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第7話「温かな感情」

 ヒナは、ベッドの上に倒れこんだ。しかしすぐにお腹が苦しくなり仰向けに転がる。その様子を見たセレスは、ヒナに好きなだけ食べていいと言った自分に若干後悔していた。

「まさかヒナがあんなに大食いだったとは…」

 部屋に荷物を置いてすぐ、二人は1階で早めの夕食をとった。ヒナは記憶のある限り口に入れたものはトラトス大森林でのリンゴ一つのみ。お腹は物凄く空いていた。そんなヒナにとって、レイトノルフでも評判のエイクの料理を残すことなどもとより選択肢になかった。

「…おいしかった…。」

 においは強烈な記憶として残るという。記憶を持たないヒナにとって、何かを食べた記憶はないが、エイクの料理はどこかで感じたことのあるにおいだった。そしてその味は、何よりもおいしい、そう感じていた。

「エイク、今日はいやに張り切っていたが…。お気に召したならよかったよ、ヒナ。…ヒナ?」

 セレスがヒナの方を向くと、ヒナは仰向けのまま寝息を立てていた。背セレスは立ち上がり、ヒナに毛布を掛けてやった。


 + + + + +


「ヒナちゃんは寝たのかい?」

 セレスが1階に降りてくると、すでに客足は少なくなっていた。

「ああ。満腹でぐっすりとな。」

 セレスはカウンターのいすに座る。エイクはコーヒーを2つ作り、セレスと向かい合って座った。

「で、どうするんだい?これから。」エイクの質問に、セレスはコーヒーを一口飲んで答える。

「まずは、王都で情報を集めようと思っているよ。…なくした記憶を取り戻す技術は今のところ存在しない。俺にできるのは親、親族とまではいかなくても、あの子を知る人物を見つけてあげることだ。」

 エイクは複雑そうに表情を変えた。

「あの子、銀髪に青い目だったね。見たことのない民族だ。きっと記憶をなくしたのもなにかの訳ありなんだろう…。かわいそうに…。」

「ああ。あの珍しい見た目から、トラブルに巻き込まれた可能性もある。情報収集も慎重にしないとな。」

「そうした方がいいわ。最近はここいらも物騒だし。…あなたもその件でここにきてるのよね。」

 セレスは少し驚いた顔をする。エイクが言っているのは盗賊の話だろう。しかしそれは村人が知る話ではない。

「さすがは村の情報屋。今日エガリプにした話をもう知っているなんて」

「そうかい、村長には話してあるんだね。私のはただの予想だったんだけどねえ。」セレスはエイクの情報収集能力は村の雰囲気や会話の中から概要を予想し、話術で情報を生み出すその頭脳にあることを思い出す。

「君には勝てないな。…この村に少々危険が近づいている。俺はその対応でずっとここにいられない。ヒナのこと、よろしく頼むよ。」

「ああ、任せな。」エイクはセレスの頼みを知っていたかのように即答した。

 セレスが部屋に戻った後も、エイクは冷めかけたコーヒーを眺めていた。

「…あの子を見ると、思い出すねえ。」エイクは寂しそうにコーヒーカップの縁をなぞり、視線をカウンターの端に移した。そこには、一人の少女の写真があった。


 + + + + +


 朝日が昇る。ヒナは眠い目をこすりながら体を起こした。隣のベッドを見ると、すでにセレスは外に出たようだ。

 1階に降りると、エイクがカウンターで食器を洗っていた。

「あら、おはようヒナちゃん。」エイクはヒナに気づくと、ニコッと笑った。ヒナはエイクにペコっと挨拶をした。

「お腹すいたかい?昨日はたくさん食べてたもんねえ。ま、育ち盛りだしね!」エイクは食器を洗う手を止め、ヒナにカウンターに座るように促した。ヒナは促されるままに座る。エイクはヒナに朝食を出す。

「さあ、お食べ。とれたての野菜サラダと、目玉焼きだ。」

 ヒナは、料理を見て、それからエイクを見た。そしてこのおいしそうな料理が自分のために作られたと気づいた。

「…食べていいの?」

「ああ、もちろん。」エイクがそう言うと同時に、ヒナは料理を食べ始めた。

「…おいしい!」

「そう言ってくれると、料理人冥利に尽きるねえ。」エイクは、ヒナが食べ終わるまで彼女の向かい側で見守った。

 ヒナが食事を終えると、エイクは食器をカウンターへ持っていき、ヒナのもとへ戻った。

「満足したかい?」エイクの質問にヒナは笑顔で答えた。

「うん!ありがとう、えっと…エイクさん!」

 エイクはヒナに名前で呼ばれると、少し意味深にほほ笑んだ。

「セレスはちょいと用事でね、村の外にいるんだ。今日はせっかくだし村の散歩でもしてきたらどうだい?同年代の子どもたちもそろそろ遊びに出る頃だよ。」

「…うん!そうするね!」

 ヒナはエイクの提案通りに外に出ることにした。しかし、宿屋から出ようとすると、エイクに呼び止められる。

「そんな服装で出るのはおよし。」

「え?」エイクはヒナを連れて1階の奥にあるエイクの部屋に入った。

 エイクの部屋は、簡素なレイアウトでできていた。寝る、食べる、休む。その機能を果たしさえすればよい、そんな印象をヒナはもった。エイクは、ヒナを椅子に座らせ、クローゼットを開く。奥をごそごそしていたかと思うと、ヒナの背丈に合う服を取り出した。白いワンピースだった。

「これなら合いそうだね。」ヒナに合わせてエイクはにっこり笑って言った。ヒナは戸惑ったが、エイクに促されるまま服を着替えた。

「ほら、ちょうどいい!それに似合ってるねえ。」

「…これ、エイクさんの?」ヒナが聞くと、エイクは一瞬寂しそうにするがすぐにそれを隠し、笑顔になる。

「いや、これは娘のでね。もう着ないだろうし、ヒナちゃんにあげるよ。」ヒナは、自分の姿を鏡で確かめる。不思議とその服装に安らぎを感じた。

「…いいの?」

「ああ、もちろん。…とても似合っているよ。」

「ありがとう、エイクさん!」

 ヒナは服を気に入ったようにくるっと一回転して、エイクにおじぎをして部屋を出て行った。

 ヒナが出て静かになった部屋で、エイクは椅子に座りなおした。

「まさか、あの服がこんなところで役に立つなんてね…。」寂しそうに、しかし少しうれしそうにつぶやいた。



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