第8話「初めての友達」
「……!!」
宿屋を出て散歩に出たヒナは、出て数秒もしないうちに何者かに後ろから抱きしめられた。ヒナは服の匂いが鍵覚えのあるものであることに気づく。昨日同じ人物にさんざんこすられたからだろう。ヒナは相手の名前を声に出した。
「…ルリグさん?」名前を呼ばれたルリグは驚いて腕を話す。ヒナはルリグの方を向き直った。
「なんでわかっちゃうの?!もしかしてヒナちゃん後ろに目が…?いやいやそんなことより!ヒナちゃん!」
「は、はい!」ルリグの真剣な表情についヒナも大きい声で返事をしてしまう。ルリグはヒナをじっと見つめて言った。
「あなた、本当に天使だったのね!」
「…え?」ヒナは冗談を言っているのだと思い愛想笑いをしようとするが、ルリグは真剣そのものだった。セレスならここでげんこつの一つでもしているのかもしれない。
「その服、セレスのセンスも素晴らしいけど、白のワンピースがこんなにも似合う女の子なんてすくなくともエクナゴラ王国にはいないわ!素晴らしい…尊いわ…。」ルリグは恍惚とした表情でまくしたてる。ヒナは少し引きつつも、苦笑いを浮かべた。
「ありがとうルリグさん。でもこれはセレスが選んだんじゃなくて、エイクさんがくれたの。娘さんのだって。」
ヒナの言葉を聞くと、ルリグはにやけた表情が固まる。そして、一瞬だけ寂しそうな顔をして、すぐにもとの笑顔に戻った。
「…そっか。…エイクのやつ、いいセンスしてるわ。」
ヒナはエイクとルリグのした寂しそうな表情が何を意味するのかは知らない。しかし、これは簡単に触れてはいけない話題なのだろう、そう感じていた。気になっている自分は押し殺して、ルリグに話題を変えて話しかけた。
「ルリグさんは何か用事?」
「え?…ああ、そうだった!セレスに用事があったんだけど、一緒じゃないのね。」
「うん。起きたらいなかった。」ルリグはそれを聞くと腕を組んで悩む様子を見せた。
「んー?村長に探すように言われてきたんだけど…。まあいっか!ヒナちゃん、もしセレスに会ったら、私が探して立って伝えてもらえるかしら?」
「うん、任せて!」ヒナは元気よく返事をする。すると、ルリグはまた顔がにやけ始めた。そしてルリグの手がヒナの頭上に移動する。
「いい子いい子、ヒナちゃんはいい子だねー」ヒナはルリグが撫でたり抱きしめたりする行為に対して、温かみを感じていた。まるで、自身が初めてこのような扱いを受けるかのように。しかしその温かさを感じると同時に、自分の失った過去がどのような冷たい記憶なのか、少し不安に感じてしまってもいた。
ルリグの気が済むまで撫でまわされ、ヒナはすでにヘロヘロになっていた。
「ごめんねヒナちゃん…。」
「ううん、大丈夫…。」ヒナは立ち上がり、服装を直した。
「そういえば、ヒナちゃんはおでかけ?」
「うん。エイクさんが同い年くらいの友達を作っておいでって。どこにいるかな?」
ルリグはヒナの質問に笑顔で応答した。
「それならきっと中央広場ね。この大きな通りを進めば見えてくるわ。それじゃ私は役場に戻るわね。行ってらっしゃい!」
ルリグはヒナに中央広場への行き方を伝え、役場の方へ戻っていった。ヒナはルリグに言われた方向に歩き始めた。
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広場の景色は、ヒナも見たことがあった。どうやら、門から役場までの道のりで通っていたようだった。
「ここが中央広場…。」
広場は、大きめの木を中心に四方向に大通りが続いており、建物や屋台でにぎわっていた。中心の木には、ルリグが言った通り、子供たちが数人遊んでいた。子供たちはヒナが近づくのに気づき、珍しそうに駆け寄ってくる。
「あなた誰?村の子?」年長らしい女の子が話しかける。ヒナは少し緊張しつつも答えた。
「ううん、昨日来たの。」すると、女の子はニコッと笑った。
「旅人さんね!ようこそレイトノルフへ!私はイア。あなたは?」
「私は、ヒナ。…一緒に遊んでもいい?」ヒナが聞くと、イアたちは歓声を上げた。
「もちろん!旅のお話聞かせて?」
ヒナは、イアたちが受け入れてくれたことで緊張がほぐれていき、体が軽くなったような気がした。ヒナたちは木の幹に背を向け、もたれかかって会話を始めた。
「えっと、実は私三日前からの記憶がなくて、それまでの話しか話せないけど…」
「記憶?じゃあ故郷もわからないの?」イアが心配そうに聞く。ヒナはうなづくと、子供たちからも心配の声が上がる。しかしヒナは笑って話を続けた。
「でも、セレスが助けてくれたから大丈夫!ここの人たちも優しいし…。」
「…うん、それならよかったわ。…そうだ!ヒナって友達のこと覚えてる?」イアが不意に聞いてくる。それに対して、ヒナは、セレスとルリグを頭に浮かべるが、友達と呼ぶには年が離れているような気がして挙げるのをやめ。首を振った。もちろん過去の友人の存在など知る由もない。すると、イアはなぜか嬉しそうに話し始めた。
「じゃあ私がヒナの友達第1号になるわ!」
その宣言を聞いて、ほかの子どもたちが「あー!イアずるい!」「私も友達になる!」「僕も!」と騒ぎ始めた。ヒナは自分の一番目の友達という座を取り合いはしゃぐ子供たちにあっけに取られる。イアはヒナに一歩近づき、右手を差し出した。
「…ヒナ、私と友達になってくれる?」ヒナはイアの方を見る。イアは黒の瞳でまっすぐとヒナを見つめ返す。ヒナはニコッと笑って、手を握り返した。すると、ほかの子どもたちもヒナの手に群がり、ヒナは思わずしりもちをついてしまった。一瞬沈黙が流れ、ヒナたちは思わず笑いが零れ落ちた。
それからヒナたちは昼ごはんを取りに帰り始めるまで遊び続けた。昼になると、一人ひとり帰路につき、いつの間にかヒナとイアだけになっていた。
「イアは帰らないの?」ヒナとイアは近くの切り株に二人で腰かけた。ヒナの質問にイアは首を振った。
「だってまだお腹空いてないもん。」
ヒナはエイクがもしかしたら待っているかもしれない気がしたが、なんだかイアより先に帰りたくない気分だった。
「そういえば、ヒナは髪の色も目の色も私たちとは違うのね。」
「…うん。」
「きれいな銀色の髪。それにきれいな青い目。私好きよ、ヒナの髪と目。」好き、と言われ、ヒナはくすぐったくなってしまう。ありがとう、と伝えようとしたとき、目の前で冷たい声がした。
「どこがだよ、イア。」はっとして声のした方を見ると、イアと同い年くらいの少年が立っていた。イアは鋭い表情になって立ち上がる。
「どこって、見てわかるでしょ、エルト。きれいじゃない。」イアはけんか腰にエルトと呼ばれた少年に返す。ヒナはそっとエルトの方を見た。エルトはヒナをにらんでいる。
「ふん、きれいなもんか。…気持ち悪いよ、お前。」エルトはそう言い捨てると怒ったイアを無視して走り去ってしまった。
「エルト!ヒナに謝りなさい!」イアは去っていくエルトに大声を出すが、届いていないのか、無視しているのかはわからなかった。そしてすぐにヒナに駆け寄る。
「あいつの言うことなんか気にしないで。きっと仲良くしてる私たちに嫉妬してるのよ。…大丈夫?」
「…うん。」
記憶のないヒナにとってエルトのような声のかけられ方をしたのは初めてだった。実感のわかないまま、目に涙が浮かび始める。イアは慌てているが、ヒナが泣き止むまで隣で背中をさすってくれた。
異常な存在。気持ち悪い存在。自分自身がどういう人間なのか、それがわからないヒナにとって、エルトの言葉は深く心に突き刺さっていた。




