【番外編】公爵令嬢による騎士団団長の子息とその婚約者の観察
騎士団団長の子息とその婚約者の話です。
公爵令嬢が騎士の娘と遊ぶのか?とか、デートの付き添いなんかしないのでは?とかいう、疑問は、デリートボタンを連打してください。
私の母は国王の妹でしたから、面識のある王宮騎士の方もいました。私が帰国した時によく遊んだ女の子は、その騎士のお嬢さんでした。でも、私はすぐに父の赴任に外国に行ってしまうのでした。
年頃になって帰国した時、そのお嬢さんのことが真っ先に浮かびました。それで、懐かしさのあまり、お約束もせずに、彼女の家に行ってしまったのです。彼女の元には先客がいました。が、彼女は快く私を迎え入れてくれ、先客の紹介をしてくれたのです。
先客は彼女の婚約者でした。王宮騎士団の団長の御子息とのこと。そして、彼女の「女騎士になりたい」という夢にも理解を示して、応援してくれているというのです。団長の御子息は彼女のことを「私のお姫様」と呼んで、とても大切にしているようでした。
彼女は王都の騎士養成校に最近できたと言う女子科に在籍していましたが、団長の御子息は私が編入する学園に在籍していました。婚約者である彼女の知り合いということで、随分と親切にしてくださいました。私の家や父目当てで近づいてくる人が多い中、本当に嬉しいことで、私はこんな婚約者がいる彼女が羨ましく思えました。
彼女は頻繁に私を彼とのデートに誘いました。お二人の時間を邪魔するのは申し訳ないとは思うのですが、婚約者同士とはいえ、お二人だけで会う訳にも行きません。それで、私が形ばかり同席していたのです。本当に仲の良いお二人を見るのは私にとっても楽しい時間でした。
卒業まで半年という、ある日、一人の転入生が来ました。最近になって、父親である男爵に引き取られた方でした。それまでは母親と平民として暮らしていたという話でした。
その方は下町で暮らしていたらしく、貴族のマナーには疎いようでした。この国では、女性は男性を個人のお名前ではお呼びしません。爵位が有れば爵位で、官職についておられれば官職でお呼びします。学園では皆、家のお名前でお呼びしておりました。
しかし、この男爵令嬢は個人のお名前でお呼びするのです。男女とも、個人のお名前でお呼びする国もありますが、この国は違います。平民もそのように互いを呼び合うと聞いてますが、ここは貴族の学園です。基本的なマナーなのですが、ご存知ないのでしょうか?何人かの方が注意したようですが「いじめられている」と、仰ってたようでした。
その男爵令嬢は、何故か、騎士団団長の御子息に話しかけることが、多くなりました。話しかける時は当然のように、個人のお名前で呼びかけます。
その日、私は彼女の家で、お茶を呼ばれておりました。彼女が言うには、婚約者の騎士団団長の御子息に「先日、男爵令嬢が編入してきて、何度言っても、名前で呼ぶんだよね」
と、言われた、とのこと。
なんてことを仰るのでしょう!私は驚いてしまいました。婚約者に向かって、他の女性に名前で呼ばれているなど、自分から仰るなんて!特別な関係にあると言っているも同然です!彼女が酷く傷付いているのではないかしら?
けれど、彼女はちょっと困った顔をして
「王宮騎士は、親子や兄弟、従兄弟などが多く在籍しいて、判りづらいので、個人の名前で呼び合うことが多いんです。なので、彼、ちょっと、名前の呼び方に鈍感なところがあるんですよ。マナーとしては知っていても、特別な関係にあると思われるとか、あまり気にしてないというか、そういう感情はないと思います。だって、私に言うくらいですし。だから、私も、気にしないようにしています。だって、彼、私には『私のお姫様』って」
と、最後の方は恥ずかしそうに笑って、顔を伏せてしまいました。
学園で、騎士団団長の御子息は、ご友人に「少し、男爵令嬢に親切過ぎないか?」と言われ、「いや、困っているようだから」と返事をなさってました。平民が貴族になった場合、慣れないマナーに苦労すると聞いてきます。御子息はそれを思って親切にされているのでしょう。騎士は基本的にご婦人方には親切です。御子息の男爵令嬢に対する態度は確かに、他のご令嬢に対するものと変わりません。しかし、御子息の方はそうでも、男爵令嬢の方はそうではないようです。ベタベタと身体的接触を繰り返します。誰の目にも、男爵令嬢の目的は明らかでした。が、御子息は
「動きにくいから、できれば、もう少し離れて歩いて欲しいんだよね。でも、ちょっと、近所の犬に似てるかな。マックスのやつ、足元に纏わりついて来るんだ」
と、ご友人に話されてました。女性として、全く意識されていないようです。それどころか、犬と同列、、、
その話を御子息は彼女にしたようで、
「犬と同列、、、」
と、絶句していました。
団長の御子息は彼女に学園であったいろいろな事を話されているようでした。その中には当然、男爵令嬢のものもありました。
「彼を信じてないわけではないんですけど、やっぱり、気になるんです。ピンク色のフワフワの髪って、彼が言ってたんです。女性の容姿のことなんて、あまり覚えてないのに、その人の事は覚えていたから」
私は「特別、興味を持っているようには思えない」としか、答えられませんでした。実際、私にはそう思えましたし、どのように彼女を慰めて良いのかもわかりませんでしたから。
ある日、私はいつものように、お二人のデートに同席していました。そこへ、男爵令嬢が現れたのです。私がいても、お二人のデートだとわかるはずです。なのに、男爵令嬢は御子息の名前を呼びながら、駆け寄って来ました。
「え〜、どこ行くんですか?いいなぁ、私も行きたい。いいでしょう?」
と、事もあろうに、御子息の腕に抱きついてきたのです。私は目眩がしてきました。貴族、平民、関係なく、これは咎められる行為では、ないでしょうか!
しかし、御子息はちっとも慌てず、
「ちょっと、腕から離れてもらえるかな?動きにくいし、君も歩きにくいんじゃないかな?
それから、彼女、私の婚約者なんだ。美人だろ。今から、彼女の結婚式の衣装を注文しに行くんだ。
え、道がわからない?ちょうど良かった。あそこに警邏の騎士が。おーい!」
と、仰り、男爵令嬢を警邏の騎士に託しました。
彼女がおそるおそる、聞きます。
「今の人、、、」
「ああ、先日の話に出てきた男爵令嬢だよ。名前は、なんだったかな?まあ、いいや、彼女の名前を呼ぶことなんかないし。あの、ピンク色のフワフワ髪で見分けがつくし」
私と彼女は顔を見合わせました。容姿を覚えてたのは、見分けのため。彼にとっては、唯の記号だったようです。そして、名前すら覚えられていない。近所の犬ですら、覚えて貰っているのに、、、私と彼女は顔を見合わせて、クスクス笑いました。
「な、何がおかしいんだよ。
それより、今日は君の結婚式の衣装を注文しようと思ってるんだけど、どうかな?父上も二人で選んで来いって、言ってくれたし。あ、その、あまり予算ないけど、予算内で頼むよ。なるべく金、残しときたいんだ。婚約した時、海、見てみたいって言ってたろ。新婚旅行、海に行って、何日か泊まりたいし」
と、照れくさそうでした。最近、結婚の後、旅行に行くのが流行りです。予算に応じて、日帰りから、年単位まで。
「あの話、覚えていてくれたのね。
「当たり前だろ、お姫様のことは、どんな小さなことだって、忘れずに覚えているよ」
と、仰って、ぷい、と横を向きました。そのお顔は真っ赤でした。それを見て、彼女は
「さ、早く行きましょう」
と、嬉しそうに歩き出したのでした。