第6話「宿屋の住人」
「うふふふ…可愛いわあ…」
ヒナが1階に降りてしばらくした後、セレスが下りてくると、ヒナはルリグの人形と化していた。
「この世の真理がここにはあるわ。こんなかわいい子が天使じゃないはずはない…いたっ!」ルリグにセレスのげんこつが落ちる。ルリグは痛そうに頭をさすりながらセレスをにらんだ。
「何するのよ!ってセレスさんじゃない。お話終わったの?」
「ああ。今しがたな。…で、何をしてるんだお前は」
「何って、ヒナちゃんと遊んでるのよ。」
「違うな。ヒナ”で”遊んでるよな」
「そうともい…いたっ!」
「そうしか言わない!」セレスは本日何度目になるのかわからないあきれ顔をする。ヒナはその様子を見て、小さく笑ってしまった。
「…むむむ、ヒナちゃん笑ったなー?」
「え?ううん。…ふふっ」
「笑ってるじゃないの!このー!」ルリグがヒナにギューッと抱き着く。ヒナはルリグの優しいにおいが好きになった。セレスは、ヒナが楽しそうにしている様子を見て表情を柔らかくした。
「…やっぱりお前に預けて正解だったな。」
「え?なんて?」
「なんでもない。よし、帰ろうかヒナ。」セレスがうながすと、ヒナはルリグをするりと抜けてセレスの元へと戻った。ルリグは悔しそうにする。
「むむむむー、セレスさんずるい!」
「何がだよ…。まあヒナはしばらく俺とここに滞在するし、お前も暇なときは遊んでやってくれ」
「もちろん!また遊ぼうね、ヒナちゃん!」
「…うん。」ヒナは外で感じたくすぐったい感じをまた感じていた。二人はルリグに挨拶をして、外に出た。
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「…そうか、北はそんなに荒れていたか。」
時は変わって村長室。ヒナがルリグと遊んでいる間、エガリプとセレスはヒナに会う前にセレスが行っていた仕事の話をしていた。
「はい。やはり盗賊組織が活発化しているようです。森を抜ければここにも来る可能性もありますね。」
「うむ…。早急に守りを固めなくてはならぬな。…それにしても、なぜ盗賊がこんなにも活発に…?」
エガリプは腕を組み首をかしげる。セレスはそんなエガリプに対して、調査結果を報告した。
「盗賊の多くは、獣人でした。つまり…」
「セーニザルの流れ者、か。」
セーニザル同盟。エクナゴラ王国の北西に位置する小国だ。この世界には、様々な動物の加護を持った種族、『獣人』が存在する。獣人内の種族は無数におり、昔は種族一つ一つが独立していたが、大陸全体を巻き込んだ大きな戦争の後にいくつかの種族で同盟を組んだといわれている。そのような歴史を持つ獣人の国がこの世界にはセーニザル同盟のほかに、西大陸のフタール連合がある。獣人を見つければ、この二国のどちらかの出身だろう。
「フタールからエクナゴラに来るには、海を渡る必要がある。しかしそれでは南側に陣を取るはずじゃ。つまり、セーニザルの者で確定じゃな。」
「はい。…村長、獣人に我々だけでは戦うには苦しい。ここは東トラトスに救援要請を…」
「ならぬ。」エガリプがこれまでにない低い声で制した。セレスはエガリプの表情に口をつぐむ。
「そもそもあの者達が我々に協力するとは思えん。…どうにか我々だけで守るしかない、この村を。」
「…そうですね。」セレスは少し寂しそうにしたが、すぐに表情を戻して、立ち上がった。
「王都には通達済みです。明日には文書が王都に届くでしょう。私の舞台にも救援を要請いたしました。私も問題が解決するまでは、ここに滞在するつもりですので。」
「…ああ、助かる。ありがとうセレス=ミウブレン殿。」エガリプが立ち上がり深くお辞儀をした。セレスは顔を上げたエガリプに笑いかけた。
「いいんですよ、これが私の仕事ですしね。」
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役場を出ると、空はオレンジ色に変化していた。もう夕方のようだ。セレスとヒナは中央の通りを歩いた。
「さて、泊まる場所の問題だな。」
「うん。セレスはおうちに帰るの?」
「いや、俺はレイトノルフの村民ではない。家は王都にあるんだ。仕事でここに来たんだが…実はまだ宿を見つけて無くてな。」
ヒナはセレスがこの村の人間ではないことは、なんとなく感じていた。セレスの見た目は、軽装で動きやすい鎧のような見た目だった。さらに旅用の青いマントに隠れて腰に剣がさやに収められている。こののんびりとした村の雰囲気に彼はあまりに合わないイメージだった。しかし、ヒナは村人のセレスに対しての話し方を思い出し、違和感を感じる。
「でも、入り口にいたおじさんは、おかえりって言ってたよ?」
「そういえばいつの間にか来るたびにそういわれてるな。実はここに来ることは結構多いんだ。小さい村だろ?だから村人と仲良くなるのも早かったしな。ヒナもきっとすぐに仲良くなれるさ。」
「…うん!」
「よし。じゃあ俺の行きつけの宿屋に行ってみるか。ヒナはとりあえず一緒に泊まった方がいいよな。知り合いがまだ少ないし」
「うん、そうする。」
二人は役場のすぐ近くにあった木造の建物の前まで来た。ここがセレスの言う行きつけの宿屋、なのだろうとヒナは思った。
中に入ると、清潔感のあるロビーが視界に広がる。一角では宿泊客が食事をしていたり、大きな掲示板の前で何か話したりと賑わいを見せていた。奥のカウンターでは女性が忙しそうに働いている。セレスはカウンターまで歩いていき、女性に話しかけた。
「やあエイク。部屋は空いてるかい?」エイクと呼ばれた女性が振り返る。セレスと同じ金髪に黒い目の30代後半くらいの女性だ。エイクはセレスを見ると笑顔になった。
「あらセレスじゃない!もちろん空いてるわよ!何日滞在するの?」
「うーん、5日お願いできるか?」
「はいよ!5日ね。部屋はいつもの一人部屋だね?」エイクが言うと、セレスは慌てて否定した。
「いや、二人部屋をお願いしたい。今回は連れがいてね。」セレスの言葉にエイクが反射的にセレスを見る。すると彼女の視界にヒナをとらえた。しばらく思考がとまったエイクは、驚きの声を漏らした。
「…なんてこった、セレスあんた子持ちだったのかい?」
「いや違う」
「じゃあまさかその子と?だめだよセレスその年の子どもとだなんて…」
「違うそうじゃない」
「じゃあ誘拐かい?憲兵団に連絡しないとねえ」明らかにエイクは楽しんでいるようだ。真面目なセレスはさらに慌てる。
「おいおいからかわないでくれよ…。…この子はヒナ。トラトス大森林で記憶をなくした状態で出会ったんだ。記憶を戻すか知り合いに会うまでは手助けしてやりたくてさ。」
ヒナが記憶を持っていないことを知ったエイクはヒナを見る。ヒナはその目に何か不思議な感情が浮かんでいることに気づく。何かを思い出しているような悲しい感情だ。エイクはカウンターから出て、ヒナに目さんを合わせる。
「…ヒナちゃん、っていうのかい?」
「…うん。」ヒナが返答すると、エイクはヒナの頭をなでる。ヒナはセレスの手のぬくもりや、門で出会った村人、ルリグ、エガリプの優しさとはまた違ったあたたかさを感じた。
「困っている人がいるときは村人総出で助ける。それがレイトノルフの鉄則だ。ヒナちゃんの宿代は取らないよ。2階右奥の部屋が二人部屋で空いてるから使っておくれ。」
「ああ、ありがとう。」セレスはエイクに礼を言って階段に向かった。ヒナはエイクにお辞儀をして、セレスの後を追った。エイクはヒナの後姿を見ながら何かを思い出しているように寂しそうな表情を浮かべるが、すぐに仕事に戻った。
2階の部屋に入る。セレスにとっては、いつもより広い部屋ということもあって、開放感を感じられた。
「ヒナはそっちのベッド使っていいよ。」
ヒナはセレスに促されるまま部屋の右奥のベッドにちょこんと腰掛ける。柔らかい布団の感触は、昨日寝た神殿の床よりもずっと柔らかかった。
「…柔らかい。」そうつぶやいたヒナを見て、セレスが言う。
「こんなベッドは初めてかい?」
「…わからない。」
「そうか…」セレスは、記憶をなくす前のヒナがどのような人生をたどってきたのかが気になっていた。服装を見る限り、彼女は裕福な生活はしていないだろう。もしかしたらどこかの奴隷として働かされていた可能性もあり得る。それならば、紙や目の色がエクナゴラ人と同じじゃなくても納得がいく。しかし、セレスはできれば信じたくなかった。ヒナが失った記憶が苦しいものではないといい、そんな気持ちでいっぱいになった。
「セレス?」ヒナはじっと自分を見つめるセレスを不思議そうに見つめ返した。
「ああ、すまない。ちょっと考え事をしててさ。…少し休んだら夕食にでも行こうか。ここの料理はすごくうまいんだ。」
「うん!」ヒナが笑顔になる。セレスはその表情を見てさっきまで考えていたネガティブな感情は表に出さないようにしようと誓ったのだった。




