰の命令で動いている?」
「し、知らねえよ!俺は何も聞いていないんだ!!」
「そう……なら仕方ないわ」
無表情で告げると、ルーナは手に魔力を集める。それを見た男は恐怖に満ちた顔を浮かべるが、次の瞬間には爆発したように頭部が無くなっていた。
辺り一面に飛び散った肉片と血液を見つめながら、ルーナは静かに呟く。
「やはり君らは死ぬのもおこがましい」
死体を見つめるその眼光は幾千もの光を得てしてでも黒く、到底及ばず、深く深く漆黒の海に吸い込まれていくような、恐ろしさを体現しているようだった。
それから彼女は部屋を出て屋敷の外へ向かう。外では兵士達が集まっており、その中にはアルフォンスの姿もあった。彼はこちらを見ると駆け寄ってくる。
「無事だったかい?怪我は無いかな?」
心配そうな様子で言う彼に、ルーナは小さく微笑む。
「えぇ、大丈夫です」
「それは良かった。それより、どうしてここに?」
「少し気になる事がありまして……。それよりも、この者達は何者ですか?」
倒れている死体を見ながら言う彼女に、アルフォンスは険しい表情を見せる。
「彼らは隣国のスパイだよ。どうやら僕達の事を探っていたみたいだ」
2人が話していると、騒ぎを聞きつけたのか他の兵士も集まってくる。その中にシャルロットもいたのだが、彼女はルーナの顔を見るなり驚いたような反応を見せた。
しかしすぐに視線を逸らすと何も言わずに去っていく。そんな彼女の様子を不思議に思いながらも、ルーナは口を開く。
「そういえば、先程の屋敷の中にマキ野郎がいました」
「おっと、まさか捕まったんじゃないだろうね!?」
慌てるアルフォンスに対して、ルーナは冷静な態度をとる。
「いえ、そういうわけではありません。おそらく別の目的があるようです」
「別の目的って……?」
「わかりませんが、今は放っておいた方がいいでしょう。私達が下手に関わると厄介な事になる可能性があります」
「確かにそうだね。でもマキ君がすることとは……不安しかないね」
苦笑いしながら答えるアルフォンスに対し、ルーナは真剣な眼差しを向ける。
———帝都の外れにあるスラム街の一角にて、一人の少年が歩いていた。彼の名はマキア・キャロルドと言い、年齢は15歳である。整った容姿をしているものの、その目は虚ろであり生気が感じられない。彼が歩いている場所は昼間だというのに薄暗く、人気が全く無かった。
しばらく進むと、前方に人影が見える。その人物はボロ布のような服を着ており、背中には大きな荷物を背負っているようだ。近づいてみると、それが全身傷だらけの男だとわかる。男は意識が無いようで、彼の肌は薄黒く人間の造形を保てていないようだった。
「おーい、どうした?」
慌てて声をかけるが返事はない。そこで男をよく観察してみる。すると、男の身体から黒い煙のようなものが立ち昇っている事に気づいた。
「こりゃ、まさかゾンビー?」
そう呟くと、男の指先がピクリと動く。
「……ぁあ……」
「おぉ!生きてたんか!」
「……ぁああ……」
「ん~……言葉が通じないタイプか……?そもそもゾンビってしゃべるんか……?言葉では聞いたとこ人間を食うとか」
困ったように頭を掻くと、今度は男の身体が痙攣し始める。
「おいおい、まじかよ!」
すると突然、男の口から大量の血が吐き出された。同時に男の肉体は内側から破裂するように弾け飛び、辺り一面に肉片が散らばる。それを見たマキアは呆然と立ち尽くしていた。
「うわ……グロ……」
あまりの出来事に気分が悪くなったが、気を取り直して周囲を確認する。どうやら近くには誰もいないらしい。
「……とりあえずさっと済ませるか」
そう呟いてその場を離れようとした時、遠くの方で爆発音が聞こえてきた。そちらへ目を向けてみると、建物の一部が崩れ落ちているのが確認出来る。
疑問に思っていると再び爆発音が起こり、それと同時に悲鳴も聞こえる。
さらに大きな塊も飛んできた。
「もしかして——」
飛び散る肉片の方に顔を向ける。
「んなこと……」
運が良かっただけなんて思いたくもなかったが、もう一度振り返った先にみえる見覚えのある頭部は一発目が不発だったことを物語っていた。