第3話「邂逅」
グルルルルルル…。狼がヒナをじろっとにらみ、うなり声をあげた。威嚇している。ヒナは逃げようとしたが、思うように足が動かなかった。
(本当に守られていたんだ、私…。どうしよう…)自身の甘さに失望しつつも解決策を探す。しかし武器になるものも、身体的強さも彼女は持ち合わせていない。つまり彼女がとるべき行動は…
「…っ!」ヒナは後ろを向き全力で走り始めた。逃げるしかない。生存本能はそう告げていた。狼は動き始めたヒナを追いかけ始める。
「…だ、だめっ、おいつかれる!」小さな少女の逃げ足など狼からしたら追いつくことなどたやすいだろう。数十メートルも走らないうちに焦りからかヒナは転んでしまう。
「いたっ…」痛みを我慢して振り返る。すぐ目の前には狼が力強く立ち、ヒナの次の行動を伺っているようだった。
だめかもしれない。ヒナはそう感じ、ぎゅっと目を閉じた。
グウオオオオオオ!と狼は吠え、ヒナにとびかかろうとした。その時、ヒナの後ろで声がした。
「ダエル!そこまでだ!」その瞬間、ダエルと呼ばれた狼がピタッと止まり、ヒナはすんでのところで助かった。ヒナは声のした方を振り返る。すると、茂みをかき分けて軽装の男が現れた。金色の短髪に黒い目を持つ、ヒナよりも少し年上の青年だ。青年は、自分の仲間が襲っているのが少女だと知ると目を見開いた。
「…君は…?」なぜか青年は警戒するようにヒナに声をかける。ヒナはそれに答えようとしたときに自分が恐怖からか震えていることに気づいた。体の状態に気づいた瞬間、彼女の心が恐怖を認知し、ヒナの目に涙があふれ出た。
青年は突然泣き出したヒナを見て、年端もいかない少女に警戒してしまったことに気づく。青年は慌てて駆け寄った。
「す、すまない!大丈夫か?」ヒナは流れ出る涙をふくのに精いっぱいで答えることができない。青年はしばらくあたふたしていたが、やがて、ヒナの頭にそっと触れた。
温かな感触。その温かさは彼女の恐怖でいっぱいになった心に安らぎを与えてくれた。
(…なんだか、優しい気もち。)ヒナが気付くと涙はすでに止まっていた。
「もう大丈夫か?」青年は今度は優しくヒナに話しかける。ヒナは小さくうなづいた。
「そうか、よかった。いろいろと聞きたいことはあるけど、まずは安全確保だな。このトラトス大森林は危険な森ではないが、子供が一人で歩くにはさすがに危ない。森の外に出れば、俺が滞在している村があるから一緒に行こう。」
「(ここ、トラトス大森林って言うんだ…。)うん、ありがとう。」ヒナが返答すると、青年は優しい笑顔で彼女の手を取って立ち上がった。
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「俺の名前はセレスだ。こっちの狼は俺の相棒のダエル。君は?」森の出口に向けてセレスと歩きながら、セレスはヒナに尋ねた。ヒナはセレスが歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれていることに申し訳ない気持ちになりながらも答えた。
「ヒナ……」
「ヒナ、か。かわいい名前だな。…ヒナはこんなところで何してたんだ?」
「…わからないの。なんでここにいるのか、ここがどこなのか。名前以外の全部がわからないわ。」
ヒナの返答を聞いて、セレスは驚いたようだ。足が止まってヒナの方を見る。ダエルも少し先で止まりまるでヒナの言葉がわかるかのようにじっとヒナを見つめていた。
「何も?自分の故郷のことは?」ふるふると首を振るヒナ。セレスは空を仰いだ。
「てっきりレイトノルフの村の子供が迷ったのかと思ってたよ。…確かに王国では珍しい髪色や目の色だし、異国人の可能性もあるのか…。でもなぜこんな森に…?」ぶつぶつとつぶやくセレスをヒナは不安そうに見上げる。セレスははっと我にかえり、ヒナに向かってまたにっこりと笑った。
「大丈夫、心配いらないよ。村で聞いてみよう。もしわからなくても、俺がついてるからさ。」
「…セレス、さん」ヒナはセレスの言葉に失礼だとは思いつつも不安感を覚え、口を開いた。不安の原因、それは…。
「セレスでいいよ。敬語もいらない。…それで、どうした?」
「…セレスは、なんでそんなに優しいの?」セレスの優しさは親切心からくるものなのだろうか。その疑問が不安を呼び寄せた。セレスはその空気を感じ取ったようだ。
「そうだなあ、まずこの森で一人でいる子供を見かけたら善人ならだれでも助けると思うよ。この森は迷いの森だからね。あとは…」そこまで言って、セレスは黙ってしまった。
「セレス?」
「…ああ、いや。こんなこと言うのは少し恥ずかしいんだけどさ。君が知人にそっくりでさ。放っておけなかったんだ。」
顔を赤くして話してくれたセレスを見て、ヒナはふふっと小さく笑った。セレスは笑ったヒナを見て一緒に笑った。
ヒナは確信した。セレスは悪人ではない。本当に自分を助けようとしてくれている。だからひとしきり笑った後、ヒナはセレスに謝った。
「…疑ってしまってごめんなさい。」
「ははは、いいさ。初対面の人間にはそれくらいの警戒心がないとむしろ危ない。君の判断は間違っていないよ。」
しばらく歩くと、森の出口が見えてきた。




