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異世界が本当に存在することの証明

師走の寒空の下。びゅう、と冷たい風がふき、枯葉が音を立てて転がる。

時刻は朝の七時を過ぎたあたり、天津無花(あまついちか)は小さめのキャリーバッグとコンビニで買った朝ご飯を手に歩いていた。

コートを着ているとはいえ冬の朝の寒さはこたえるのか、無花は一度、ぶるりと身震いする。


「ぅあ~あ。……眠い」


たまにすれちがうのは制服に身を包んだ高校生と、スーツを着たサラリーマン。朝の通学通勤の時間帯だからだろうが、しかし無花の進む方向は彼らとは逆。帰路に着いていた。


「まったく、教授も人使いが荒いんだから。まだ俺学部二年なのに」


研究所を去って約二年、大学のとある研究室に所属していた。大学に入学直後、なぜか無花の出自を知った教授から研究室へ入ってくれないかと誘いが入ったのだ。最初はまだ一年だし、と断っていたのだが数回に亘る勧誘と熱烈なアピールに屈し、二年ながら研究室に所属した。

それからというものしょっちゅう研究の手伝いをさせられ、研究室に泊まることも珍しくはなかった。徹夜にももう慣れたものである。


一昨日も急に教授から呼び出され、そのまま徹夜の作業。一度だけ荷物を取りに家に戻ったがそれ以外はずっと研究室に缶詰めだった。昨日も作業は遅くまで続き、少しだけ寝て今日にいたるというわけだ。


「あの人すごい熱心なんだよなあ。確か日本の人じゃないんだったけ。とんだブラック研究室だよ、全く……」


そんな独り言をつぶやいていると、交差点に差し掛かる。左右前後に車はいなかったが信号は赤。損をした気分になりながら無花は立ち止まった。


ふと信号から目を下し道路の向こう側を見ると、同じく信号に引っかかっていた三人組が目に留まった。制服から見て高校生、その内の男子生徒と女子生徒が仲良さげに会話をしているのが聞こえてくる。


「――えぇー!じゃあテスト前でも二、三時間しか勉強してないんですか!?それであの点数って、雨宮(あまみや)君頭いい!」

「そんなことないよ。毎日コツコツと勉強してるだけさ。小坂も毎日勉強すればそれぐらいになる」

「それがすごいんだって。私なんて家帰ったらYoutube見たりしちゃうもん。テスト前なのに」


小坂と呼ばれた女子高生が、その短めに切られた髪を「もー!」とわしゃわしゃする。隣にいた雨宮も、彼女の性格を知っているのか「仕方ないね」と苦笑した。


「それにしても、綴木(つづき)先輩。それなんですか?その細長いの。竹刀、じゃないですよね」

「うん?これのこと?」


先輩と呼ばれたもう一人の女子高生が、肩にかけていた細長い包みを揺らす。一緒に彼女の長い黒髪のポニーテールが揺れた。

 

「うちにあった真剣。小坂さんも今月末に演舞やるの知っているでしょ?それのために、今のうちに学校に持ってこうと思ったんですよ」

「あー、あの。でもまだ早くないですか?一週間ぐらいあるんじゃ……」

「学校でも触っておきたくて。まあ、今日持ってきたのは特に意味はないけれど」


綴木は目線を前に戻し、当然のことながら自然とこちらを向いた。

一瞬目が合った様に感じ、無花は気まずさから目をそらす。向こうはこちら側など気にもしていないだろうが、あまりじろじろ見るのも失礼だろうと思ったからでもある。


「真剣……って重くないですか?もしなんだったら持ちましょうか?」

「結構ですよ、雨宮君。心遣いはありがたいけど、これぐらいは自分で持ますよ」

「それにしても真剣演舞かー。私がやったら自分で手、切っちゃいそう……あっ、信号青になりましたよ!」

 

 小坂のその言葉で信号が変わったことに気付き、無花は左右を少し確認してから足を踏み出す。 

これはまだ外国に住んでいたころの名残で、向こうは少し治安が悪めだったために信号無視をする車が多かったからだ。幸い日本ではそんな必要もなく、そもそも道に車すらいなかった。

 

向こう側にいた三人組も歩き出す。制服に身を包んだ高校生。

自分があれぐらいの年齢だったころ、何をしていただろうか。ただひたすらにストイックに知識を身に着け課題に取り組んでいた。青春も何もあったもんじゃない。すべてを捧げて努力していたのだから。


「……あー」


昔を思い出し、口から自嘲気味な小声が漏れた。誰よりも努力して、それが実らなかったのを知ったのだからそうもなる。後悔しているわけではないが、すっかり割り切れたわけでもない。ただ、もう諦めてしまったのは元には戻らないことから、どうしようもない無力感があった。

近づいてくる三人を眺めながら、自分にもこんな未来があったのだろうかと思う。無駄な努力をすることを選んでいたら、あるいはもっと早くに諦めていたら。しかし今考えてもどうしようもないことだ。


近づいて通り過ぎていく高校生を横目で見て、ほんの少しの寂寥感を胸に抱く。そして、視界から三人が消えかかったその時


「――え?」


視界が暗転した。そして異世界に来ていた。


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