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東京ホワイトアウト

作者: 狩野航平

 習作です。どうぞ読んでみて下さい。

 「今日は休校だって」

 高校のホームページを確認した母からそう伝えられた。

 (まあ無理はないな)僕はそう考えた。何しろ私鉄·JR共に運転見合せだ。とても登校できる状況ではない。そもそも外出すら難しい。

 現在12月26日午前8時。昨日深夜より降り始めた雪は今朝も降り続いている。

 しかし雪は問題ではない。これしきの降雪で首都圏の鉄道網が麻痺することはあり得ない。ましてや外出そのものが危ぶまれるのはどうしたって過剰な反応だ。


 問題は雪ではない。自衛隊がク-デタ-を起こしたことだ。

 


 「どうすっかなぁ。まいったなぁ」リビングでは父がそう呟きながらテレビを見ていた。父もまた勤め先より自宅待機を命じられたのだった。

 テレビではどこのチャンネルもかのク-デタ-事件を取り扱っていた。

曰く昨日深夜、駐屯地を発した陸上自衛隊が都心へ進入。国会議事堂と首相官邸を瞬く間に占拠したのだった。現在のところ分かっているのはこれだけだった。何より自衛隊側からは何の声明もない。

 テレビでは国会議事堂と、おそらくク-デタ-参加部隊の物であろう装甲車が映されていた。


 このままリビングでテレビを見ていても埒が明かない。そう判断した僕は自室へ戻った。本棚から一冊の文庫本を取り、それを読み始めた。

 

 ちょうど読み終わった時、僕はスマートフォンのチャットアプリでメッセージが来ていることに気付いた。

 送り主は佐久間莉奈さん。同級生で僕と同じ文芸部員だ。

 同じ部活だが佐久間さんとは特別親しい仲ではない。彼女は部活中基本的に誰とも話さずハヤカワ文庫のSF小説を読んでいた。

大抵の場合無口で感情を表に出すことは僕の知る限りほとんどなかった。黒縁眼鏡のどことなく優等生然とした外見も彼女の持つある種の超然さに拍車をかけていた。

 故に佐久間さんからメッセージが来たことは俄には信じ難いことだった。彼女は少なくともコミュニケーションに於いては積極性を発揮するタイプではない。しかし連絡は来た。ひょっとしたら緊急のことかもしれない。僕はスマートフォンを見た。


 「今どうしてますか」

 内容はひどくありふれたものだった。だから僕も「家にいます」とありふれた言葉を返した。(余談ながら、僕はこうしたチャットでは同級生であるにも関わらず敬語を使う癖のようなものがあった。佐久間さんも同じだろうか?)

 「私も家にいます」

 「ですがチョコレートを食べたくなりました」

 「ですから今からコンビニへ行きます」


 ちょっと待ってくれ。


 僕は頭を抱えた。

 彼女は何を考えているのだろうか。

 チョコレートという言わば嗜好品を求めに外出することなぞ、どう考えたって不要不急だ。今の状況でやってはいけないことだ。意味の無い行為だ。

 何故それを僕に伝えたのだろうか。僕にどうしろと言うのか。

 僕が送るべき返信は1つしかない。「今はやめたほうがいいと思います」これしかない。彼女の身の安全を考えるなら、これが最適解だろう。

 佐久間さんにメッセージを送ろうとした時、ふと机に目をやった。そこにはラムネ菓子の袋が置いてあった。僕はどういう訳だが食べようと思い、それを手にしたが袋には一粒も入っていなかった。


 そして僕は佐久間さんにメッセージを送った。

 「僕もラムネを買いに今からコンビニへ行きます」


 両親は今家にいない。買い物もとい調達に出かけている。僕はダウンジャケットを羽織ると外へ出た。雪はもう止んでいた。

 実は僕の住んでいるマンションと佐久間さんのマンションは程近い場所にあった。そして家の近くのコンビニならば僕らが遭遇する可能性は高かった。現に過去に何回かコンビニで佐久間さんと会ったことがある。勿論会話らしい会話はない。最低限の挨拶をするだけだった。


 僕はコンビニに向かって歩いている。

 1つ問題があった。それはコンビニへの一番近い道のりは自衛隊駐屯地の前を横切らなければならないことだ。

 昨日までなら何でもないことだったが、今はどうなるか分からない。もしク-デタ-参加部隊だったら、下手をしたら身柄を拘束されるかもしれない。

 僕は駐屯地の前を横切ることにした。馬鹿馬鹿しいことだ。益のないことだ。単に遠回りすれば済む話だろう。しかし僕はそれを実行した。それはこの社会が昨日までと同じであってほしいという願望かもしれないし、ある種の怖いもの見たさかもしれない。いずれにせよ無思慮と謗られても仕方ないことだった。


 道路を挟んで向かい側に駐屯地の正門?があった。そこには小銃を持った自衛隊員が立っていたが、それはまるで精巧な人形のようだった。この駐屯地はク-デタ-参加部隊だろうか。

 あの人は生きているのだろうか。僕はおかしなことを考えた。あの人はピクリとも動かなかった。

 駐屯地前を横切っている時、僕は全身が逆立つような感覚に襲われた。これは戦慄だと気付いた。


 コンビニは閉まっていたが佐久間さんがいた。

 佐久間さんは僕に気が付くと小さく手を振った。「や」と言っているようだった。

 「空ぶっちゃったなぁ」佐久間さんは言った。それはまるで独り言のようだった。僕はそれに「そうだね」と短く返した。

 「これからどうするの」という僕は問うた。佐久間さんは「帰るよ」と至極当たり前のように言った。

 「じゃあまた学校で」佐久間さんはそう言うと来たであろう道を帰って行った。「うん、それじゃあね」僕は手を振りながらそう言った。

 僕たちに「また」はあるのだろうか。そんな考えがふと脳裏に浮かんだ。


 佐久間さんを見送った後、僕も帰路に着いた。


 来た以上は、帰らなければならなかった。

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